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06


 やあ、こんにちは、カイ。僕は飛鳥。飛鳥=R=クロイツ。そこの彼の友人だ。
 ……ところで。君は彼に、父親になってほしかったと願ったことはあるかな。


「な、あ、あるわけないでしょう。ありません。一度も! ソルが——父親? わたしの? 悪い冗談にもほどがあります。第一この男に人の親なんて務まるものですか」
 赤いけもの耳を生やした金髪の少年があまりにもにこやかにそう問うものだから、カイは仰天してしまって、必死にその問いかけを否定した。それこそ全身全霊を掛けて否定しなければいけなかった。だってそんなことあるはずがないのだ。聖騎士団の生活において、カイは常にソルへ対等な関係を求めていた。あくまでもフェアに、同じ目線に立ち、同じものさし、同じルール、同じ土俵、そういったものの中で競い合い高め合っていきたいとさえ考えていた。
 けれども少年は、カイの青ざめた顔を見ると何故か満足そうに頷くではないか。
「ふむ、なるほどね。喜んで、フレデリック。検証の段階は概ね終了したとみてよさそうだ。やはり、『そういうこと』だな。これは」
「……まだ今ひとつ信じ切れないところがあるんだが」
「でもこれ、ちょっと想像以上じゃないかい? 顔を青くしたり赤くしたり、恋に恋する少女もかくや、だ。……時に、カイ。未来の君が立派に父親を務めていたように、フレデリックだって父親らしいことは出来るはずだし、どうも実際にしていたらしいよ。さっきも言っただろう? 人は何にでもなれるってね」
 知ったふうに彼が言う。カイは唾棄すべきものを見るような眼差しを少年へ向けた。基本的に人当たりがよく、まず先入観を持って人と接することもなく、よく知りもしない人に冷たくあたることなんかないはずのカイが、見知らぬ他人にこんな目を向けてしまったのは初めてのことだった。
「……あなた、胡散臭いってよく言われませんか?」
「うん。なんでだろうね」
「テメェの胸に聞け、阿呆が」
 流石にこの流れではカイの肩を持つことにしたらしいソルが二人の間をとりなす。基本的にソルは飛鳥に辛辣だ。一人の友人として認識し直してきているとはいえ、空気が読めないところまでフォローしてやる義理はない。
 しかしそんな親友の厳しい物言いにもまったく堪えたところを見せず、飛鳥はソルへ向けていた人差し指を天へ向け、その隣に中指をそっと立てた。
「まあそれはそれとして。次は別の質問。君は元に戻りたい? 元に——そうつまり、君にとっては未来の鏡像である二十九歳のカイ=キスクに」
「……実感がわかないものに『戻りたい』なんて感情は抱きませんよ」
「ではこう言い換えよう。『早く大人になりたい』かい?」
 二つ目の問いは刺さるものがあったらしい。カイの身体が微かに、しかし確かに震えた。
 未来の自分。十五年後の自分。大人の自分。十四歳のカイには、そういったものがうまく認識出来ない。ひどくぼんやりしていて、頭の中できちんと想像出来ないのだ。
 何故ならそれは全て「低い確率で到達出来るかもしれないもしも」の話であり、「必ず訪れるいつか」ではないから。戦争がいつ終わるのかわからない。いつ死ぬのかわからない。周囲では息をするように人が死んでいく。むざむざ死んでやるつもりはないが、しかし、絶対に死なないという確信も持てない。
 カイの常識は、彼の内側の奥深いところで歪みきっている。
 けれどそれでも——「未来を生きたい」という願望はある。
 もっと昔はなかったけれど、ソルが生きろ、と教えてくれたから、彼と一緒にこの先も生きたい。
 そのために、はじめて、「大人になりたい」と願った。それも一秒でも早く。ソルと肩を並べられるような大人になって、明日死んでるかもわからないという世界を脱却したい。
「……あの」
 カイは抵抗を押し殺して少年へ尋ねた。二十九歳のカイが存在している以上、カイは生き延びたし、大人になれたのだろう。となれば残る関心事は一つだけだ。
「未来の私は、ソルと一緒にいるんですか」
 けれどもカイが尋ねるとソルは首を横へ振った。
