旅立つ子らに、祈りを。 砂漠の民を名乗る男 「デクの樹サマ」 「おお、思ったよりも早かったのう」 かけられた声に、デクの樹が応えた。 「トライフォースの欠片は、僕の痣に吸い込まれた。これでいいの?」 「そうじゃ、それでよい。スタルキッドを退けるだけの実力があるのならばわしに君を止める理由はないのだから」 「やったネリンク! デクの樹サマのお墨付きなんて、なかなかもらえないのヨ」 デクの樹の言葉にナビィが嬉しそうにはしゃぐ。リンクも楽しそうに小さな妖精と指で戯れた。すっかり馴染んだ様子だ。 「おやナビィ、随分と仲良くなったようじゃな?」 「そっ、そうネ。けっこういいやつだったし……なんか、気が付いたら自然とこんな感じになってて……」 「そうだね。意外と僕たち、上手くやれるんじゃない?」 「何言ってるのヨ、ナビィは森の妖精だからここから出られないのヨ」 茶化すように言うリンクに焦ったように答えてから、ナビィはふと胸のあたりのもやもやに思い当たる。別れる、ということがなんだか酷く寂しい気がした。 出会って一日行動を共にしただけなのに、ずっと一緒だったみたいな寂しさ。 「そっか、ナビィはここを離れられないんだ。ナビィがいてくれたらこの先楽かな、とか思ったけどそんな他力本願じゃあ駄目だよねやっぱり」 敵の弱点とかわかると良かったなあ、と残念そうにぼやくリンクにデクの樹が微かに微笑む。その表情はまるで、そうなることを予想していたかのようだ。 「どうやら君は、ナビィが気に入ったようだの?」 「うん。ちっこくてかわいいし。結構戦力になるし」 「ならば好きに連れていきなさい。元々その子は君の為にこの森に留まらせていたのだから」 「「……えっ?」」 デクの樹サマの予想外の言葉にリンクとナビィは揃って目を丸くした(ナビィに目はないけれど)。リンクがナビィを森から出さない理由だというのは、一体どういうことなのだろう? 「君が……妖精と共にあるべき、魔王に刃を向ける子がいつか"また"現れることはそれとなくワシにもわかっておってのう。いつか来るその日の為にナビィには普通の妖精たちよりたくさんのことを教えてきた。きっと助けになろう」 「"また"? 昔にも、妖精と旅に出た人がいたんだ?」 「千年も昔のことじゃ。……彼のことはいつか知ることになるやもしれぬ。だが今知ることはあるまいよ」 デクの樹の髭がもさもさと動く。リンク彼の言葉をは不思議そうに反芻していたが、ナビィは違った。直感的に、あの夢に視る少年がそうなのではないかと思っていた。 どうして自分は、あの夢を視るのだろう。答えを教えてくれそうな人はどこにもいない。 「だからナビィ、リンク、行きたいのならば共に行きなさい。歩みを阻む者はおらぬ」 「デクの樹サマ……」 「エポナは、泉におる。妖精たちが綺麗にしてくれておるはずじゃ」 リンクが頷くと、ナビィも慌てて頷いた。 「ありがとう、デクの樹サマ」 言って、リンクはあれ? と自分の顔を拭う。何故か温かい涙が流れていた。 何がそんなに悲しいのか自分でもわからないまま、リンクはぽろぽろと涙を零す。おじさんと別れる時だって笑顔だったのに、大して知りもしない土地神様と別れるだけで、涙だなんて。 リンクらしくもない。 「火山を目指しなさい。古来より森と炎の山、そして水は土地神に護られ守護をする場所だった。上手くゆけばなにがしかの手がかりも得られよう」 「うん」 涙声で返事をして、リンクは少し腫れぼったい顔のまま泉の方に足を向ける。デクの樹サマのそばにいたら、いつまでも泣き止めない気がした。 「行ってきます」 「おお、気を付けて」 涙は、止まらない。 ◇◆◇◆◇ 「ケケッ……アイツら、行っちゃった。これで良かったんだよな、デクの樹サマ」 「おお、おお、よいのだ。寂しいが、わかっておったことじゃからのう」 急に泣き出した少年の顔を思い出して、デクの樹は思考する。恐らくは自分でも理由がわかっていなかったのだろう、彼は不思議そうな表情のままはらはらと涙を流していた。 蒼い妖精と、森を出る――そのシチュエーションがかつてのデクの樹の死を連想させたのかもしれない。 「父は……先代のデクの樹は、随分と彼に愛されておったようじゃ」 「リンク、デクの樹サマだけが親だったって言ってた。親は、大事なものらしい。オイラ、親いないからよくわからないけど」 「そうじゃのう……」 何故泣いたのかは出来ればわからないままでいてほしいとデクの樹は思っていた。それがわかる必要はないし、そんなことは思い出さない方がいい。時たま心を揺さぶるだけでも十分に余計なことのだから。 女神の加護を受けた少年はきっと魔王の膝下へ辿り着く。願わくば、その時彼が今の彼のままでいて欲しいとデクの樹は考える。泣きたそうな顔で、立っていなければいいと思う。 「あの子、きっと大丈夫。オイラそう思う」 「そうじゃのう、きっと、の」 デクの樹は呟いた。祈るような声だった。 ◇◆◇◆◇ 何を間違えたのかさっぱりわからない。わからないが、しかし道に迷ったことだけは確かだった。