はつものぐい



 身体が異様にだるい。特に二の腕のあたりが、重石でも乗っかっているんじゃないかというぐらい重い。ソルは半分夢心地のまま、薄目を開けて舌打ちをした。
 久しぶりに賞金稼ぎらしい仕事を完遂し、イリュリアへ戻ってカイとしけこんだ後だった。首級もちゃちければ報酬も大した額ではなかったが、その割に危険度が高く、「暇をもてあましているのなら片付けてきてくれないか」とカイが素気なく言うので、交換条件を付けて出てやったのである。取り付けた追加報酬の内容に関しては言うまでもないが、そういうあんばいで、ソルはカイと褥を共にした。昨晩のことだ。
 ということは、この重みはカイのものだろうか。しかしちょっと妙だ。人の腕を枕にする習性は、「子供っぽいから」という理由でカイ自らが二十三になった頃に直してしまったはずなのだが。
「……あ?」
 そんなことを考えていたせいか、ソルの口から出た疑惑の声はいつもより素っ頓狂なものだった。ソルは薄く開いた目に映る光景を確かめるために盛大に瞬きを繰り返した。二の腕を枕にして金髪の子供が寝ている。――子供が。
「おい、人の腕枕にして寝てんじゃねえ」
 一体何が起きた? 腕を引き抜き、子供の身体を揺すぶる。軽い。今のカイもなかなかに細身だが、この子供は病的に軽い。まるで昔のような。まだカイが幼く、あどけなく、ヘッドギアの下にあるしるしのことなど、思いもよらなかった頃のように。
 子供は寝覚めが悪く、ぐずるような呻き声を漏らす。それでも執拗に揺すり続けていると、やがて「うるさい……」と声変わり前の上ずったソプラノでさえずり、緩慢に目を見開いた。
「なんですか、いったい…………う、うわ、うわあっ?! そ、ソル?! ど、どうしてわたしのベッドに、で、出てけーっ!!」
 その後の叫び声は、殆ど金切り声と言って差し支えのないものだった。ボーイソプラノによる暴力的なまでの絶叫は聴覚に優れたソルの耳を瞬間的に不能にするほど甲高い。ソルは耳が潰れそうになる心地をこらえながら必死に記憶を手繰る。ああ、これは、本物だ。本物のカイ=キスクだ。しかも十四歳の頃の。昨晩成長したカイと寝た記憶があるので身体が縮んでしまったのではという線も検討していたのだが、どうやら過去にソルだけ飛ばされたという線で確定らしい。
 ソルはじたばたと暴れるカイの手を「ざってぇ、黙んな」と振り払い、上体を起こした。あたりを見渡すと、覚えのある室内が目に入る。壁に乱雑に貼り付けられた無数のメモ、机の上に無造作に積み上げられた量子物理学の本。それから吸い殻がこんもり溜まった灰皿、床にうち捨てられた赤と白の制服。ソルが聖騎士団に滞在していた頃の自室だ。ソルは片耳の穴に指を突っ込み、もう一方の手のひらで暴れ続けていたカイの襟首を引っ掴んで持ち上げた。
「うるせえ、わめくんじゃねえ。耳がいかれちまうだろうが。だいたいなんだ、ここは俺の部屋なんだから、このベッドも坊やのじゃねえだろ」
「離せ離せ、はなせ――って、え、う、うそ。……ほんとだ。私の部屋じゃない……。え? どうして? なら、なんで、わたし…………あ……」
「なんだよ」
「……あなたに、運んでもらったんでした。ちょっと……血が出すぎてしまって。私の……その、治癒依存をみなさんに言わない代わりに……帰りは大人しく担がれてろなんて脅すから……それで……」
 それで運ばれているうちに安心して意識を失ってしまったんです、という釈明は、最後になるにつれて小さくぼそぼそとしたものに成り代わっていった。
