「どうしてあんな嘘を吐いたの?」
「嘘って」
「しかも平気な顔をして。僕はお前に、真顔で嘘を吐くような子になれと教えた覚えなんかないよ」
「え、ええと……」
「イヤホン。僕のイヤホン——お前が持ってたんだね。綾時」
あの日忽然と消えてしまった僕のイヤホン、銀色のメタリックな僕の欠片。問い詰めるように隣に丸まっている彼ににじりよると、やっぱり綾時の手の中にそれは握られていて、買い直した新しいイヤホンとは別に独立して存在していた。
えい、と綾時の手からひったくって手のひらの中で弄ぶ。いけません、めっ、とまるで年端もいかない子供やペットの犬を叱るように言うと綾時はものすごく情けない顔になって「困ったなぁ……」とかぼやく。
困ったなあ、はこっちの台詞だっていうのに。
約束の大晦日の夜。零時を迎えるまだ少し前、僕達は一つの部屋の中で過ごしている。綾時はやはり「僕を殺して」と言ったし、僕にはそれは選べなかった。「君はきっと僕を殺してはくれないって、何となく、わかっていたよ」とあの子は寂しそうに笑い、そうしてイエス・キリストが額の聖痕をなぞるように右目の下にある泣きぼくろに触れた。恐らく無意識に。
そんなに、親に殺されたいものだろうか? 僕は一方ではそういうふうに彼の望みに対して疑問を抱き続けてきたけれど(この一ヶ月間、ずっと、ぐるぐると)、もう一方ではその真意を理解していた。生きる事への葛藤。シャドウの寄り集まったヒトガタであることを自覚してしまったから、そうしてのうのうとしていることを恥じている。
自分が生きることに価値がないと信奉してしまったから、せめて僕の手で殺されたいと——それが可能なのならば、僕達に醜態を晒し続けるよりは余程幸福で……幸運で、喜ばしいことだと、信じたのだ。
僕は彼に人間性を与えてしまった親としてそれを叱ってやらねばならないと決意し、とりあえず、頬を叩いた。綾時は唖然として「父さんにもぶたれたことないのに……」という顔をしていたけれど残念ながら僕がその父とか母とかそんな感じのものなので、容赦なく二度やった。
生まれてきたことに意味がないと思わないで欲しかった。僕は……こうしてみると随分わがままな人間だったらしくて、アイギスの願いにも(彼女は、綾時さんを殺してと言った)綾時の願いにも(そして彼は僕を殺してと言う)応えられない。僕はただ、信じたものを守りたい。
綾時は僕に、命の使い方まで含めて君達のものだと言ったけれどそれは翻れば綾時本人にも当てはまることで……もし僕が彼の母に近いものだというのならば、ファルロスが僕に感情と知恵を与えられてひとになったのだとしたら、僕が綾時のためにそうすることも僕の自由だ。
「君のものが欲しかったんだよ」
静寂の後、しばらくして観念したようにぽつりと綾時が白状した。悪いことをしたということを自覚した子供が母親に怒られる瞬間を待っているみたいだった。
「どうして」
「そうすれば、君とずっと一緒にいられるようなそんな気がしたから」
「そんな理由で?」
「大事な理由だよ」
君と一緒だったっていう形が欲しかったんだ、綾時は目を細める。僕の中に十年間いて、僕の外に出てからたったの一ヶ月と少ししか経験してない産まれたばかりの子供はまるで形見を欲しがる大人みたいなことを言う。「形として残る証拠が欲しかった。僕が僕であったことの……」とうとう瞳を閉じて、綾時はなんだかちょっと泣き出してしまいそうな声でその続きを口にしたのだった。「僕が一瞬でも人間と同じように笑って、ひょっとしたら生きていたかもしれないっていうことの証明がしたかったから」。
そんなこと? もう一度あんぐりして尋ねると「そんなことって、僕にとっては命よりも大事なことだよ」と言う。綾時の命、それは多分宣告者としての、死ねない死としての存在ではなくて(何しろ彼は宣告者を倒すことは事実上不可能だなどと言っている)、僕から分け与えられた脆弱な人間性の孕む儚さのことを指しているのだろうってすぐにわかった。
