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20:ジェミニ(04) フラスコの中の無知なる小人

「あのね、パパ、ママ。わたしたち、五ヶ月前にあの試験管の世界の中から生まれてきたばかりなのよ」
 人間のかたちをした精霊のような少女はそう言った。
「デュエル・エナジーの中で培養されてたってドクターは言ったわ。でも間違いなくわたしたちはパパとママの子供なのよ。そればっかりは確かなことだともドクターは言ってた」
「お腹から生まれたわけじゃないけど、僕達正真正銘血の繋がった親子なんだって。だってほら、こんなにパパとママに似てるでしょ? あんな奴らよりよっぽどね」
「……あんな奴らって」
「『人間の龍亞と龍可』。僕達は、あいつらが大っ嫌い」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんはわたしたちの憎悪の対象。怨恨のゆき着く先。パパとママにどんなことを言われたとしても、こればっかりは変わることのない、変えることの出来ない、わたしと龍亞の不文律なの。二人にもそういうものがあるでしょう?」
 決して変わることのない譲ることの出来ない泰然とした結論が。ルカが言う。唄うように謳うように。十代は双子の「異質なもの」の有様にぐっと息を呑み、言葉を詰まらせた。ルアとルカは本当によく龍亞と龍可に似ている。見た目だけなら、殆ど同一だ。しかし性質は百八十度も違っていて、それは育った環境によるものであるように母の部分が感じていた。
 この子供達は「ドクター」という人物に育てられたという。試験管から生まれたパイロットベビー。人造の生命。母と父の愛情なんて知りもしないのだろう。だからこんなにも歪で、必死になってそれを求めている。
 十代は頭を振った。親に愛されない子供は、不幸だ。惨めだ。切なくて苦しい。十代はそのことをよく知っている。この可哀相な子供達がどうして世界に生まれ落ちてしまったのかがわからなくて十代はどうしようもない気持ちになってしまった。この子達を造った人間は何故試験管から生命を造ろうだなどと馬鹿げたことを考え実行してしまったのだろう。何故ここまで育ててしまったのだろう。何故父親と母親というものの存在を教えてしまったのだろう。それはこの子達を苦しめることにしかならないというのに。
「ルア、ルカ……二人は随分とはっきり龍亞と龍可を嫌うんだな。どうしてだ。――会ったことがあるのか」
 体をすり寄せて来る、生きるために媚びを売る愛玩動物のようですらある人造の子供達の姿に哀れを覚えて母の情慕を向けながらも「違和感」について問う。ルカは昏い目をヨハンの腕の中から十代に向けて、一言「そうよ」と肯定した。十代の腕の中でルアも同調して「三日前ぐらいにね」と口を尖らせる。
「パパとママを迎えに行く前にね、行ったんだ。でもあんまり上手くいかなかった」
「龍亞はお兄ちゃんに負けたものね」
「うるさいなあ、そんなのもういいだろ。……あのね、会って最初に『なんで?』って思ったんだ。僕達と同じ顔をしてるくせに、あいつらただの人間で馬鹿みたいにすごく幸せそうで……パパとママの愛情を受けて、なんで? どうして? そんなの、おかしいよ。パパとママはどうしてあいつらのことが大事なの。ただの人間の子供が、そんなに愛しい?」
 ルアは心底不思議そうに尋ねてくる。確かな憎悪と単純明解な疑問が一緒くたになって、鎌首をもたげているようだった。ルアは盛んに「人間の」という言葉を強調する。それは自らが「人間ではない」と自覚しているから出てくる言葉で、恐らくこの子供達は本物の龍亞と龍可が人間であるのに自分達が人間でないことをコンプレックスとして抱えているものと思われた。
 等しく注がれない愛情はそこに起因しているのだろうかという怯えと、人間じゃない自らの方が「両親」には似通った存在であるはずだという優越感。それがごちゃごちゃになって、曲がった心を生んでいる。
