12:リチュアル(05) もしも、悪魔になったとしても |
ばたんと扉が閉じられ、そう広くない密室に二人っきりで閉じ籠もる形になる。十代は恐る恐る、躊躇いがちな声で「明日香」とぽそぽそ名前を呼んだ。 「あの……さ。怒ってる……よな。ごめん。でも、ヨハンは悪くないんだ。ちょっとは悪い気もするけど責任は俺にあるんだ」 「止めてちょうだい、そういうふうに言うの。あなたに責任追求なんかしたってしょうがないわ。ヨハンはされるべきだと思うけどね。はあ、それにしても……」 向い合せに座った十代を上から下へ見つめて明日香は溜め息を吐く。 「……調子狂うわ」 「ごめん……」 遊城十代というのは天上院明日香にとって、長い間混じりっ気なく強くて、ここぞという時で頼りになる男の子だった。後輩達からも兄貴分としてよく慕われていて、例の異世界での事件以来人となりがやや変わってしまったとは思うけれどもそれでもやっぱり好きなのだなということをタッグを組んだ時に再認識したのだ。 あの時は失敗してしまったけどいつかは……という考えもまだ頭の隅っこにあった。それがどうだ。今無残にも打ち砕かれてしまった気分だ。 「なんだか悔しいわ。色々とね、思うところがあるのよ。私、女だからわかるの。……十代、あなたとても綺麗になった」 元々男らしい容姿ではなかったが(例えばそれは、服の上から見えるラインだとかにおいだとか、そういうものだ)、今の十代はより一層中性的な印象を強く相手に与える外見をしていた。声は、まあ低い。どちらかと言えば男性だろう。だが女性で通らなくもない。最後に会った時よりも少し高くなっているように思う。 腹の中に赤子を抱えているというのが嘘でないのなら、必然十代は女としてヨハンに向き合ったことになるのだろう。ヨハンは十代によく似通った性質をしているが、その非常に男らしい体つきだとかは十代とは対照的だった。何故かフリルの付いたシャツなんかを着ているから誤魔化されがちだが襟元から覗く首の太さたくましさや、異世界から帰還して直後にちらりと見た筋肉を誇張した衣服なんかを見てみると、ちょっと女だとは思い辛い。 その、男らしさと並べてみるとやはり十代は綺麗になったと感じずにはいられないのだ。恋する乙女と同じ空気がそこにはある。まさか十代からそんなものを感じる日が来るとは思ってもみなかった。 「綺麗? 俺が?」 「ええ。恋をすると女の子は綺麗になるって、昔レイちゃんが言ってたけれどまさにその通りだと思うわ。戦わずして負けた私としてはとても複雑な気分だけどね」 「戦わずして負けたって……」 そう口にしてから十代は「ああ」と申し訳無さそうに零す。「もしかして明日香もヨハンが好きだったのか」なんて言われたらどうしようかと心配していたが流石にそんなことはないみたいだ。良くも悪くも彼は大人になってしまったのである。 「フィアンセって、どういう意味だ?」と本当に不思議そうに尋ねてきた幼い彼の幻影が視界を過った。明日香は首を振る。あの頃は、と回想することほど無意味なこともない。 「ごめん」 「もういいの。それ以上謝られる方がよっぽど惨めよ。慰めも同情も欲しくないわ。私は負けたの、それだけよ」 そうして明日香はにこりと笑う。十代はまだ申し訳無さそうな色を残してはいたが明日香に合わせて笑った。天上院明日香の初恋は終わったのだ、とその時明確に思えた。 「ねえ、十代。あなたがヨハンと特別仲が良かったのは私も記憶してるわ。翔君がぼやいてたもの。『最近アニキはヨハンばっかりだ』って……でも、その、赤ちゃんが出来るところまで……言い方が悪いけれど進んでいるとは流石に思ってもみなかった。何があったの? もし嫌でなければ、その、」 「ん、いいよ。