個々神々の力に縛られて 漸く時は動き出す 汝終わりを求めるなかれ 汝安寧を求めるなかれ 汝幸福を神に祈るなかれ そんなモノ、届きはしないから。 Piece of darkness 目醒めてまず思ったのは、なんだか視線が高くなっている気がするなあ、ということだった。 「あれ・・・・・・? 俺台かなんかに乗ってる?」 声を出してみて、更に気付く。 「・・・・・・ん? 声低くない?」 「そりゃそーヨリンク・・・・・・よく見てヨ! キミ、大人になってるのヨ!!」 ナビィに言われてはじめて、リンクはその異変について正確に把握したようで、素っ頓狂な声を上げた。体はもう充分に成熟した大人のそれだったが、反応や動きのひとつひとつはまだ少年のもので、それがなんともちぐはぐだった。 「やーっとお目覚めネリンク。ナビィ退屈で死にそうだったのヨ!」 「死にそうってそんな・・・・・・しかし俺は何で成長してるんだ?」 「そんなの簡単ヨ。マスターソードを手にしたその時からずーっと――リンクは眠っていたのヨ」 「その通り」 ナビィの台詞に、どこか中性的な声が応えた。ナビィは慌てふためいてリンクの周りを飛び回るだけだったが、リンクの反応は極めて迅速かつ的確であった。 ナビィが見やる頃には、リンクは声の主の喉元を剣の切っ先で押さえていたのだ。 剣を寸前まで突き立てられ、尚涼しい顔をしているのは奇妙な文様の装束を纏った青年だった。どこかで見た印だな、とリンクは思う。 「退魔剣が君を主と認めているか・・・・・・素晴らしい。僕はこの時を待っていた」 「・・・・・・何者だあんた」 「そうがなるな。僕はシーク。シーカー族の――生き残りだ」 「シーカー族っていうとインパさんの・・・・・・」 そう言った直後、リンクは思い出し、歯噛みした。インパの操る馬に乗ってハイラル城から遠ざかっていったゼルダ姫。彼女は今どうしているだろう。無事逃げおおせたのか。泣いていないだろうか。苦しんでいないだろうか。 まだ、笑えるだろうか。 「インパもシーカー族であることに間違いはないが・・・・・・あいにく僕は単独行動を取っている。彼女と接触を図るのは難しいな」 「肝心なことがまだ聞けてないな。あんた、何をしにここにいる」 そう聞くと、シークは肩をすくめるような仕草をして言い放った。 「それこそ明白なことじゃないのか? 先程も言っただろう、僕は君を待っていたと。七年間聖地へと封じられていた時の勇者が覚醒するのを」 「時の・・・・・・勇者?! 俺が?!」 「そうだ。君はトライフォースを宿しマスターソードの主たる資格を得た。――理解できたか、君は神に選ばれたんだ」 淡々と告げられるシークの言葉に、リンクは身震いした。それは与えられた使命への武者震いでもあり――また、得体の知れない青年への少なくない恐怖からくるものでもあった。 「あんた・・・・・・なんでそんなに知ってるんだ」 「悪いがそれはトップ・シークレットだ。おいそれと他人に教えられることではないが・・・・・・あえて一つ、言っておこう。僕は闇に生きる一族であると」 後は自分で考えろ、というふうに軽くまとめるとシークはついてこいと合図をした。リンクは戸惑いつつも素直に彼に従う。何故だかはわからないが、従った方がいいような気がなんとなくしたからだ。 「まずは外へ出よう。辛い現実が待っているだろうが、君にはもうそれらから目を背けることは許されていない」 厳しく断定するその言葉を裏付ける光景を、この後すぐにリンクは目の当たりにすることとなる。 ◆◇◆◇◆ 時は遡り。 陥落したハイラル城から、ゼルダ姫は無事に逃げおおせていた。引き換えに失ったものも多かったが、幸いなんとか彼を聖域へと送り届けることは出来たのだ。彼女にとってそれは充分な戦果だった。 「インパ。重ねてわがままを言って申し訳ないとは思います。けれどお願いしたいことがあるのです」 「は。・・・・・・なんでしょう、姫様」 「・・・・・・わたくしは。『ゼルダ姫』を眠りにつかせようと思っています」 その言葉を受けたインパの混乱は想像に難かった。途端、蒼白な面持ちで彼女はゼルダに詰め寄った。 