 ソルは「そうか」と頭を撫でてやると息を吐いた。これで大まかに事情は掴めた。カイの声変わりは短く、彼が十五の誕生日を迎えてすぐに始まり、そうして数ヶ月でぴたりと終わった。カイの悪癖である過剰治癒を咎めたのも確かに声変わり前のことだ。この頃のカイはとかくやかましく、ぴぃぴぃとすぐわめき、よくわからない生き物だった。今もそうだが五割増しでひどかった。
「なるほどな。で? 身体は平気なのか。見たところ貧血の様子もなさそうだが」
「え、ええ、はい。ソルの部屋で寝ていた以外に不具合はありません。な、なんですか? 急に。変なものでも食べました……?」
「いや、逆だな」
 カイがあからさまな訝しみの眼差しを向けてくるがお構いなしに頭をなで続けていると、いやいやと頭を振られる。しかしそれにしても心外だ。テメェの身体の調子を慮ってやっただけで宇宙人でも見たような反応をされるとは。ソルの記憶では、出会った頃からしょっちゅう気にかけてやっていたはずなのだが。何しろ目を逸らしていても視界に入ってきて、またそのいちいちがあんまりに危うい有り様で気に掛かって仕方ないので、不本意ながら面倒を見てやらざるを得なかったのだ。放っておけばすぐにも死んでしまいそうだった。それも偶像をお仕着せられたまま、そんな寝覚めの悪いことを目の前でやられたくはなかった。
「なんですか……」
 ソルがいつまでも頭を撫でるのを止めないので、とうとうカイは頬を膨らませてぶすくれ始めた。まず近頃はお目に掛かることのない、子供っぽい仕草。大人になった彼の持つあだっぽさはどこにもなく、ただ純粋で無垢で、故に無知で愚かしい、少年の美しさがそこにある。
「ガキだな、坊やは」
 思わずそう口から弾み出て、ふ、と笑ってしまう。そうするとカイはますますぶすくれ、そのうえ変な顔になった。それからソルの顔をおずおずと見上げて嫌そうに顔を歪める。
「あの、本当になんですか? いつもより子供扱いが酷いし」
「あー、まあ、気にすんな。それより坊や、誕生日は」
「え? 明日ですけど。これでもう十五歳ですよ。だからいつまでも子供扱いしないで……うわっ!」
 そこまで確かめると、ソルはひとしきり頷いていきなり変な顔をしたままのカイを押し倒した。カイの誕生日は明日で、カイの声変わりが始まったのは十五の誕生日の直後で。そしてソルの記憶が正しければ、カイと関係を持ったのもその頃だ。
「そんなに大人になりたいなら、してやろうか」
 それなら、「こういうこと」もあるのかもしれない。すばらしく悪い顔をにんまりと浮かべ、カイのやわらかい肢体を組み敷く。カイは何が起こったのかまるでわかっていない顔のまま、「え」と小さな悲鳴を上げた。態勢を変えたことで、それまで布団を被って隠れていたソルの下肢が彼の眼前で露わになったせいだった。
「え? ソル? なに、その、色が濃いの。え? あなた生殖器が腫れてません? 医務室はここじゃありませんけど?」
 なるほど処女だ。
 反応は恐ろしく初心だった。まるっきり、セックスなんかさせられたことはありません、という顔だった。カイの顔には本能的な恐怖こそ混じっていたが、殆どは未知の現象に対する好奇心と驚きで占められていた。
「医務室に行く必要はない。病気で腫れてるわけでもない。……それよか、だ。子供扱いされたくねえんだろ? なあ?」
 それを確かめ満足し、ソルは悪質な笑みを浮かべたままあんぐりと開けられたカイの小さな口腔内へそれをぶちこんだ。
「む、むぐっ、むぐぐ――?!」
 勃ちあがりかけの性器を無理矢理イラマチオさせられたカイは、まるで状況の理解が追いついていない状態のままただくぐもった声だけを上げた。ソルが近頃慣れていたカイなら入れられた瞬間諦めたように舌で愛撫をしてくれるのだが、当然このカイにそれは期待出来ない。ゆえにソルはカイの身体を押さえつけて身勝手に腰を動かした。テクニックもへったくれもなく、拙い舌はいきなり口に含まされた物体の動きに翻弄されていたが、その不格好さにかえって興奮した。大人になったカイの巧みな舌技の何倍も、今この瞬間はそれが心地よい。
