安穏と聳える 剣呑の塔 黒雲浮きて 屍の舘 ヘラの塔 「ヒントは高い塔ってことだけ。さて、どうしたものか」 砂漠で手に入れた古い地図を広げ、リンクは腕組みをして唸った。場所はハイラル平原の西方にある草っぱら。よく晴れて、穏やかな風が心地よい。 「塔なんて、あっても地図じゃわかんないヨ。よっぽど大切な、例えば神様に供物を捧げるための建物であったとかそういうのじゃなきゃあわざわざ地図に載せたりしないもの」 「そうなの?」 「そうなのヨ。この地図縮尺が大きいからあんまり余計なコト描いてらんないのよネ」 「そうなんだ……じゃあ魂の神殿とか砂漠の処刑場って、けっこう大事な施設だったんだね」 「当たり前ヨ。神殿ってどういう場所なのかわかってるでしょ?」 「うん、まあ嫌と言うほど……」 ナビィのバカねー、と言わんばかりの台詞に苦く笑ってリンクは旅立つ時に貰った現代のハイラルの地図を開く。こちらの縮尺比も古い方と似たり寄ったりだ。 大まかな全体像などは大体同じであるものの(現代の地図からは、砂漠の部分が不自然に欠けている)、二つの地図に描かれた地形にはけっこう差がある。例えば、今は断崖絶壁となり完全に行き来が閉ざされているハイリア湖付近から砂漠へ続くルートは、古い方ではなんとか横断出来なくもない道が細いながら残っていたようなのだ。 書かれている地名も時々違ったりする。デスマウンテンやハイリア湖なんかは変わりないが、南東の森はコキリやらフィローネやら、わりと名前が変遷していた。 「とりあえず僕が持ってきた方はあてにならないから……面倒だけどこっちの地名とかを隅から読んでいくしかないかなあ」 「面倒だけどネ。コレ字が細かすぎるヨ……お年寄りに読ませる気なんてこれっぽっちもないに違いないわネ」 「っていうか、僕はこれ読めないからナビィ一人で頑張ってね」 「ハッ……そうだった! イヤだあ、ナビィ一人で大仕事じゃないの!!」 今更その事実に気付き、憤慨するように羽根をばたつかせるナビィにごめんね、と謝ってリンクは少しばかり頭を下げる。 あの時――オアシスの砦で一度だけ、読めたというか情報が降ってきたに近い感覚を味わったが、実のところそれっきり一度もこの地図から文字情報を得たことはなかった。 気が向いた時に、暇潰しに眺めてみるのだがさっぱり読めやしない。象形文字の羅列にしか見えないのだ。 まあナビィが読めるしいいか、と問題を先送りにして砦でのことはあまり気にしないでおくことにしていた。 「もう……リンクのバカ……何で人間は新しい文字を作っちゃったのかしら……」 ぶつぶつと不機嫌そうな一人言を漏らしながら、けれどもナビィはきっちりと仕事に取り組んだ。 場所を小刻みに移動しながら、時に難解な暗号のようになってしまっている雑な字の書き込みまで、全ての文字をきちんと判読していく。 時折むう、と不思議そうに体を傾げていたが、作業を初めて数十分ほど後にナビィは目的のものを見付けたようだった。 「ちょっとリンク、こっち、見て!」 「何か見付かったの?」 「多分ネ。ええと、ほらこの薄れた赤ペン。デスマウンテンの近くの」 羽根でつんつんと地図を叩き、リンクには読めない文字を指し示す。 「ヘ、ラ、の、と、う……ヘラの塔、だって」 「塔! 書き込んであるってことは、これも何か重要な遺跡なんだ」 「ん。この赤字の書き込みは、どうもそういう系統のものが多いみたい。そんな感じに捉えて大丈夫ヨ。――逆に言えば、ココがダメだともう後がないわ。ヘラの塔以外に塔ってつく名前はなかったの……」 そう言うと、ナビィはしゅんとしてしまう。リンクは心配そうに俯く妖精を両手ですくい、頬に寄せた。すりすりすると、羽根がなんとなくくすぐったい。 「大丈夫。何かしら新しい手がかりはあるよ。だってナビィが見付けたんだから」 「根拠がないのにそーゆーコト言っちゃダメだヨ? ……でも、ありがとネ。やってみる前からダメだった時のコト、考えてもしょうがないもんネ」 「そ。人生何事も経験だっておじさんがよく言ってた」 リンクが自信満々にそう言うと、ナビィはあのネ、とちょっとがっくりしたように肩を落とすに近い動作をした。 「……ナビィは人間じゃないヨ」 ◇◆◇◆◇ こんな伝承が、ある。 死の世界に流された流刑人が、その世界を治める女ヘルに裁かれる時、彼は理不尽な死を迎えたので蘇生を彼女に頼み出た。 死者を蘇らせる力を持つ彼女は今までにも幾度か同様に願われたことがあるが、彼らは殆どが粕のようなどうしようもない人間だったのでその度に大鎌で容赦なく首をはねてきた。 しかし今彼女にそれを頼み出た青年は清廉潔白で、暗殺によりいわれもなく殺されこの地に来たのみであり、何より容貌がとても美しかった。 