吹きすさぶ嵐も 止まない雨も 明けない夜も そう見えるだけでいつかは晴れるもの 探し続けなさい見つかるまで 足掻き続けなさい果てるまで 災厄や絶望やかなしみやくるしみや なにもかもにうずもれていても パンドラの中の希望はきっとあるから。 落実の林檎 「休暇申請、ですか?」 「はい。頂けないものかと思いまして」 リンクの言葉に、ゼルダは「困りましたね」、と呟いた。 「あなたは騎士の長という重要な役職に就いているのですよ。そうそう簡単にそのような申請が通ると思いますか」 「……まあ、元々駄目元みたいなものでしたが……」 「まあいいでしょう。十日間の休暇を許可します」 「やっぱり駄目ですか――って。い、いいんですか?!」 お約束通りのノリツッコミにゼルダはくすくすと笑うと、特別です、と人差し指を唇に当てた。 「何かわかったことがあるのでしょう? 幸い、この国には今現在差し迫った危機はありません。あなたの今までの貢献を鑑みればこのぐらいまでなら許可出来ます」 「ありがとうございます、姫。我が儘を聞いてくださって」 「その代わりきちんと成果を出せなければあと半年は働き詰めにしますからね」 「は、はい……」 十日で確実に成果を上げるのはちょっとキツい気がしたのだが、リンクはとりあえず頷かざるを得なかった。 己が君主の姫君は私的な範囲でなら、自分の思い通りにならないことを徹底的に排除するような人物だ。ここで無理かもしれないだなんて言ったらどうなるかわかったものではない。 ゼルダはリンクの返答によろしい、と満足気に頷くと行ってらっしゃい、と手を振った。 不覚にも可愛いと思ってしまったリンクだった。 ◇◆◇◆◇ 「反則じゃあないかなあ、あれは……」 惚けたような顔でそう言ってから、リンクはぶるんぶるんと首を振った。 「オマエ、なんだかんだ言ってもゼルダに弱いよなー。本当に恋愛感情ねーの?」 「だからー、あくまでも姫は俺の君主なの! それ以上でもそれ以下でもなくて! ――ところでミドナ、本当にいいの?」 懐かしのマスコット姿になって宙をふよふよと漂っているミドナにリンクはそう尋ねた。ミドナだって一国の姫だ、やることがあるはずだと思うのだが…… しかしそんなリンクの心配なぞ知ったこっちゃあないというふうにミドナはあっけらかんと言う。 「オマエに心配されるようなことは何もないよ。トワイライトは基本平和な場所だ。そんなボケた国を見ているよりもオマエと一緒の方が余程退屈しない」 「自分の国なのに随分な言い草だね……?」 控え目に言ったつもりのリンクだったが、案の定ミドナに睨まれてしまった。 「……で、どこ行くんだ?」 「時の神殿」 「ああ……なるほど……」 時の神殿は過去と未来を繋ぐ場所だ。リンク自身過去の世界へとあの神殿を通じて出ているし、彼は知らなかったが時の勇者も彼の地で七年の時を超えていた。名の示す通り、時を司る聖域なのだろう。 「ただ問題があってね、ほら、今俺マスターソード持ってないから」 「っていうか問題外じゃないか、それじゃ」 「まあそうなるわけだけど」 どうしたもんかなー、とリンクはお気楽に溜め息を吐くとふと振り返って背後にそびえ立つハイラル城を仰ぎ見た。ガノンとの戦いで崩れ落ちた城はあの後国民が一丸となり建て直しを進め、一年足らずで骨組みが完成し、細かい作業ももう大分進んでいる。完成まではあと二年程……というところだろう。 だから今、ゼルダやリンクが寝起きし職務をこなしているのは元の城から離れた別荘みたいな場所だ。別荘とは言っても王族の城。ハイラル城には劣るものの諸貴族のものとは桁違いの大きさで、滞りなく国政は行われている。 なのでハイラル城を見るのは久しぶりだった。ゼルダが現場確認に出向く際には勿論護衛なのだからリンクもついていくわけだが、女王直々の視察などそう頻繁にあるものじゃあない。 「なんだか、なんとかなるような気がするんだよね。答えの方が俺を探してくれている感じ」 「楽天的すぎるぞ。トライフォースはそういうモノじゃないんだろう?」 「それはそうだよ。トライフォースは女神の力であって俺たち適合者の味方じゃあない。だけどね――」 よくわからないというような顔をするミドナに、リンクは笑いかけた。それはいつもの彼の笑みとはどこか趣を異にしたものだった。彼らしくないというか。妙に落ち着きすぎているというか。 いや確かに、リンクは慌て者じゃあないし短気でもないし、だからだいたいは落ち着いているのだけれど(手持ち無沙汰になると手首のあたりは落ち着かなくなるが、思考ってやつは大概冷静だ)それにしたって変だ。 まるで何かに憑かれているかのような。何かを悟りきっているかのような。永く生きた老齢の御仁のような。 彼につきまとうこの違和感はなんなのだ。 「――あの人が、時の勇者が俺を導いてくれているのかもしれない」 その台詞にはっとしてミドナが振り向いた時には、リンクは"いつも通りの"若者らしい落ち着いた顔をしていた。