(僕と一緒だったから……僕にだけは殺せる……)
命よりも大事、だなんて言葉の綾だったとしても引き合いに出したってことはだ。きっと綾時は普通に死ぬのが怖くて、本当なら死にたくなくて、だけど、僕になら殺されてもいいとかそういうロマンチスト気取りの幻想を抱いているのに違いなかった。馬鹿な子、親になら殺されてもいいだなんて。一番大切な人になら、その命を奪われて無になっても構わないだなんて。そんなことを考えるように教えた覚えは僕には一度もない。
「物に拘る必要なんか、ないだろ」
「何故?」
「僕は綾時が、《望月綾時》が確かに生きていたことを知ってる。僕だけじゃない。お前と関わりを持った全ての人間が知っていて、その全ての中に《望月綾時》は存在している」
「それじゃ、ダメなんだよ」
「どうして」
「だって母なる死が世界に降り立ったらそんなことさえ全部なくなってしまうもの……」
「思い出が消えてしまうの」
「そうしたら、あらゆる全てが、どうでもよくなってしまうんだよ、湊君」
昔の君みたいにね。
僕はそれで押し黙ってしまった。
元々イヤホンを綾時が持っていることに対して怒っているとかそんなことは全然なかったんだけど、それでなんだかそのことを問いただすのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
怒ってたわけじゃない。
怒ってたわけじゃ、ないんだけど。
「わかった。持ってっていいよ、そのイヤホン」
「え」
「もう新しいの買っちゃったし。お前がそんなに欲しいのなら、預けといてやるから。その代わり」
この子は思い詰めたらまっすぐなんだなって、僕は分かってしまったのだ。じゃあこんなふうに押し問答をしても意味ないし、むしろ綾時の望むようにさせていた方がいいかもしれないって思った。使い込まれて輝きが鈍くなった銀色のイヤホンは、僕の手から離れて綾時の手の中にあって尚やはり僕の欠片だった。僕の人生のほんの一欠片にすぎないけれど、そのイヤホンの中にはそれがあって、綾時はどうしてもイヤホンが欲しくてたまらないんだ。
お母さんの匂いが染みついたタオルを、赤ちゃんが恋しがるのおんなじように。
「ちゃんと返してもらいに行く。タルタロスの塔のてっぺんに……絶対に、お前に会いに行くから。その時まで持ってて。なくすなよ」
「——うん」
返事は短く、スマートに。うん、綾時は、根本では良い子なんだ。そういえばわがままなんて滅多に言わなかった。ファルロスであった頃もそうだし、望月綾時として学校に通い出してからもそれは変わらない。
その彼の数少ないわがままが「ころしてください」という懇願で、「君の欠片が欲しい」という哀願だった。だけどどうしたって片方は叶えてやることが出来ない。だったら、もう片方だけでも聞いてあげたって悪いことはないだろう。
◇◆◇◆◇
何度でも立ち上がった。
死にそうになりながら、実際、限りなく致死に近いダメージを受け続けて、それでも僕は立ち上がった。ここで諦めるわけにはどうしてもいかなかった。かっこつけたかったわけじゃない。救世の英雄になりたかったわけでもない。褒められたかったわけですらない。それでも僕が必死になったのは、約束があって、大切な人達がいて、そういうことをどうしても「どうでもいい」って切り捨てることが出来なかったからだった。
僕の持てる絆は決して多かったわけじゃない。世界中全てになんてとてもじゃないけど責任は持てないし、そうでなくても割と交流は狭かったし、本当に一握りの小さな小さな世界のために戦っていた。
もう一度立ち上がり、前へ、少しずつ前へ。ニュクス・コアが怯えるように震えている。お前も怖いの。何が? 僕が? ——人間が生きようとすることが?