 息が苦しいのだろう。くぐもった声音に、次第に不満と怒りが混ざり始める。説明もされずになにかが始まったことへの不満、ソルだけが楽しそうな表情を浮かべているのに自分はひたすら辛い思いをさせられているという意味不明な状況への怒り。戦場でギアを狩っている時はろくすっぽ動かない表情筋がそれらの感情を雄弁に伝えてくる。ソルはひどい興奮のまま、カイの喉奥を抉るつもりで腰を打ち込んだ。カイがえづく。それを合図に、まだ射精もしていないが、一度ずるりと外性器を引き抜く。
 やっとのことで呼吸を許され、カイは激しく咳き込むと目尻に涙の溜まった双眸でソルを睨み付けた。
「げほっ、げほっ、う、うぅ。せ――説明!」
「言ったじゃねえか、大人にしてやろうか、って」
「説明になってない! 詳細!!」
「つまりセックスだよ、坊や」
「な。な、は、せっくす?」
 せっくす、ともう一度舌っ足らずにその単語を繰り返し、直後顔がぼっと赤く染まる。どうやら言葉の意味自体は知っているらしい。カイは真っ赤になった顔をぷるぷると震わせてソルの顔を見、そしてソルの下肢を見遣った。ソルのそそり立つ雄を見てカイの顔は余計に赤くなった。あれが自分の口の中に無理矢理入れられていたという意味を、わからないなりに感じているようだった。
「お、大人になるって、セックスをすることなんですか?」
 カイの声は震えていた。震えの理由は、未知への恐怖が半分、それから、「なんで私があなたなんかと」という疑問が半分だった。
「ああ、そうだ」
「え、でも待って、なんでソルと私が。おかしい……おかしいですよ。それに怖い……」
「大丈夫だ、俺に任せときゃうまくいく」
「いやでも、そんなばかなことが……ひいっ?!」
 背中をさすりながら力強く肯定すると、徐々にカイが場の空気に流され始める。ちょろい。そういえばこの頃のカイは、自分が知らないことも多いという理由で、一応実力を認め始めたソルの言うことを割合素直に受け取る傾向があった。紅茶の茶葉をやったりティーカップを買ってやったりしていたのも手伝っていたのだろう、今のカイに比べると随分素直で、「自分が折れてやったんだ」という顔をすることもなければ「しかたないなあ」なんてぼやくこともまるでない。かわいいものだ。
 なら、もう一押しだな。ソルは右手をカイのスラックスに滑らせ、するりとパンツごと反脱ぎにさせてしまう。まだ少年然とした、自慰ひとつしたこともなさそうな薄紅色の性器が中から零れ落ちてくる。するとカイのただでさえ赤かった顔が余計に温度を増し、やかんで湯が沸かせそうな色になる。
「や、やだ――」
 しかしお構いなく手のひらで握り込み、同時に、左手はその更なる奥へ這わせて人差し指をぐいと伸ばした。
「――っ! う、うぁ、な、なに、これ……」
 ちょっと触ってやっただけで、カイはすぐさま身もだえを始めた。身体中どこもかしこも敏感だったが、その趣は、昨晩抱いた熟れきった身体とは百八十度異なる様相を呈していた。大人になったカイの身体が抱かれ慣れているがゆえに敏感なのに対し、このカイは、何も知らないゆえにあらゆる場所への刺激に神経過敏になっていた。ごつごつした指先が少し鈴口を掠めればびくんと腰を跳ね上げさせ、亀頭を舐り、竿を揉みしだいてやれば声にならない悲鳴を上げる。その隙に左指はきつく閉じられた場所へ侵入を果たし、外性器への刺激を隠れ蓑に穴の中をほじくり返し始めた。
