Beautiful World

24:ジェミニ(05) 「できそこない」のルアとルカ

 遊星は手記を閉じて、コンソールのパネルの上に置いた。モニターには再生を停止したムービープレイヤーが写っている。アキが遊星の目を見てきて、その時初めて自分が酷い顔をしているのだろうということを自覚した。アキは記録されていた実験体の映像を見ていない。陰惨なその過去を知らない。だがそれでいいのだ。あんなものをアキや双子の子供達に見せたくないと強く思う。
「吐きそうだ……」
 なんてえげつない話だろう。なんてむごい話だろう。なんて壮絶な、愛情だろう。超絶と言ってもいい。遊城十代とヨハン・アンデルセンの子を思う愛情は一般のそれと掛け離れている。
「……いや。そうではないか」
 そこまで考えて首を横に振った。子を想う親というのは、本当に必死になってそれを守ろうとするのだ。それは種を存続させるための本能でもあるが、遺伝子に刻まれたメカニズムを超克する情愛でもある。損得勘定抜きに命を賭してでも守り抜きたいというきわめていきものらしい感情なのだ。
 遊星の父もそうだったのだろうと思う。モーメントの光の中で二度だけ見た、父の姿。人の理を超えて息子を叱咤し導かんとした父親の真摯な祈り。遊星には、あれがただの幻の類だとはどうしても思えない。
「遊星……」
「ああ……大丈夫だ。大丈夫だ……」
 ムービープレイヤーとスライドショーを終了して、モニターの電源を落とした。そう、問題はない。十代もヨハンも今は当たり前の社会に戻ってきてかくあるべき地位に就き子供達と暮らしている。だからあれはあくまでも過去であり、記録であり、そしてあの人達の生き様なのだろうとそう思う。
 遊星は自らの意志で知りたいと願った。あの日ヴェネチアのサンマルコ広場で颯爽と精霊を繰り、駆け抜け、物怖じ一つせず堂々たる声で敵と対峙していた赤いヒーローの痛みに苦しみに触れてみたいと望んだ。憧れの人に少しでも近付きたいと愚かにも浅はかにも祈った。後悔はしていない。
 だから好奇心から身を滅ぼす童話のヒロインのように情けなく傷付いていてもそれでいいと思う。家族を愛する美しい母親の姿は、遊星が今までにあまり知り得なかったことだから。
「龍亞と龍可は……今、無事だろうか」
『わからない。ハネクリボーは向こうにはもうそんなに敵意や害意は感じられなかったって言ってたけどどうかな。今の龍亞は精霊界がまるごと味方に付いているみたいなものだからそうそう大変なことにはならないと思うけど……』
「まるごと味方に付いてる?」
『精霊は殆ど皆、龍亞達の味方だからね。龍亞が力を貸して欲しいって言えば喜んでこっちに出てくるよ。そしてこちらに精霊を顕現させて統率を取る……コントロールするのが龍亞の本来の能力。普通に考えればまあ負けないと思う。龍亞より強力に精霊を呼び出せるのは十代とヨハンしかいないもん』
「そんなに強力なのか」
『精霊のレベルにもよるけど、今の龍亞の精神力なら最大同時百体ぐらいかな。神の領域だと一体かせいぜいが二体だろうけど。人間でありながら三体の神を束ねた「名もなきファラオ」がいかにすごかったかよくわかるよね。あの人はモンスターとして召喚するだけでなくこっちに顕現させるところまで可能にしてたんだって昔十代が言ってたよ』
 まあ龍可が一緒だから暴走はしないと思うけど、とエクスクルーダーは悠然と構えて締め括ったがそんなことを言われては遊星とアキは平然としていられない。だが別れ際に「これは家族の問題だから」と言い残した大人びた龍亞の笑い顔がちらついて遊星はああ、と息を漏らす。