「聖騎士団が解体され、俺は賞金稼ぎに戻りテメェはテメェの道を進んだ。いつも一緒ってわけじゃない」
「……そう、ですか。そっか……」
「こらフレデリック、言い方が悪いな。まあ、望まれるべき姿になっているとは思うよ」
「……でも。それでも、一緒にいられないのなら……あんまり大人に『戻り』たいとは思えません」
 ソルの言葉に一層落ち込み、カイはかぶりを振った。
「何故だい?」
「だって。それなら、今ソルがここにいるのは、事件解決に付き合うためとかで特別なことなんでしょう? なんだか見慣れない格好をしているし。友人とかいう人も出てくるし。この騒動が終わったら、帰るんですよね」
 決めつけるように呟く。ソルはこう見えて律儀な男だ。カイが幼児退行してしまった原因に関与しているとかどうとかで、責任を取る間はここにいるだけなのだろう。勝手にそう決め込み、心に蓋をし、俯く。
「ならいいです。大人になんて……もう、なれなくったって」
「ふむ、なるほど。まあ駄目だけどね?」
「え、ええ?」
 あっけらかんと放たれた否定に俯いたばかりの顔が勢いよく跳ね上がる。カイはむっとして少年を睨み付けた。無性にむしゃくしゃして、カイに理性さえなければ、幼子のように泣きわめいて駄々をこねたいぐらいの気持ちだった。なんだか随分と自分本位な気持ちだとはぼんやり思ったがわき上がってくる衝動は止められない。
「なんであなたにそんなこと決められないと……」
「僕が決めたんじゃない。そう求めたのは世界だよ」
 食ってかかるように口走ると、少年が急に真面目な顔をして胡散臭い言葉を返してくる。
 彼はカイを制するとぐいとにじり寄り、圧迫感を与えるほど顔を近づけた。
「君がどれほど認識を拒んだところで、十四歳のカイ=キスクが今この場において異質であることに変わりはない。二十九歳の君は世界で最も強い影響力を持つ存在だ。君の意思で変わる法律があり、君の言葉で変えられる常識さえある。残念ながら子供の癇癪をいつまでも続けさせてはあげられない」
「……そんな、」
「全部本当のことだ。何一つ嘘はない。フレデリックをして『奇跡のバーゲンセール』とまで言わしめたぐらいだ。どうやら何らかの影響で本来よりわがままになっているみたいだけど、そんなことを続けていれば、いずれ世界の方が先に破綻する。一刻も早い事象の解決が求められている……と、二十九歳の君も、そのように思考するだろう。今の生活にそれほど不満もなかったようだし」
 まくしたてられた内容にカイは言葉を呑む。法律を変え、常識を変えるなど、十四歳時点のカイにはとても想像さえ及びつく権力ではない。
 一体自分は何者なのだ?
 けれどそれを問う暇も与えず、少年は三本目に薬指をぴんと立てた。
「君は元に戻らないといけない。それが歴史の正しい姿だからだ。君みたいな『奇跡』を賜った人間が、そのまま元に戻らなかった——なんて伝承も数限りなく存在するが、大抵の場合、それは彼らが歴史にとってさほど重要なパーツではなかったから放置されただけにすぎない。
 君が歴史に、ひいては世界に与える影響は大きすぎる。僕が知っている限り、君は死んではいけないし、きちんと歳を重ねなければいけない。子供に戻ったまま周囲に庇護されて——という甘い展開は許されていない」
「では、私はどうすれば」
「けれど……そのことは、恐らく分自身が一番良くわかっているはず。だから妙なパスが繋げられたまま残っているんだろうしね。足跡をわざと残して行ったんだな。それでも『奇跡』に至ってしまったのは……ひとえに願いの純粋さ故か」
 或いは、と言いかけてそこで少年は言葉を切った。カイの顔とソルの顔とを順々に見比べ、一人頷き、ソルの手を思い切りよく掴むとずいと引き摺ってカイの方に差し出す。
 カイはひたすら嫌な予感がして顔をしかめた。どうやら嫌な予感がしているのはソルも同じらしく、彼は思いきり苦虫を五十匹ほど噛み潰したような顔をして少年を胡乱な眼差しで見つめた。
 だがそれでも少年に堪えた様子はない。彼はより一層笑顔を深めると、心の底からよかれと思って善行のつもりで悪行を積んでいる子供みたいな声を出す。