 未だ穢れを知らない場所は、しかし第二次性徴期を迎え始めたばかりの柔軟さでソルの指に応える。濡らすものがないので唾液だけつけて突っ込んでやったが、思いの外皮膚はよく伸びた。とはいえそれはまだ指が一本だからだ。二本目を突き入れたあたりで腰に回っていた気がこちらへ移ってくる。「ソル、やだ、な、なにしてるんですか!」カイが途切れ途切れに叫んだ。「そんな場所きたない!」涙声で相当必死だ。
「ひっ……あ、洗ってる、けど……、や……やだ、ゆびなんか、いれたら、やだ、だいたいわたし、まだ、あなたに好き勝手していいなんて言ってない……」
「は、知ったことかよ。大人になりたいんだろ? ならこのぐらいたいしたことじゃない」
「やだ、やだ、いやです! だってへんなんだもの。なにもかも……ソルに触られるとあちこち熱くなるし、あげくお尻の中に指なんか入れるし! セックス? セックスってこういうものなんですか? こんなことしなきゃ本当に大人になれないの?」
「少なくとも坊やはな。テメェみたいな難儀なガキには、このぐらいの荒療治も必要だ」
「うそ」
「嘘かどうかはテメェの身体に聞いてみな……」
 流石に排泄器官をまさぐられることには抵抗があるらしく、カイはいやいやと目をつむり、何度も首を振った。ソルは両手が塞がっているため、宥めすかすためにカイの額にキスをし、それから頬にも落とし、鎖骨の下をきつめに吸い上げ、最後に唇を吸い上げた。あちこち刺激されながらのキスにカイが抵抗を出来るはずもなく、ソルの分厚い舌はあっさりとカイの口腔内へ滑り込んでいく。先ほど咥えさせた性器の味が微かに残っているような気がしたが、無視した。小さくて柔らかくてふわふわした何も知らない唇は、綿菓子のようなメルヘンで形作られていた。しつこいキスに慣れたヌガーの唇とは正反対だった。
 殆どされたことのないキスに、カイは簡単に流された。溺れることも出来ないままなすがままにされて、言葉を根こそぎ奪われていた。キスをしている間に、カイの中に入れた指は三本に増えていた。大分無理をしてはいたが、なにしろカイの身体のどこに泣き所があるのかは全て熟知しているので、感じさせてしまうのは簡単だった。
 ソルは決して性急に事を進めたりせず、カイの反応に合わせて動きを変えていった。カイが落ち着いてきたタイミングを見計らってばらばらと動かしていた指先をまとめ、前立腺を指先が掠めると、電流でも流されたんじゃないかというぐらいに幼い肢体が飛び跳ねる。身体が派手に動いたせいで投げ出されるように顔が離れ、キスが終わる。口の端から涎が伝い、顔は泣きじゃくっていて、目は焦点が定まっておらず、本当に電流を流されたのかと一瞬疑ってしまうほど行為に翻弄されていた。ソルは面白くなってもう一度強めに前立腺を押し込んだ。今度は海老ぞりにのけぞった。降り積もった新雪を泥だらけのブーツで踏みしめているような心地がした。
(そういや、初物食いっつうのか、こういうのを)
 どの反応を取っても初心で新鮮でかわいい。ソルとの行為にこなれるにつれカイが喪っていったものの全てを、今下に組み敷いている少年は持ち合わせていた。性に対する年相応の好奇心と、真新しい反応。ソルにされるがまま弄ばれ、甘やかせば甘やかしただけそれに甘んじ、いじめればいじめただけいじらしい横顔を見せる。いや、大人のカイがまったくいじらしさをなくしてしまったわけではないのだが……でもやはり、何かが違うのだ。「知っている」と「知らない」には大きな隔たりがある。「慣れている」と「慣れていない」にも。月とすっぽんぐらい違う。不可逆の要素というやつだ。堕落した後の姿はそれはそれでそそるものだが、堕する前のものにはそこにしかない趣がある。
(しかしまあ、これがああなるんだから、大したもんだな)
 ずるりと指を引き抜き、まだ射精をしていない男性器を代わりに手に取る。イラマチオさせただけで放置していたが、がちがちに硬直して張り詰め、挿入には十分だ。