話す話す。俺もさ、卒業した頃なんかは皆のことずっと避けてたし……いい機会だし」 上目がちに十代が目線を合わせてくる。恋する少女の面もちがそこにある。 「俺が卒業式が終わった後謝恩会にも出ないでさっさとアカデミア島を後にしたのは、根本的にはヨハンを避けてた、いや、それ以上に人間を避けていたからなんだ。俺もうさ、普通の人間じゃないから。皆と一緒にいるのが怖かったんだ。それにヨハンと顔を突き合わせるのはもっと怖かった」 「どうして?」 「卒業式の前にシャワー浴びてるとこヨハンに見られちゃってさ……半分、女になってる体を。それが一度目の妊娠の時だ」 十代は事もなげに言ったが、明日香は驚いて目を見開いた。 ◇◆◇◆◇ 「で。こいつを吊るし上げるってことでいいのかなあ。明日香さんが尋問していいって言ってたもんね。情け容赦要らないよね。一応僕は勝負に負けた身だから負け惜しみにしかならないけどまあ――言いたいことは山とあるんだ」 襟首をぐいと掴まれる格好になって、やや息が苦しい。だが抗議をしても恐らくは聞き流されるだろうから無駄な労力を使わぬようヨハンはとりあえずじっと黙っていることにする。せめて翔の手が離れないことにはどうしようもない。 「アニキを、汚したな?」 翔の目は血走って、殺気じみていた。しかしその点に関してばかりは誰もヨハンに同情しないので翔を黙って見守っている。吹雪もだ。 「ねえ?」という冷たく詰る声がすぐ後に続く。見れば翔はどう見ても正気じゃない目で笑顔を取り繕うという凄絶な表情をしていた。修羅という言葉では生温い。この形容し難い表情は人間だからこそ出来得るものだ。複雑な感情を生み出す人だからこそのもの。 「アニキはね、天使だったんだ。今時『フィアンセってなんだぁ?』とか素で言っちゃう天然記念物のような人だったんだよ。自慰なんてものきっと知らなかったに違いないよ。穢れのない子供だったんだ。なのにアニキってば君のために覇王になるわ妊娠させられるわ……散々だよ。全く有り得ないよ。僕ね、静かにふつふつと怒ってるんだ。今ならユベルに共感出来るかもしれない。三割ぐらい」 冗談じゃない、と思う。ユベルの嫉妬がどれだけ恐ろしいものであるのかということを知っていながら平然とそんなことを言う翔が怖い。三割、と付いてはいるがやはり怖い。血走った笑顔のまま引き千切りに来てもおかしくない雰囲気だ。 この薄情もの、とギャラリー共に思うがしかしこの事態は紛れもなくヨハン自身の行いが引き起こした末路であるわけで彼らを責めるのはお門違いという奴だ。このまま私刑紛いのことの被害者となってもそれは当然の帰結なのだろう。歯を食い縛って諦めの境地に至る。なんだかすごく惨めだが、しかし十代の愛を手に入れるという点ではぶっちぎりの一人勝ちなのでもうそれはそれでありかもしれない。 「いい加減落ち着け、翔。先程から見ているとお前は少し熱くなりすぎているように思う。見ろ、お前の兄も呆れ顔だ」 「……サンダー」 「万丈目君、何?」 「何と言うか、怖い。とばっちりを喰うのは御免だ、頼むからもう少し冷静になれ」 あわや公開処刑寸前かと思われたヨハンを救ったのは万丈目だった。万丈目はヨハンの視線に気付くと「別にお前のためじゃない」とテンプレートな台詞を吐いて翔の手をヨハンの襟から引き剥がす。翔は邪魔するなと言いたげな表情で万丈目を睨んだが、周囲の空気を感じ取って抵抗を止めた。ようやく自由になりヨハンは大きく息を吐く。 「サンキュー万丈目サンダー。助かった」 「フン、自業自得だ。俺様にも思うところが少しあったというだけにすぎん」 「思うところ?」 