下克上の準備



「どっから出してきた」
 唇に挟まれたものを見てソルが怪訝な声を出した。怪訝な声というか、若干震えが含まれている。私達が今取っている体勢のせいもあってか、今日のソルはなんというか、押され気味の気がある。
「この前私物の整理をしていたら出てきた」
「……テメェでもそんなもん買うのかよ」
「いや、パリの家に住んでいた頃お前が持って来て使いもせずに置いていった遺物だが。結局あの時、お前は自分が買って来たのにも関わらず、『よく考えたら坊や相手に避妊はいらねえな』とか適当なことをほざいて封を開けもしなかったからな」
 にこりと述べてやるとソルがむせこむ。覚えがあるのだろう。あってもらわないと困るが。本当のことだし。
 私は口端に咥えていた袋を手に取り、ぴりりとパッケージを開ける。箱にでかでかとしたゴシック体で「驚きの薄さ!」とか書いていただけあり、本当に薄い。台所用使い捨てゴム手袋の半分ぐらいの薄さなんじゃないかと思う。これ、本来の役目をちゃんと果たさないんじゃないか? まあいいんだけど。
「おいカイ、待て」
 ソルがあわあわと私に手を伸ばし、ゴムをひったくろうとしたが、容赦なくはたき落とした。そしてすでに勃起し上に乗った私に張り付いている陰茎を雑に握り込む。ひぎぃ、みたいな変な声がソルの喉から漏れる。なんだ、そんな、情けない顔をして。こちらはセックスの準備をしてやっているというのに。
「あるものは、有効に使って構うまい?」
「お、俺はな……よく考えてみたらあんま好きじゃねえんだよ……ゴムつけてやるのは……」
「ならどうして私の家にこんなものを持って来たんだ」
「そりゃおまえ若干二十三歳の坊やはうぶでいらっしゃるから、そういう青臭いの相手に使うぶんには、恥じらったり嫌がったり顔を赤くしたりして面白かったからで……」
「ふうん。では最初から私に配慮していたわけではなかったということか」
 口で端をひっぱり、広げたゴムを大変元気のよろしいソルにゆっくりと被せていく。何故かこういうところでケチらないソルが仕入れてきたゴムは伸縮性に優れ、いつ見ても自重のかけらも見受けられないいちもつにぴったりとフィットした。限界までしっかり伸ばして装着しきると、ソルが「ぐあ」と呻く。そんなに嫌なのか。
「はっきり言わせてもらうが、正直私は掃除をしていてこれが出てきてよかったかもしれないと思っている」
「ああ、そうかよ……」
「そうとも。だってお前がひとりでに百面相してくれるからな。私にまたがられたその下で、そういう顔をさらすことは滅多にないし」
 だからとても楽しい、とひとさし指でつついてやりながら言うと、ソルは何か、覚悟を決めたような顔になった。私が騎乗位でまたがっているから、この前のちょっとしたいたずらのことを思い出しているのかもしれない。私はほくそ笑む。お望みなら、前回の改良版を試してやるのもやぶさかではない。技術は日進月歩だ。前回は三十一回目にして破られてしまった私の射精管理用の術式も、実はあれからさらに研鑽を重ね、強度を増している。次こそ破らせてやるものか。
「どうせお前はいつも好き放題させているんだから、私にも、お前の色々な顔を見せて欲しいものだな……」
 猫のように背を丸め、顔を近づけて囁いた。ソルは胡乱な目をして私を見上げていた。しかし、その目の奥底に宿る色、そして何より私の太ももにびたりと張り付き、ゴムにまとわれて余計に存在を主張してくるものの硬さが、ソルが本当は全然諦めてなくて、心の奥底ではどうやって優位を取る私に目にものみせてやろうかと考え続けていることを伺わせ、私は挑みかかるように微笑んでそれに応える。無論私も、負けてやる気なんかさらさらないのだ。