少年は止まらなかった。 何もかえりみなかった。 其れに手を伸ばすことが、 罪であるとも知らず。 時の神殿 低い調子のコーラスがどこまでもどこまでも反響している。 一面白い壁で造られているその建物はいかにも神殿然としていて、トライフォースの欠片があるとしてもそれに違わぬ品格を備えているようだった。 先のヘラの塔の、嫌がらせのような構造とは対照にシンプルに造られた建物は、マップによると地上二階地下一階のごく簡素なものであるらしい。 しかしかといって仕掛けが簡単なわけではなく、頭を使わせる類いのものがこれでもかと攻略者の到着を待ちわびていた。 「む、紫のクリスタルスイッチか……新手じゃん。これで何種類目だっけ」 「赤と青のやつでしょ、黄色と緑のやつ、それからオレンジと白のやつ。これで四つ目ってトコだネ」 「うわあ、いよいよ覚えるのが面倒になってきた」 「諦めないでFightヨリンク! ナビィも半分ぐらいなら覚えてるから!」 「半分とか役立たずすぎてお話にならないよ」 なにヨ! と湯気を出し始めたナビィをなだめつすがめつ、リンクはクリスタルスイッチの配置とマップを見比べた。関連性を整理して、何か見落としがないか確認をする。 今まで踏破してきたダンジョンでも、仕掛け同士が連動しているなんてのはわりとよくあることだった。誰が造ったのかは知らないが、わりと性格の悪い仕掛け方も少なくはなく、厳格な雰囲気を持つこの時の神殿とてその例外ではない。 さっきも、入口付近にある隠し部屋のスイッチを起動させていなかったがために数十分も足止めを喰らってしまっていたのだ。 あのタイムロスはなんというか口惜しかった。 「ん……今のところは何もわからなそうだな……」 「そう? ナビィ、スイッチの並びがちょっと気になるケド」 ほら、と羽根で順々にマップのある点を指し、ナビィはリンクに提言する。 「それぞれの種類ごとにナンバリングしてあったんだヨ。それを結ぶとトライフォースの形にならない? 今の紫のは丁度真ん中で、ノーナンバー」 「ナビィ……」 「なにヨ」 「半分って言ってたわりによく覚えてるじゃん! そんなナビィが大好きだよ!!」 「褒めてもなんも出ないわヨ」 しれっとしてリンクのおだてを受け流し、ナビィは肩をすくめるように羽根をすくめる仕草をした。 「それで、ナビィ、そのナンバリングの順番をもう一回指してくれない?」 「いいケド。それがどうかしたワケ?」 「うん。どうかしてるの」 わかりやすいようにゆっくりと動くナビィの羽根は、一筆でトライフォースの形を描き出した。そして今リンクがいるのは、"時の神殿の形をそのまま"ミニチュアにしたかのような丁度中央にある部屋。 一筆のトライフォースは、時の神殿全体を突っ切るように描かれている。ならば、そのミニチュアモデルであるこの部屋でそれと同様の動作をしたら? 壁には、クリスタルスイッチとは違い控えめにポインタともとれる模様が彫り込まれている。リンクはブーメランを取り出すと、ナビィにブーメランの先導を頼んだ。 「ナビィ。さっきの順番通りに壁のポインタまでこれを誘導して、最後に中央のクリスタルスイッチに当ててくれないかな」 「大丈夫、了解ヨ。まっかせなさい」 順ぐりに、ブーメランが壁の七つのポインタを作動させてゆく。最後に中央のスイッチを光らせると、どこからともなく壁がせり上がる――否、部屋毎エレベーターのように下がり落ちた。 リンクが部屋に入ってきた扉があった所に、豪勢な鍵が掛けられた一際巨大な扉が鎮座していた。 ◇◆◇◆◇ 巨大なまんまるの一ツ目を持つ、巨大な虫とも何ともつかない姿。 どことなくグロッキーなその姿からは、何故かそこはかとない「儚さ」が漂っている。 ……ような気がする。 妙に見覚えというか、親しみのようなものを感じるその物体の名はどうやら「ゴーマ」というらしい。 一応、扉を抜けた先にいた時の神殿のボスモンスターである。 「ねえナビィ。なんでアレあんなに弱そうなの? ねえなんで?」 「ナビィだって知りたいヨ。なんだか憐れみを覚えちゃうのよネー、あー気になる」 アクオメンタスやグリオークのように巨大なわけでもなく。テスチタートのように気持ち悪いわけでもなく。キングドドンゴやスタルキッドのように一種のおかしさがあるわけでもなく。 ゴーマの体躯はリンクより少し大きいぐらいで、一ツ目がぎょろぎょろと動き回る様は確かに気色悪いが……しかしそれ以外には取り立てて気にとめるような特徴もない。 強いて言えばタマゴを大量に産み落とすのが初めの内は厄介であったのだが、試しに孵化する前の集団に爆弾矢を飛ばしたら一発で粗方吹っ飛ばせてしまった。 ちなみにディンの炎をぶちこんで炎上させても同様。なんとも他愛ない。 だがまあ、親玉の方は一応そう簡単には行かなかった。矢も爆弾も炎も風も、氷も果ては剣までもダメージを与えられなかったのだ。当然、フックショットなんかもっての他である。 一度は手詰まりかと危機感を覚えたリンクだが、しかしふとある物の存在を思い出す。 ハンマー。"時の神殿で新たに手に入れた"アイテム。 残る手段はこれだけとばかりにがあん! と振り下ろすとゴーマは勢いぺしゃんこに潰れた。 