「だから君は、とりあえず明日いっぱい彼を独占して好きなだけ甘えてくれないかな。溜め込んだ煩悩を全部吐き出すぐらい。それが元に戻るための一番の方策なんだ」


◇◆◇◆◇


 夫婦で普段は使っているという寝室に置かれたベッドは、そこそこゆとりのある大きさをしているものの、流石にこの人数が並ぶとちょっと手狭だった。シンはともかく、この状態でもカイは子供部屋に専用のベッドがもらえるぐらいの体格がある。そこにソルの巨躯が加われば、あっという間に余剰面積など消し飛んでしまう。
「お父さんと同じお部屋で寝泊まりするの、初めてかも」
 ネグリジェに着替え、シンとカイを抱き寄せたディズィーがほんわかした表情で言った。シンがふーんと適当に頷く横で、カイは先ほどから度々聞こえてきた聞き捨てならない単語に冷や汗を浮かべる。
「その、お父さんというのは」
「ソルさんですよ」
「ええと……あなたは私の未来の……」
「ふふ。奥さんです。ええ、ですからカイさんも、ソルさんの義理の子供——ということになるみたい。そのことにようやく気がついた時、あなたは本当に狼狽していたって聞きましたけれど」
「オレその時一緒にいたけど、すげー絶叫だったぜ、二人とも。ゴキブリが隊列になって目の前を横切ったラムみてーな声出てたもんマジ」
 群れをなしたゴキブリを見咎めた少女に匹敵する絶叫となると、相当な音量が出ていたのだろう。カイは本来の自分自身に同情する傍ら、ソルにそれほど嫌がられていたということに気落ちした。
「ま、まあ確かに抵抗があるのは事実ですけど……そんな大声で叫ぶほど私の親にはなりたくなかったんですか、ソル」
「テメェにもいずれわかる……」
「えっ、何その、本気で泣きそうな顔。……は、はじめて見た……」
 ソルの泣きそうな顔をあんまり見ているのも何か気が引けて、もぞもぞとディズィーとシンに身を寄せる。幼子特有の体温と、一児の母である女性の温もりがすぐそこにある。慣れない感覚。カイの日々には存在しなかったもの。
 縁遠いと思っていた世界がすぐ隣に横たわっている。カイは星々を見回すように彼ら母子を見た。それから恐る恐る手を伸ばすと、ディズィーとシンの手がそれを柔らかく掴む。合わせられたら手のひらからは体内を巡る血液の音がした。
 カイは赤面し、どこかおっかなびっくりした調子で二人を見つめる。
「……すごいな……」
「カイさん? どうかしましたか」
「あ、いえ、すみません。未来の奥さんにこんなことを言ったら倒錯的かもしれませんが……お母さんって、こんな感じなのかなって」
 そんなカイの言葉に一番最初に反応したのは、どうやら我慢しきれなくなったらしくぷっと噴き出してしまったシンだった。
「何言ってるんだよ、当たり前じゃん。オレの母さんだぜ。世界で一番美人で優しくて最高の母親なんだから」
「す、すごいですね」
「あら嬉しい。私で良ければ、カイさんのお母さんにも、私はなりますよ。あなたがそう望むなら」
「本当ですか。なんだろう。むずがゆいけど嬉しいな……って、あの、ソル、何ですその顔」
「見るに堪えねえんだ、察しろ」
「あら、お父さん、恥ずかしがりなんですね」
「あー、そっか。オヤジにとって、カイはダチで、昔ちょっと面倒見てた? カンケーで、母さんは娘だから……複雑なお年頃ってやつだな。……あいてっ?!」
 およそ幼児にするものではない拳骨の音が響き、殴られたシンと殴ったソルに挟まれていたカイが目を丸くする。けれどシンがあんまり嫌ではなさそうに泣き笑いしているのと、ソルがものすごく困った顔で眉間に皺を寄せているのを見て、なんだかおかしくなってきてくすりと笑ってしまった。
「家族、か。……ソル、ソルもこっちに来てください」
「ああ? 何で……」
「来て」
 カイが短くもう一度ねだると、ソルは根負けしたように首を竦めた。それからのそりと身体を詰め、その長い腕でカイと、シンと、それからディズィーを抱き寄せた。

