ほむらを吐き 空を駆り 大地を裂く 良い子はお休み、早うにな 三首のドラゴンに食べられる前に。 三首の守護者 目玉を一つ潰されたアクオメンタスが耳触りの悪い声を上げる。ガラスを引っ掻いたみたいな音に耳鳴りを起こしつつ、リンクは次の矢を放った。これで真ん中の首の視力は完全に失われた筈だ。 同様の手口で目を潰そうとして、はたとリンクは考える。全て奪うのはかえって危険なのではないだろうか? 今は見えているからリンク目掛けて攻撃をしてくるが、何も見えなくなったとしたら―― 「最悪、闇雲な攻撃を受けた神殿そのものが崩壊しかねないかも……」 しかし、敵の皮膚はどうにも分厚く急所の目玉以外には矢が刺さりそうにもない。かろうじて舌ぐらいには刺さるだろうが、タイミングが難しい割に効果が期待できない。 ならば剣で斬れば良いのだろうが、それはそれで難しいのだ。まず三首の攻撃を全て避けて懐に潜りこまなければいけないのだが、その段階で既に達成は極めて困難だと言わざるをえない。 更に言えば、その状態からの回避がほぼ不可能に近いのだ。となると一撃で倒さなければいけない。まず、そんなことは無理だ。 「ナビィ、なんか打開策ない……?」 「リンクもわかってると思うケド、動きを止めないとどうにもなんないヨ。でもブーメランは効かないし……ゴメン、上手い方法は思い付かない」 「……だよね」 溜め息を吐きたい気分であったが――そんな悠長なことをしている暇などない。三方からの不規則な攻撃を避けるだけでもかなりの精神力を必要としていた。その上有効打を模索しなければならない。リンクが迫られているのは最早持久戦に他ならなかった。 (弓矢……多分、弓矢の使い方に何かあるんだ。目を狙うだけじゃなくて、何か他に……!) リンクは思考するがしかし、弓矢が効くのは鱗に包まれていない柔らかな肉、つまり目と口内にしか効き目がないのは既に判明している。それ以外に手などなかった。 完全に、手詰まりだ。 「あーもー、おじさんと離れさえしなければなあ……魔法さえ使えれば遠距離攻撃で楽勝なのに」 「いないヒトのコト言ったってしょうがないヨリンク」 「僕にも魔法が使えれば良かったのに……」 「無理言わな――りっ、リンク! 手が大変ヨ!!」 ナビィに言われ見ると、ぱっと握ったリンクの手に突然燃え盛る炎が現れていた。一瞬何が怒ったのか解らず戸惑う。アクオメンタスの攻撃を喰らってしまったのかと慌てたが、どうやら違うようだった。 手に熱さがない。 「熱くない炎……もしかして魔法、ってこと……?」 「た、多分ネ……リンクがそう思うんなら……」 「いやでも相手にぶつけられなきゃ意味がない!」 男に基礎理論を習っておいたおかげだろう、魔法が使えたのはいい。だが、それだけでは足りないのだ。 手の平の上で火を起こても、暖か明かりをとるためにしか使えない。 「なんとかして向こうで火を起こさないと!!」 しかし魔法を覚えたてのリンクにそんな器用な真似が出来るわけがない。何度か試し、無駄に消耗するだけだと悟ったリンクは火を出すのを一旦止めた。 男の話によれば、魔法とは生まれつきの魔法力と精神力を削って放つものらしい。リンクの精神力は今、アクオメンタスの攻撃を避ける為にも使われているのだ。 使いきったら死んでしまう。 「相手に……火を……届かせる方法……」 そこまで呟いて、リンクはふと矢筒の中身を確認する。やたらめったら撃ってしまったため、残りが少ない。アクオメンタスから視線を逸らせないので手探りで調べると、おおよそ六本というところだった。 リンクはにやりと笑う。六本あれば、十分だ。 「ナビィ! いい事思い付いた――あいつの心臓部! ロックオン出来る?!」 「た、多分! 相当キツイけど無理じゃないヨ!!」 「じゃあ、頼んだ!」 「――オッケー、任せて!!」 答えると、ナビィはびゅんと風を切り一直線にアクオメンタスの弱点と成りうる場所へ飛んでいった。 心臓を狙われた生き物はなんであれ死のダメージを負う。しかしアクオメンタスの場合はその部分が分厚い竜鱗で覆われていて、かなり鋭利な剣でも簡単には斬れなさそうなのだ。普通に考えて無駄な行動だが、ナビィはリンクを信じて彼の頼みを実行した。 「ありがと、ナビィ! ――これでも喰らえアクオメンタス!!」 