死すべきはたれか? 殺すべきはたれか? 泣くべきはわれか? 嘆くべきはわれか? 呪うべきはかみか。 安穏の冬 「……この地に封印するのですね?」 ザッ、と土を踏みしめる音がする。 ここは時の神殿の前。即ち聖域の御前である。 神と繋がる場所。 「ええ。聖域のあるこの地が適当でしょう。ゲルド魔術は特性として闇の性質を持ちますから、術者であるガノンも光の性質に弱い可能性が高い」 「そうですね、わかりました。お父様、よろしいですか」 「神の声に従いなさい。私はそれで構わない」 ガノンの亡骸を抱えて、リンクは時の神殿の重たい扉を仰ぎ見た。精霊石を供えていない為、奥に見える聖剣の間への扉はぴったりと閉じきったままだ。 けれど今ひとときだけはその扉は開くだろう。ご都合主義だ。神ってのはまあそんなものである。 「ハイラル王陛下。かような子供の言葉を信用してくださり恐悦至極に存じます。ですから身勝手な我が儘と知りつつ、今一つお願い申し上げたい」 「……なんだね?」 「ゼルダ姫とわたしがこれから行う封印の儀。ご覧にならないでいただけませんか」 その発言にハイラル王は一瞬顔をしかめる。しかしすぐにリンクの意図するところを理解した。 神様同士の話し合いに人間が首を突っ込むな、と暗に言っているのだ。 「どうして、リンク」 「――申し出に従おう。君の特異性にも、我が娘ゼルダの特異性にも私は理解を示しているつもりだ。いいね、ゼルダ」 「? は、はい」 「有難う御座います。では姫、俺に付いて中へ」 淡々と礼を述べ、会話を切り上げゼルダを連れて奥に向かうリンクを見送るとハイラル王は淋しそうに呟く。 「根はいい子だと思うのだがね。何故ああまで歪んでしまったのか……神に選ばれる代償があれなのだとしたら、私は――いや、よそう。私には同情する資格も憐れむ資格もない」 我が子を案じるような顔で。 王は、娘の手を引く少年を案じていた。 「姫、手を」 「はい」 聖剣の間に、亡骸を安置し二人で手を掲げ合わせる。そして聖歌を歌う子供の様に二人は祈った。 神の地への扉を開きたまえ、と。 じきに変化は起きた。ばあっ、と二人のトライフォースから光が溢れ出て、瞬く間に蒼い――リンクにとっては見慣れた――空間を作り出した。 なおも体勢を崩さず、二人は祈り続ける。そこに言葉はいらない。祝詞なんか作業を妨げるだけだ。 それは神の仔たる故の神への適合性のひとつだ。常人では成し得ない異形にして偉業。 やがて亡骸に光の粒子が集まって、きらきらと光ったかと思えば消えていった。 聖域から、次元の狭間への転送。この世界とは異なる世界への追放。 だから、後には何も残らない。 見掛けの上では。 ふう、と息をつきリンクは掲げていた両手を下げた。ゼルダも慌ててそれに倣う。少しの静寂が生まれた。 「……これで、大丈夫なのですね?」 「ええ。そのはずです。物事にイレギュラーは付き物ですから、完全に言い切ることは出来ませんが」 "つくりもの"の笑顔でそう言う少年にゼルダはそうですか、と返答をして、不意に彼の腕を引いた。 「リンク。あなたはこの後どうしようと考えているのです?」 「この後、ですか?」 「はい。封印が終わり、あなたがこの地でやるべきことは恐らく、なくなったでしょう? ――やはり、いなくなってしまうのですか?」 そういうことか、とリンクは一人納得してまじまじとゼルダの顔を見た。気丈であろうとも小さな子供だ、やっと出来た友達に遠くへ行って欲しくないのだろう。 じいっと、駄々をこねるような目付きで見つめられると何か、断るのが罪悪のように思えてくる。彼女にはリンクも根負けせざるをえなかった。 「そうですね、姫を一人立ちさせるという仕事も残っていることですし。もうしばらくはこちらに留まっています。冬は旅をするには少し辛い季節ですし」 「本当ですか?!」 