「十代の阿呆がよくわからんことになっているという疑問よりも先に天上院君を巡るライバルが減ったということに安堵した自分に嫌気が差しただけだ」 「はは、真面目なのなサンダーは」 からからと笑いながら言ってやると万丈目は呆れたような顔をした。いつの間にか現れたおジャマ達も同調するようにこくこくと頷く。何ヶ月か前に見た藤原の顔が重なった。 「貴様は、ちゃらんぽらんすぎる」 顔を赤くして「破廉恥な」と続ける。つくづく初で潔癖な男だ。明日香の相手を務めるにはまだレベルが足りていないような気がしたがそこは今後の彼の努力次第だろう。 「十代も十代だ。お前らは二人揃って馬鹿で呆れた脳天気さ加減だ。似たもの同士二人でべたべたと馴れ合いおって。もう知らん、好きにしろ」 万丈目の思うところの破廉恥極まりない行為を甘んじて受けた十代のことも彼は非難した。その気になれば、十代がヨハンを吹き飛ばすことなど造作もないことを彼は重々知っているからだ。だから同時に、遊城十代という人間があの日以来随分と遠いところへ去ってしまったこともよくわかっている。その、過ぎ去ってしまった「永遠の少年」をあろうことか女として妻としてとっ捕まえようとするヨハンの酔狂という言葉すら逸脱している行いに万丈目は根底のところで感嘆しているのだった。その呆れるばかりの行動力にだ。 走り去り、その足で途方もないくらいに遠い遠い何処かへとまだ走ることを止めない少年を腕の中に抱き込んでしまおうという熱意の馬鹿馬鹿しさに感動すら覚えているといっても過言ではない。 次いでずい、とエドが壁際から歩み出て来る。エドはいつもの傲岸不遜そうな表情を僅かに苦く歪ませて皮肉っぽく二度三度手を叩いて称賛の態度を取った。何を称賛しているのか? 概ね大馬鹿野郎とでも心中で思っているだろうから、それはやはりヨハンの理解し難い情熱に対してのものであろう。 「僕は今ひとつ君とは接点がないから何とも言い難いが一言贈らせて貰おう。物好きめ。あいつは男だとか女だとかそういう以前の問題で物凄く扱い辛い人間だ。関わった奴を方端から振り回さずにはいられない迷惑な人間だ。あいつに振り回されずに済むのは同レベルの馬鹿である君ぐらいのものだな。僕は何の未練もないし興味もない。好きにするがいいさ、祝い金ぐらいはくれてやる」 「俺を馬鹿にするのはいいけど、十代にはいただけないなあ。あいつ、頭は悪くないぜ。興味のないことは努力しないだけで」 「お前ら両方共がとんだ花畑思考だって意味だよ」 ロマンチストめが、と補足が入る。ヨハンは「褒め言葉ってことにしておく」と真顔で言ってひらひらと手を振った。案の定顔を顰められる。 カイザーは相変わらず壁際でむっつりと唇を結んでいたが、今はその隣の吹雪に色々と吹き込まれているようだった。時折ぴくりと眉根が動く。翔が「お兄さん、どうしたんだろ」ときょとんとした声で言った。この弟の兄に対する献身とまともさは、兄貴分として憧れを抱いている十代に対する暴走と盲信に対を成しているように思えた。 「花畑でもいいじゃん? それってつまり、二人とも幸せってことなんだからさ。一時期よく塞ぎ込んでたからそのぐらいの方がいいんじゃないかって逆に俺は思ってるんだよなぁ。世界のあらゆる『どうしようもないこと』を全て己の罪として背負われるよりはよっぽどマシだよ」 「何それ。アニキってばまだそんなこと言ってたんだ? 成長しない人だなぁ。アニキ、自分が人間じゃないーとか皆と違うからダメだーとか、そんなこと言ってた?」 「うん」 「ふーん。僕はアニキのあらゆる部分を概ね尊敬してるけど――基本過ぎたことは振り返らないとことかね――そこだけは、ダメだと思うよ。偽悪ってね、偽善よりタチ悪いんだよ。偽善者はむかつくだけだけど、偽悪者って見てて切ないし憐れなんだ。