すぐに再生したが、ハンマーが有効だということは発覚した。 とどのつまり。 後は単純作業だということである。 リンクが振り下ろしたハンマーが、ゴーマの目玉を直撃する。三回当てたあたりからゴーマの動きがカサカサとすばしっこくなり、当てるのが難しくなってはいたがそれはそこまでの問題ではない。これで五回、命中させたことになる。そろそろかと思いリンクはバック宙でゴーマから飛び退き、反応が起きるのを待った。 程なくしてゴーマの体が霧散し、粒子となり空中に溶けていく。リンクは一息吐いて汗を拭った。 「終わった終わった。あんまりボスって感じはしなかったけどもう部屋は残ってないし、マップが嘘を吐いていない限りはこれで一段落、だよね」 「うん。なんだか害虫駆除を見てる気分だったケドそうだと思うヨ。ていうか仕掛けは難しかったのになんでボスはこんなに大したことないのかしら」 「さあ……ここの賢者に訊いたら何かわかるかな……」 散々ゴーマをこけおとしながら、リンクとナビィは現れた扉へ向かう。森にあった時の神殿の入口とよく似た、荘厳な石造りの扉。 造形は神殿内部とよく合っていたが、床から10センチ程浮いているということだけが少し不思議な感じだった。 ◇◆◇◆◇ 六賢者最後の一人は、ある意味最も賢者らしい人物だった。 出で立ち、振る舞い。話し方。「賢者らしさ」に欠けていたともいえる他の賢者らと違い、彼は確かに賢しい者であった。 『よくぞ、辿り着かれた。ここ時の神殿はこの世界にある最後の聖域だ』 「……じゃ、神の塔はもしかして」 『左様。此方の世界ではなく彼方の世界に聳える試練の塔である』 「いっくら地図やらを探しても見付からないわけネ」 なるほど、と理解を示しナビィはリンクの隣で羽根をはためかせた。いわゆる異世界にあるというのならば場所なんかわかるわけがない。 そしてそれならば、防備も完璧だ。多分その世界へ行くには、六賢者全員の力が必要なのだ。六人に認められないでも通過出来る抜け道なんぞ、よっぽどの力がなければ造れないだろう。 そう、オリジナルのトライフォースを凌駕するくらいの―― 『今この部屋に辿り着いた時点で時の神殿の試練は終わりだ。勇者リンク、森、炎、水、闇、光、魂の六つの試練を抜けた貴殿を認め今ここに光の賢者ラウルが神の塔へゆくことを許可する』 その言葉と共に、部屋の真ん中から虹がかかった。 突然現れたそれは人一人が通れる程の幅で、なめらかにすべらかに空へと伸びてゆく。七色の光彩は本物の虹とは少し違って、彼ら六賢者が司る色に光っていた。 真ん中の、まだ見ぬ七人目の賢者のものと思われる色は空色だった。 長く長く伸びる架け橋の先に、ぐにゃりと空間が歪む場所が見える。恐らくあれが異世界との境界線なのだ。思わず、リンクは固唾をのんだ。 『トライフォースの欠片を手にし、神の塔へゆかれよ。我ら賢者の長が貴殿を待っている』 「うん。言われなくとも」 許可を待って、リンクは安置された欠片に手を翳す。いつも通りに欠片を吸い込んだ左手の印は、しかしいつもとは少し様子が違っていた。 眩く光輝いた後、いつもならすぐに治まるのに鈍く発光したままなのだ。 薄茶色の痣から、染み出るような黄金のひかり。 「……光ったまんまだ。なんでだろ」 「七つ集まったからとか? でもまだ完成したわけじゃあないのにネ」 リンクとナビィのやり取りにラウルが口を挟む。 『……それは……知恵の光ではないな。勇気の光だ。虹の架け橋が此方と彼方を繋いだことで、恐らくは――神聖剣と反応したのであろう』 「……へぇ」 左手をじーっと眺めてから、リンクはラウルを見た。随分と饒舌だった他の賢者達と違ってラウルは心なしか口数が少ない。賢者って本来はこういうものなんだろうな、と一人で納得してリンクは曖昧に笑った。ラウルが不思議そうに自分を見ていたからだ。 「いや、あの、気にしたのならごめんなさい。ただ……なんていうか、ラウルさんって賢者っぽいなあって思って……」 『ふむ、まあ他は奔放なのが多いからな……貴殿がそう思うのも致し方ない。だが、私なぞただ年月を経た老人にすぎぬよ。"彼女"の足元にも及ばぬ』 「……もっとすごい人がいるんだ?」 『左様。賢しい者とはまさに彼女のような者を指す』 「ふうん……?」 リンクはこちらもまた曖昧に、頷いた。 虹の架け橋を足早に駆け登る。足が規則正しく動いている間も、リンクは思考を止めることが出来なかった。 (彼女……七人目の賢者。賢者達の長は女性なんだ) どんな人だろう? と考えてみて、虹の中央――丁度今リンクが踏みしめている場所の色が目に入った。空色。青でも藍でもなく、ただ透き通って儚げな空の色。 (……。そらいろ……) なにがしかの既視感めいたものを憶えて、リンクは足を止めた。空間の歪曲、異次元へと繋がる歪みはもう目の前にある。 そして虹下には、不自然な青空が広がっていた。 (青空? ――空の、上?) 「リンク? なにぼーっとしてんのヨ。早く行こうヨ」 「あ……うん。ごめん」 空色の意味は。 既視感の意味は。 魔王と戦った後に、大神殿に足を踏み入れて初めて―― 思い知ることと、なる。 |