「ルア、お前は間違ってる。龍亞と龍可は『ただの人間の子供』じゃない。俺とヨハンの子供達だ。血を分けた二人が愛しくないはずない。いいかルア、ルカ、子供が愛おしいという気持ちにそういうごたくは必要ないんだ。関係ない。みんな、大事な子供なんだ」
「でもママ、それじゃどうして僕と龍可のことは愛してくれないの。どうして? 僕達のことは嫌い?」
「俺もヨハンもお前達のことを知らなかったよ。生まれていたなんて……ちっとも……」
「ねえ、ママ」
 ヨハンの腕をやんわりと抜けて立ち上がり、ルカが十代の方へ歩み寄って来る。兄の頬にキスをし、どかしてからルカは表情の読めない硝子玉のような瞳を母親に向けた。ほんの少しだけ瞳が揺れたように見える。
 ルカは何かを怖がっている。
「それはわたしと龍亞が生まれるべきではなかったから?」
 その台詞で何を怖がっているかはすぐに知れた。存在を親に否定されることを、「お前なんか生まれてこなくてよかった」と宣告されることを、この子供達は恐れていた。二人が本物の二人を妬ましく思い、憎悪しているのは憧れの裏返しだ。本物の龍亞と龍可は両親に愛情を注がれている。愛されているというのは「そこで生きていていい」という肯定それそのものなのだから。
 だがその、「自分達は要らないものなのか」という問い掛けは決して子供がするものではなかったし、本来それをするような境遇に子供は置かれるべきではない。そうであったからこそ十代とヨハンは強く思うのだ。愛情の不足、存在の否定、孤独感、そういうつまらない寂しさを身をもって知っている二人は龍亞と龍可が生まれた日にこう話をした。「子供達には、両手いっぱいの過不足のない愛と幸福な家庭を」。
 十代の少年時代とヨハンの少年時代は揃って孤独だった。十代の元に両親は滅多に帰って来ない。友達もいない。だからいつも一人でカードを捲っていた。家の中でひっそりと精霊と話をして日々を過ごした。ヨハンにはそもそも両親がいない。孤児院のマザーはよくしてくれたが、彼女には面倒を見なければいけない子供がヨハンの他にもうんといて、だから「いい子」であったヨハンは手の掛からない子供になった。マザーの手を煩わせてはいけないから、自ら何かを求めることはしなかった。
 稀に帰宅して顔を見せる両親にせめて迷惑をかけないよう、十代は両親の前では努めて明るく振る舞った。「辛いことはないか」と父に聞かれた時は決まって「ううん、大丈夫」と笑顔で答えた。「パパとママがいないのが辛い」とはとても言えなかったのだ。十代は「いい子」だったのだから。
 運動会にも授授業参観にもついぞ一度も来てくれなかった両親に「自分は要らない子供なのか?」と尋ねるなどということが出来るはずもなかった。十代はそれでも両親を愛していた。家族として。
 ヨハンにはそもそも血の繋がった家族というものがなく、孤児院の子供達もマザーもヨハンにとって「家族」と呼べるほどの存在ではなかった。宝玉獣達と出会うまでヨハンは一人でいることを好んだ。下心の有無に拘わらず自分の周りに寄って来る人間をヨハンは少し疎ましく思っていた。だがマザーがそれに気付いて声を掛けた時は掛け値なしに綺麗な笑顔で「心配要らない」と答えるのだ。ヨハンは「いい子」だから。
 親に棄てられたという過去が事実としてある限り「実の両親にとって自身は不必要な存在だった」というレッテルから逃れられないヨハンはそれでも自分を産んでくれた存在として両親に感謝していた。マザーと引き合わせてくれた存在として、そして十代と出会う体を与えてくれた存在として。
「そんなこと、言うもんじゃない」
 だから十代とヨハンは子供達を腕の中に強く抱き締めた。冷たい体も濁った瞳も拒絶する要素には足らなかった。この子供達は確かに歪だが、それは無知であるせいだ。二人は愛情を知らない。世界を知らない。試験管の中の小さな空間を世界だと信じて疑わない「フラスコの中の無知なる小人」だ。
「ママ……?」
「そのドクターとかいう奴を、殴ってやりたいよ」
「パパ、ドクターは、悪い人じゃないわ」