「一緒に行ってあげるから」
死ねない死の孵る繭に囁く。死の宣告者として完成されたデスには望月綾時の、中途半端な人の意思はないと言ったね。あれはきっと嘘だ。綾時は、優しい嘘が得意な子だったから。嘘だね、僕には、分かる。生みの母というやつを甘く見ないで欲しい。
人の優しさがあったら、世界を滅ぼすだなんて恐ろしいこと、そうそう言い出せやしないだろうに。あまつさえその意思を抱いたまま死の断罪を実行しようとしているのだ。ああ、本当になんて優しくて愚かなんだろう。僕のたった一人の息子は、こんなにも優しくて尊くて、寂しがりだった。
「怖くない」
地上にいる僕が絆を結んだ皆から、少しずつ力が分けられて体力がゆっくりと回復していくのがわかる。僕には今僕にしか出来ないことがあって、その対価として自分がどうなるのかもうっすらとは察している。だけど躊躇いなくそのトリガーを引こうと思えた。僕は今一人じゃなかったし、独り善がりにどこかへ逃げ出す気にもさらさらなれそうにはない。
終わらせよう。使い慣れた召喚銃を額に当てる代わりに、何度も繰り返したその挙作のように、僕は右腕をゆるりと持ち上げる。引鉄を引く時みたいに腕が僕の頭のそばへ来て、けれど今日はそこで止まらなかった。
その瞬間が近付いてくる。
僕達の一つの終わりがやってくる。
「《大いなる封印》」
人差し指をゆっくりと、けれど堂々と頭上に掲げた。ぴんとまっすぐに腕を伸ばして天を指し示す。ぱきん、と頭の中で何かが割れるような音がした。その時僕が行使した何かこそが奇跡で、《ユニバース》という名を持つのだということを僕は知っている。衝撃が広がり、世界が遠く、白く、遠くなる。
その瞬間、僕はあの脈打つたまごの奥に人影を見た。僕より身長が高いくせに泣き虫で泣きぼくろが僕の鏡合わせの位置に付いているあの子だ。彼は肩から僕と共に生きた証明であるイヤホンを掛けていた。僕が今掛けているイヤホンと同じモデルの、幾つか型が古い、僕の破片。
「……ちゃんと、持ってたよ」
綾時が言った、ような気がした。
「約束したから」
だから僕は、目を瞑って小さく「ありがとう」って、そう言った。
僕達の世界はいつも澄み渡ったあおいろの中にあって、その時も、僕達二人は青い場所にいた。海の底のような、大気圏の外の宇宙のような、空の果てのような、実際にはそこはそのどこでもなかったんだけど……僕達はそこにいた。
僕は昔ファルロスに夏は青いと言った。
ファルロスは、今はよく理解出来ないけれど素敵だねと言った。
「お前にずっと言おうと思って、結局、今まで言いそびれてたことがあったんだ……」
死を招く白いたまご、《ニュクス・コア》という概念を与えられたもの、死の本質《DEATH》の完成形、それはゆりかごのように震えて僕の腕の中にあった。対峙していた時は僕の身長よりいくらも大きかったけれど今はそうじゃない。腕の中にすっぽりと収まって、母鳥が雛が孵るのを待っているような態勢で、それは一種の母体回帰のようでもあった。
「お前の……ファルロスと綾時の左目の下には、泣きぼくろがあっただろ。僕にもあるんだ。右目の下に、お前の丁度鏡映しの場所に。普段は前髪で覆ってて見えないそれを僕は綾時にはいつかちゃんと伝えなきゃいけないと思ってた。ずっとそれが不思議だった……どうしてそんなことを思うのか、自分でもよくわからなくて」
たまごがゆるやかに孵っていく。ひびが入り、割れて、中から嬰児が姿を現した。嬰児はどんどんと僕の腕の中で年を取って成長していく。嬰児から幼児へ。そして幼児から児童へ。齢十ほどになろうかというところで目を見開いた。そらいろだ。透き通った透明なあおの色をしている。
「だけどとうとうわかったんだ。その意味が……」
囚人服の子供を、一際強く、強くもう二度と離すまいとするように抱き締める。「おかえり」。囁くとあおい瞳の子供は僕の灰ねずみの瞳を仰ぎ見て、その時僕達の眼球、与えられた僅かな視界の中にはお互いの顔だけがはっきりと映り込んでいるのだった。「おかえり」と彼も言う。彼は両腕を伸ばすと僕の胴体に抱き着くような格好になって、僕達はそうして二人で抱き合うのだった。
