回り続く運命の輪
 出会い
 別れ
 また出逢い
 いのちは巡り続く



夢物語のきれはし



「炎の賢者、ダルニア」
 一音一音を確認するように発音し、情報を整理しようと試みる。賢者。かつての六賢者たち。
 魂の賢者だというナボールの話によれば、「森の賢者サリア」は魔王ガノンドロフに刺され亡くなったらしい。逆に言えば言及しない以上、それ以外は無事だということだ。
 "六賢者"と言うからにはあと三人いるのだろうが……まあそれは今考えてもしょうのないことか。
『なるほど、お前さんが、な。確かに似てる……アクオメンタスに続いてキングドドンゴを突破するたあ、根性あるじゃねえか』
「……必要だったから。頼まれたら、それを請け負ったら、どんなに大変でもやり遂げるよ。だってそれが約束ってものでしょ」
『思い切りの良さは"彼"以上、か』
「……彼?」
 懐かしむように呟かれた言葉に、リンクは過敏に反応する。似てる、という言葉もその彼にということだろう。
 それは一体、誰なのだ?
「それは、誰のこと?」
 語調のきつい問いに、ダルニアは意外なほどあっけらかんと豪快に笑って答える。
『お前さんの先祖だ――恐らく。封印戦争を真に収めた歴史に名を遺さなかった勇者。そしてマスターソードを抜かなかった勇者でもある』
 ダルニアの言葉はなんだか謎かけめいていた。不思議な響きを孕んでいて、理解が億劫だ。というか、理解出来ない。
 確か――ナビィは封印戦争の勇者もマスターソードと関わりがあると、そう示唆していたような気がするのだが。
「抜かなかったって、」
『抜く必要がなかった』
「?」
『抜かずともガノンドロフを封印せしめた。六賢者が目醒めた頃にはその時代に出来ること全てが終わっていた』
 ダルニアの顔は昏い。誰も何も言わなかった。暗に己の無力さを責めるその顔はリンクの好奇心をも少しばかり押し止める。
 けれど。
 何故、後悔するような顔をするのだ? 全てが終わっていたのならば、何も悔やむことなどないはずだろうに。
『本来は六人……いや七人で背負うべきモンを一人に背負わせちまった』
 リンクの疑問に呼応するかのようにダルニアが言葉を紡ぐ。
『あんな子供に、そんな重責を背負わせるべきじゃあなかった。"リンク"はまだ十を数えたばかりの子供だったのに』
「リン、ク?」

 それは自分の名前だ。
 でもその子供は自分じゃない。

『おうよ、お前さんと同じ名前だ』
 でも、ダルニアはリンクの動揺をよそになんでもないことみたいにあっさりと答えた。

 そういえば。
 スタルキッドは言っていた――自分は「リンク」に似ていると。そっくりだ、だから楽しいと。
 ダルニアだってリンクを見てまず初めにそう漏らした。


 彼は、何者なのだ?


『お前さんはそっくりなんだ。違うところと言やあ……目だな。髪型なんかも違うが。お前さんの目はきらきら光って、生きている。"彼"の目は常に虚空を見るような憂いを持っていた。ありゃあ、子供のする目じゃない』
「…………」
『尤も、だからこそお前さんにはマスターソードを求める資格があるのだと、この俺、ダルニアは断言する』
「何故?」
 唐突に流れた「だからこそ」、という言葉の意味を測りかねて聞き返す。何がだからなのだ。件の彼に似てるから? だから資格があると言うのだろうか?
 しかしダルニアが示した理由はそうではなかった。
『まっすぐな目で、無欲だからだ。お前さんは姫様の為にトライフォースを集めてるんだろう。マスターソードは自己欲の強いものには凶器となるからな』
「そりゃあ……。会ったことはないけど、ゼルダ姫は困ってるから。だから助けなきゃ」
『そういうふうに考えられる人間てのは少ないもんだ。……あとはそうさな、その左手の印も必要不可欠ではある』
「我が友。そこらで良いのではないか」
 ダルニアの言葉を、たしなめるような声が遮る。リンクはキングドドンゴの方を向き直り見た。どうもダルニアは感傷に浸って余計なことを喋りすぎたらしい。キングドドンゴの視線はそれを示唆していた。
「さて、少年――少年に資格があることはわかった。ならば私がやるべきことは一つ。少年にヒントを与えることだ」
「えっ、マスターソードの在処を教えてくれるんじゃあないの?」
「事はそれほど単純には運ばないものだ、妖精」
「んう……そっか」
 ナビィが残念そうにしょんぼりした声を出す。リンクは彼女をひょいと肩にのっけると調子を取り戻そうと少しばかり息を吐いた。
「さて少年、よく聞くがいい。私がかの少年より伝え聞き守ってきた、神の剣の伝承を」