「二人がそう言うのだとしてもだ。気分が収まらない。――子供にそういう思いをさせる奴は、パパとママの中では悪い奴なんだよ」
「ええ、二人はヒーローですからね」
 突如として部屋に乱入してきた第三者の声にヨハンと十代は勢いよく振り返る。ルアとルカは小さく「ドクター」と呟いた。「ドクター」と子供達に呼ばれた男は慣れたふうに「龍亞、龍可」と自らが与えた名前――識別記号を呼ぶ。十代は胸の辺がざわついて仕方なくて、すぐそばにあったヨハンの体に触れた。世界一の安らぎを与えてくれる最愛の夫の感触を確かめる。
 そうしないと衝撃のあまりに怒りを抑えられないような気がしたからだ。
「……そうか。そういうことか。あんただったんだな。この子達を育てたのは……」
 十代はルアとルカを庇うように腕で包んで「ドクター」を睨んだ。本音で言えば今すぐにその顔面にグーで殴り込んでやりたいぐらいだ。
 ドクターは十代にとって見知ったと言える人物だった。想像していなかったが、そうだと言われれば納得出来なくもない。その人に裏切られたという思いを抱くのはそういえば一度目ではなかったということを思う。百年も昔、まだただの子供だった頃にも裏切られたと感じた。実際は試練だかを与えるために悪役を進んで演じていただけだったようだが。
 ドクター、かつて遊城十代という自らが監督する落ち零れ寮の新入生に錬金術を継ぐ者としての才能を見出し、「エメラルド・タブレット」を渡した男はその気になれば世界そのものを破滅させることも出来る「覇王」の言葉に動じる様子でもなく、ただ無言でそこに立っていた。「なんとか言えよ」と十代は声を切羽詰まらせて詰問する。
「なあ、なんとか言ったらどうなんだ、大徳寺先生!」
 大徳寺は返事をしなかった。ホムンクルスの活動限界が来て幽霊になった時と同じように、真意の読めない表情で十代とヨハン、それからルアとルカの四人をただ見ている。



◇◆◇◆◇



 飼っていたでぶの猫、「ファラオ」のように飄飄としていてよくわからない人だった。ふらっと現れて、またふらっといなくなる。幽霊になってからは特にそれが顕著になって、あのユベルをして「役に立つようで役に立たなかったり、そのくせいいとこ持っていったりするよくわからない奴」と言わしめた程にその男は捉え所のない存在だった。
 わかっていること、知っていることはあまり多くない。一つは錬金術師らしいということ。二つは、影丸理事長と旧知の仲であるらしいこと。そして十代が見ていた体も本当の体ではなく錬金術で造ったホムンクルスだという発言からして見た目程年若いわけではないだろうということだ。猫の鳴き声のような柔らかい独特の語尾に騙されがちだが、大徳寺というその男は鋭く老成した人物だった。
 見た目と実年齢が釣り合わないのは半人半精となった十代やヨハンにも言えることだが、そういう点で言えば大徳寺は間違いなく人間だった。飽くなき知識欲は非常に人間らしい欲望だ。そして彼は不老でも不死でもない。精霊のように寿命が長いわけでもない。ホムンクルスという面倒な容れものを乗り換えて魂が冥界に召されるのをずるずる引き伸ばしているというだけに過ぎず、最後は上手に成仏出来ずに幽霊になってしまった。
 そんな彼がいなくなってしまったのは、そういえば五年だか七年だか昔のことであったか。例の違法研究機関に夫婦で捕われてしまう少し前ぐらいだ。その頃から研究に携わっていたのかもしれない。大徳寺をそのことで責めるつもりはなかった。錬金術師とはそういう生き物で、大徳寺はそういう人間だ。
 だが子供達を造ったことに関しては別だ。まるっきり別勘定だ。
「何とか言えよ先生。俺は今、ああ裏切られたなと思ってそれで、怒ってる。あんたがどうして生きた体を持っているのかも、いつの間にかいなくなってたことも、そういうことはどうだっていいんだ。だがこの子達を育ててしまったことだけは、父と母を教えてしまったことだけは許せない。それは苦痛にしかならないことだ。『かわいそう』を生産して、あんた、楽しかったのかよ」