 妹を守れるヒーローになりたかった少年は、かつて遊星が憧れを抱いたヒーローの息子だった。まだ大人になりきれていない彼にはいつか大人になるための通過儀礼が訪れる。その時が今なのだとしたら水を差すのも野暮だという話だ。
「……とりあえず、ここを引き返して龍亞達の行った方向へ向かおう。それからこの部屋は……もう、役目を終えたと、そう思う」
 コンソールパネルに命令を入力してから手記を手に取り遊星は立ち上がる。扉を開けて通路に出るとアキが寄って来て遊星に「ねえ」、と不思議そうな声を出す。
「遊星あなた、コンピューターに何を打ち込んでいたの?」
「大したことじゃない」
 本当に大したことではないので口調は自然と淡々としたものになった。
「あそこに記録されたデータをバックアップごと復元不可能な状態で削除するよう命令を入力しただけだ」



◇◆◇◆◇



 ルアとルカは、その二人が心底恐ろしいとそう思った。同時に憎いような、愛しいような、そんな感情を覚える。パパとママに愛されて育った自分達の兄と姉。精霊と交流する力を持つだけのただの人間。いつもそう思っていた二人が、一瞬大切なものであるように思えた。ルアがルカを想うように、ルカがルアを想うように。ルアとルカが両親を想うように。
「モンスター、出せよ。あの黒いパワー・ツールとエンシェントを。俺達に赦すとか赦さないとか言って攻撃してきたじゃんかよ。――出せよ!」
 しかしすぐに首を振る。そんなものは錯覚だ。ルアとルカは二人で完結している。同様に「お兄ちゃん」と「お姉ちゃん」も二人で完結している。四人が交わる余地なんてどこにもありはしないのだ。
 ――そう、手と手を取りあって家族になれる可能性なんてこれっぽっちも。
 ポジションを奪い合う存在でしかない。その証拠に二人はあんな剣幕で睨み付けてきているではないか。
「パパ、ママ、わたしたちお兄ちゃんとお姉ちゃんの方に行かなきゃ」
「うん。パパとママにとっては、あいつらも大事なんだろうけど。僕たちか、あいつらか、どっちか一組しか許されないのなら戦わなきゃいけないんだ」
「ルア、ルカ、待て! 二人が間違いなく俺とヨハンの子供なのだとしたら龍亞も龍可もお前達の血の繋がった家族だろ?! なんでだ、なんでいがみあったりしなきゃならない!」
「家族になれるのだとしたら、しあわせだったわね」
 母親の叫びにルカは端的に答える。
「でも駄目なんだ。僕たちも、あいつらも、パパとママのことを愛してるから、……駄目なんだ。ごめんなさいパパ、ママ」
 ルアも立ち上がって両親を見ずに言った。黒ずんだ二体のドラゴンが姿を現す。ドクターに与えられたシグナーの龍の紛いもの。デッドコピーの精霊、「機械竜パワー・ツール」と「妖精竜エンシェント」。本物の兄妹が持つ二体と対になる偽者のドラゴンモンスター。
「パパとママを返せよ」
 龍亞が龍可を庇いながら叫ぶ。
「もう僕たちからパパとママを取らないで」
 ルアも、叫んだ。あらん限りに声を張り上げて。


 龍亞の能力と龍可の能力は対になっている。龍亞は精霊界を外に引き出し使役する能力で龍可は精霊界を内に押し込み守護する能力だ。人間の世界で絶対的な脅威、戦闘力となるのは勿論龍亞の能力の方で、龍可の能力は精霊界の内部にいる時にこそ真の力を発揮する。
 龍亞が戦おうとする時、その理由はいつだって龍可にあった。龍可が龍亞のヒロインになりたかったように龍亞も龍可のヒーローになりたいと願っていた。もうずっとだ。ずっと、ずっと、何年も、そう思ったきっかけの出来事を精霊界の思い出もろとも忘れてしまった後でもヒーローでありたいと望んでいた。龍亞が見知ったヒーローのように。
