死は何も生まない。 それに対する思考さえも塵に等しい。 かなしみを落とすだけだ。 生産的なことなんか何にもない。 死は、何も生まない。 死の名前を冠す山 天辺あたりの噴出口から、くすぶる濃灰色の煙がもくもくとわいて出ている。時折小規模な噴火が起こっては、人ぐらいの大きさの熔岩がぼこぼことこぼれていく。 この山の名はどうやらデスマウンテンというらしかった。山の中腹あたりに残っていた焼け焦げた鉄の道標には、荒っぽい書体で「↑デスマウンテン頂上 →ゴロンの里」と彫り込まれている。言語は古ハイリア語――に加え、あとからハイリアアルファベットが彫り足されていた。ハイリア語の、現代語の記述はなかった。 「ゴロン族って確か、昔話の六種族のひとつだっけ。……今も残っているのかな? それともこの文字が途切れているように、種そのものも途切れてしまっているのかな」 「ううん、ナビィデクの樹サマにその話聞いたコトない。ゴメンネ、力にはなれそうにないヨ」 「まあ、里に行けば何かしらはわかるはずだよ。移住したならしたで痕跡があるはずだし」 お喋りをしながら、先へ進む。途中で矢印の通りに分かれ道で横に曲がった。 砂漠ぶりの出番ということで機嫌がいいのか、エポナの足取りは軽やかだ。里の入口らしき場所が見えてくるまでそう時間はかからなかった。 里の中には、死が満ちていた。 その空気を腐敗臭と一言で片付けることは出来ない。それは紛れもなく「死臭」なのだ。死に満ちた空間。静寂すらも息絶え、その空気を満たすものは死以外になかった。 死んで、死んで、死んでいる――。 血糊は黒ずみ凝り固まり、所々蛆に食われ欠けている。死体は腐蝕し肉が削げていた。集落のあらゆる場所がその光景から逃れること叶わず、皆一様に無惨な――凄惨な、残虐の後を物語っている。 「…………!」 吐き出しそうになって、リンクは慌てて口を覆った。肉が残り臭気が残っているということはつまり、これはつい最近の出来事だということだ。大雑把に見積もって……だいたい二月前よりは近いか。丁度ハイラル城が襲われたのと同じくらいの頃だ。 誰がやったかなんて考えるまでもないだろう。魔王だ。それに類する邪な者たちだ。 「酷い……」 ナビィも言葉を失い、呆然と宙に佇む。あんまりな光景だった。酷い? 惨い? 辛い? 違う。そんな生半可な言葉で表し尽くせるものか。 「許せない」 その場にへたりこみ、きつく拳を握り締めリンクは小さく漏らした。許せない。魔王が、赦せない。 「何のためにこんなことするんだよ。誰も、何も、悪くないのに!」 次第に声高に、語調も荒くなり終いには大声で叫んだ。声は死人しかいない里に反響し、こだまする。巨大な洞窟の奥深くまで響いていく。 誰もいないはずの、来るはずのない死の里に生きた声が轟いた。 するとしばらくして、どこかからか躊躇いがちな足音が聞こえてきた。少し進んではまた少し引き返すようなそんな足音だ。おどおどした音はリンクから少し距離をおいたところで止まった。 「足音…………?」 いぶかしんで振り向いた先には、信じられないことに生者の姿があった。げっそりと痩せこけているものの、その屈強さを思わせる体つきは多少なりとも姿をとどめている。 そこかしこの床に散らばっている躯と同じゴロンの民だ。 「生……存者?」 「助けてゴロ」 「何だって?」 「助けて、くださいゴロ」 言うや、ゴロンは不健康な体を辛そうに折りたたみ床に手をつく。 彼はふるふると震え、それでもなお懇願していた。 ◇◆◇◆◇ 「里は……ごらんの有り様ゴロ……。二月ほど前に突然魔王が現れて……皆殺しにされた、ゴロよ」 辛いのだろう、涙がとめどなく溢れている。しかしゴロンは涙を拭いながらそれでも懸命に話を続けた。そうしなければならない理由が彼にはあった。 今現在、生き延びているゴロン族は十人あまり。かつての集落の数割にも満たない数で、身を寄せあい細々と暮らしていた。 里の奥深くにひっそりと隠されていた祭壇に隠れることで難を逃れた彼らは、里に備蓄されていた食料を少しずつ食べ繋いで命を保っていた。ところが、この食料が尽きそうになってしまったらしい。 「食料を調達しようにも、洞窟には凶暴化したドドンゴがいっぱい住み着いちゃってどうにもならないゴロ。そんなの、みすみす死にに行くようなものゴロ」 「洞窟? ゴロン族は何を主食にしているの?」 「岩ゴロ。とはいっても普通の岩じゃ駄目で……あの洞窟の岩じゃないとどうにもならないゴロ」 「そっか……」 何でも構わないのなら最悪そこらの岩を切り崩せばいいだけだ。それではどうにもならないから、彼は懇願しているのである。 見ず知らずの信用出来るかどうかもわからない子供に。 