 まだぴくぴくしている身体を撫で回して上から下へ身体をなぞるようにキスを落としてやり、落ち着かせてやってから背中を支えてものを後口へ宛がった。
 カイが息を呑み、ソルの目を見る。
「い――いや!」
 そうしてカイは、ソルの瞳の奥を覗き込むとさっと顔を曇らせてきつく目を閉じた。
「いやです……いや……やめて……」
「なんでだ? こんなによがっておきながら」
「や、やだ……嫌なんです……」
「……わからねえな。拒絶するならもっと早い段階でそう出来たはずだろ。何故入れる直前になってそう頑なに首振ってる」
 さあいよいよだというところまで来ての強烈な拒絶に、ソルはかなりむっと来てへそを曲げた。尻は汚いからと言っていたのも快感に押し流されて結局受け入れていたカイが、ここまでソルを拒む理由がわからない。とびきり気持ちよくしてやれるのに。ソルが与えるものが心地よさだということは、カイの流され方からして、もう十分に伝わっている自信があった。なのにこの仕打ちだ。
 ぐい、と先端で入り口を撫で回すとカイの肢体がわななく。しかしカイは強情に目を瞑ったままふるふると首を横へ振るばかりだった。意地でも目を合わせたくはないと暗に言っていた。
「おい」
 ソルは苛立ちはじめ、乱暴に口を利いた。
「理由ぐらい言え。納得出来ない」
 ソルの声の剣呑さに別の意味でカイの身体が震える。しかしそれでもカイは目を開けない。ぴたりと両まぶたを下へくっつけたまま、カイは目尻から涙をひとしずくこぼし、怯えるように唇を開く。
「だってやっぱり、あなたへんですよ! だってソルは……いつも……なんだか焦ってて、こんなふうにゆっくり私を抱きしめてはくれない。それに……それに……なんだか、私を見てるはずなのに、私じゃない誰かを追いかけているみたい。そんなの、いや……!」
 それから、半分ぐずりながらそんなことを言った。
 ソルはその告白にぽかんとして、ちょっとした苛立ちが全部どこかに吹き飛んでしまった。言われてみればそれは明白なことだった。聖騎士団にいた頃のソルがいつも今のソルより切羽詰まった調子で過ごしていたのは事実だ。それに少年のカイを組み敷きながら、ソルはどうしても記憶の中の幼いカイと大人のカイをそこに重ねて考えてしまっていた。聡いこの子供は短時間でその全てを見抜いていたというわけだ。いやに余裕のある男が、自分の中に知らない誰かを見ている――そんな状態が嫌にならないわけがない。
「坊や、余裕のある大人は怖いか?」
 カイのまぶたを開かせ、今目の前にいる少年のことだけを真っ直ぐに見遣る。カイは小さく頷き恐る恐るソルの目を見上げた。二人の視線がかち合い、お互いの姿以外が世界から消え去った。
「はい。どこか遠くへ、行ってしまいそうだから。……でも、抱きしめてもらえるのはうれしいです」
「そうか。なら、たまにはいいこともあるんだなぐらいに受け止めとけよ」
「……ちゃんと私のこと、見てくれる?」
「坊やが俺に大人しく抱かれてくれるのならな」
「……信じますから――あっ!」
 まって、ずるい、という声を再びのキスで強引にふさぎ込んだ。ソルにしては珍しく優しいキスに努め、カイの両腕を自分の身体に回させる。気を紛らわせるように舌と舌を絡め、綿菓子にお似合いの甘ったるい口づけを交わし、処女を奪う。
 形式として慣らしはしたものの、入り口は狭窄な上強情で、挿入は恐ろしく困難を極めた。しかしもう、ソルはカイの様子を彼の未来の姿と重ねたり比較したりはしなかった。鋭い痛みに襲われているカイの身体をあやし、導くことだけに神経の全てを集中させた。
