奥底に眠る とこしえの年月 いづくにか いづこにか 遠き浮き橋 湖底の精霊 「"テスチタート"。こいつが、お姫さまの言ってた魔物……ってことでいいのかな」 頬に一筋の汗を垂らし見上げるのは、巨大なパックンフラワー。 湖付近の草原によく出没するありふれたモンスター、「ピーハット」によく似た――というより、そのまま巨大化させたかのような外見をしたそれは、これまた巨大な花びらに似た組織を旋回させて浮いている。 テスチタート下部からにょろにょろと気色悪く伸び、のたうつ蔓は部屋全体を薄く覆う水をびちゃびちゃと跳ねさせ、侵入者に対する不快感を露にしているようだった。 「気を付けてリンク。相当不機嫌そうヨ、あれ」 「勝手に住み着いてる侵略者のくせに荒らされて怒るのか……理不尽だななんか」 「理不尽だろうがそうじゃなかろうが倒すって目的には変わりないヨ! いくヨ、リンク!!」 「一人で盛り上がらないでよ」 興奮気味のナビィに苦笑いすると、リンクは定石通り相手から一定の距離を置いて観察を始めた。 ぱっと見ではこれといった弱点らしきものは見当たらない。となると恐らくあの花弁の内に隠れているはずだ。そうでなければ直接は狙えない心臓の類。どちらにせよ、面倒そうである。 だからまず狙うのは――邪魔なのは、あの動き回る蔓。 「よっ……と!」 蔓が密集したあたりを狙って放たれたブーメランは追いかけるようにカーブを描き、程なくして命中しぶちぶちとそれを引き裂く。 ともすると柔らかくも見えるあのフォルムからこれだけの破壊力を生み出せるのは、やはり風の女神の加護のおかげだろう。リンクは心中で感謝しつつ、無言で返ってきたブーメランをキャッチし体勢を整えた。 休む間もなく、続いて第二撃。 「もう一発!」 三回目の投擲で視認しうる全ての蔓を切り裂くと、ブーメランを仕舞ってフックショットに装備し直した。フックショットを選んだことにさしたる理由はない。単なる勘だ。 そろそろこの場所で手に入れたものの出番だろうなという、漠然とした閃きだ。 「ナビィ、頼める?」 「うーん、鋭意努力って感じネー……」 「じゃ、それでもいいからよろしく」 「うー、わかったヨ」 ぱたぱたとはためく妖精の向かう先は、先程まで蔓があったところ、つまり剥き出しになったテスチタートのまあ、お尻にあたるところだ。 もしかしたら外皮に覆われていない生身の部分が露出しているかもしれない。だとしたらそこを狙わない手はないだろう。 「踏ん張ってよ、ナビィ!!」 リンクはフックショットを放ち、ナビィに激を飛ばした。 フックショットはばねの反動で鎖を直線上に撃ち出す武器だ。今はナビィのアシストを追っているためある程度は湾曲して目標を追えるが、鎖という構成の性質上その動きはかなり制限されてくる。 不可変の硬い鉄同士が絡み合っており、更に長さは有限。機動力という点においてフックショットは矢に及ぶべくもないのだ。 一方で、矢に勝る最大の長所は弾数の多さである。言ってしまえば鎖を伸び縮みさせているだけの武器である故に弾を必要としないので、ほぼ無限に鎖の先の針を連射することが出来る。 武器としてのフックショットは連射性能に特化したものであると言えよう。 ぶすりと柔らかいものに針が刺さる音がして、やや鈍い動きで鎖が巻き戻る。針先には赤く脈打つ何かが刺さっていた。逃げたげに、小刻みに跳ねている。 「うわ、なんだこれ。コアにしては手応えがないような……まあいいや。燃やしちゃおう」 ディンの炎を手のひらに灯し、丸っこいそれに当てる。たちまち燃え上がると一瞬で灰になって散った。と同時に、背後でつんざくような雄叫びが上がる。 「……だよね」 振り向くまでもなかった。なんとなく予想出来ていたことだ。 わさわさという擦れる音が活発になっているのを聞くに、恐らくは蔓が再生してしまったのだろう。ナビィが標的から離れ側に戻ってきたのを確認し、手早くブーメランに切り替える。リンクはそのまま予備動作を入れずにそれを放った。 先程とまったく同様の手順で蔓を刈り取り、再びナビィに頼んでコアを引き寄せ燃やす。この動作を四回――回転する花弁と同じ数――こなすと、テスチタートが"変わった"。 「……形態変化?」 「かな。それにしても、うう、気持ち悪いヨ」 「あはは、同意。笑いもひきつるって、これは」 ばりばり、めきめき、とおよそ植物が立てるとは思い難い音を響かせ、テスチタートは"変態"した。のたうつのは今や蔓ではなく、無数の海蛇に似た何かだ。花弁の名残はうっすらと頭の付け根あたりに見えるが、それだけである。 「なんだろう……生き物? ううん、チューブって言うのが正しいかなあ、これは」 「あの赤いむにむにしたの、リンクがさっきまで燃やしてたのに似てるヨ。きっとアレが本物のコアなんだネ」 「今まで隠してたのに晒しちゃうなんて変なの。