三日間は繰り返す 狂乱の宴 喪失の連鎖 そして 邂逅 三日間は繰り返す 欠落の心臓 「チャーットぉ……全然違うじゃないか。方角!」 「チャットの責任じゃないもん。最終的に決めたのはリンクじゃない?」 「ナビゲーターが方角さえわからないようじゃあ話にならないだろ!! お前の弟探すの止めるぞもう!!」 子供特有の高い声でキーキーと怒鳴り付け、リンクは腕を組んだまま大仰に溜め息を吐いた。無駄なエネルギーを消費してしまったことにやるせなさを覚える。 その一方で怒鳴られていた黄色い妖精は悪びれるふうもなく飛び回り、リンクの苛立ちを募らせた。 「……もういい、まずは正しい方角に向かい直して神殿に辿り着くのが先。何せ三日後には――月が落ちるんだから」 「そうそう。争ってる場合じゃないよね」 「お前がそれを言うか……」 ぎゅううう、と生意気な妖精の頬(と呼んでいいのかどうかは若干微妙なところだが)をつねり、挙句ぽいっと空に放り投げる。チャットはよろよろと体勢を崩してぼたっと地面に落ちた。 「痛い痛い痛い痛い! リンクのクセに生意気なんだわ!」 「そういうチャットこそ生意気すぎるんだよ」 互いを「生意気」と罵りあって、睨み合い、でもそれから一呼吸置いて笑い合った。軽い調子で、何かを確かめるみたいに。 「やーっぱ気が合うな。俺たち」 「よくわからないけどウマが合うのよねー。なんでだろ。ま、楽しいからいいけど」 「チャット、ナビィとは似ても似つかないのになあ……」 「む。またナビィちゃんのことか」 チャットが耳聡く聞き付けて、反応する。 「探してるナビィちゃんって、結局どんな子だったのよ。教えてくれてもいいじゃない?」 「ん……まあ、隠すことじゃないけど」 せかせかと足だけは南に向けて動かしつつ、リンクはぼんやりとした調子で答えた。隠すことではないけれども、いざ客観的に彼女を説明するとなるとかなり難しい。 「蒼くて、だいたい忙しなくぱたぱた羽根を動かしてた。口うるさくて……お節介で。心配性で、だからか何も言わなくてもいろいろわかってくれたよ、俺のこと」 「……聞けば聞くほどあたしに似てないわね」 「そうだね。チャットはガサツで何事も適当、その上大概放任主義だもの」 「さすがにあたしもそれだけ言われたら傷付くわ!!」 「へえ、そう? 神経図太いから平気かと思ってた」 「もー!」 ぷんぷん、と頭から湯気を出しつつもチャットの声は嬉しそうだった。互いに信頼しているからこそのこの言い合いなのだ。口の悪いことを言っているけれど、一種の言葉かけ遊びみたいなものである。 クロックタウン。 二人――まあ正確には一人と一匹なのだが、が迷い込んだこの町はまさに「不思議な町」、もっというなら「へんてこな町」だった。更に酷く言えば「狂った町」であるとすら言える。 ムジュラの仮面を手に入れておかしくなったスタルキッド、彼にリンクはエポナを、チャットは弟トレイルを連れ去られてしまった。追いかけて辿り着いた先がここ、タルミナの閉鎖空間だったというわけだ。 辿り着いてみたらみたで、なんだか見覚えのある知らない人がいっぱいいて心臓に悪いことこの上なかったのだが、それよりももっと心臓に悪いことがある。月だ。 「三日後に月が落ちる町。何がしたいんだろうな、スタルキッド」 「わかんないわ。……でも、あたしの知ってるスタルキッドはそんなコトする子じゃなかったはずなんだけどなあ……。あの仮面よ、あれを手に入れてからおかしくなって」 「やっぱりムジュラの仮面とやらはあの怪しいお面売りに返した方が良さそうだな。――それにしても、禍々しい月だ」 ぎょろりと。血走ったような目が落ち窪んだ眼窩に嵌まっていて。半ば開かれた口にはぼこぼこと生えたいびつな歯が並んでいる。クレーターはやたらと深く影を落とし、何故か鼻は高い。 顔が付いているというだけで月としてまともではないが、その上悪意を持って落下してきて、タルミナを焼き尽くそうというのだからこれはもう尋常じゃあないだろう。 「……と、そんな話をしている間に大分進めたみたいだな。森かな、ここ」 「ウッドフォール地方よ。デクナッツ族が住んでて、王国を築いてる。ただ、今この辺に住んでる妖精仲間に聞いたら……どうも最近、荒れてるみたいね。仲間以外を徹底排除してるって」 チャットの詳細な説明にリンクは頷き、それからびっくりしてがっ、とチャットに向き直り彼女をまじまじと見つめた。じぃっと見られてチャットは驚き、ただならぬ気配に後ずさった。 「チャット……やれば出来るじゃないか……!!」 「うん。あたしの実力が認められたのはいいことだわ、だからそんな意外そうに見るな」 至極驚いて、感動の面持ちで見るリンクを羽根でぺしんとつっぱねて不愉快そうにチャットは言った。心なしか声がいつもより低い。 