さっき見た感じじゃアニキはそこまで行ってないと思うけどね」 翔に「成長しない」と言われるのは何か癪だったが(翔自身が十代に関することだけはこれっぽっちも成長しないから癇に触るのだ)、十代がその抱え込む癖を今ひとつ直し切れないのは事実なので黙って頷く。元来度量の広い人間である故に何かと抱え込み過ぎるきらいがあるのだ。きりがない、と言ってやると「人間じゃないから平気だ」などと言う。嘘つきだ。 十代は確かにもう普通の人間であるとは言い切れないだろう。しかし人間でない、と言うことも出来ない。あの傷付き易く繊細で優しい愚者の姿は紛れもなくひとといういきものの持つ本質だった。遊城十代から取り除けないものだ。 「……十代は」 「カイザー」 「大人になった。無知を許容される子供を終えて大人になることを選んだ。それは誰のためでもないし同時に誰のためでもある。十代は世界を知った。生きることの難しさを。個人の無力さを。そして恐らくは結末を」 黙りこくっていたカイザーがようやく口を開いたかと思えばそんなことを言う。難しさ、無力さ、それらはきっと異世界で思い知らされたものなのだろう。結末は、その果てにユベルと一つになることで見つめなければならなかった最果てだ。生命の速度を精霊に寄らせることで辿ることになる孤独との対話。 その話を十代はヨハンに聞かせたことがある。逆に、ヨハンが十代に言ってやったこともある。やがて訪れる終わりは平等であり、必要以上に悲しんではいけないのだということをヨハンは十代に言い含めた。傲慢な願いかもしれないが、決して、死者を蘇らせようとしてはいけないのだと説いた。 「カイザー、あんた鋭いよ」 「大したことは言っていない」 吹雪がひそひそ声で「亮はね、例の異世界で十代君に『お前はもう子供じゃない』って、そう言ったんだって」と耳打ちしてくる。そのことを今も考えていて気に掛けているのか、と一人納得した。ヒールとしての側面が強く印象に残っているが、十代に対しては几帳面な先輩で生真面目な兄貴分なのだとそういえば昔十代から聞いたことがある。 「考えたことの大半は先に言われてしまったからな。俺に言えることが少ないだけだ。俺もやはりお前は軽率だと思うが、だがこれ以上糾弾しても仕方がない。そこらに関しては目を瞑る。色々と、考える程頭がおかしくなりそうだ」 「それは、その、若気の至りってやつで俺も反省はしてるんだ」 「その言葉で片付けていいのか、おい」 万丈目とエドが揃って怪訝な表情になる。ヨハンが冷汗混じりに空笑いをすると翔の表情がまた険しくなってきて、まあまあとそれを察知した吹雪に諭されていた。 「最後に誰も後悔しないで済めばいいんだよ。誰かが泣き過ぎなければいいんだ。ねえ、ヨハン君、君はそれが出来ると確信しているからこそ十代君の手を取ったんだろう?」 「それは、勿論」 「うんうん、結構なことだよ。君は言ったね、かつて十代君は孤独だったと。一人ぽっちだったと。だからこそ君達は惹かれ合った――そうだね。だからねヨハン君、一度手に取ったのならば無責任なところで彼の手を放してはいけないよ。わかってるだろう?」 手を放したらどうなってしまうのか。 吹雪は食えない笑顔でにこにこと笑っている。 「藤原がねえ、すごく心配してるんだ。翔君が言った通り十代君は変なところで大人になり切れずにいる。大人になったふりで済まされている。もし何かの手違いで君が死んでしまったとしよう、そうしたらスイッチが入ってしまうんじゃないかって危惧してるんだ。杞憂ではないと思うよ。僕もそれは大いに有り得ると思う。やっぱり不安定なんだ。感情って『大人になったから』簡単に割り切れるものじゃないしね。あの子はね、スイッチが入るとそれこそ何でも出来てしまう子なんだ。