神の剣があるという。
 あらゆる魔を討ち破り
 使い手を勇者たらしめる剣

 しかし。

 その剣、何処か知れず――。



ドドンゴの洞窟



「つまりあの石壁の奥にはボスが控えてるってわけだ」
「あ、うん……って、そっち?!」
 ナビィが変な声を出したので、リンクは顔をしかめた。なんとなく馬鹿にしているような声色だったからだ。そんな失言をした覚えはない。
「なんだよそれ。僕はそんなに間抜けなことを言ったの?」
「間抜けってワケじゃ……で、でも、気付かないの? 剣ヨ。伝説の剣! 勇者様が封印する剣なんてひとつしかないヨ!!」
「……全然まったく、なんにも思い当たらないけど」
「しっ、信じられない!! マスターソードを知らないの?!」
 リンクが何それ、というふうにこくりと頷いたので、ナビィは有り得ない、と帽子の中でばたばた跳ね回った。人間だから知らないのだろうか。人間はその存在を、知らないのか。
「過去如何なる時も、勇者様が魔王を倒す時には必ずこの名前が出てくるのヨ! 封印戦争、黄昏の侵攻、魔術師アグニムの乱……どの伝承にもマスターソードは出てくるのだって、そうデクの樹サマは言ってたヨ」
「いや、ていうか、アグニムの乱以外は聞いたことないんだけど」
「あ……まあ、みんな古い話だから……。そっか、人間は知らないんだ……」
 不思議そうな、それでいて少し残念そうな声でナビィは漏らす。知らないなんて思わなかった。デクの樹サマが語り聞かせてくれる伝承は、人間にも同じように語り継がれるものとばかり思っていた。
 でもそれは、少し考えればすぐにわかることだ。土地神と妖精では、人間とはあまりにも生き方が違う。彼らの寿命は短い。
 森の語り部はこの千年デクの樹サマだった。なればこそ継がれている物語も、語り部がコロコロ変わる人間の間ではねじ曲がり変質し、消えていってしまったのだ。
「話そっか」
「長いんなら、後でいい。とにかくすごい剣なのかなってことは今の流れでわかったし……熱いし」
「あー、うん、それもそうネ」
 そんなことよりあの石壁の奥へ行く方法を考えなきゃ、とリンクは険しい顔で言った。脂汗がだらだらと滲み出て、容赦ない熱がリンクの体を蝕んでいた。



◇◆◇◆◇



「これで何とか出来るかな」
 革製の袋を手にし、ふう、と一息つく。革袋の中身は持ち運び用途に特化した爆弾だった。埃からして随分と古い代物のようだったが、試しに投げてみたら問題なく爆発した。
 迂回ルートを地道に探り、先程ナビィに無理を強いてまで読んでもらった石壁の前へ辿り着いたリンクは、視界がぼやける中で無理矢理に爆弾矢を放った。
 派手な音をたてて爆発し、対象は木っ端微塵に粉砕され飛び散る。多少煽りを喰らってリンク自身ダメージを負ったが彼にそんなことを気にする余裕はなかった。
「やばい……熱さ本当に限界かも……こんなんで戦ったら死ぬ気がする……」
「そ、そんなのイヤヨ! それなら、いっそ外に……」
「そうしたらもう二度とここへは辿り着けないよ。そんな気がするんだ」
「……そっか」
 リンクの体は汗だくだったが、そう言う彼の瞳はしっかりと焦点を見定めていた。吹き飛んだ壁の向こうの通路を凝視するそれははっきりとしていて、なんとなく見覚えのあるものだった。
 どこで、見たのだったろうか?


「リンク、行くんだネ」
「うん。今更引き返さないよ――行く」
 倒れないようには気を付けるよ、とリンクはナビィに苦笑した。


 その部屋は洞窟の他の部屋に比べたら格段に涼しかった。とは言ったって多少は熱いし、その部屋の主の圧迫感は酷かったが。
 
 古代炎竜キングドドンゴ。

 それが"彼"が名乗ったところの名前だ。知能を持っているらしく喋れるのだが、しかしそれはなんともちぐはぐで支離滅裂なのだった。
 言うことや口調が一貫しないのである。