きらきらと目を輝かせるゼルダにはどうやら皮肉は届いていないようだったが(当たり前といえば当たり前か)、まあひとまずはこれで丸く収まりそうだ。 とは言っても城下町に泊まり続けるのは金銭的に辛いものがあるなあ、となんとはなしに考えているとゼルダがわけのわからない言葉を口にした。 「では、お父様にその旨、取り計らっていただきますね!」 「ええ!! 姫、それは駄目でしょう!!」 「大丈夫です! 任せてください!!」 何が大丈夫なのだ、何が! とリンクは思ったがゼルダに止まる気配はない。こういうところは同じなのか、とリンクはやや絶望的に思考してしまった。 もしかしたら、押しの強いところ、こうといったら退かないところはハイラルの姫特有の気質なのかもしれない。 ◇◆◇◆◇ 空は青く。 雲は白く。 風は透き通って。 ――けれど、その心は晴れない。絶えず曇天で、灰色の雲が分厚く覆っている。 「そろそろ、春か……」 草原の花々も蕾を付け出して、芽吹くのを待っている状態だ。一面満開の花が咲き誇れば、それは見事だろう。この世界のちいさな姫も喜ぶに違いない。 「俺は。あなたの言う通りに彼女を守れたかな? ――まだまだ、かな。それでも俺は行きたいんです、この望みは許されるかな」 誰もいない空に向かって疑問を投げかけ、そして虚しく笑う。どれだけ願ったってあのひとにはもう逢えない。二度と声は届かない。そんなことはわかりきっているのに。 わかりきって、いるのに。 『リンク』 彼女の声を思い出しては小さく呻く。 どうしてこんなに苦しいのだろう。どうしてこんなに辛いのだろう。心臓がきゅうっと締め付けられて、ずきずきと痛むのは何故だろう。 「忘れられない、忘れるもんか。あのひとは俺の全てだった、あのひとが俺の世界そのものだったんだ! あのひとを喪って! 一体俺は何をすればいい!!」 『リンク、命令です。何があっても、わたくしを守りなさい』 『確かに。あなたが還った先にいるゼルダは厳密にはわたくしではない。けれど彼女は間違いなくわたくしと同じ存在なのです。わたくしの、もうひとつの可能性なのです』 『わたくしはあの時からずっとあなたのことが好きだった』 『わたくしという存在に縛られないで、リンク』 間際の、彼女の声がリフレインする。最後の彼女のことば。守らなきゃいけない約束だ。 だけど全てを守るなんて無理だ。実現不可能だ。 ゼルダに、世界で一番愛しいひとに縛られないなんて、無理だ。 「ごめんねゼルダ」 だからこそ、約束を守るよりも先に片付けたいことがある。それは彼女の意思に背くものではないだろうけれど、彼女のことではないから。だから、謝る。 無意味な謝罪だけれど。単なる自己満足の言葉の羅列だけれど。 一際強い風が吹くのを確認して、リンクは重たい腰を上げた。時期が来た。今が一番、いい。 「行こうエポナ。――ともだちを探す旅に」 リンクの声に、力強い子馬のいななきが応えた。 ◇◆◇◆◇ 子馬が地を駆ける、蹄の音が遠くなる。 「結局、行ってしまわれましたね」 花のような少女が一人草原で呟く。彼女が好きなひとはたった今新しい旅へと出掛けてしまった。でも不思議と寂しくはなかった。心細くないと言ったら嘘になってしまうけれども。 「旅に出ているのが似合いだわ、リンクは。何故かしら、城で剣の稽古を付けている時よりもずっと自然だし」 ざあ、っと風が草を揺らし、彼女を撫でた。何処か寂しい風に思えた。 彼が纏う空気に何処となく似ている。 「ハイラルを創りたまいし神々よ。どうかあの人を護って」 彼に託した時のオカリナの代わりに、彼女自身の声で神への歌を歌う。彼を加護する女神フロルに届くように、透き通った歌声で。 「どうか……届きますように……」 祈るように、彼女は目を閉じた。 |