 ネオドミノを守った龍亞の英雄、不動遊星のようにすべからく皆を守れる強さはなくていい。ただたった一人の妹と、家族、仲間を守れるぐらいの強さが欲しかった。もう家族がばらばらになったりするのは嫌なのだ。
「ライフ・ストリーム・ドラゴン、俺のシグナーの龍。龍可を守るために俺に力を貸して。あんな奴らに龍可を傷付けられたことも、パパとママを引き渡すことも俺は許せないよ。俺達のパパとママに代わりなんていないんだ……!」
『きゅぃい!』
 ライフ・ストリームが主の怒りに呼応して叫ぶ。見た目は奮闘する子供のようだったが「龍亞の能力補助・底上げ」というその性質上龍亞との相性は最高にして最悪だ。一歩間違えれば暴走した能力は自身にフィードバックしかねない。
 龍亞はデッキを手に取り、威嚇するようにケースごと手のひらの中に握り込んだ。このデッキの中には龍亞が精霊達を呼び出すための媒介となるモンスターカードが詰まっている。カードがなくても呼び出すことは可能だが、何か形があればその分呼び出された精霊の能力はより強力になる。馴染んだディフォーマー・モンスター達ともなればそれは尚更だ。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
「なんで今更そんなふうに俺達のことを呼ぶんだ? 最初みたいに馬鹿にした声で掛かってくればいいじゃんか。パパとママの前だから良い子でいたいってそういうこと? ――そんなのふざけてる!」
「……そうね。お兄ちゃんはわたしたちを許さない。お姉ちゃんも、愛してくれない。わたしたちも『兄姉』を恨む。憎む。怒り、嫉妬し、苦しみ、嘆き、呪う。パパとママに愛された『完成品』を、全てを手に入れた『人間』を――憎悪するわ。それがわたしと龍亞のアイデンティティを成すものだから」
「……アイデンティティ、『自己の存在証明』。それが私と龍亞を憎悪すること? あなた達は何なの?」
「お姉ちゃんはきっとわかってくれない。『出来損ない』のわたしたちが、『失敗作』のわたしたちがどんなにパパとママに会いたかったか。どんなに寂しかったか。どんなにあなたたちが羨ましかったか! ……妖精竜エンシェント!」
 ルカの悲鳴にも似た叫びをトリガーに黒いエンシェント・フェアリーが地響きのような咆哮をあげた。禍々しくもあるその声には悲しみがある。苦しみが、絶望が、怒気が嘆息が憎悪が怨恨が呪詛が――ある。重たく陰鬱な一撃だ。だが龍亞が一言「ライフ・ストリーム」と名を呼ぶと攻撃は霧散した。
「俺はアキ姉ちゃんみたいなサイコデュエリストじゃないから、モンスター以外のカードから力を借りることは出来ない。でもそれで十分だ。お前らみたいな卑怯な奴らにはそれで全然、事足りる」
「ッ……パワー・ツール!」
「ライフ・ストリーム、俺と龍可を守って。パパとママは一人しかいない。お前らにくれてやれるような存在じゃないんだ。俺の家族をこれ以上引き裂くな! ライフ・イズ・ビューティーホール!」
 ライフ・ストリームが攻撃モーションに入る。しかしルカがエンシェントを防御に押し出してきたのでダメージは与えられない。ライフ・ストリームの攻撃力は二千九百。対して妖精竜エンシェントの守備力は三千なのだ。
 ルアとルカ、オリジナルによく似たつくりものの双子はお互いに手を握り合って本物の双子を泣きたそうな顔で睨み付けた。どれ程あの二人になりたいと恋焦がれたかわからない。写真でしか知らなかった血の繋がった兄姉はいつも幸福そうな顔で両親と暮らしていた。心底羨ましく、また同時に憎たらしかった。同じぐらいに、いやそれ以上に愛されたいと願った。でも本心ではわかっている。両親は決して紛いものを本物以上には愛してくれない。
