淫魔



「あ゛っ、ぁあ、うあ、ぐ、う゛、うーっ」
 口から濁音まじりの声が切れ切れに漏れる。これでも、口は押さえようとしているのだ。なのに勝手に開いて、涎まで垂らし、まったく、意思の通りに動かない。
 でもそれも仕方がないことだった。何せこの男の抱き方に遠慮とか容赦というものはあまり期待出来ないのだ。とりわけ、今晩は。
「う゛あっ、あぅ、や、やだ、そる、」
 ついさっき射精したばかりとは思えないほど元気なものを勢いよく出し入れしながら、ソルの手が私の足首を乱暴に掴み上げる。折り曲がった足で蹴り飛ばしてやろうという気力さえ残らない。身体中から酷く破廉恥な音がしている。肉が擦れて、ぶつかり、乾いた音を立てる。かと思えば生ぬるい体液があふれ、聴覚からさえ私を犯そうとする。
「そる、おねが、はげし、やめ……」
 息も絶え絶えに懇願してみるが聞き入れる様子はない。というか、聞こえているかどうかさえ怪しい。強引な抽挿を繰り返して私の奥深くを暴こうとしているソルに、理性というか、歯止め、みたいなものが残っているようにはとても思えない。
 でも、まあ、それも……仕方がない。ソルは怒って当然だし、まあ、こうなってもいいかなと思っていた部分も、あるわけで。
 つまるところ自業自得なのだ。さっきまで――十数分ぐらい前までは私の方こそが好きにしていた。はしたなくソルを咥え込み、餓えた子供のように喰らいつき、ほしいままに貪った。あの熱くて……とめどなく私の中を満たす精液が出てこないことこそ不満ではあったが、まあそうしているのは私だったし、ソルは射精するとすぐ調子に乗るから、ほんの僅かな間でも私が優位に立ち続けていられるのはとても気持ちのいいことだった。
 一際奥深くまで侵入するのと同じタイミングで、ソルの歯が私の唇に触れる。犬歯が食い込む。皮が破れる。鮮血が溢れ、それを、さも美味そうにソルが舐め取る。
「なあ、坊や」
 ソルの私を見る目は静かだ。でも、私を冷ややかにみているというわけではない。怒りは確かにあるが、これは、静かな炎を宿し、絶対的優位な立ち位置から私に処刑台の鐘を聞かせようとする、宣告者の瞳だ。
「あんま、心にもねえことを言うのはやめろよ。やめろ? いやだ? なんだ、そりゃあ? 我慢は身体によくねえ。俺は常日頃から言ってるな。そいつをベッドの上でまだ言わせる気か」
 どくり、と重なり合った肉が脈打つ。あつい。もはや私の中に埋まる彼は異物ではない。私は熱に浮かされた頭で遠くから聞こえるソルの声に耳を澄ませた。繋がった私達の身体、その、どこまでが「わたし」でどこからが「おまえ」なのか、私にはもう、わからない。
「楽しいんだろ? テメェの身体はこんなに悦んでるじゃねえか。あれだけ煽ったんだ。ハナから、こういうのがお望みだったんだろうが」
 囁きが耳に落ち、神経を通って、脳髄に到達する。
 ああ、わたしたちは、繋がっている。継ぎ目もわからず、皮膚という皮膚はぐずぐずに蕩け、流れる血液を混ぜあい、知覚出来ぬほど深い場所で交わる。うまく言葉を発する事が出来ない私は、口を動かす代わりに指先をソルの身体に伸ばして返事をした。ソルの口端がにまりとつり上がる。契約を成就させた、悪魔のような顔をしている。
 だけど――わかっているのだ。
 私は瞬き一つせずじっとソルに魅入った。私を犯す悪魔の目に映る誰かの顔は、悦楽に溺れ淫楽を貪る、淫魔のかたちをしていた。