僕が持てる全てを与えたのだという囚人服の子供は、ファルロスは、いつか僕に「愛情を教えてね」と言って笑っていた。抱き合う子供に僕は尋ねる。「愛情ってなんだと思う?」。ファルロスは言う。「星さ。あの夜空じゅうにまばゆく輝くものたち」。
「あの空を埋め尽くす光、あれらが愛のひとつの形なんだ。君がうつくしいと僕に教えてくれたものたち。僕がファルロスでいる間にはついぞ目にすることが叶わなかったあれらが君のくれた愛情の一欠片なんだ。君は今や宇宙になったね。君の中にある愛を、僕は確かに君から受け取ったよ。……それがどれほど、尊いものだったことか」
「僕が宇宙……」
「そうだとも。君が手にした《ユニバース》は、君それそのものを変質させた。——おめでとう、奇跡は果たされた。君はニュクスに……死に……《デス》に、勝ったんだ。とうとう相克した。僕はそのことを誇りに思うよ……」
ファルロスとして存在していた時そうしていたように難しい言葉でファルロスは謳いあげる。だけど途中で「違うね。そんなことは別段大事なことではないんだ。ほんとうは」と首を振った。ファルロスが僕にしがみつく手の力を強くする。そうして「おかあさん」と嬉しそうに唇から声を紡ぐと、彼は一気にその姿を変えた。
少年の体躯が青年のものへと急速に変態していく。さなぎが蝶へと孵るように、卵からの孵化を繰り返すように。そうして望月綾時になった彼は僕よりも図体のよくなった身体でやはり僕を抱き締めるのだ。言語を尽くす代わりに、肉体言語でもって僕にそれを伝えようとする。
「湊君の……君の右目の下に泣きぼくろがあることを僕は……《望月綾時》はそれを知ってたんだ。実のところ。僕らが鏡合わせの双子のように、本当はすごくよく似通っているということも。ムーンライト・ブリッジでアイギスさんと対峙して全てを思い出した時に、それも一緒に思い出した。ファルロスとしての記憶を。僕は君の内側から君の情報を得て人間の姿を真似たから、母親の遺伝子を引き継いで生まれた子供がそうであるように君のパーソナルを受け継いだ。そして……ファルロスとして君に育てられた……」
僕の腕の中でキラキラと眼を輝かせる綾時はまるで青い蝶だった。僕から孵った青い蝶。
「イヤホンを返さなきゃ」
綾時は両肩からぶらさげている僕のお古のイヤホンを取り外すとぐいぐい僕の方に押しつけようとしてくる。彼に預けることに決めた僕の破片は、目印となって綾時のそばにあった。タルタロスを上る間、上へ上がるにつれてどんどんそれから発せられている「におい」が強くなっていったのを僕は鮮烈に覚えていて、それだけが綾時が消えてからの間僕に残された手がかりだった。
既にぶら下がっている僕の新しいイヤホン、綾時が選んでくれた綾時の欠片の上から僕の破片を押し重ねようとしてくるので僕も彼と同じように片腕だけ抱き締めている身体から離して、その腕を押し返す。綾時はなんだかものすごいショッキングな顔で「ええ、そんな、なんで」と狼狽えた。返却を拒まれるとはまさか思っていなかったらしい。
「もういいんだ。もう僕は綾時を捕まえられたから」
「そんな、捕まえたって」
「だってそうでしょう。僕達は今、青い世界の中で抱き合ってる。僕は綾時を捕まえた。綾時は僕を捕まえた。僕の古いイヤホンは僕の破片として綾時のものに。綾時が選んでくれた新しいイヤホンは綾時の欠片として僕のものに。血液を交換して補い合うみたいに。だからもう、いいんだ。返してくれなくても」
綾時の狼狽が強くなる。彼は躊躇うように首を横に振り、悲しそうな顔をして、
「それが君の答えなの」
そう僕に問いかけた。今度は僕が綾時に狼狽える番だった。僕は本当のことを、事実を口にしたまでで、どうしてそれで綾時が悲しそうな顔をするのかわからない。
だって僕にはもう自分が死の元へ——綾時の元へ行くのだろうということが、はっきりと手に取るように自覚出来ていたからだ。