「な・・・・・・なにを仰っているのですか姫様!! それは一体どういう・・・・・・」 「落ち着きなさい、インパ」 取り乱すインパを静止し、ゼルダはなおも続ける。 「たった今。”彼”がフロルに選ばれ、勇気のトライフォースをその身に宿しました。わたくしには、それが感じられる」 「では、彼はマスターソードを」 リンクがトライフォースを手にした、というゼルダの言葉にインパが多少安堵の色を見せる。しかしゼルダは、その安堵を真っ向から否定した。 「いいえ。彼は真に聖剣の使い手とはなりませんでした」 「ですが姫! トライフォースに選ばれればマスターソードはその者を認めると、そう姫は仰ったではありあませんか!」 「ええ。ですから、彼はマスターソードに認められてはいます。けれど・・・・・・時が、足りない」 ゼルダに突きつけられた現実に、インパは口ごもった。その言葉は重く絶望的な可能性を連想させる。即ち、彼がマスターソードの真の使い手足り得る前にガノンにこのハイラルを奪われてしまうという可能性だ。 「彼が目覚めるまでにはあと、おおよそ七年の時を要します。その間聖地の扉がどうなっているのかはわからない。閉じればいいですが、彼が聖地にいる限り開き続けるのだとしたらいずれガノンはそれに気づき、残りのトライフォースを手に入れようとするはず。リンクは聖地が守ってくれます。ですから、今真に対策を講じるべきはこのわたくし」 「そんな・・・・・・ハイラル王家が代々守り通してきたトライフォースがあのような者に渡るなど・・・・・・」 「しかしこれは避けられない未来です。ならばわたくしたちに出来るのは、そのうえで更なる悪夢を重ねないこと。・・・・・・わかってくれますね、インパ」 ゼルダが発する言葉には、彼女の強い意志が感じられた。そこにはすでに品格があった。王としての威厳を、彼女は既に備えていた。 ともすればインパとしては、従わざるを得ない。 それが例えどんなに理不尽なことであっても。どんなに彼女の為にならないことであっても。 「・・・・・・では、姫様。”ゼルダ姫を封じる”という言葉の意味は?」 「簡単なことです。――ネールの力も借りて、魔法でわたくし自身を偽装します。ゼルダという一個人を忘れ、新たなる人格に塗り替えて。瞳と髪の色も変え・・・・・・そうですね、念のため性別も変えましょう」 「少々やりすぎでは」 「とんでもない。このぐらいやらなければガノンに見抜かれてしまいます。それに、私自身がネールのことなど覚えていない方が都合がいいでしょう」 それがゼルダの決断だった。彼女の意志であり、インパにとっては主の命でもあった。 だからインパはもう口出ししなかった。彼女とてわかっている。そうすれば、彼のことも忘れてしまうと。そうすれば、彼にわかってもらえなくなると。それでも尚――彼女は国の為にその身を差し出すのだ。 ゼルダ姫は、生まれながらに神と盟約を結んだ少女。 生まれながらに王たる資質を兼ね備えた彼女を、インパはただ黙って補佐してやればよいのだ。 ◆◇◆◇◆ 「なんだよ・・・・・・これ・・・・・・!!」 「ヒドイ・・・・・・うう、邪悪のエネルギーが強すぎてナビィ苦しいヨ・・・・・・」 七年ぶりの城下町は、濃密な魔の気配に侵されていた。目に映るのは見渡す限りの暗雲と、そして住人とそっくり入れ替わったかのようなリーデッドだ。 「こりゃ抜けるのも難しいな・・・・・・ふむ。アレ使ってみよう」 今や唯一のゼルダの思い出の品となった時のオカリナを取り出し、日の出を告げる"太陽の歌"を奏でる。効果はわかりやすく、リーデッド達は硬直して動かなくなった。 「今の内にこの街を出よう。・・・・・・あいつ、サリアがどうとか言ってたし」 「うん・・・・・・心配だヨ・・・・・・」 ナビィもしゅんとして、俯く。 「うう・・・・・・わかってはいるけど気落ちしちゃうネ・・・・・・」 「でも、元気出さなきゃダメだナビィ。気を強くもたなきゃ」 「そうネ、わかってる」 城下町をなんとか抜け、ハイラル平原に出る。幼い頃はもっと広大に感じられた大地も、今となっては少しばかり狭くなったように感じられた。 