けれど眼差しは射抜くような鋭さだった。 長らく見ていない、獣のように鋭利な眼差しだった。 ◇◆◇◆◇ 「……やっぱり。マスターソードが無きゃ入れないか」 「当たり前だ。入れた方が冗談じゃない」 「トライフォースの力で開いたりしてもいいと思うんだけどな……」 そうぼやくとリンクは左甲に右掌を当てて、ばあっと勢いよく引き離した。右掌の軌道に沿って、眩い光が何かを形作っていく。 出来上がったひかりのかたまりを見たミドナの顔がひきつった。 「お前……なにやって……」 「マスターソードレプリカ、トライフォース製。ただし質量保存の法則無視」 トライフォースっていうのははなっから質量保存の法則を守っていなかった気がするが、それはさておいてだ、なんなのだこれはとミドナは愕然とした。 リンクは茶化すように言ったが、全くもって冗談じゃあない! 一方でリンクはそんなミドナの様子に気付くふうもなく、淡々とそのかたまりを手に取って溝に差し込む。かたまりはきちんとその役を果たし、時の神殿への道が開いた。 (有り得ないだろ、流石に……! 神の力っつったって限度ってもんがある! だいたいリンクはこんなコトやる奴じゃないしここまでの力はなかった!!) 神の力は万能じゃあない。いや、オリジナルの神そのものが万能だとしてもヒトに宿った力は万能であってはいけない。それは分割された不完全な力でなくてはいけないし、使い勝手の悪い制約されたものでなくてはいけない。 でなければそれを宿した者はヒトとは呼べない存在に成り下がるからだ。成り上がるのではない。 堕ちる、のである。 例えば、暴走させることでその枷を取り払った、魔獣ガノンのように―― 「どうしたのさ、ミドナ。先行くよ?」 「あ……ああ。なんでもないよ。気にするな」 「ならいいけど」 無理しないでね、とこちらを振り返るリンクの肩に、蒼く透けた小さな体躯の、リンクによく似た少年が重なっていたように見えて。 幽霊みたいなその少年が浮かべた薄い微笑みに、ミドナは凍りついた。 「で、無理して入ってはみたものの……」 「手掛かりゼロ、だな。つまり無駄足だったわけだ」 「絶対何かあると思ったんだけどなあ。当てが外れた」 「そもそもの目的が漠然とし過ぎてるんだよ。なんだっけ、時の勇者サマの手助けだったか?」 本当になんにも見付からなかった。いっそ清々しいぐらいだ。ここに来るためにあれだけ気持ちの悪いことがあったというに、まるで正反対である。 リンクの肩に止まっていたように見えた少年は瞬きをしている内に見えなくなった。やはり幻覚だったのかもしれない。単にそこを離れただけかもしれなかったが、出来れば前者の方がミドナにとっては有難い。 「しょうがないか。帰……ろ、う……か……?」 「? なにかあったのか?」 急に語尾を震えさせて歩みを止めたリンクにミドナは訝しげに尋ねる。明らかに何かを見付けたようだった。それが何なのか、聞くよりも早くミドナにも知れた。 「……水晶。」 それは桃色の水晶だった。彼の愛するひとが眠る水晶、この前のリンクとゼルダの話に散々出てきた呪われた王家の遺産。秘匿されてきた歴史、表向きには存在しない物体。 ただしそれは幻影のようで、触れようとしたリンクの手は幾度も虚しく空を掴んだ。 何も掴めていない掌を開いて、じっと覗き見る。そして問いかけた。答えなんか返ってきやしないと、わかってはいたけれど。 「教えてくれたのはトライフォース? ――それとも、」 あなたなんですか。 ふと水晶のそばを横切る影があった。それは文字通り影だった。身体は漆黒に染まり、実体の感覚というものが稀薄で今にも闇に溶けて消えてしまいそうだ。だけどそれは強烈な何かを放っていた。強力な違和感が、警戒心が、薄っぺらいはずのその存在を強固にしている。 そんな影が、一瞬こちらを向いた。当然ながら向こうからはこちらが見えておらず、気付かれることがない代わりに本当にちらっとしか見えなかったがそれだけで十分だった。 「……あれは。時の勇者の姿だ……」 「は? だが彼は死んでるはずだろ?」 「そうだよ。彼は死んでる。留まってた魂もこの前俺の前で消えていった。――でも、だったらあれは何?」 「ワタシが知るわけないだろう」 そうだよね、とリンクは曖昧に頷くとミドナに手招きをして元来た道を走り出した。出現するモンスターの類いは、左甲のトライフォースと握られたかたまりから迸るひかりで根こそぎリンクに触れる前に消えていった。 「もしかしたら、あれが俺の探していたものかもしれない。神のルールの抜け穴。ここに来たのはあながち無駄じゃなかった」 興奮する心を必死に押さえつけながらリンクは走る。知りたい。知れること全てを。ついそこまで、手の届きそうなところまでそれは来ている。 「リンク……」 トライフォースの力は相変わらず異常だった。ガノンと直接対決をした時並、或いはそれ以上。 それはオリジナルの契約を結んだ時の勇者の最後の加護が働いている故だと知る術は……誰にも、なかった。 |