それに対しリンクは悪びれるふうもなく歩き続け――どこかで見た態度だ、チャットは仕方なくそれを追った。木々は一層生い茂り、森の匂いが濃くなる。ウッドフォールの森。なるほど、神殿を擁するだけはある"気配"だ。 「Heyリンクリンク。今初日の午後四時。そろそろ日が暮れちゃうわ、デクナッツ国に入る為の考え、何かあるの?」 「ああ、それは全然大丈夫。だってさ、仲間なら信用してくれるんだろ?」 「いや……あんた人間じゃないの。仲間だなんて思ってもらえな……あ、」 ひらひらと右手でデクナッツの仮面を振り、リンクはにやりと悪戯っぽく笑った。確信犯の笑顔だ。どうやら話を聞いたところからほとんど計算づくだったらしい。 「なぁんだ、全然大丈夫そうね。リンクあったまいい」 「褒めても何も出ないぞ。……さて、行きますか」 黄色い妖精もまた、何かを企むような顔をして駆け出した少年を追った。 ◇◆◇◆◇ ざくっ、と切れる音がして。 間を置かず悲鳴とも嘆きともつかぬ叫びが神殿の最奥を満たした。 「密林仮面戦士オドルワ……討伐完了、と」 背の鞘に剣を納めて、踵を返す。そのまま部屋を出ようとしたが、何かしらの予感めいたものがその行動を阻んだ。 「……ねえ。リンク、後ろ……」 「オーケー、俺も何となく感じる。でもこの感触は悪いものじゃない……」 恐る恐る、振り返る。 そこにいたのは巨人だった。 「…………!!」 神殿の天井を突き抜けて。巨大な、あまりにも巨大な足がそこにあった。太股の真ん中あたりから上になると、もう高すぎて靄がかり、何が何だかわからない。 足元に仮面があった。先程まで戦っていたオドルワの顔だった。 「あんた。その仮面に縛られていたのか」 『オドルワノ亡骸』 「……亡骸?」 遥か上空から降ってくる声に疑問符を投げ掛けつつ、足元の仮面を手に取る。軽いような重たいような。よくわからない。 『誓イノ号令ヲ』 直後、短いメロディがリンクの耳に届いた。荘厳で悲しく、しかしそのメロディには希望が感じられた。 リンクは無言でオカリナを構え、メロディを復唱する。淡い光がふわふわとオカリナを包み、ぱんっと弾ける。やはり特殊なメロディだったようだ。 リンクがメロディを記憶したのを確認したからか、巨人が足を動かし出す。 『友ヲ……許セ……』 そして巨人は靄の奥へ消えた。 「友……? ねえ! 友って誰?! まだ行かないでよ、それはスタルキッドに関係のあるコトなの?!」 誰もいない空にチャットの叫び声が響く。でもリンクにはそんなものは聞こえていなかった。チャットはかなりの大声で叫んでいたけれど、それでも全くだ。 彼の頭の中ではただ、巨人の最後の言葉が無限に反響していた。 「友を許せ……だって?」 知らず、液体が頬を伝う。友。大事なともだち。消えてしまったともだち。逢いたくて探してるともだち。 ナビィ。 「じゃあ俺とあいつは似た者同士ってことかよ。……笑えないよ、冗談じゃあない」 「え……あ、リンク? どしたのよぉ」 リンクは応えなかった。 最初からおかしいとは思った。 「この世界はまるで曲がった鏡だ」 あの世界で。自分という存在が今は欠け落ちているあの世界で出会った人たちに酷似した住民たち。もう似てるとかそういうレベルではないのだ、それこそ悪意を持っておんなじだ。 タルミナは多分、喪ってしまったハイラルを映す鏡だ。 ともだちを喪ったリンクを映し込むミラーワールド。 何の為に映しているのかは皆目検討がつかない。リンクが大嫌いな神様とやらの気まぐれかもしれないし、何者かの悪意ある仕業かもしれない。 わかっているのは考えたからどうなるわけでもないという純然たる事実だけだ。 「はは……そっか。そういうことなんだ? ここはそういう世界なのか」 まるで、隅からひび割れてじわじわと壊れていく悪趣味なミラーハウスみたいだ。 機械仕掛けの神様は錆び付いてしまって。 デウス・エクス・マキナさえ訪れない。 予定調和すらない歪んだ世界。 だから三日間は繰り返す。 誰かの悪意か。 女神の罰か。 自身の拘りか。 何かがリンクを縛っている。 「この世界を救ったら俺はどうなる? 救うことで何を喪わせるつもりだ? わかんないよ、何もわからない」 「リンク! どうしたのよさっきから!!」 「喪失の追体験、か。性格悪い」 「は?」 リンクはオドルワの亡骸を手に持ったままぽつぽつと言葉にならない何かを吐き始めた。異様な声を除けばそれは泣いて許しを請う子供の姿によく似ていた。 突然の狂人じみた行為に戸惑い、そして耳を塞ぎたくなってチャットは苦しそうにあたりを飛び回る。 心臓が抉られてしまいそうだ。 「リンクー……だい、じょうぶ? そんなわけないか……?」 「……こんなことなら……こんなに辛い思いをさせられるなら……いっそ……」 空を仰ぎ呟く。 「世界なんか救わなかったのに」 ぐちゃり。 何かが。 抉れて、落ちた。 |