 ソルの腕の中、四人分の温もりに包まれてまどろむ中でカイはいつか森の中で見た動物の群れを思い出した。あれはヒグマだっただろうか。森林部に出没したギアを追って殲滅し、ふと振り返った先に、小さな小熊を抱えた母熊の姿があった。元々ヒグマはクマの中でも危険な種族だが、ギアと乱戦が起きた地区にいるその母熊は手負いで、子を守っているせいか殺気立ち、ギアと戦っていたカイ達も共通の敵と認識して今にも襲い掛かって来そうだった。
 だが結局、カイがヒグマに襲われることはなかった。森の奥からもう一匹、母熊よりも体格の大きな雄熊が現れ、興奮状態にある母熊を宥めたのだ。それからすぐに、二頭の親熊は小熊を抱えるように挟んで森の奥へ消えていった。カイは振り返り、ひび割れた石剣の手入れをしていたソルに尋ねた。彼らは何故自分を見逃したのだろう。それがわからない、と。
 ソルは静かに答えた。奴はこの森の王だろう。見識が広く賢い。敵意のない坊やを襲うことに意味を見出さなかった。だがそれ以上に、奴は父親だった。家族を守るために、自分たちにとっても脅威であるギアを退けたテメェに、敬意を表したんだろうさ。
 それを聞いてカイは砂でも噛むような気分で「家族」という単語を噛みしめた。ソルがヒグマの群れに使った「家族」という言葉のニュアンスは、普段カイが聖騎士団の団員達に対して抱いている「家族」という言葉とは本質が異なっているような気がしたからだ。替えが効かず、ただ一人しかいないような、そういう唯一無二の響きだった。
 ちらりと見たソルは相変わらず剣の手入れをしていた。本部に戻るまではこの武器で戦おうとなんとか補修を試みている様子で、それ以上カイの話に付き合ってくれそうな気配はない。
 カイは諦めてキャンプの方へ戻るべく踵を返した。ソルが聖騎士団に来て三ヶ月経ったぐらいの頃のことだ。 


◇◆◇◆◇


 リビングで遠隔透視魔法越しにカイ達が寝入るのを見届け、それから一時間ほどやきもきしながら見守り、そうして飛鳥は首を横へ振った。丸っきり変質者のやり口だという自覚はあるが、背に腹は代えられないし、異を唱える声もない。事前にソルに遠隔透視をすると伝えていなかったのもあるが。
「失敗だな。願いが叶えば或いは——と思ったんだけど、どうもそう簡単にはいかないらしい。明日フレデリックには別の役目を果たしてもらわないといけないな。そちらは?」
『ハズレだ、ハズレ! パスは途中でブチ切れ。ダミーか、さもなきゃ黒幕に始末された後ってヤツだ』
「バックヤード生命体の君が言うんだからこれ以上確かなこともないだろうね……ありがとう」
 飛鳥に礼を言われ、ルシフェロはふんと鼻を鳴らしたような声を出してラムレザルの元へ戻っていく。それをキャッチし、同室で大人しく成り行きを待っていたラムレザルは、飛鳥の方へ伺うような視線を向けた。
「願いって……何を。カイ=キスクの願い、というものが私にはうまく想定出来ない。彼は欲が薄い。唯一の禍根であっただろうシンとも、今はうまくいってる」
「そうだな。現状には、多分彼はこれ以上ないほど満足してるんだ。だが時が過ぎ去ってしまえば二度と取り戻せないものもある」
「過去……」
「うん。手に入らなかった過去を渇望した時、人は驚くほど傲慢になるものだ。どうもイリュリアの人々にカイは欲も何もない聖人のように思われている節があるみたいだが、とんでもない。異種族の共存と世界平和を、実現出来る権力を持ちなお願い続ける人間ほど欲深いものもいないとも」
 君達にはまだわからないかもしれないけれど、と飛鳥は含みのある声音で口端を歪めさせた。
「大抵の子供は大人になりたがるが、大人なんて退屈なだけだ。大人の大抵は子供に戻りたがる。そういうあどけない願望が彼の中にも眠っていたらしい。ただ、昔懐かしむだけでは済まず……拡大解釈で悪用されてしまったのが不幸だったな」
「……子供に戻りたい、とカイ=キスクが心の奥底で願っていたとして、どうしてシンが幼児退行してしまうのかわからない」
「そ、そうですよ。シンはほら……とばっちりじゃないですか、それじゃ」
「ああ、それは願いの発端が『父親らしいことをしてやりたかった』だからだよ。そもそもシン=キスクはなるべくして縮められたんだ。これはもう間違いなくカイ=キスクの意思でね。潜在意識下で、だが」
「父親らしいことをしてやりたい……」