思わず心を動かされた女は「甦りの塔」を建設し、それが完成したならばその暁には必ずや蘇生させようと青年に誓約する。 かくして青年は甦りの塔の建設に着手し、順調に作業を進めていったが、塔が完成して間もなくして生命神フロルの手によって彼の魂は転生させられてしまった。 嘆き悲しんだ女は、彼が造った塔の名を「甦りの塔」から「死者の塔」に変えてしまった。 Tower of Hel. あまねく死者を裁き断罪するその塔はいつしか、彼女の名ヘルがなまり「ヘラの塔」と呼ばれるようになったのだという。 ヘラの塔にまつわる、尤も今は誰も覚えている者のいない、古い古いお伽噺である。 デスマウンテン麓に存在するカカリコ村の、更にその奥の墓地。 ひんやりとした冷気……霊気かもしれない、が肌寒いその墓地の奥にリンクは立っていた。 円陣を描く燭台の中心に台座があり、それに乗るリンクの視線の先には石造りの閉じた扉がある。滴を垂らす目玉の、奇妙な文様が彫られた扉は開けるものなら開いてみろ、というふうに鎮座しているようにも見えた。 「一個ずつじゃ駄目なんだ。一気につけないといけないんだね」 「それはそうだけど。……ねえ、リンク、ナビィ不安。本当にここであってるのかしら?」 だって塔なんてどこにも見当たらないじゃない、と言うナビィにリンクは根拠のない自信でもって応える。 「大丈夫、大丈夫。ここであってるはずだって。だってデスマウンテン付近に、ここ以上にそれっぽい場所はないもの」 「建物そのものが古すぎて倒壊とかしてたらどうするのヨ……」 「それはそれ、まあはずれだったってことでしょ。いいの、僕は僕の直感に従う」 「どうなのヨ、それも」 はああ、と溜め息を吐く。リンクの行動には時々――場合によっては頻繁に――呆れ返ってしまう。若さゆえの無謀ってこういうことを言うのかしら、と年寄り染みた思考をしているうちにリンクは燭台の火付けに成功していた。 ズ、ズズ、と重たい音を響かせて石扉が上方にスライドしていく。パラパラと磨り減った粉を落としながら動き、程なくして扉は完全に見えなくなった。 「じゃあ行くよ、ナビィ」 「はいはい。もうどうにでもなれって感じヨ……」 ギィ、と錆び付いた音がして玄関ホールの石戸が招くようにひとりでに開く。 死者の塔への道が、開かれた。 ◇◆◇◆◇ 壁一面の悪趣味な骸骨模様。 ひびだらけで今にも陥没しそうな床のタイル。 あちこちにあるギロチンやら鎌やらの、刃のついたトラップ。 極めつけはどんどん地下へと降りていく建物そのものの構造。 「本当、よく平気でいられるわネ……ナビィ気持ち悪くなってきた」 「僕だって平気なわけじゃないよ……。でもね、進まないと。終わらないし。やらなきゃ、進まないし。嫌でも体は動かさなきゃいけない」 半ば機械的に体を動かし、時折疲弊した脳味噌を使ってトラップを避け仕掛けを解く。建物に入ってから既に三時間が経過していた。 カウントが間違っていなければ、今リンクがいるのは地下十三階層だ。ワンフロアの面積が然程広くないのがせめてもの救いだが、しかし延々地下へ続き、終わりが見えないことへの精神疲労というのもなかなか馬鹿には出来ない。 「これだけ階層があるとなると……塔って表現はあながち間違ってないように思うよ」 言うならばリバースタワーか。 地下に向かって聳える塔。 そもそも塔が高く天に向かって伸びるのは人々がより神に近付いて祈り、願いを届けたいと思ったからなのだが、ではこの塔は何のために地下に伸びているのだろうか。 出現モンスターの多くはアンデッドが占めていた。生ける屍――骸骨剣士のスタルフォスをはじめとして腐敗したミイラのギブド、血染めの亡霊デドハンド、死に損ないの悪意ポゥ、などなど。どれもじめじめしたダンジョンに更なるおぞ気を与えるという点においては一貫していて、本当はリンクだって弱音を吐いて音をあげたいぐらいだった。 そして現在の階層は、繰り返すが地下十三階層。 嫌な予感がしてならない。 「もういっそ全部焼き払っちゃいたい」 「そんなコトしたら瓦礫に埋まって自滅するわヨ」 「じゃあせめてこの扉だけでも」 「いいわけないでしょ」 眼前の大きく装飾の多い扉を見上げ、憂鬱そうに目を細める。一際立派な錠前がかかっているがそれに対応するであろう鍵は入手済みだ。あとは、意を決して開けるだけなのである。 ボスモンスターが奥にいるだろうことは容易に想像出来る。ボスと戦うことは避けては通れない。それは仕方ないことだ。 リンクが嫌なのは――ボスが物凄くグロテスクで気味が悪く、気持ち悪い姿をしているんじゃあないかということだった。 確証はない。思い込みだ。でも嫌なものは嫌だ。 だけれど、それでは前に進めない。 「……しょうがない。嫌だけど、行かなくちゃ」 リンクは観念したようにこうべを垂れて、鍵穴に錠前を差し込んだ。 |