そこに光と影がある限り。 わたしたちは独りではありません。 どうかそのことを忘れないで。 その後の世界で 「ミドナ……陰りの鏡、割ってしまいましたね」 「ええ……」 「どうしてかな……? 俺にはわからないです、姫。これじゃもう会えないじゃないですか」 淋しそうにリンクは俯いた。ミドナとは今まで、多くの危険を共にしてきたのだ。急にさよなら、だって淋しいのにこれじゃあんまりだ。 そんなリンクの肩に、ゼルダが手を添える。 「彼女にはきっと……思うところがあったのでしょう。私たちはその意思を尊重しなければならない」 「……はい」 「ですが……幾らなんでもこれはちょっと急すぎますね。私にも不満を持たせるなんて」 「……姫?」 ゼルダの子供っぽい顔に、リンクは冷や汗を流す。この人の考えていることが急に、わからなくなる時がある。今がまさにそうだ。 「光が影を恐れなければ……私たちは共存していけるかもしれない。そう言ったのは彼女です。ならば私たちはそのような世界を作りましょう」 「ええ、俺もその為に尽力します」 その言葉には、リンクも頷く。 「……ですから……その時の為に。この鏡の破片はきちんと、残しておきましょう。ね、リンク」 それは随分とミドナの意思を踏みにじる行いであるような気がしたが……不覚にもリンクはお願い、という仕草にもうどうだっていいんじゃあないかと思ってしまった。 姫は君主であり。恋愛感情を抱けるような相手ではない。 彼女に対しては常にこのように考えているリンクだが彼はどう転んだって男だ。しかも年頃の。女性の愛らしい仕草には弱いのが世の理である。 ◇◆◇◆◇ 「……ね、だからいいでしょう、ミドナ」 「ったく……ワタシが何の為にあの鏡を割ったかわかってやってんのかい?」 だとしたら大したお姫様だよ、と悪態をつきミドナは大仰に溜め息を吐く仕草をした。その顔には諦めの色が見てとれたが、同時にまたすっきりしたような表情でもあった。 「リンクの傍にいることが出来ないだなんて理由だったら、いくら私でも怒りますよ? ――もちろん、そんなことではありませんよね?」 「チッ、もう好きにしろよ……大体よくもまああそこまで粉々になっちまった鏡を復元出来たもんだな」 「私とリンクはトライフォースの所持者です。あの鏡を創った本人達に掛け合ったのですから、簡単なものでしたよ」 「ヤな女だなゼルダって……」 ゼルダはあらあら、と言って微笑んでいるが、ミドナは瞬間その微笑みが心底胡散臭く感じられた。 もちろん悪意があるわけじゃあない、ゼルダはそういう人間ではない。そんなことは重々承知である。彼女は基本的に非常に良く出来た人間だ。 だが、何故か妙に子供っぽいところも多く、今回みたいな自分に不満が残るようなことだと持てる力を余すことなく使い自分の思い通りにしてしまう。 たぶん王族という立場がうまい具合に調整を入れただけで、本質的に彼女は自分勝手なのだ。 「あなた自身が言ったのですよ、皆が受け入れられるのならわたしたちは共存出来るかもしれないと。でしたら、きちんとそれを見極めていただかないと」 「はいはい。わかったもういいよ、姫さんの言う通りにするさ。これで文句ないだろ」 そういうことじゃあないんですけどねえ、とゼルダは少しばかり困ったような顔をした。 ◇◆◇◆◇ 「おや、リンク殿。姫様が探しておられましたぞ」 「有り難うございますオースンさん。すみません、お手を煩わせてしまって」 「なに、構いませんぞ。たまたま通りかかったものでしてな。ハハ、リンク殿は私よりも余程地位があるのですから、本来はそんなに畏まることもないのですぞ?」 「いえ、自分のような若輩者が仮染めの地位を振りかざすなど、そのような身の程知らずなことは……」 「まったく、皆がリンク殿のように謙虚だと良いのですがな。……おっと。すみませんな引き留めてしまって」 オースン騎士長――女王ゼルダの直属機関とは別の国家騎士組織の長だ――のご機嫌そうな顔を見送ってから、リンクははて? と考えた。 ゼルダに呼ばれる、ではなく探される、だなんて一体何の用なんだろうか。 (まあ深く考えてもしょうがないかな) あの姫は時々、本当に突拍子もないことをやりだすのだ。どうせ今回もまたそうだろう、と勝手に決めつけるとリンクは歩く方向を変えた。 彼女が自分を待っているであろう場所へと。 |