その後の世界に
 無限の螺旋
 命運尽きて
 奈落の底
 堕つる深淵に
 楽園のおわり
 追放の末の
 別れの時を経た
 ひかりのさきの
 熟れすぎた紅き果実
 其れが導くは
 鏡合わせの遺す影
 罪にまみれた荊の先の
 永遠の物語は……



幕間 interval3




 その日。
 光と影は契約を結びました。
 かみさまに縛られた歴史を終わらせるために
 理不尽な運命に翻弄されたひとを救うために
 だれかがだれかを愛せるように。

 光は国の中心でかみさまの意思を探り
 影は国の裏でかみさまから彼を助け
 そしてある日彼らは決断しました。
「神の意志に背いても……ふたりをしあわせにしよう……」
 こころへの干渉。
 たましいへの干渉。
 それは誰かを犠牲にして成り立つ
 欺瞞の結論……
 彼らが求めたのは正しさではなく
 ごく少数の幸福
 しかしそれは絶対悪ではないのです
 誰かがしあわせになるということは
 誰かがふこうになるということだから……

 そして月日は流れ
 また彼の光がいなくなっても
 影は待ち続けました。
 最愛の姫君のために
 共に約束をした彼のために
 かつてすべてを喪った彼のために……

 何十年も何百年も彼は待ち続け
 その間も同じ歴史が繰り返されます
 物語が伝説となるのは
 果たしていつの日なのでしょうか……



◇◆◇◆◇



「守りが甘い。隙が多すぎる。――ほい一本っと」
「う……また負けた……」
「おいリンク……たまには勝てよ……」
「仕方ないだろ! ダークさん強すぎるんだよ!」
 大分やられてぼろっとした風体でリンクは言った。リンクの言うことは尤もだ。訳がわからない強さだった時の勇者のコピーであるダークの強さもまた規格外なのである。普通に戦えばリンクだって相当な強さだ。
 ダークはぶすくれるリンクの顔を見ながらけらけらと笑った。馬鹿にしているわけではないようだが、リンクは更に疲れた顔になってしまった。
「いやー、うん。可愛いなお前。あいつが気に入るわけだ」
「は……? か、かわいい……?」
「子供っぽいところとかな。もう子供って年でもないのにな」
「まあ……二十歳過ぎましたからね……」
 ダークと出会ってから既に四年が経過していた。当時再建中だったハイラル城は元通り以上に美しく築城され、その堂々たる威風をハイラル全土に轟かせている。
 四年というのは短いようで長い。その月日はゼルダを更に美しくし、リンクもまた更に凛々しくなったとは城内のもっぱらの噂である。
 そのせいではないだろうが、リンクももう「顔でなんたら」だのと揶揄されなくなった。実力があり性格も良しだ。けちを付ける場所がなかなか見付からないのかもしれない。尤も、リンクは大概の場合好かれていたが。
「でも何も成長してない気がするんですよね……まだ一度もダークさんに勝ててないし……」
「まあお前は未熟だからしょうがないな。潜在能力でいえばお前の方が力はある」
「使いこなせなければ意味がないでしょう」
「ま、そうともいう」
 ダークにずばずばとフォローにならないことを言われ、リンクはがくりと項垂れた。

 ダークと約束をしてから、リンクは仕事の傍らで今みたいに稽古をつけてもらったり、ハイラルという王国の暗部について調べたりしてきた。
 王家の姫だけに秘匿されてきた初代ゼルダ姫。婉曲してあやふやな封印戦争。その他表の史実から抹消された事実――
 トライフォースが提示した真実以上の情報を得られることは稀だったが、それでも収穫がなかったわけではない。
「もう一回お願いします……」
「五時から会議だっつってたのはどこの誰だ」
「あ、そうか……」
 姫のお迎えも俺の仕事なんですよね、とリンクは溜め息を吐いて剣を鞘に仕舞う。そのままびっと敬礼して、踵をかえし、祭壇を後にした。
 彼の肩には未だ、蒼いエーテルが曖昧な笑みを浮かべて憑いていた。



