真実を望むのならば。 目を背けてはいけない。 けれど明日を見失いたくないのならば。 余計な事を知ろうとしてはいけない。 螺旋命運 コツ、コツと小気味良い靴音を響かせ、彼は客間へと向かっていた。あの事件の後に直属の騎士へと任命されてから、もう数ヶ月の時が過ぎようとしていた。 (早いよな……時が過ぎるのって) ミドナと共にハイラルを駆け巡っていたのはついこの間のことであるはずなのに。 気がついてみれば、自分は女王付きの護衛騎士長だ。 (妙に偉い地位ってのも困ったものだけど) 女王付きの護衛騎士。ここまで登り詰めるのには本来、相当な時間と実戦、手柄を必要とする。数も少ないエリート職だ。なのに、自分はそこに17の若さで異例の出世をし、そのうえ直属の騎士となってしまった。彼女、当代のゼルダ姫といえば直属の騎士を今まで頑なに作らなかったことで有名だったのだ。 そのせいで、リンクのことを「顔で姫をたらしこんだ」だのなんだの噂する輩は後をたたない。リンクが騎士長に就任する際、古株の護衛騎士たちですらそうリンクを罵った程だ。 けれど彼らは、リンクが左甲に宿したトライフォースを見るなり、黙らざるを得なくなってしまった。トライフォースは聖なる印である。それを宿す者、その意味を王国を愛し続ける彼らは嫌という程知っている。 その一件で彼らも渋々リンクを騎士長として認め、なんとかある程度は公平にリンクを見てくれる様になった。 そしてそのお陰で、リンクはこの数ヶ月で次々実績を打ち立て、自分を認めさせることに成功したのだ。今では老齢の騎士たちは自分の孫であるかのようにリンクを可愛がってくれる。 自らを窮地に追い込んだトライフォースに力を与えられ、そして救われたのだ。なんだか皮肉だった。 ◇◆◇◆◇ 「――姫。騎士長リンク、ただいま参りました」 「ご苦労……ってあら、いけないわ。リンク、今日はそんなに畏まらなくてもいいのよ」 「しかし姫……」 「ククッ……いいじゃないかゼルダ。好きにさせときゃさあ。こんなに殊勝なリンクなんてそうそう見られたもんじゃないぜぇ?」 「み、ミドナ?!」 突如カーテンの影から現れたのは、冒険を共にし、けれど突然影の世界へと還ってしまったミドナだった。ただし、慣れ親しんだマスコットに近い姿ではなく彼女本来の姿である。 「ミドナ……勝手に出てこられては困ります……。折角、リンクを驚かそうと思っていたのに」 「まあいいだろ、コイツを驚かすことは出来たんだから」 「ミドナ。どうしてここに?」 あの時、彼女は二度と姿を見せない覚悟で鏡を割ったのだろうと、そう、リンクは思っていたのだ。 リンクが呆然として尋ねると、ミドナは悪戯っぽく笑った。相変わらず馬鹿だね、とその目は語っている。 「ゼルダに会いに来ただけさ。……それともお前、女同士の秘密のお話に首突っ込みたいのかい?」 リンクは猛烈な勢いで首を横に振った。 ◇◆◇◆◇ 「なーんかつまんなくなったな、お前。こう、丸くなったというか……牙を抜かれた獣というか。ハハッ、まんまだな」 けらけらと笑うトワイライトの姫に、リンクはむすっとした顔で溜め息を吐いた。同じ姫のはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。 「そうそうミドナ、トワイライトの様子はどうですか?」 「ああ、そっちは大丈夫さ。元々ワタシたち影の民は争いを好まない大人しい種族だからね。ザントみたいなヤツの方がイレギュラーなんだよ」 「そうですか、それはなによりです」 「そういうゼルダはどう? コイツ上手くやってる?」 まあ、リンクの心配なんて要らないでしょう、とゼルダは紅茶をたしなみながら涼しい顔で言った。信頼を感じる言葉にリンクの気も自然と引き締まる。 殆ど成り行きだったとはいえ、リンクはこの姫に仕えられたことを非常に幸運に思っていた。人望もあり、人柄も良く。まるで統治者の手本のような気高き女王。 