リンクの構えた弓から、猛烈な勢いで矢が放たれる。それは矢じりに燃え盛る炎を宿して、そのままナビィがロックオンしたアクオメンタスの心臓部に向かっていく。 アクオメンタスの体に触れた矢は、その魔法の炎でもって堅く厚い鱗を強制的に溶かし、失わせた上で鋭い矢じりを柔らかな皮膚に食い込ませた。相当痛いのだろう、壮絶な悲鳴があがる。 同様に二本、心臓部を撃ち抜かせるとリンクは狙いを変えた。三首のそれぞれの口内へ一発ずつ。矢は恐るべき正確さで舌を射抜き、口内で爆発する。その勢いで首が吹っ飛び、ゴトンと地に落ちた。 「ナビィ、マッハでこっち戻ってきて!!」 「了解ヨ!!」 ナビィが急ぎ離脱する。小さな羽を懸命に動かし、彼女がリンクの元へと還ってくるのと命を奪われたアクオメンタスの体が爆散して消えるのとは、ほぼ同時だった。 ◇◆◇◆◇ 「た、倒した……?」 「うん、リンクやったヨ!」 精神力を殆ど使い果たし、リンクはぺたんと地にへたりこんだ。吹き飛んだために竜の亡骸は跡形もなく、ただ、妙に綺麗な金属製のプレートだけがカランと転がっている。ナビィはそれを拾いにいくと、リンクの元へ運んだ。 「コレだけ残ってるネ。なんか、手がかりになるかも。……それにしてもリンク、炎の矢なんてよく思い付いたネ」 「ああ……それはね、僕が嫌いなお伽噺が答えを教えてくれたんだ」 「えっ?」 驚くナビィに、リンクは途切れ途切れ説明する。三首のドラゴンの物語の続きを。 「怪物アクオメンタスの話に似た、あんまり知られてないものがいくつかあってね。それが、アクオメンタスを撃退っていうか、それの弱点に触れた話で……」 リンクの話を要約するとこうだ。ある村に、三首のドラゴンが現れた。ドラゴンは圧倒的な破壊力で村人たちを追い詰めたが、一人の男が放った炎――恐らくは、巨大な松明か何か――が体に当たると嫌そうに呻いた。それを見た村人達が各々に火を手にすると、ドラゴンは誰にも手を出せずに退散していってしまった――まずはこれが一つ目の話。 もう一つは、旅人が砂漠で謎かけをされる話で、こんな問いを出される。「頭が三つ、心臓が三つ、地を裂き空を斬る生き物は何」。 旅人は答え損ね、問いを出した三首の怪物に喰われてしまう。答えは怪物自身だったのだ。これが二つ目の話。 「この二つは直接名前が出てくるわけじゃないんだけど、条件がアクオメンタスの姿通りなんだ。だから炎を心臓部に三発撃ち込んだ。本当に三つ心臓があったらたまらないでしょ」 「そりゃ、そうだケド……デクの樹サマもそんな話はしてくれなかったヨ。リンクよく知ってたわネ」 「おじさんがさ、夜毎に話してくれたんだ。普通の親がするお姫様だとか王子様だとかの話の代わりに。怖くて仕方なくてあんまり好きじゃなかったんだけど、良いこともあるんだね」 「……ずいぶん不器用な育て親だったのネ、リンクのおじさんって……」 「でも、いい人だよ。僕をすごく大事に育ててくれたし、今もきっと僕のことを心配してくれてる」 一息ついたのか、ふう、と息を漏らしてから起き上がるとリンクはナビィからプレートを受け取りまじまじと見つめた。それからくるりと体の向きを変えて、すたすたと出口の扉に向かって歩いていく。 リンクが迷いなくまっすぐ進むので、ナビィは不思議そうに体を傾けた。 「ねえリンク、そのプレートの意味わかったの?」 「ううん、あんまり。でもいつまでも座っててもしょうがないし、これがわざわざ残ったってことは扉の鍵かもしれないな、って思って」 「なるほど、そっか」 いくらか歩いて辿り着いた扉には、長方形の窪みが付いていた。そのまま、プレートを押し込む。 扉は、カチャリと軽快な音を立てて開いた。 ◇◆◇◆◇ 『やるねぇ、アンタ。アイツを倒すなんて相当なもんじゃないか』 「だっ、誰だ?!」 どこからともなく降ってきた声に反応し、リンクは部屋中を忙しなく見渡す。その様子を面白がってか、けらけらと笑う声が姿の代わりに返ってきた。 『アタシはここさ、トライフォースを求める小さな勇者さん』 「ここって――うわっ!!」 突然リンクの目の前に現れたのは女性だった。浅黒い肌に、長く束ねた赤い髪。腰には一振りの曲刀を差しておりそして……透けている。 幽霊だ。 