それだけ切羽つまっているということなのだろう。 そこまで考えてからリンクは彼に微笑みかけた。打算的なことなんか何にもない純粋な笑顔。少しでも安心してもらいたかった。 「僕が力になれることなら請け負うよ」 「……やって、くれるゴロ」 「勿論。ただ、一つだけお願いがあって……」 「?」 「上手くいってからでいいから、話を聞かせて欲しいんだ」 炎の山へ行けと、二人に言われた。だから来たのはいいのだけれど、実のところリンクはこの山に何があるのかまったくわかっていなかったのだ。 ◇◆◇◆◇ 熔岩が煮えたぎり、どろどろと足元で蠢いている。異常なまでの熱量は視界をぼやけさせ、まるでリンクが先へ行くのを阻んでいるかのようだ。 足元の岩――誰かが手を加えて作ったらしい岩の道が唯一リンクを熔岩から守ってくれるものだった。今のハイリア人にこんなものが作れるかどうかは疑問だったが、どうやら先人達には可能だったらしい。常時溶かされようとしているはずなのに岩はびくともしなかった。まあ稀に、吹き上がるマグマと共に上昇しているものもあったが。 「あ゛っ……つ……」 「ゴロンのヒト達、すごいヨ……ナビィ、リンクの帽子がなかったらあっという間に干からびちゃう」 「僕もそろそろ干からびそうだよ。まったく、どうしてこうボス的な存在は奥まった場所が好きなのかな!」 悪態をつきつつ、しかしリンクはかなりのハイペースで洞窟内部を進んでいた。しょっちゅう現れる雑魚敵を薙ぎ払いつつ道を切り開いてゆく。 それは一重に弓矢と爆弾のおかげだ。 魂の神殿で手に入れた弓矢に、洞窟のあちこちに生えている爆弾花。これを摘んで素早く放つと遠くで爆発させられるのだ。性質上精密には狙えないが爆風の威力がそれを補うのであまり関係ない。 また、遠くにある花を矢の衝撃で遠距離から不意討ち爆発させることも出来てこちらもなかなか便利だった。 「ここに住んでるモンスターってすごいなあ……さっきのリザルフォスさ、汗一つかいてなかったじゃん。どんな構造してるんだろ」 「リンク……そんなコト考えて戦ってたワケ? 余裕ネ、まったく」 「いや、今ふと思い出しただけだよ」 弁明しつつ、ふう、と息を吐いてリンクは岩影に立ち止まった。時折こうして少しましな場所を見付けてはブーメランを投げ、自分の回りに風を起こして涼むのだ。 別に遊んでいるわけではない。そうでもしないとやっていけないのである。 正に灼熱の地獄。 「本当は、大昔の勇者様が使ったっていう服があればよかったんだけどここ数百年の間にどこかへ行ってしまったらしいゴロ。面目ないゴロ、伝承だけ伝わっていたってしょうがないゴロ」 「いいよ、その気持ちだけで十分有難い。幸い風を起こす道具を持ってるから……なんとかなると思う」 ゴロンにはそう言ったものの、熱気は本当に凄まじかった。特別な服を着ていたらしい大昔の勇者様とやらが羨ましくなってしまう。 「それでも……魔法もブーメランもあるし、まだやれる……はず……」 「声がものすごくギリギリヨ」 「余計なこと言わないで」 士気が下がるでしょ、とナビィにじっとりした視線を送るリンクだったが彼はすぐに妖精から視線を外しある一点をじっと見た。 遠く、湯気のような白煙と視界の揺らめきによって朧気にしか見えないが、遠くに何かある。自慢じゃあないがリンクは視力がいいのだ。 「どーしたのヨぼぉっとして」 「あそこ。何か刻まれてる」 「え?」 「ナビィ見てきて」 「あ、うん……? ……えええ干からびる! 干からびるヨ!」 「いいから」 帽子からナビィを引きずり出すとリンクはブーメランを投げ、一際大きな風を起こす。その中にナビィを投げ入れてリンクはブーメランを放った。 それは軌道を描いて、小さな悲鳴と共に向こうの石壁に肉薄する。その位置で数秒停止すると、ブーメランは持ち主めがけて猛烈な勢いでもって返ってきた。 「――なにするのヨ! ナビィを殺す気なの?!」 「干からびないように風を送ったでしょ」 「そーいう問題じゃないの!!」 「で、何があった」 ナビィの怒りの抗議をなんとなく受け流しつつ、リンクは彼女に風の魔法をかけてから再び帽子に突っ込む。するとナビィは一息吐いてにわかに黙り込んでしまった。 「……何かあったんだね?」 「…………うん。そうヨ。あったわ、アレはハイラル王家の紋だった。それと一緒に、碑文も」 「それ、読めた?」 「すっごく古い文字だったから……正確には読めなかった。内容から類推すると多分、こんな感じネ……」 「『我、ここに眠る。我、時の勇者の手にかかりて眠る。我、しかして彼の友に命と命を授かる。剣求めし者、我に打ち克て。さすれば道は開かれよう』」 リンクの顔色が、変わった。 |