イゴールだって言ってたんだ。「貴方は自信の運命を受け入れなければなりません。契約はついに果たされました……私の役目はこれで終わりです」。……僕の選択の末に、愚者の旅路は最後の地へと降り立ったのだと。
綾時が口を開く。
「君は僕に言ったね。季節が美しいよって。秋は燃え盛る最後の炎のような豊穣の赤色……冬はしんしんと雪が降り積もって街を染め上げる白色……春は桜が咲いてあちこちで生命が芽吹く桜色……夏は海が青くからからとよくかわいて暑い青色……僕はその時影時間の外へ出られなかったから、結局目にすることが出来たのは秋と冬だけだったけれど、ああ、本当だな、うつくしいなって……おかあさんの言っていたことはこういうことだったのかなって……ねえ湊君。君はまだ、巌戸台で一つだけ季節を過ごしていないね。それは春だ。新春……冬が終わり、白が桜色に染まり変わっていく出会いと別れの季節」
「それは……確かにそうかもしれない。だけど代償が必要だろう?」
「君には約束があるでしょう」
ぴしりとした口調で言う。約束。また皆で春を迎えよう、そのためにニュクスを倒そう、というそんな特別課外活動部の皆での約束のことか。それは……確かにとても大切な事柄だった。だけど事は最早、僕の意思一つでどうこう出来る次元にはないはずだ。
僕は死に召されてしまうのだから。
「君が何を考えているのか僕には手に取るようにわかる。もう繰り返すまでもなく僕は君から生まれたものだから。でもね、湊君、君のことを待っている人達がいるんだ。僕は彼らに一度君を帰すよ。君は彼らとの約束をきちんと果たすべきだと思うから」
「出来るの。そんなことが」
「出来るさ。僕は死を司る死の概念そのものだ」
綾時が不器用にウインクをした。本当に不器用で、泣き笑いしてるみたいな調子だった。黙って頷く。最後の季節へ僕を送り出すために、僕が桜色だねと言った春へと、僕は彼の手で還る。
綾時の僕より大きくなった手のひらや腕にことのほか強く抱き寄せられて、それでもなお、僕は大きな子供に抱き着かれている感覚を持ったままだった。綾時の肉体は母である僕より逞しい、けれど、彼は根底の所で僕にはまだ敵わない。まるで母親に勝てない男の子と一緒で。
いつかアイギスは言ったね。望月綾時は、彼女が守ろうとした人間と本当は何も、一つさえ変わることがなかったと。シャドウに自我が芽生えてしまったことは不幸でもあるだろう。同時にそれは途方もない幸運で、奇跡だったと僕とアイギスはその時お互いに合意した。
空色の目、僕の世界に映るきみ、あおいろの繰り返し。僕達は見つめ合う。何度でも。何度だって、そこら中にたゆたう星のまばゆさに目がくらんだみたいに、そこにいる君に手を伸ばして抱き締め合う。
あおい世界に恋い焦がれたように。
「僕は今、君がくれた疑問に答えるよ。僕にとって君は何か、という質問だ。君がそれを僕に尋ねてくれた時、僕に出来たのは『それはとても難しいね』と返すことだけだった。だって僕が何なのか、君が誰なのか、僕達はお互いに知ろうとしている最中だったんだ。だけど僕達はとうとう、今こうしてお互いを知ることが出来た。僕にとって君は、君こそが、愛情という名を与えられているものであり、世界だった。僕の青い世界、君と一緒にいる青い世界。君と居る時間は夢のようだったよ。まるで人間みたいに、君の愛するうつくしいものたちに触れることが出来た。僕はそれがすごく嬉しくて」
「りょうじ」
「君に愛して貰えて嬉しかったよ」
そして僕達は唇と唇を合わせてキスをした。何の変哲もない、リップ音のする友愛のキス。僕達が鏡合わせの顔かたちをしていることを確かめようとしているみたいに。親子であることを、その僅かに交換される唇の皮膚や唾液の情報から確かめ合おうとするように……。
僕もお前を愛せて、お前に愛されて、嬉しかった。そう囁いてもう一度抱き締めると、綾時は「一緒だね」と、僕がファルロスに君を知りたいと告白されファルロスに僕も知りたいと告白したあの日と同じ声で僕に照れくさそうに教えてくれた。
そうして、僕達の世界は青い春の中に完結する。