なにからなにまでトライフォースの思惑通りだったのかもしれないが、この結末ならばまあ文句もない。 そこまで考えてふと、リンクは疑問に思う。 それは今まで考えることを避けていた疑問でもあった。 一体、いつ―― 「そういやさあリンク」 「……何?」 ミドナの唐突な問いかけが一瞬リンクをその思考から引き離し。 「前から不思議だったんだけどお前、いつそのトライフォースを宿したんだ?」 しかしすぐに引き戻した。 「トライフォースをいつ宿したか……なんだけど、実は俺にもわからないんだ」 「はあ? じゃあお前それをいつ自覚したんだ」 「突然影の使者に連れていかれかけた時に、急に光り出した。それまでそんなことは無かったし、村から出て何処かへ行ったことも殆どない。聖地なんてもってのほか」 「へえ……知らぬ間にトライフォースの勇者ってわけか。――ゼルダは?」 「私は……生まれつき、だと思います。ハイラル王家の姫は代々このトライフォースを受け継ぐのだと、そう母より教わってきましたから」 なんだかよくわからない話だった。ゼルダが血統としてトライフォースを宿しているのは理解できる。彼女はハイラル王家の正統な後継者だから。 対して、自分はどうか。 つい先日までは王国の外れの村で慎ましく暮らすただの牧童だった。日がな羊を追い、山羊の世話をし、乗馬の訓練をし。特異な点といえば剣術を一通り身に付けていたことぐらいだ。それだってあの村では珍しいだけで、国全体で見れば大したことではない。 そう。思えばリンクの"特異"は全てトライフォースが光ったあの時に始まったのだ。 その身には勇者の力が、資格が眠ると言われ。古の勇者のものだという服を着せられ―― 「……そういえば姫、お聞きしたいことが。お恥ずかしい話ですが……この国に、勇者伝説というのは残っていますか……?」 「? ええ、封印戦争の時に当代の姫を補佐し、未然に悪から国を救った勇者がいたという伝承なら、聞いたことがあります。ですが、もう数百年前の事ですから……話がねじ曲がってしまい、正確な記録は恐らく残っておりません。しかし、急に何故?」 「ん、ワタシにはわかったぞ。お前あの服のこと思い出したんだろ?」 「服?」 疑問符を浮かべたゼルダに、ミドナが説明を続ける。 「いつもこいつが着てた緑の服さ。……こいつ、それを受け取った時に大妖精とやらに言われたんだよ。お前に眠る真の力がどうのとか、その服は古の勇者が身に付けていたものだとかな」 だから勇者伝説が関係あるかと思ったんだろ、とミドナは軽くまとめた。それに頷くゼルダ。 「そういえば、封印戦争の勇者は……文献には残っていても絵がひとつも残っていないのですよね。もしあったら何かしら手掛かりになったかもしれないのですが」 「ふうん。アンラッキーだったな、リンク。そのトライフォースサマなら答えを知っているだろうが、生憎トライフォースには口なんかついちゃあいないからな」 こういうのは当事者に訊いた方が絶対に早い。そんなことはわかっている。 しかし彼女の言う通り、トライフォースは漠然とした大きな力そのものだ。喋るわけでもないのに訊けるはずがない。 「まあ、どうしても知りたいことでもないからいいよミドナ。確かに気にはなっていたんだけど。……聞いて教えてくれてもいいと思うけどね、トライフォースも」 冗談めかしてそう言いながら、左甲をぽんぽんと軽く叩く。直後、前触れなく左甲はまばゆい光に包まれた。 ――汝 真実を望むか―― 何処からか――否、そんなことは解りきっている――リンクのトライフォースから響く声は、間を置かずゼルダのトライフォースに伝播した。 ――汝 真実を望むならば 我もまた真実を望む―― ――汝の願いこそが 我が願い―― ――フロルと盟約を結びし者よ―― ――ネールと盟約を結びし者よ―― ――その望み 叶えたもう―― 瞬間、部屋中が光に満たされ。 光が霧散した後にはもう、どこにもゼルダとリンクの姿は無かった。 |