つまらない話



 まあ、聞いてけよ。
 お前も俺と同じクチなんだろ。そう。カイ様に報われない恋しちまった手合いだ。そうか。だろうと思ったよ。だから噂の真相を確かめておきたいって、そういうことだろう。
 何、長い話にはならない。本当につまらない、短い話だ。だが俺達が絶望するには十分な内容でもある。聞いたあとにどうするか決めるのは、お前の仕事だ。
 ――この前の夜だ。
 どうも、うまいこと寝付けない日があってさ。まあ出陣の帰りだったからな。しかも運のいいことにカイ様の指揮する部隊に入ってた。その条件で生還したんだから万々歳さ。当然のように神経がたかぶってて……で、それでまあ同室のやつらと肝試しをすることになった。
 その頃、三階の廊下では夜な夜なおかしな声が聞こえるって評判だった。だが声を聞いたという奴は頑として詳細を語りたがらないんだ。それで噂に尾ひれがつき、三階の廊下には幽霊が出るって話が団のあちこちを一人歩きした。
 三階の廊下って言ったら、日常的にみんなが使ってるエリアだ。そんなところに幽霊がいるとなったら、まあ無視も出来ない。別にエクソシストでもなんでもないが、まあ、悪霊退治でもしてやろうと軽い気持ちで俺はそこまで行って、ぶらぶらと廊下を歩き回った。
 ……そうしたら、なんか、本当に聞こえてくるんだよ。だがソイツは恨みの籠もった幽霊の喘ぎ声なんかじゃあない。どっちかというと、喘ぎ声の類だ。こんな時間にオナニーか? それともゲイカップルが空き部屋に忍び込んで盛ってんのか? ……そんなふうに思ったんだけど、おかしいんだ。そのぐらいで噂になんかなるはずがない。
 そこでじっと立ち尽くし、俺は渋々ながら喘ぎ声に耳を澄ませた。
 で、そのうち気がついてしまう。声が高いんだ。でもここは男子寮だ。女の連れ込みは厳しく制限されてる。街の女は当然、数少ない女団員だってここにいられるはずがない。当然だが、まかり間違っても食堂のアンナばあちゃんじゃない。
 それで俺はこわごわと声が聞こえてくる方に寄って行った。部屋を確かめるためにな。
 そのあたりから、面白半分だった俺の意識がはっきりし始めた。俺がいたエリアは団長室にほど近く、あのへんに寝泊まりしてるのはクリフ団長とわずかな人員だけだ。俺はその予感に冷や汗が伝うのを感じた。それで――そいつは、部屋の主を示すプレートを確かめて確信に変わる。
 ルームプレートに書かれていた名前はカイ様のものだった。
 俺はその表記を確かめて一目散に逃げ出した。部屋から漏れてる甲高い喘ぎ声がカイ様のものだって認めたくない気持ちが少しと、それから、カイ様に手を出せるような相手が一体誰なのか、それに対する恐怖がほとんどだった。カイ様の声に嫌がってる調子はなくて、俺はもうホントこれが夢ならいいと思った。もしかしたら夢なのかもしれない、って今でも思う。
 逃げた後のことは良く覚えていない。気がついたら自室のベッドの中にいて、部屋には朝陽が差し込んでいたうえ、ベッドの中は夢精でべたべただった。実に最低の目覚めだ。
 そのあとは、努めて冷静を装い、食堂へ向かった。このつまらない「悪夢」を、気心の知れた奴に話して笑い飛ばしてもらいたかった。
 だけど、悪いことってのは続くんだな。俺は友達を見つけるより先に、食堂に入ってくるカイ様を見つけてしまう。
 カイ様の隣にはあの人がいた。
 あの、「軍神」様だ。クリフ様に重用され、カイ様のお気に入りになったあの人は、とうとうカイ様に――。でも、俺はそれに怒りも憎しみも嫉妬も、何一つ抱けなかった。俺ではあの人にはなれない。……俺では、カイ様にあんな笑顔をさせられない。
 俺は項垂れてもそもそと朝食を口に運んだ。声を掛けてくれた友人への挨拶も気もそぞろでろくに出来なかった。
 それだけの話さ。
 本当、つまらない話だよな。