 カイの身体を支え、キスをし、痛みが紛れるように竿も弄くってやりながらゆっくりと腰を押し進めていく。しかし無理矢理の行為であることに代わりはなく、程なくして、皮が切れる音と同時に生ぬるい液体が肉と肉の間を流れ始めた。まるっきり破瓜の血だな。大丈夫だと言ってやる代わりに背をさすって舌を吸い上げる。穴はひどく狭く、半ば過ぎまでを突き込むのでもう限界だ。
 でもそれで十分、構わなかった。ソルは浅い位置でゆるやかに律動を開始し、さっき指でさんざんかわいがってやった場所をまたいじめ抜いた。自分でもまだ知らない場所を刺激され、押し込められ、抉り抜かれる度、カイは徐々に快楽に素直になっていった。
「カイ」
 唇を離して名前を呼ぶ。そる、と息も絶え絶えに答えが返ってくる。目尻に溜まったものを舌で舐めてやると「ひゃっ」と少女のような声を出す。
「ソル、わたし、」
「ああ」
「これで……ちゃんと大人になれますか?」
「……。ま、いつかそのうちな」
 曖昧に返事を濁し、ソルはありったけ欲望をぶちまけた。挿入が浅いせいか、勢いよく放たれた液はまっすぐにカイの奥底へ飛び込んで行ってそれほど漏れ出してこない。ああ、全然、まだ出せるな。そんなふうに考えていると、不意に視界が白んでいく。
「ねえソル、わたし――」
 ソルは抗うことなく、遠のいていく感触に意識を委ねた。なにやらカイがこちらを呼んでいる気がするが、あとのことは元の時代の自分がよろしくやってくれるだろう。


◇◆◇◆◇


「おはよう」
 再び目を醒ますと、今度もまた、すぐ隣に金髪の人間が横たわっていた。ただし変声期もすっかり終わり、成長しきって背も伸び、髪も長い姿で。大人のカイだった。ソルが認識している「今」を生きる、イリュリアという国を治める王の姿だ。
「なんだか、いやに気持ちよさそうに寝ていたけれど。……何の夢を見ていたんだ?」
 カイがソルの肩を撫でながら訊ねる。甘やかされるどころか気遣ってくるカイの調子に、ソルは緩慢に首を振って溜め息を吐いた。
「でかい」
「は? 何を言ってるんだ、お前は。私の寸法も、お前の寸法も、昨夜から何も変わっていないが。夢の中でガリバーの小人にでもなっていたのか」
「小さかったのはテメェだ……」
 再び、「頭でも打ち付けたか?」という心配の声。すれているわけでもないが、うぶでもなんでもない、見慣れたカイの姿だ。ソルは布団以外一つも布を被っていないカイの肢体をじっと見回した。首筋と鎖骨のあたりにひときわ派手な鬱血痕が残っている。熱心に見ていると、それに気がついたカイが「おまえがつけたんだぞ」となんでもないふうに言って来た。新雪はどこにも降り積もっておらず、もう氷になって固まってしまっていた。
「いや、本当、どうしたんだ? こんなの珍しくも何でもないだろうに。何かおかしなものでも食べたのか」
「初物食いってな、一度しか出来ねえからそう言うんだな……今になってそれが嫌ってほど骨身に染みてる」
「はあ。初物のワインなら毎年何かしらでいただいているけれど。……あー、いや、そういうことじゃなさそうだな……」
 カイの腰をいやらしい気持ちで撫でさすりながらしみじみ呟いていると、流石に彼もソルの言わんとしていることに気がついたらしい。カイは深々と嘆息し、「まったく仕方ないなあ」とありありと顔に浮かべながらソルの頬にキスをした。労るようなキスは、カイが子供の頃にはうまく出来なかったものの一つだ。そうして、今のソルが好きなものの一つでもある。
「でもたぶん、今の私がお前に心地の良い全てを提供できるのは、お前が私の初物食いをしたからだぞ」
 それからカイは小さな声でソルの耳元に耳打ちをした。まったくその通りだった。大人になったなりのかわいげにたいそう満足し、ソルは深々と頷くとカイの細腰を抱き寄せた。