あ、僕が攻撃したから晒さざるをえなくなっちゃったのかな……」 人を一人丸呑みにして足る程の太さの透明無色なチューブを胴体として、付け根に同じく無色の海蛇擬きをメデューサの髪よろしく無数に生やしている。もたげられた鎌首には鼻と口らしき穴だけがあり、目とおぼしき器官は存在していない。 しわくちゃの赤いコアは、一定のスピードでチューブの中をいったりきたり上下に移動していた。 不意に口から、チロリと舌が伸びる。 『我が眠りを妨げたるはそちか』 「まあ、そういうことになると思うよ」 『では我が倒すべき相手はそちか』 「それは知らない」 意外なほどしっかりと返ってきた返事にちょっとした驚きを感じつつ、じりじりと後退し距離を計る。 目の前のテスチタート"だった"ものは今確実に「倒す」と言った。つまりそれは殺されかねない、というより十中八九殺されるだろうということだ。 『この場所に我が棲み着くと必ず殺しに来よる。忌々しい緑色のヒトよ……』 「ここはハイラルの大事な水源だ……って、お姫さまが言ってた。お前が棲むための場所じゃあないんだ、追い出すのは当然でしょ。ハイラルの民の命に関わるんだって」 『それこそ詭弁よ。我が邪たる理由は何ぞ。ヒトの都合か。――何故睨む、憎たらしい。昔我を殺しよったヒトと同じ瞳。同じ面。同じ。嗚呼、忌々しい……!!』 瞳のない顔を振り回し、チロチロしていた舌が突然巨大なベロになってリンクに襲いかかった。反射的に避け、攻撃モーションの隙を探りながら先の言葉を反芻する。 『我が邪たる理由は何ぞ』 「……わかんないよ、答えなんか。知りっこないもの。公正な判断とかそんなの、僕に出来るわけないじゃん」 リンクは呟くと「僕は神様じゃないんだからさ」、とまるで言い聞かせるように含んでフックショットを構え―― しかしすぐにそれを引っ込めた。 「……何……?」 左甲のトライフォースがこれでもかとばかりに輝き、何らかの不可視かつ不可抗力の力が強引に彼の腕を引っ込めさせたのだ。あまりの引力によろめき、リンクは慌てて体勢を取り直した。 「なんで……」 トライフォースが攻撃を拒否した。そうとしか受け取れなかった。でも何故なのだ? だって敵はリンクの命を脅かしているのに! 「なにやってるのヨリンク! ぼーっとしてないで早く避けて!!」 「あっ……ッ?!」 ベロの直撃をすんでのところでかわして、リンクは息を呑む。テスチタート――だったもの、に肉薄したからこそ見えたそれはリンクを驚愕させるに値するものだった。 小さな、至極小さな光の羽根。 頭の後ろから隠れるように生えた発光する六枚翅からリンクが感じたのは綺麗で、しかし弱々しい光だった。のたうつ蛇のような本体から感じるのとは真逆のその感覚はトライフォースの欠片に相対した時に感じるものに似ている。 「中に、なにかいる」 「えっ?」 「いる。誰かって言っていいのかはわかんないけど、とにかくいる。トライフォースが攻撃をしたがらない何かが」 そう言うと、リンクは逃げに徹していた動きを改めて一目散に相手の懐に突っ込んでいった。自暴自棄そのものの行動にナビィは驚き制そうとするが、間に合わない。 そして彼は天啓めいた直感の通りに、左手の甲をテスチタートの頭に押し当てた。 しばらくすると閃光が止み、リンクは閉じた目を開いた。気が付けば情けなくへたりこみ、尻餅をついた形になっている。 すぐそばでナビィが唖然として放心し、浮かんでいた。ただでさえ蒼いからだが、なんだか更に青くなってしまったみたいに見えた。 「……うそぉ……?」 ついさっきまで相手取っていた筈の大蛇もどきの姿は影も形もなかった。 眼前におわすそれは確かに蛇に似てはいるが、先程の姿とは雲泥の差ほども違いがある。 乳白色の大きな体躯に、深緑の紋様。コブラにも似た頭は円環状の光を纏っていて、さらに眩く発光している。 リンクにそれが何なのかはわからなかったけれど、ナビィはそうではないみたいだった。そのさまはまるでびっくりして、言葉を失っているかのようだ。 「光の……精、霊様」 ようやくナビィが発したその言葉は、リンクに理解と不可解とを同時にもたらした。光の精霊、そのお伽噺は聞いたことがある。だけど、だ。 仮にそれが本当だったとして――何故、あんなことになっていたのだ? お伽噺における「光の精霊」というのは、殆ど万能の権化そのものだった。あまねく大地を照らす光は人々を導き、癒し潤した。 「黄金の三大神」伝説に出てくる三柱の女神に次ぐ強大な存在。それがリンクが認識する光の精霊のイメージだったのだ。 でも今目の前にいる光の精霊はそれほど凄い存在には見えなかった。確かに神々しくはあるが、でも傷付いて疲弊しているように見えた。 『……我が名は、ラネール』 けれどリンクのそんな思惑に関係なく、それは口を開く。 『みすぼらしい……姿を、晒した。女神に愛されし光の……いや、勇気の仔よ……』 |