周りには一面荒涼の砂漠が広がり、日は高く照りつけ水は愚か砂漠に生息する植物すら見当たらない。リンクとナビィ以外には時々砂の中から飛び出てくるリーバの群れぐらいだった。 「ねえ、やっぱりあそこで引き返すべきだったのヨ……最後に砂漠じゃないトコ通ったの、もう三時間も前ヨ」 「今更、遅い……もう無理。引き返す体力とかないから」 「んもう、何言ってるのヨ! ……そんなこと言ってたら死んじゃうじゃない!!」 だれるリンクにそう反論するナビィだったが、リンクが限界ぎりぎりなのはもう火を見るよりも明らかだった。辛そうに歪められた顔は汗を大量にかいていて、顔色は非常に悪い。典型的な日射病だろうが、水筒の水はほとんど底をついておりろくなことは出来そうになかった。 「も……駄目……」 「リンク!!」 とうとうばったりと倒れたリンクに、ナビィは慌てふためく。砂は直射日光に晒され続けて酷く熱かったが、リンクにはそんなことを気にする余力も、起き上がる気力も残っていないみたいだった。 「ここで……終わりか……僕の旅……あんなに大口叩いて出てきたのに……」 「駄目ヨリンク、諦めたら死んじゃうヨー!」 「大好きだよナビィ……」 「リンクー!!」 「すまないのだが」 突然聞きなれない声が乱入してきて、ナビィは勢いよく声の方を振り向いた。いつからいたのだろう、男が一人立っていた。大男だ。肌は浅黒く、瞳は黄色い。 「砂漠でそんな風に倒れたら、まず間違いなく死んでしまう。……オアシスまで連れていってあげよう。そこの彼はもうほとんど気を失いかけているようだ」 「ほ……ホント?!」 「死にそうな少年を放っておくことは出来ないよ」 私は砂漠の民だから、こういうことには詳しいし――と言って、男は笑った。 「生き返った……」 オアシス付近に建っていた砦の中で日射病の治療を施され、まさしく死の淵から呼び戻されたリンクは感慨深げにそう言った。 「助かりました、本当にありがとうございます」 「大したことはしていないよ。食べ物を持っているから、もう少ししたら食べよう。今すぐ食べるのは懸命とは言い難いし、何よりこの建物は掃除しないとほとんど使いものにならない」 「ナビィお掃除してるから、リンクもうちょっと寝てていいヨ」 埃っぽい砦はもう大分使われていないようだった。リンクが迷い込んだこの砂漠は地図には載っていない、つまり誰も来ない場所だということなのだろう。建物があったのが不思議なくらいだ。 ざっと見渡した感じ、砦はかつてキャラバンの交流や休憩に使われていたようで、あちこちのテーブルに古めかしい地図やコンパスが載っている。リンクはその内で一番近くにあった一枚を手に取った。 「うわ、古。僕の持ってる地図と全然地形が違うし」 その地図は古ぼけた、どころではすまないぐらいに痛んでいたが屋内にあったのが幸いしてか然程日焼けはしていなかった。若干薄くなった赤インクでいくつか印がつけてある。 「げ……ん……えいの、さ……ばく」 頭に響いた文字を声に出してから、不思議に思う。聞いたことのない名前だ。 名称は古ハイリア文字とハイリアアルファベットで併記されていて、ブロック体とは言え一般人に読めるものではない。ハイリアアルファベットは数百年前に衰退して好事家と学者専門の文字になっていたし、古ハイリア文字に至っては解読法すらわかっていないのだから。だから何故そう読めたのかは、当のリンクにもよくわからなかった。読んだというよりはむしろ、伝わってきたといった方が近かった。 「リンク、起き上がって大丈夫? ……あれ、なあにその古い地図。今使われてる文字じゃないネ」 ぱたぱたと寄ってきたナビィが、地図を覗き込んでそう言う。ふうんと一瞥すると、また体をリンクの方へ向けた。 「幻影の砂漠、だって。あと印がついてるのは……魂の神殿、かな。書き込みの部分は砂漠の処刑場って書いてある」 「ナビィ、読めるの?」 「デクの樹サマに教えてもらったのヨ。デクの樹サマは千年生きてるから、人間が忘れちゃったことも色々知ってるの」 「へえ……。ね、ナビィ。この地図使える?」 「リンクの地図よりいろんなコト書いてあるけど、古すぎるから五分五分かも。もうちょっとキレイだったら良かったんだけど……」 「そっか……」 古ぼけた紙切れ一枚と言ってしまえば確かにそうであるはずなのに、その地図は妙にリンクの心に引っかかった。幻影の砂漠。魂の神殿。それらの文字が、この地図はこれからの旅に必要なものだと言っている気がしてならないのだ。 「あっ、そうだ。ナビィリンクを呼びに来たんだヨ。あのネ、ご飯用意出来たって」 食い入るように地図を見つめるリンクに、ナビィが言葉をかける。リンクは勢いよく地図から顔をあげると、子供らしい無邪気な喜びを顔に出した。 「やった。もうそろそろ限界来てたから」 「あのヒトにお礼、言わなきゃネ」 ナビィと会話を交わしつつ、なんとはなしに振り向いてリンクは驚く。いつの間にか明かりが灯っていたために気付かなかったが、外ではすでに日が落ち始めていた。不意に窓から冷めた風が吹き込む。 幻影の砂漠に、静寂の夜が訪れようとしていた。 |