世界を救うことから世界を敵に回すことまで何でも出来る。それは今日、君もよくわかっただろう?」 「……ええ」 世界を敵に回す方法は二つある。一つ、偽悪を演じて世界中のマイナスイメージを一手に引き受ける。二つ、世界を否定して破壊と殺戮に手を染める。十代はどちらもやってのけるだろう。必要な時が、「神の理不尽な簒奪」がその身に振り掛かった時ならば。 「十代君の全てが君なのだとしたら、彼が手段を選ばなくなった時にそれこそ悪魔のようになってしまうかもしれない。彼自身が揶揄しているようにね。そのことに関してはどう思っている?」 ――もしも、私が悪魔になってしまったら。あなたは、私を好きでいてくれますか。 古いRPGのキャッチコピーよろしく十代はそんなことをヨハンに聞いた。「俺さ、もう人間じゃないんだけど。こんなんでも、ヨハンはあいしてくれるって、そう言うのか?」。泣きそうな声にその時はこう返したのだっけか。「馬鹿だな。十代は十代じゃないか。それは変わらないだろ」―― そしてこう答えたのも覚えている。そう言った時十代の顔が喜びと驚愕と呆れ、その他諸々の感情に揺れ動いていたからだ。 「その時は俺も一緒に悪魔になって、人間を止めます。死んでしまったのなら大徳寺先生みたいに十代に憑いてますよ。あいつを一人にはしない。十代の全てが俺であるというのならばまた、俺の全ても十代だから――」 その答えはこの先永遠に変わることはないだろう。 ◇◆◇◆◇ 「あいつ、ばかだよな。ほんとは頭すっげえいいのにそういうことになるとてんでばかなんだ。だってさ、真顔で『じゃあ俺も悪魔になってやるよ』って言うんだ。目、いつもみたいにきらきらしててさ……」 子供みたいに十代が言う。明日香は黙って頷いて十代の髪を梳いている。初めのうちこそ「女みたいでくすぐったいよ」と言っていた十代だが「半分は女の子なんでしょう」と言ったら「それもそうか。一本取られた」と言って大人しくなった。くせのある茶髪を撫でていると、なんだか年下の女の子をあやしているような不思議な気持ちになる。 「あなたがヨハンにべたべたに惚れてるってことはよくわかったわ」 遅れ毛を黒ピンで止めてやりながら言うと、「くすぐってえ」という笑い声が返ってきて何もないのにおかしくなってきてしまう。失恋はもう終わり、とこっそり息を吐いて明日香は椅子から立ち上がった。十代はやはり、美しかった。 新しい命を抱えた母の気高さと美しさなのだろうと思う。明日香が恋をした少年には似合わないものだったが明日香が失恋をした青年にはよく似合っていた。結局、この人のブラックボックスの中身はいつまで経っても明日香には見えないし覗いたってわかりはしないのだ。太陽のように眩しいこの人をすぐそばで見ていられるのはヨハンだけなのだ。だがそれは男としての対応であり、女心はあまり鑑みられたものではない。男だとか女だとかそういう以前の問題で二人は以心伝心で通じていたが、そういう機微だけはヨハンでは役不足なのだ。 「十代、あなた、料理とかてんで駄目でしょう。兄さんといい勝負なんじゃないかしら? 私で良ければ色々とその、教えてあげられるわよ。独学では限度があるもの」 「ん、それは確かに……何度かこっそりやってみたけど炭しか出来なくて、結局出来あいかヨハンが作ったもん食べてるし」 「……器用な男よね、ヨハンって……」 「ああ。伊達にメルヘンなこと言ってるんじゃないなって思う」 大真面目な顔で言う。メルヘンという文字の並びはなるほど確かにヨハンにはぴったりとよく合っている。本当にお伽噺から抜けてきたような男だ。どこぞの王子様のように惚れ込んだただ一人を清々しいまでに愛し込んでいる。 |