片手にひかり
 片手に奈落
 見定めるべきはとこしえか
 見棄てるべきはいまわしき
 今こそ問おうぞ汝の名
 我こそ砂漠の女神なりけり



魂を裁く場所



 翌日は快晴だった。というか、燦々と照る太陽はいささか働きすぎているぐらいで、砂粒を照射してちりちり言わせている。雨の降らぬ砂漠の土地であることに変わりはないということなのだろうか、オアシスも茹だるように暑い。むしろ、熱い。
「ココ出たら、これよりも更に暑くなるんでしょうネ……やだなあ……」
「そんなこと言ったってどうにもならないよ。どっちみち遺跡には行かなきゃならないんだから、おじさんが案内してくれる方が迷わなくていいし」
「でも、日陰もなくなるのヨ」
「じゃあ僕の帽子の中に入ってればいいよ」
 ナビィを掴み、ひょいと頭に乗せるとリンクは緑の帽子を被って彼女をすっぽりと覆い尽くした。黄金の髪の上は少し濡れて、ひんやり冷たい。
「オアシスから出るし、水があるうちにと思って水浴びしといたんだ。帽子被るし多少は暑さも凌げると思うよ」
「リンク、一つ言ってもいいかしら」
「なに?」
「コレ、蒸れるヨ」
「えっ」
 本当考えなしネ! とぷんぷんするナビィにリンクはけらけらと笑う。可愛らしい表情はまだあどけない子供のものだ。
(リンク、今15歳だっけ)
 それより大人びて見えることも、子供っぽく見えることもある。だけども変わらないのは、そんな彼が神のしるしを宿して剣をふるい、見ず知らずの姫のために神の力を集めているという事実だ。
 まだ遊びたいこともあるだろうに、彼はその任を自ら買って出た――らしい。
(笑ってて欲しいな)
 蒸れる帽子の中に居るのはちょっと嫌だけどネ、と漏らしつつナビィは願った。
 笑わなくなった子供のことをなんとなく、想って。



◇◆◇◆◇



「オアシスだ……水が湧いてる……」
「……始めに見るところはそこかい?」
 開口一番、そう口にしたリンクに苦笑しつつ男は前方に見える巨大な像を指差した。
「普通はこっちの方が、目につくと思うのだが」
「それは考古学者の常識だよ、おじさん。疲弊した僕にはオアシスの方が目立って見える」
 湧水に左手の印をかざし、反応を見てから汲み上げてぱしゃぱしゃと顔にまぶす。日に照らされる白い肌だけ見れば、女の子に見えなくもない。
 そういえば、とナビィはふと疑問を抱く。リンクの肌は不自然に白かった。聞けば旅立ったのは一月前だというし、この灼熱の砂漠で肌一つ焼けないのはなんだかおかしい。
(真っ白な肌……)
 その響きに、かつてデクの樹サマが言っていた言葉を連想する。


「ナビィ、かつてこの森にはコキリ族という森の民が住んでおったのじゃ。彼らはの、人の姿を持った森の妖精じゃった。精霊に近い存在であるため人のようには成長せず、人のような営みにも少しばかり遠かった。彼らは子供の姿のまま一生を終え、森の守り神たるデクの樹の庇護なくしては生きられんかった。必要がない故に肌が焼けることも髪が伸びることもあらなんだ」
「彼らは自分の分身のような存在の妖精を持ち、日々を自由に過ごしていたが一つだけ掟があった。……コキリの森と呼ばれる彼らの集落から出ることは彼らの命の危機を意味し、禁忌とされた。だが、かつて一度だけ例外があったのじゃ……」

(何が例外だったんだっけ?)
 大事なことだったような気がするのに、その先はまったく思い出せなかった。何が――誰が、その掟を破ったのだったか。
 そもそも、デクの樹サマはその先を教えてくれたのか……?
(ぼんやりして、なんにもわかんないヨ……)
 まるで誰かが思い出させまいとして、記憶に無理矢理ストッパーをかけているかのようだった。記憶はある地点で急に霞っぽくなり、そして全て真っ白になる。
(知りたいのに)
 ナビィの思いにはしかし、何も応えやしない。


「地図によると、ええと、あれが……」
「巨大邪神像。魂の神殿、ともあるね」
「それじゃこの、砂漠の処刑場ってのはどこにあるのかな?」
「……私に聞かれてもなあ」
 オアシスの側に生えている大きなヤシの下で地図を広げ、目に映る巨大な遺跡を眺める。巨大な砂の彫像はところどころ欠け落ち、ひびも溝も出来ていたが崩れそうには見えない。
「この地図に載ってるってことは、数百年前の段階で相当古かったってことだよね? ……そのわりにあの女神像、綺麗だけど」
「ここまでくると、尋常ではないな。神が護っているのかもしれない」
「つまり、それだけ大事なものだってことだよね」
 何かすごいお宝があるかも、とリンクは目を輝かせたが男はそう上手くはいかないよと諫めた。
「期待しすぎているといざ何か見付けた時、がっかりしてしまうことも多くてね。まあ、期待半分ぐらいが丁度いい。――とにかくあの遺跡に入ってみよう。このまま日に晒されるのは辛いし」
「うん。行こ、ナビィ」
「こら、私はどうした」
 困ったような顔をして茶化す男に、リンクはあはは、と悪戯っぽく笑った。