◇◆◇◆◇



「ありがとうございますゴロ! おかげで助かりそうゴロ……!!」
「いいよ、そんな……大したことはしてないから」
「そんなことないゴロ! これで一族は滅びずに済むゴロ」
 さぞ腹を空かせていたのだろう。もう大丈夫だというリンクの言葉を受け洞窟に入った彼らは、岩を見るや否や食らい付いた。
 リンクは岩なんぞ食べられないから、その美味さはわからないが少なくとも彼らにとっての価値は見ればわかる。
 きっと、普段の食でありながらもそれはちょっとしたご馳走に似たものなのだろう。
「そうそう、約束、ゴロ。何でも聞いて欲しいゴロ。出来るだけ答えるゴロ」
「あ、うん。それじゃあ遠慮なく。――えーっとね、実はこの山には探し物をしに来たんだけど……確か、祭壇があるって言ってたよね?」

「そうだゴロ。それが、どうかしたかゴロ……?」
「じゃあその祭壇にさ、閉ざされた扉だとかそういうのはなかった?」
「ないゴロよ」
「うう……そ、そっか……」
 その返事を聞き露骨にがっかりそうな顔をしたリンクに、ゴロンは慌ててでも、と補足する。
「ゴロン族七不思議ならあるゴロ!」
「ゴロン族七不思議?」
「何かありそうなのになんともならない不思議な場所ゴロ。三角形が三つ彫られた石壁で……でも、押しても引いてもビクともしなかったゴロ」
 その言葉にリンクは、今度はがばっ、と勢いよく振り向いた。さっきまで落ち込んでいた瞳はきらきら輝いてなんだか小さな子供みたいだ。
「それだ、多分それが俺の探していたものだよ!」
「本当かゴロ?! お役に立てて嬉しいゴロ!」
「こっちも。じゃあ、食べ終わったら案内してくれる?」
 そう言うと、リンクはにこにこと可愛らしく笑った。




 祭壇の室の、奥深く。
 体躯の小さな子供でなければ見られなそうな小さな穴を抜けた先にその壁はあった。
 トライフォースを掲げる黄金の鳥の下に、厳めしい字体で何か文字が書かれている。
「……まった古代文字か……」
「読めないゴロ? 代わりに読もうかゴロ?」
「読めるの?」
 子供の申し出に驚き、尋ねると彼はコクリと頷いた。
「でも、今ハイリア人が使っている言葉は一部のゴロンしか読めないゴロ。麓との交易をしている商人には必要だけど、里には基本的に必要ないゴロ。……ゴロン族は何百年も前に山から降りることを止めたゴロ。理由は」
「……なんとなくわかったから、いい」
 言葉を無理矢理に遮って、リンクは顔を覆った。恐らくは魔術師アグニムの乱とか、そのへんが関わってきているのだ。確かに騒がしく物騒になった地には関わらない方が良策だろう。
 そうして外界との接触を絶ったために言語の自然消滅を免れたのだ。今まで旅をしてきた感じだと、「山の民」はハイリア人たちの認識の中では滅亡寸前だった。
 尤もそれは「森の民」にも言えることで――実際森の民は多分滅んでいるのだろうけど……
(森の民、砂漠の民が滅んでて山の民は一応生き残ってる。水の民はわからない。闇の民は――あまり残りがいないって。ほとんど光の民と交わってしまったから)
「じゃあ、とりあえず読むゴロ。えーっと……"ミ チ ヲ シ メ セ"。道を示せ、だゴロ」
 まだ頼んではいなかったのだが、これといって不都合があるわけでもないし彼が読み上げるのを耳に拾う。ワードは短かった。そしてその意味も恐らくは単調だ。
 左手のトライフォースが淡く光る。
 予め仕組まれていたみたいな流れだった。「偶然飛び去った」はずのトライフォースは散り散りに、しかしあつらえたような祭壇にそれぞれが納まっている。四つ目に至ってはトライフォースが反応する扉の奥だ。
 リンクの行動が決められているみたいな用意周到さは、なんだか気味が悪くもある。
(今は考えるべきじゃ、ないか)
 示す道は、リンクの願いは別にないわけじゃない。ただ口にするのが恥ずかしい類いのものであるだけだ。
 ただ、もの悲しくてもの淋しい気持ちになるだけだ。
 だからリンクは扉のトライフォースを王家の紋章にあてがい想う。
(僕の"道"は――)