◇◆◇◆◇



「俺が出るまでもなかったか」
 薄桃のクリスタルの傍で、漆黒の影が呟いた。かつて白かった祭壇は既に黒ずみ、過ぎた年月を物語っている。
 闇の司祭アグニムが行なった賢者の子孫を贄とする儀式。それにより不完全とはいえガノンが再び目覚め、しかしこれをナイトの一族の末裔である少年が封じた――今回のことの顛末である。
「ナイトの一族ねえ……あいつが聞いたら恥ずかしがるだろうな」
 かつてハイラルを襲ったトワイライトの浸攻を破り、ガノンを封じ共に神への反逆を約束した光の勇者。今回ガノンを討ったのは紛れもなく彼の子孫だ。
 そしてそれは同時にダークを生み出した本体、時の勇者の子孫であるということでもある。
「まだあいつは還って来ないか。女神さん達は余程時の勇者サマがお好きと見える」

 時の勇者の魂が帰還する。
 即ち転生することが、約束の要となる。

 だからダークは待ち続けているのだ。その機会が訪れ、チャンスが巡ってくるその時を。
 誰を犠牲にしても。何を犠牲にしても。欺瞞で虚構を塗りたくった張りぼてでも、それが道徳に反するものであっても。
 時の勇者と彼の愛した姫君が幸福になれるのならば。
 影は何をも辞さない。
「そもそも神の理なんかどうでもいいしな。――所詮俺はガノンの力を依り代に生きるあいつのコピー。どんなに望んでも……」
 ダークの右手が薄桃のクリスタルに伸びかけ、そして引っ込む。
「姫には触れない」
 そう言うダークの瞳には諦めめいたものが浮かび、表情はどこか淋し気だった。



◇◆◇◆◇



「僕が行きます!」
「元気なのは結構だがリンク。お前はまだ子供だろう」
「けど村の大人はみんな嫌がってるんでしょ。やる気のない大人よりやる気がある僕の方が絶対いいよ」
「しかしなあ……」
 男はぽりぽりと困ったように頭を掻いて、尚も主張を続ける少年を見た。
 緑衣を纏い、綺麗な金髪をしかし無造作に垂らしている。反抗的なその瞳は非常に良く透き通った蒼だった。
 そして左手の甲に、三角の痣。
(聖なる三角か……)
 聖なる三角とは、少年が生まれた時に受けた預言に出てきた言葉だ。曰く、この印は古の勇者の印であり、宿すものは大きな力を持つ。そしてこの子もまた世界を救う運命を持っている――
 そしてその時は否応なく訪れ、最後もまた否応なく訪れる、と。
(まだほんの十歳……子供じゃないか)
 世界を救う運命だなんてそんな大層なものを子供に背負わせるのか。男はそれだけは避けたいと思っていたが、村の誰もがこの任を嫌がっているのは紛れもない事実だし、何よりこの少年には人の話を聞く気が毛頭ないようなのだ。
「ねえ! 僕にやらせてよおじさん!」
「……仕方ない。村長に提案してやろう。だがな……」
「?」
「多分この提案は通る。お前の言う通り村の男衆は誰もやりたがっちゃいないんだ。魔王に拐われた姫を助けるなんて危険なことはな。だから約束してくれないか。絶対に帰ってくると」
 男がそう語りかけるように言うと、少年は目をぱちくりしてそれから元気よく頷いた。
「うん。ゼルダ姫を助けて必ず帰ってくる。おじさんとの約束は絶対守らなきゃいけないからね」
「ああ。信じているぞ、リンク」



 この時少年は知る由もなかった。
 己の体に流れる血の意味を。
 己の左甲に刻まれた印の意味を。
 己の魂に秘められた秘密を。
 己に課せられた運命さえも。

 何も何も、知りはしなかった。

 知らないままに、最後の伝説は幕を開ける。
 全ての物語に幕を下ろす為に。



to be continued→
   chapter4 The Legend of ZELDA……