あいたかった。
 ずっときみを探していた。
 ようやく見つけた、大切なモノ。
 きみはぼくを裏切らないよね?
 ぼくをおいていなくなるだなんて、
 そんなことは――

 しない、でしょう?



傷を舐め合う獣



 片方は緑の半袖に短めのチュニック。もう一方は黒の半袖に短めのチュニック。
 雪山という極寒の環境にはあまりにも不釣り合いなその恰好で二人は身を寄せ合ってじっとしている。
 親を失くしてあてを失った子供だってもっとまともな行動をとるだろうと見る人がいれば思うはずだ。すぐそばにはスノーヘッドの神殿――つまり屋根の付いた建物があったのだ。わざわざ露天で雪に降られる意味がわからない。
 そして彼らの表情というのが、これはもう明らかに異常だった。緑の方の少年はとてもとても嬉しそうに幸福そうに、それこそ恍惚ともとれる表情でなにごとか喋っている。対する黒い方の少年も穏やかな柔らかい表情でそれを聞いていた。時折、彼の口も動く。何か会話をしているみたいだ。
 降り続く雪の中で、彼らは二人だけまるで花畑の中にでもいるみたいだった。雪を被って少し衣服が白くなってるというに、風景に埋もれるどころか逆に浮いている。
 彼らはまるで別世界にいるのだ。


 雪は朝まで降り続いた。
 その間ずっと欠けることなく、彼らはこの世界から離れて異質で異端だった。



◇◆◇◆◇



「俺の、この世界における存在価値ってなに? 俺はこの世界から必要とされているのかな。わからないんだよ、ずうっと考えて、でも答えが出ないんだ」
「難しい問題だな、それは。正しい答えは無く、だけども答えが欲しいんだろう? ――ただ、一つ気が付いているはずだ。実感なんか全然沸かなくともお前が必要とされるからこそ姫はこの世界に送ったんだろうって」
「わかんないよ。都合良く放逐されただけかもしれない――でも彼女はこっちの姫を守るっていう存在意義だけは残してくれた……」
「少なくとも姫は好き好んでこうしたんじゃないんだって。思いたいなら思えばいいと思う。自分を守る為の解釈にしかならないけれど」
「知ってるよ、どうしたって自己満足にしかならないことぐらいは。――だけど、だけどね、もし本当に彼女がまだ俺を愛してくれるのならば。いつか、またあの人に逢うことは、近付くことは出来るだろうか?」
「……その疑問を俺に投げ掛けるのがいかに無意味かっていうのはお前だってわかってるだろ。俺はお前の影だ、それ故俺の回答はお前の深層意識や無意識の中から拾い上げているにすぎないのだから」
「……そうだね。俺の中で絶対的な決着が付いていることだからお前に聞いたって変わらないか。でもダーク、お前ならわかってくれるだろ? もしかしたら、という浅はかで不確かで欺瞞に満ちた妄想がいかに魅力的かを」
「わかるが。――リンク、それよりももっと確かなのはここにいつまでもいるべきではないってことだよ。この空間は閉じた次元にある。ここにいる限りは姫も姫さんにも手が届かない」
「つまり?」
「巨人に一人会う度に壊れそうになってる場合じゃないってことだ。まだあと二人残ってるんだ、そんなにちょくちょくやられてちゃあしょうがないだろう」
「……それは俺も思っていた。だけど無理だったんだよ、言葉の一つ一つが鋭利な切っ先でもって向かってくるもんだから。あの孤独感は半端じゃあなかったし。――だけど大丈夫だよ、今はお前がいるから」
「………………」
「お前がいれば、一人じゃあないだろう?」
「………………」
「ねえ? ダーク。俺を独りにはしないだろう?」