コキリの森へとたどり着いたのは、もう夜も明けようかという時分のことだった。懐かしい顔をどこかで期待していたリンクだが、いの一番に目に飛び込んできたのは巨大なデクババもどきだった。 「おわっなんだコレでかっ?!」 「デクの樹サマが居なくなって、森を守るものがなくなったからネ・・・・・・」 守護者の居ない土地。確かに侵攻にはうってつけだろう。その隙をガノンに付け入られたのも腹立たしいが、何よりもサリアの、森の仲間たちの無事が心配だった。その為、リンクは足早にいつもサリアが居た森の聖域を目指して歩いたのだが―― 「誰だ、お前・・・・・・この先には一歩も通さねえからな!」 思いがけない顔に、それを阻まれた。 「お、お前・・・・・・ミド?! ミドだろ?! 良かった、まだ無事だったんだな!」 「だ、誰だよお前! ・・・・・・そうか、サリアを襲いに来たんだな! そんなコキリっぽい服着ただけじゃオレ様の目は誤魔化されねーぞ!!」 「こ、コキリっぽいって・・・・・・俺は正真正銘の・・・・・・」 「うるせえ! コキリ族は成長しない種族なんだ、お前みたいなでかい奴がオレらの仲間なわけないんだよ!」 手酷いミドの言葉に、リンクは動揺した。そうだ。コキリ族は成長しない森の妖精。でも自分はハイリア人だ。だから、成長してしまった。大人になってしまった今の姿では・・・・・・彼らには、自分がリンクであると気付いてもらえないのだ。 リンクは少し下を向いて、それからすぐに顔を上げると時のオカリナを口に付けた。口で「俺はリンクなんだよ」、と言ったってミドは信用をしてくれない。それよりも、もっと手っ取り早くミドに訴えかける方法にリンクは気付いたのだ。 一音一音、慎重に吹いてゆく。子供の頃に森の聖域で彼女が教えてくれた、彼女が好きな歌を。 「それ・・・・・・サリアの・・・・・・。サリアはその歌、本当に仲の良い奴にしか教えなかったはずなのに・・・・・・お前、もしかして・・・・・・」 ミドの顔付きが、もしかしたら、というふうに変わった。けれどそのもしかしたらを、彼は口には出さなかった。 その代わりに。 「わかった。オレ、お前のこと信じるよ。お前、俺が嫌いだった奴に似てるんだ」 にかっ、と笑って、ミドはリンクに聖域への道を空けてくれた。 「随分とゆっくりだったな」 森の聖域へ着くなり、どこからともなく現れてシークは言った。彼という存在は本当に神出鬼没だ。 「この先に森の神殿がある。――ハイラルに眠る六人の賢者を目覚めさせろ。すべてはそれからだ」 「サリアは」 「この神殿に入ればじき、わかる。・・・・・・ちょっと僕のハープに耳を傾けてくれないか」 「? あ、ああ」 おもむろにハープを構えると、彼はそれを奏でた。聞いたことはないけれど、どこか懐かしい、そんな美しい調べだった。 「これは森のメヌエット。想い出を誘う調べ・・・・・・君のオカリナで奏でればどこからでもここを訪れることが出来る。いずれ役に立つだろう」 「・・・・・・サンキュー」 「シークって意外といい人ネー」 「バッカ、声でかいってナビィ!」 リンクとナビィのやり取りに、シークが薄く微笑んだ。そして、半ば自嘲めいた声音で言う。 「残念だが、僕は優しくなんかないよ。ただ、たまたま僕と君の利害が一致しただけだ。僕はハイラルの為に六賢者を目覚めさせたいが、それは君にしか出来ない。だから君を助けているまで」 僕は君を利用しているにすぎないよ、というそんなシークのぼやきに、しかしリンクは単純な返答でもって応えた。彼にはまぶしいくらいの、裏表なく、素直で純粋な言葉で。 「んー・・・・・・俺子供だからあんまりそういう難しいことはわかんないけどさ。利害だのなんだの言ってるけど結局シークは俺を助けてくれるんだろ? だったら俺にとってはそれだけで充分だよ。――ありがとう、シーク」 そう言う彼の、少年のあどけなさを思わせる屈託のない笑顔に。 何故だかシークは懐かしいものを感じて、胸の奥がちりちりと痛んだ。 その理由には、まるでぽっかりと欠落しているみたいに――彼自身まったく思い当たるものがなかったのだけれど。 |