「我はキングドドンゴ。余こそ洞窟を支配スルモノ。私は欠片を守護してるぜえクソガキ、いんや持ってなどおらぬ」
「…………はあ?」
「我が試練受けよ俺に殺されろォいざ参る」
「あー、はい、戦わなきゃいけないってことはわかったよ!!」
 殺気を感じ、バックステップでぎりぎり敵のファーストアタックを避ける。気が付けばリンクが立っていたところは既に黒焦げだった。消し炭だ。
 一歩間違えればそれがリンクの運命だったわけだ。
「言動は馬鹿っぽいけど火力は馬鹿にならないな……当たり前か」
 言いつつ、有効打を模索。見たところ弓は通じなさそうだし、ブーメランなど気休めにもならないだろう。剣は通るだろうが、絶え間なく動き続ける巨躯に小さな剣を食い込ませるのは、命を捨てるに近い危険を伴う。そのくせ利が低い。
「……アクオメンタスの時と同じか。でもこんな場所に住んでるんだ、炎の攻撃なんか通用しないよな……」
 こうしている今も、部屋の中央部では巨大なマグマが煮えたぎり池を作っている。炎への耐性はかなり高いとみて間違いないだろう。
 そしてリンクの中途半端な魔法は、未だ炎と風にまつわるものしか扱えない。
「風で……どうにかなればな……」
 しかし女神フロルの風の加護は、今もリンク自身の体を冷やすために出し惜しみをしつつも使用中だ。魔法力には上限がある。試し撃ちの余裕などない。
 打つ手は、自と限られてくる。
「だったら、どうにかしてアレを使うしかないよね」
 この洞窟で手に入れた爆弾。
 恐らくここでも役に立つのだ。
「というか、ここで役に立たなかったら僕が死んじゃう――ナビィ!」
「なに?!」
「僕は全力で攻撃を避ける。だからナビィはあいつが隙を作る瞬間を見つけ出して!」
「了解ヨ!!」
 全ての思考と視線をキングドドンゴにぴったりと合わせ、逃げて、逃げて、逃げる。ナビィ――キングドドンゴにとっては五月蝿い羽虫だろう――に注目がいかないように時折わざと皮膚に爆弾を放り注目を集めつつ、リンクは攻撃を避け続けた。
 炎を吐けば横にかわし、転がってくれば上に跳んで待避する。同じ方策を繰り返してみても向こうの動きに変化は見られなかった。やはり知能は高くない。
(それなら、まだ勝機はある)
 かわせる、ということは即ち「死を遠ざけることが出来る」ということだ。そりゃあ体力を消耗するから永久にかわし続けることなんか不可能だが、しかしその分、生きながらえることが出来る。
 言葉かけのようだが、生きてるってのはつまり死んでないってことなのだ。死んでなきゃ、先に進む道は見つかる。

 数分経ってからぱたぱたぱた、と羽根をしばたかせる音がリンクの耳をかすめた。ナビィが帰ってきたのはわかったが、目を逸らす暇はない。
「――Listenリンク! コイツの攻撃の隙は火炎ブレスの直前五秒よ! 大口を開けて溜めをしている間が一番無防備――!!」
「――了解ッ!!」
 インパに仕込まれた体術で突進してくるキングドドンゴとここ一番の距離をあけ、それからリンクは構えた。弓の先に、爆弾。爆弾矢だ。
 ブレスを吐き出そうとして動きを鈍らせたキングドドンゴのど真ん中に手早く照準を合わせ、二秒待機。そしてキングドドンゴが口を開けた瞬間に、リンクは矢を放った。

 ドガアアアァァァン!! と耳が割れそうなぐらいの大音響が響き、キングドドンゴの体がビクビクと痙攣する。そりゃあ腹の中で爆弾が爆発したのだ、生半可なダメージじゃあ済まないだろう。
 リンクは弓矢をしまい剣を引き抜くと、真っ直ぐにキングドドンゴに向かって歩いた。
「ごめんね、こんな荒っぽい方法しか出来なくて」
「……」
「でもその皮膚は堅すぎるんだよ。こうでもしなきゃ拘束出来なかった」
「……」
「言動がおかしかったからさ、何かに憑かれてるらしいことはわかったけど上手く取り除く方法がわからなかったんだ」
「……構わぬ」
 ずっと白目を向いていたキングドドンゴの眼球に突然光が戻った。剣を握る左手が条件反射で身構える。
 しかしキングドドンゴは至極穏やかに言葉を紡いだ。
「意識が混濁してみっともない姿を晒した……。トライフォースを宿す少年よ。碑文に魅せられ我の元へ辿り着いたのであろう。我が友の代わりに問おう、汝は神聖剣を求めているのか」
「……へっ?」
「今一度問おう、マスターソードを求めるか」
「ごめん、マスターソードってそもそもなんなの?」
 話が呑み込めず、リンクは間抜けな声を出す。ナビィがこれ見よがしに溜め息を吐いたが、言い返せなかった。
 その様子にキングドドンゴはぱちぱちと目をしばたかせ、不思議そうに眉をしかめる。
「マスターソードを、知らぬと」
「うん。さっきナビィに名前を聞いたばっかり」
「ならば何の為にここまで来たのだ」
「ゴロンの人にドドンゴ産特上ロース岩を食べたいって頼まれたからだよ」
「……なんと」
 リンクの受け答えに、キングドドンゴは突然笑い出した。単純に可笑しいから笑っているみたいだった。言うならば、大ウケしている、そんな感じだ。
「よい、よい。なかなか面白い少年だ。くくっ、神聖剣を求める愚か者かと思えば……興が乗ったぞ。少年ならば資格があるかもしれぬな」
「資格? 馬鹿なコトが資格なの? 変わってるネ、ソレ」
「そういうことではない、妖精。まあ、純粋であることは必要だがな――ダルニア!」
 天井に向かって、キングドドンゴが咆哮する。びりびりと痺れるような振動が部屋を伝うと、上で何かが動いたような気配がした。
「ダルニア、我が友よ! "時"が来たのやもしれぬぞ――勇者だ。勇者の卵が来ておる」
『そいつは、本当か?』
「トライフォースもあるしな。……そういえば、この前欠片が――」
「えっ?」
 欠片、という単語に反応してリンクは振り向いたがそれについてすぐに問うことは出来なかった。リンクとキングドドンゴの間に何者かが割って入ってきたからだ。
 見た感じゴロン族のようだが、壊滅状態の里にいたとは思えないほど健康状態が良さそうだ。いや、その言葉は不適切か。

 死者に健康状態もなにもあるわけがない。
「また、透けてる……」
「あ、アナタも賢者なの? それとも単なるユーレイ?」
 恐る恐る尋ね、おののく一人と一匹に透けた彼は豪快に笑いかけた。
『おう、俺が炎の賢者ダルニア様だ。ナボールが言ってたのはお前さんのことか? 時の勇者の血をひく少年』