「あんたが……もしかして神殿を守護する女盗賊なのか……」 『ご名答。アタシはかつてゲルドの女首領だったナボール。今は魂の賢者としてここを守ってる』 よく知ってたねえアタシのことなんか、という言葉に人から聞いたんだ、と素っ気なく答えてリンクは視線を逸らす。信用されてないな、と苦笑いしつつもナボールは言葉を続ける。 『トライフォースの欠片なら、ここにある。運がいいねアンタ。地図からも消えた魂の神殿――ある意味で一番の難所にこうして辿り着けるなんてさ』 「別に。ここに連れてきてくれた親切な人がいたってだけだよ」 『なんだいそりゃ……ああ。そういうことかい』 「……何言ってるの?」 一人で勝手に納得するナボールにリンクは眉をひそめるが、彼女は気にするなというふうにひらひらと手を振った。あまり追及されたくなさそうだ。 『まあとりあえず、話に付き合ってくれないかな。アタシはちょっとばかりアンタに用があるんだ』 「人を探したいから長話には付き合えないよ」 『そんな手間は取らせないさ。それにこれは、大分重要な話でさ――』 未だに警戒を緩めないリンクにナボールはどこからかものを取り出し、差し出す。手の平より若干大きいそれは、楽器だった。 青い、オカリナだ。 『森の賢者からの預かりもんだよ。いつか渡すようにと言伝てを貰っていた』 「森の賢者? 誰、それ。知らないけど」 『知らなくったって構わないさ。というよりも普通は知らないね。……それは八百年前、彼女が死ぬ間際に預かった品だ』 「はっ、八百年前ってどういうコト?!」 『どういうこともなにも、言葉の通りさ。アタシら賢者は生きてりゃ齢千年を超える。まあ……肉体はとうに滅びてるからやっぱり幽霊とは大差ないけどさ……』 ナビィの驚きの声を平然と受け流し、ナボールは髪をかき上げる。困った時のクセみたいだった。 『チビちゃん妖精、そういうアンタだって寿命は百年単位だって聞いたぜ? ――っと、そんなことはどうでもいいんだっけか。大事なのはこのオカリナと森の賢者がアタシに託した言葉だ……よく聞きな』 「…………はい」 オカリナを受け取り、ナボールの言葉に小さく返事をする。オカリナは予想よりも重かった。それは質量というよりは想いの重さだ。 手に持つだけでわかる。このオカリナが、どれだけたくさんの想いを託されてきたのか……。 『「いつか、アナタにこれを。本当は会って渡したかったけれど、ガノンに刺されたワタシにはもう時間がないの。でも、忘れないで。ワタシはずっと、そのオカリナと一緒にいるから。」……そう言い残して森の賢者は――サリアは死んだ。サリアにはトライフォースを左手に持ち、蒼い妖精を連れた少年がいつか現れたら渡すように言われてたからさ。だから、アンタにそれを。間違っちゃいないだろ?』 隠すつもりはなかったので当然なのだが、ナボールにはリンクの左手甲にあるしるしが見えていたらしい。それに、ナビィは蒼い。ナビィの色は偶然だったとしてもトライフォースは偶然じゃないだろうから、彼女の判断は正しいだろう。 賢者って一体なんなのだろう? とリンクは不意に疑問を抱いた。千年この世界にいて、幽霊みたいに肉体を持たない存在。「賢しい者」という割には、なんだか言葉遣いはぞんざいだ。 それに、森の賢者とやらが遺した台詞に含まれた「ガノン」という言葉。確か、先日ハイラル城を占拠した魔王の名もガノンだった。 「……どういうことなのか、よくわかんないよ。賢者って何なの? ガノンって何? それに森の賢者は……どうして僕にこのオカリナを遺したの。何もかもさっぱりだ」 『いくつかの答えをアタシは持ってるけど、全てを教えることは出来ない。それは人の口から聞くべきじゃないことだからというのもあるし、何より――きっとアンタが知りたくないことだからだ。聞いた端から忘れてしまうぐらいに』 「そんなの聞いてみなきゃわからないじゃないか」 『いいや。アタシは"知ってる"から。……まあ、そうだね。これから必要になることぐらいは語って聞かせようか』 座りな、とナボールが床を指し示す。ナボールがどかっと座り込んだのを見てから、リンクもそれに倣い座る。 砂ぼこりが散っていてザラザラする感触の床は、不必要なんじゃないかと思えるくらいに冷えていた。 |