 見知らぬ親を、庇護者を、愛してくれる人を求める雛鳥の本能でこの造り物の子供達は必死になって叫んでいたのだ。それがどうしても十代には許せなかった。
「なあ、先生!」
「……十代君、ヨハン君。では聞きますが、二人はその子達を見棄てられますかにゃ?」
「は?」
「それも血の繋がった実子です。同意なしに採取された卵子と精子が人工受精されて生まれたのだとしてもそれは揺るぎないですにゃ。……戯言だと思うかもしれませんが先生にとっては孫みたいなものでした。それが試験菅の中で既に発生をしていて、育っていて、……十代君とヨハン君はそのガラス・ケースを壊すことが出来ましたかにゃ?」
 ルアもルカも父親と母親の腕の中でじっとうずくまって静かに「育て親」の言葉を聞いていた。十代は目を白黒させる。
「先生が見付けた時、その子達は既に試験管の中で発生を遂げていましたにゃ。受精卵から孵り、既に二つの生命としてそこに確かに存在していました。……寄り添い合っている二つの可能性を殺すことは、先生には出来ませんでしたにゃ」
 大徳寺の問いかけに十代もヨハンも黙り込んでしまった。どんな理由で生まれたどんな存在であろうとも、ルアとルカは間違いなく十代とヨハンの実子なのだという。それはつまり、ルアとルカは愛すべき小さな命だということだ。一度殺意を向けられれば呆気なく散ってしまう儚い生命。命には等しく可能性があって生きる権利がある。それを外野の勝手な都合で剥奪することを十代もヨハンも嫌っている。
「……無理だ。そんなこと、出来ない……」
 十代は弱々しく首を振った。だがそれでも大徳寺への不信は拭い切れない。この子供達に武器を――十代とヨハンの意識を奪った特殊な薬物をルアとルカが作れるはずがないからあれは大徳寺が与えたに違いない――提供し、差し向けたのはどうあろうと大徳寺なのだ。
「そういうことですにゃ。それに十代君、先生は錬金術師ですにゃ? 限りなくゼロに近い確立の関門を潜り抜けて生まれてきた貴重な存在をみすみす見逃せる程道徳美を備えているわけではありません。非道だと言われるかもしれませんが、研究者とはそういうものです」
「大徳寺先生!」
 激昂して十代が大徳寺の胸ぐらを掴もうとする。ヨハンはその腕を引き止めて静止を促した。ルアとルカの二人は、静かだった母が語気を荒らげたことにびくりと体を震わせて驚き、恐怖も少し感じている様子だ。
「十代、落ち着け。ルアとルカが驚いてる。……先生。先生が見付けた時この子達はどのくらいまで成長していた?」
「十ヶ月前に例の『実験施設』からサンプルの精子と卵子を持って命からがら逃げ出した研究員の隠れ家で見付けた時、二人は既に試験管から水槽に移されたところでしたにゃ……胎児か、それよりも幾らか大きいか。せいぜい生後数ヶ月といったところです」
「いつ水槽から出した」
「この大きさに成長してからです。十四歳の体になるまで、デュエル・エナジーの中に漬かっていました。二人の発育にはその方が適していましたから……タイミングが早過ぎれば、適応出来ずに死んでいた可能性があります」
「そうか……」
 ヨハンは十代の手を宥めるように触れながら思案する。十代が激昂している分ヨハンの思考は冷静だった。大徳寺との付き合いはそこそこだったが、彼の事情も理解出来る。何故この子供達を見付けられたのかはわからないが、少なくとも悪意も趣味の良くない好奇心もないだろうということは見てとれた。
 研究者として精霊研究に携わっているヨハンとしては、わからなくもないのだ。ルアやルカがどれだけ貴重な存在であるのかということをよく理解出来る。大昔に藤原優介は言った。『つがいの異常から生まれた子供もまた喉から手が出る程欲しい研究対象になる』『研究対象として非常に興味深いものとしてしか捉えていなかったら、出来るならありとあらゆる研究観察をしてみたいと思うだろう』『勿論子供も観察する』――しかしオリジナルの双子は厳重に守られていてとても手出しが出来そうにない。