 ヴァレンタイン姉妹は首を捻る。姉妹が知る限りカイは優れた父親だし、後から考えると半ば育児放棄に等しかった彼女らの「お母さん」に比べると、随分子供思いだ。彼ら夫妻の庇護下で暮らしている姉妹もその恩恵にあずかっているからよくわかる。
 でもそれはごく最近、国が安定してカイの仕事が落ち着いてきたからようやくちょっとずつ時間が取れるようになったからで——ということを、シンが言っていた。昔はそうではなかったと。シンはもう不満を持っていない……というか棄てたのだろうが、カイの方がいつまでも気に病んでいたということか。
 要するに、シンが縮んだことで親子の時間を取れるとカイは喜んでいたが、実際は順序が逆で、親子の時間を作るためにシンが縮められたのだ。
「そのうえ、カイが抱いていた『父親らしいことをしてやりたい』という願いの根底に根ざしているものが、『自分が受けられなかったものを与えてやりたい』だった。だから息子と休日を過ごす内に『父親らしいことをしたい』という願いは満たされたものの——自分は十分父親として認められている、という充足感を息子が十二分に与えてやったので——逆に『自分もそういう愛情を受けたい』という願いが肥大してしまったんだと思う」
「受けられなかったものって、お父さんとお母さんの愛情?」
「そう。ただ彼の記憶には両親がないので、その矛先はフレデリックへ向けられた。が……添い寝で治らないってことは、多分漫然と環境を満たしてあげても根本解決にならない。結局、対症療法ではなく病巣を直接取り除く必要があるだろう」
「どうやって」
「最終手段を使う。バックヤードに直接侵入して、フラグ固定をしている異物を排除する。僕の考えが正しければ、結構危険なものが出てくる可能性が高い」
 現世からバックヤードへのアクセスと特定領域の検出はラボにいた段階で粗方進めている。その結果分かったのは、該当エリアが何らかの要因でブラックボックス化しているということだ。かといってそこへすぐさまに人員を派遣するのは、リスクが高すぎる。「何が」「どのような目的で」ブラックボックス化させているのか断定出来ない。バプテスマ13の時のヴァレンタインのような存在が潜んでいるかもしれないし、啓示に代わる新しい敵がいないともあの段階では言い切れなかった。
 だからなるべく対症療法で解決してしまいたかったのだが、仕方がない。これはもうカイの願いだけに限った話ではない。必ず、バックヤードの何かが噛んでいる。奇しくもソルが口にしていたような、「システムのバグ」のような何かが……。
「生体法紋が近似しているシンと、一緒に行きたいだろうディズィーは連れて行く。ただ、フレデリックにはカイを遠ざける役目を任せるので、僕が直接中に行かないと。そうするとゲートを固定する人員が足りていない。だから……そのために二人には引き続き協力を頼むことになると思う。……いいかな」
「それは……構わないけれど。でも」
「でも、なんだい?」
「あなたは……どうしてそんなに親身になってくれるの?」
 ラムレザルがやや疑り深い眼差しを向けてきている。その問いに飛鳥は虚を衝かれたようになって、ぽかんとだらしなく口をあけたまま数秒固まってしまった。
「ええと……理由が必要?」
「少なくとも、私達はそれを知りたい。協力するなら知る権利はあると思う」
「うーん。彼らにはたくさん迷惑をかけた。聖戦の功労者なんていえば聞こえはいいけど、言い換えれば最大の犠牲者に他ならない。あまり自覚はないが、罪滅ぼしのつもりも、あったのかな。……でもね、本当のところ、そんなに複雑な理由ではないんだよ」
 きっかけも理由も本当に簡単なのだ。フレデリックがわざわざ自分を頼った。友達が手を貸してくれと言った。飛鳥にはそれで十分で、それだけが全てだった。人々が思い描いているほど、ギアメーカーは、崇高な理由やカルト的な思想、悪意や敵意では動いていない。ただ独善が過ぎるだけで、本来彼はとても純粋な人間なのだ。
「だってフレデリックの友人なら、僕の友人も同然だろう? 友達が困っていたら助けなきゃ」
 だからそう告げた。その結果姉妹が顔を見合わせて瞬きを繰り返してみせたとしても、これが偽らざる本当の答えだ。