◇◆◇◆◇



 巨大邪神像を前面に抱く、魂の神殿。
 影の世界へと繋がる陰りの鏡を祭壇に戴く、砂漠の処刑場。
 かつて時の勇者と光の勇者がそれぞれ踏破した二つの建物は一つの関係性を持っている。
 両者を繋ぐものはずばり砂漠の民――浅黒い肌のゲルドの民だ。魂の神殿は長年ゲルド族によって守護され、実は現在もかつてのゲルドの女盗賊に守護されている。そして砂漠の処刑場だが、これは神殿とは逆でゲルド族を処罰する為の施設だった。
 とはいっても一つの民族を無差別に処刑するなんてことはしない。ゲルド最後の男首領、かの魔盗賊ガノンドロフを処刑するために半ば最後の切札として用意された場所だったのだ。
 この施設が持つ罪人送りの鏡、陰りの鏡は数百年前にガノンドロフに拘束用の光の剣を突き刺した状態で一度使われたが、それはやはり単なる時間稼ぎにしかならなかった。あまつさえ、奴はその神聖なる剣を己に服従させて光の勇者と戦った。
 ……それも、今となっては過去のことだ。

 ともかく、これまで魂の神殿と砂漠の処刑場は、共通して魂を禊ぐ場として機能してきた。つみびとを鎌にかけるというのは彼らの魂を裁き秤にかけるということであり、対象がはじめはどうあったとしても、それに祈り捧ぐのは魂を浄化することに繋がってゆく。
 ゲルド砂漠、砂漠のキャラバン、西の砂漠、幻影の砂漠――この千年、様々に呼ばれてきたこの土地は明確にその役割を果たしてきたのだ。
 魂を戴き、魂を裁く場所。それは神の子とて例外ではない。


「『こどもの汚れなき心をもってここへ来い』……だってヨ。リンク、まだ大丈夫なのコレ」
「失礼な……僕のどこが汚れているって言うんだよ」
「食欲にはまみれてるわネ」
「それは子供であるからこそ許される欲求だよ。ね、おじさん」
「すまんが話の流れが読めん」
 あっちゃあ、と頭を掻きつつリンクはコブラの石像から離れて階段をかけ上る。踊り場は案外広く、道は左右両方に繋がっていた。しかし不思議なことに左の入口には幼子が一人ぎりぎりで通れるほどのスペースしかなく、右の入口では巨大な黒い石柱が威圧感を放っており扉がそもそも見えない。どんな管理をしていたらこうなるのだろうか。
「……どっちから手をつければいいんだろ」
「順当に考えれば左だと思うが、しかし君でもあれは少し厳しいんじゃないかな?」
「うう……健やかに伸びやかに育ったことが仇となるとは……」
「そんなんじゃ同情も買えないわヨ、まったく」
 文句を言いつつもナビィはふわふわと飛んで行って、左の小穴をするりと通り抜けていく。厚い壁の向こうに消えた小さな妖精は、しかし数分も経たぬうちにすぐ戻ってきてしまった。
「ゴメン、ダメだった。途中までは行けたんだけど鍵付きの扉ばっかりで行き詰まっちゃったヨ」
「……そっか。ナビィじゃ鍵を取るための仕掛けとか、解けなさそうだもんね」
「うん。だからリンク、頑張ってアレくぐり抜けてヨ」
「そんな無茶な……あ、」
 無茶ぶりをしてきた妖精をまた例のごとく引っ張って、それからリンクは何かに気付いたらしく改めて石柱と男とをまじまじと見比べた。視線に居心地の悪さを感じ、男は若干たじろぐ。
「……私に、何か?」
「うん。あのさ、おじさんはかなり魔法が使えるでしょ? それで質問なんだけど、あの石柱って――壊せる?」
「技術的には不可能ではないよ」
 即答だったが、しかし男は溜め息顔だった。わかりきっていたことを聞かれてがっかりしているようだった。
「しかし、そうすると一緒にこの神殿も崩してしまう。そんなことは出来ないよ。それに物理破壊でどうにかなるのならばとうに試している」
「じゃあ、あれを動かす――押し込めるのは? 奥に動かすだけでいいんだ。それは?」
「……やってみなければわからないが」
「たぶん、それで仕掛けが一つ解けると思う。あの石柱はきっと普通は動かせないもので、左の方の仕掛けを解けばどうにか出来る類いのものなんだ。でもおじさんの魔法は普通じゃないから、ショートカット出来るかもしれない。……直感だけど」
「……面白い。ではその直感に従ってみるとしよう」
 真剣に持論を展開していくリンクに、男がにやりと笑いかける。男は右手を石柱に突き出すと何がしかの強化魔法だろうか、紫色の靄を腕に纏わせ、力強く押した。
 程なくして石柱は通路の中程に設けられていた穴にぴったりと落ち、奥へと続く通路が出現する。道の奥から薄暗い空気が漂ってくるかのようだ。遺跡独特の古くて、何処となく排他的で、それでいて美しい神秘の匂い。

「魂の……神殿……」

 魂を禊ぐ場が、今数百年ぶりに目を醒まそうとしている。