 ならば創ってしまえばいいと考えるのはおかしな発想でもない。卵子と精子があるのだから、外部調整をすれば確かに似たようなサンプルを調達することが可能だろう。人道と道徳を見失ったマッドサイエンティストにありがちな思考回路だ。ただ、そいつがありふれた狂人より性格が悪いことは確かだった。わざわざ手に入らなかったオリジナルに似せて造形するあたり、趣味の悪い意趣返しだと言わざるを得ない。
「……受精を行ったのがあんたじゃないとして、この施設の持ち主であったろうその男はどこへ行った? 殺したのか?」
「殺すなんて馬鹿馬鹿しい……勝手に倒れていました。二人を造ろうとした男は先生が来た時にはもう死んでいましたにゃ。精霊を人工的に生み出すという大罪に手を染め、命を弄んだ罰です。生命生成のエネルギーに凡庸な人間は耐えられなかった。……十代君。人と精霊の生命を通した交わりというものは非常に罪深い所業ですにゃ。人の手には負えないものです。ですが君はやってのけた。――君は特別だった」
「何が言いたいんだよ」
 ヨハンに問われ答えた大徳寺の言い方に十代が噛み付く。不機嫌そうな表情に大徳寺は弱り顔になって「ああいえ、」と顔を振った。
「二人の持つ愛が羨ましいだけですにゃ。先生、もうずっと独り身ですから」
「その性格の悪さじゃしょうがないだろ。何言ってるんだ」
 悪態で返し、「さっさと答えろ」と催促する。十代が知りたいのは一点、「何故父と母を教え唆したのか」だ。ないものねだりをするような真似をさせた意味がどうしても理解出来ないでいた。
 ルアとルカがもぞもぞと動いて冷たい精霊の素肌を温かな両親の体に寄せる動作がその思いを増幅させる。
「知ってるんだろ」
「……。両親を求めるのは本能ですにゃ。子供達は最初から本能で知っていました。本能で『パパとママ』を渇望しました。生まれてすぐに『パパとママに呼んで貰うための名前が欲しい』とそうねだりました。先生はそう請われたので名前をあげました。十代君とヨハン君が心から愛している言葉を与えました」
「武器を与えたのも求められたからだと?」
「そうです。多少暴力的だったとしてもなりふり構っている猶予がありませんでしたから……」
「猶予? 何のだよ。何がしたくて一体、」
 十代の表情が険しくなる。しかし彼の言葉はヨハンによって遮られた。ヨハンに目で「何で止めた」と尋ねると「十代はちょっと熱くなりすぎだ」と返される。言われて改めて大徳寺を見ると、彼は儚い顔をしているように見えた。
 錬金術の究極形の一つである融合魔法「ミラクル・フュージョン」を発動させ勝利を収めた十代にタブレットを託して干乾びたミイラを残した時のような清々しい顔をしている。
「先生は子供達の願いを叶えてあげたかったのです。『パパとママの愛情が欲しい』というほんのささやかな願い事を成就させてやりたかった。それだけですにゃあ」
「……! おい、もしかしてそれって……!」
「察しがいいですにゃ、ヨハン君は。この子達も君に似てとても聡明ですよ」
 茶化すように言って大徳寺は「精霊の家族」を眺める。両親の腕に抱かれ、半ば守られている形のルアとルカはあのいつもの不満と不安と不幸と、それを押し潰すための歪んだ表情を忘れてありふれた子供のような顔をしていた。望んだものに触れているこの瞬間が幸福でたまらないのだろう。この子供達の命が尽きる前にそうさせてやることが出来て良かったとそう思う。
 愛情表現が不器用な子供に育ってしまったことが気がかりではあるが、それは今更言ったってどうしようもないことだ。直してやる時間なんてない。
「時間がもうあまり残されていないのですにゃ」
 大徳寺は極めて端的に告げた。
「不自然な発生をし、急速な成長を遂げた分二人の寿命は非常に短い。生まれてからもって数ヶ月です。分かり易く言い直しますと――あと、一ヶ月保つか保たないか、そういうぎりぎりのところですにゃ」
「Beautiful World」‐Copyright (c)倉田翠.