「誰も、傷付かない世界。みんなが、手を取り合っていられる世界」
 少なくとも、魔王の手で民々の命が蹂躙されることのない世界。

 自身が少しアウトサイダーの性質を持っていた為に描かれたそれは、子供らしく無邪気で純粋でしかし実現が酷く難しい願だった。
 人は、ハイリア人は争いを少なからず好むものだ。アグニムの乱だって言ってしまえば権力争いだし、軍の備蓄は他国や他民族と戦うつもりがあるから存在しているのだ。
 森の民や山の民が姿を消したのは彼らが争いに巻き込まれることを嫌ってだろう。リンクだってそんなことはご免だった。

 かつて夢物語を、ハッピーエンドを願った青年は確固たる信念をもってその願いに臨んだ。「神に背こうとも、構わない」。それが彼の意志だった。
 対してリンクは、ただ純粋に願う。
 「この手は汚れても構わないから、みんながしあわせであれますように」と。
 自分が何かを捧げる可能性というリスクを度外視し、いや考えることもなくそんな大それた願いを夢見るのは実に浅はかなことだ。
 けれどリンクは子供だった。恐れを知らぬ、子供だった。



◇◆◇◆◇



 ゴロン族から幾らかの情報をもらい、一晩泊まると翌 早朝にリンクは里を後にした。
 目指す先は広き湖――ハイリア湖だ。森、山、湖。その三つの場所をこの目で確かめることが目下の課題である。

『トライフォース、三大神。三ってのはこの世界の根幹に関わってくる数だ。マスターソードもその例にもれず、先ずは三つの試練を抜けて自分を勇者として認めさせることが必要となってくる。少なくとも慣例ではな。お前さん、デクの樹サマの試練は抜けただろう? この山にも試練はある。それは聖域に入ることだ。今は……欠片が安置してある』
『聖域はトライフォースの所持者でないと入れねえ。賢者の身でも不可能だった。だが、お前さんとガノンはそれが可能だ』

「集まった欠片は、半分の四つ。……半分、か。まだ半分なんだ」
 エポナを走らせ、そう呟く。城は瓦解しているというのに、空は信じられないくらいに青かった。色んな人に話を聞いたが、城を落としたあの日以来ガノンは何の行動も起こしていないらしい。
 そういえば、リンクの住む村の人たちも魔王の侵攻だなんてことは信じちゃいなかった。理由はわからないけれど、状況が拮抗 している今のうちに早くトライフォースの欠片を集めてしまいたい。そう急く気持ちがリンクにはあった。
「これ以上ゴロン族の人たちみたいなことを起こさせたくない。もし、トライフォースを集めて、マスターソードを手にすることで阻止できるのなら僕はそれを成し遂げたい」
「……リンク」
「ねえナビィ。僕、どうしちゃったのかな? 決めたことを曲げないのは僕の信念の一つだけど、でも今までそんなにすごいことなんて考えたことがないんだ」
「リンク、ナビィには、わかんないヨ」
「うん。僕にもわかんない。……でもね、考えたからには、決めたからにはきっと出来るってそんな気がする。本当に何でだろうね。可笑しいよ」
 妖精はふるふると羽を震わせて少年の肩に止まった。少年は特にそれを気にせず、いつも通りの光景として受け入れる。
 エポナが嘶いた。程なくして、高台の下に青い湖面が見えてきた。