 吐息が、白い。



◇◆◇◆◇



「巨大仮面魚グヨーグ討伐完了、……と。かたきはとったぞ、ミカウ」
 崩れ落ちるさかな(と言っていいのかが少し疑問だが)を視界に収め、リンクは追悼するようにそう言った。自分にゾーラへ化ける仮面を遺してくれたミカウはもういない。だけど彼の望みは叶えられた。海賊にやられて息も絶え絶えだった彼は最期の力を振り絞ってリンクに望みを託したのだ。
 と、グヨーグがいたところにぽとりと仮面が落ちた。また亡骸だろう。
「グヨーグの亡骸、かな――? 巨人さん」
「……ソウダ」
 どこからともなく現れた巨人はリンクの問いかけに素直にそう答えた。
「最後ノ一人ハイカーナノロックビルニ……頼ム、友ヲ止メテクレ」
「言われなくとも。スタルキッドを止めなきゃあ俺が元いた場所に還れない」
 リンクの還れない、という声に反応してだろうか。大気が悲し気に震えた。巨人の姿は見えないが、それだけで彼に何か感じるところがあるのだろうと思えた。
「我ラヲ許シテクレトハ言ワナイ。ダガ、友ハ、ドウカ……」
「いいよ、それ以上言わなくて。……まあ、スタルキッドも半分は犠牲者みたいなものだからさ」
「やっぱり原因はムジュラの仮面ってコトかしら?」
「断定は出来ないけどね」
 チャットにそう返し、リンクは巨人に改めて向き直る――もとい、空を仰ぐ。相変わらず雲がかって膝から上はよく見えない。見られるとしたらそれは、雲ひとつないよく晴れた空で、更に眩しすぎる太陽が沈み程よく明るい夜、つまり月が落下ぎりぎりまで迫った頃だろう。
「誓イノ号令デ我ラヲ呼ンデクレ」
「……わかってる」
「ソノ時『タルミナ』ノ全テガ終結スル。"時ノ勇者"……貴殿モ『ハイラル』ヘ帰レルハズ」
「えっ? 時の……勇者? なあに、それ……」
「そうか。知ってたんだ」
 でも教えてはくれないんだろ、と奇妙な笑いを浮かべてリンクが言うと、肯定するかのようにまた大気が震えた。タルミナという世界の根幹に関わるであろうことだ。仕方ないといえば仕方ない。
「貴殿ニ……光在ランコトヲ……」
 これ以上の追求を避けるためか。最後に一言言い残して巨人はその場を去った。瞬間波が荒れ、そしてすぐに穏やかになる。
 残されたリンクとチャットはしばらく無言のままだった。リンクは表情が読めず、チャットはただリンクがおかしくならないかどうかを伺っていた。
 ほどなくしてリンクが動いた。チャットにいつも通り向き直って、そしてごくふつうに笑いかける。
「じゃ、行くかチャット。そろそろ二日目が終わる」
「あ……う、うん……」
「もしかしてまだ心配してるの? 大丈夫だよ、ほら」
「…………ほんとぉ?」
「いやほら、見た感じ今回は大丈夫ぽくない? まったくナビィ並に心配性になっちゃったな、チャットのクセに」
 ま、悪いのは俺か、と一人ごちてリンクはチャットを人差し指に止めると沖に向かって歩き出した。海岸の波打ち際でエポナが鳴いている。その鳴き声はまるでチャットを元気づけようとしているみたいだった。
 「いちいち拘ってたら身がもたないよ?」と、そう言っているみたいだった。



◇◆◇◆◇



 タルミナのクロックタウン。
 そこから東に向かった先にある、イカーナ地方。
 古イカーナ王国があったらしいその土地は今は荒れ果ててかつてあっただろう繁栄は殆ど見てとれない。それでも遺跡がちょこちょこと残っており、まだその話に信憑性を持たせていた。
「いや、参った。まさかイカーナ王の亡霊が生き返って襲ってくるとは」
「まあ弱かったけどねー」
「気楽に言うなーチャットは……確かに弱かったけどさあ……」
 状況をよく把握しないうちに激情してしまったイカーナ王を宥めることが叶わず、仕方なく戦闘に突入し勝利してしまった次第である。でもまあ、何も悪いことばかりではない。わかったこともある。
「しかし……あのギブドも、リーデッドも、スタルベビーも……全てかつてのイカーナの住民だったとは……イカーナだけにして欲しいんだけどなあ、その話。俺が今まで斬ってきたモンスターの数とか本当洒落にならないからね」
「青春に悔いを残してるギブドなんてここにいるのぐらいだと思うケドね……それに踊り出したリーデッドなんて初めて見たわ」
「流石にそれはここぐらいのものだろ。なんだろうな牛乳が飲みたいって」
 まあいっか、と会話の流れを絶ち切って一人と一匹はそろって上を見上げた。眼前には巨大な岩壁が聳え立ってリンクの行方を阻んでいる。ロックビルの名前の所以だろう。
「ロックビルの神殿。この上だろうなあ……」
「でしょ」
「……登るんだ?」
「さっさと登りなさいよ」
 聳えるロックビルを見て、リンクは気を引き締める。先の巨人の言葉が正しければこの先の神殿最奥部に、仮面に囚われた最後の巨人がいるはずだ。
 そうしたら、この閉ざされた空間からハイラルへ戻ることが出来る。


「誓イノ号令デ我ラヲ呼ンデクレ」
「ソノ時『タルミナ』ノ全テガ終結スル。」



 頭の中で、先の巨人の言葉が蘇る。
 もしかして、今度リンクが何かを救うことで喪うのは――
(駄目だ、それは考えちゃ)
 浮かび上がった疑念を首を横に振って無理に振り払おうとする。結果を出すのに多少の犠牲は必要なのだ。今はそのことについて考えている場合ではない。
「さて、と。最後の一人を助けて。――そうしたら、スタルキッドを止めることが出来るはずだ。もういっちょう、頑張るか」
 影の中で蠢いた"もう一人の自分"の感覚で己を落ち着かせて、リンクは気丈に努めてそう、言った。

 影という欺瞞の正しさだとか、善し悪しだとか。
 それらの問題の結論は、まだ、出ない。