 それでもいいと思った。ほんのちっぽけでも、愛されたかった。ついさっきまでパパとママはルアとルカのことを両腕に抱いて守ってくれた。愛を向けてくれた。それで十分なのだ。
 なのにもっと欲しいと傲慢な思いがわきあがってきて止まらない。両親からもっと強く愛されたい。生まれてきてよかった、と言われたかった。言葉に出してあいしてると言って欲しかった。大切な子供だって認めて欲しかった。家族が欲しい。二人ぼっちのルアとルカだけじゃない家族になりたい。
 龍亞と龍可にも、愛されたい。
 しかしルカは目を瞑って自己否定をする。そんなものはまやかしだ。信じられるのはルアだけ。自分か、自分と同じものだけ。所詮人間でしかない龍亞と龍可、恵まれた子供が精霊もどきを理解してくれるはずがないのだから。
「パパとママの腕は温かかった。パパとママはこんな、不完全なわたしたちでも愛してくれる。……だからこれでいいの。お兄ちゃんとお姉ちゃんにも愛されたいという気持ちは気の迷いでしかない。お兄ちゃんとお姉ちゃんになりたいの。二人ぼっちはもう嫌なの……!」
「ちょっと待って、私と龍亞になりたいって、どういうことなの? あなた達はパパとママの何なの。本当に私と龍亞の弟妹なの?!」
「そうだよ。最初にそう言ったじゃん、同じ遺伝子で出来てるのにお前らだけ上手く出来た人間になって、僕たちは不完全な精霊もどきにしかなれなかった。こんな不公平ってないよ。お前らは人間のくせに、恵まれた人間のくせに、僕と龍可の唯一のアドバンテージだった精霊能力まで持ってる。しかも向こうでもお前らは愛されてる! 誰からも愛されるお前らと誰にも愛して貰えなかった僕たち。ねえ、何が違ったって言うの? ママのお腹から生まれなかったことはそんなに悪いこと? 試験管から生まれるのは悪いこと? 僕たちは望まれなかった子供だから、愛される資格なんかないって? ――わかんないよ!!」
 ルアが吼える。龍亞も龍可も一瞬たじろいだ。ルアの口から流れ出た言葉の意味をはかりかねたからだ。「同じ遺伝子で出来てるのに」、「精霊もどきになって」、「誰にも愛して」貰えなくて。そして「試験管から」、「望まれず生まれて」きた。龍可は怖くなって龍亞の手を握り締める。もう片方の手で胸を抑えて震える体を宥めようとした。冷汗が落ちる。あんなに怒っていた龍亞もびっくりしてしまったためか口を閉じてしまっていた。
 龍亞の口が閉じるのと入れ替わりになったみたいにルアは叫び続ける。ルカはルアの隣でただじっとフードの濃い陰に覆われた瞳でこちらを見ていた。
「わかんないんだ。なんにもわかんない。僕たちの何が悪いの? 愛して貰いたいと願うのは悪いこと? 僕たちだって愛されたいってそう思うのさえ悪いこと? だから僕たちはお前らが許せない。ぬくぬくと幸福を享受してるお前らが」
「でもそれでパパとママを独占していいということにはならないわ。世界は二人ぼっちで出来てるわけじゃない。あなた達とパパとママだけで出来てるわけじゃない。……龍亞の言う通り、あなた達『可哀相』よ。惨めだわ……本当に何もわかってない!」
「うるさい!!」
 うるさい、うるさい、うるさい! ルアは癇癪を起こして喚き続ける。涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔は、龍亞が龍可と珍しく喧嘩をしてしまった後にする表情そのものだった。自己への嫌悪と偏った自己肯定が入り混じってわけがわからなくなって、それで大泣きする。その姿を見て龍亞はぼんやりとなんだ、泣けるんじゃないかと思う。その姿は今までの人を馬鹿にしたような態度よりもなんだかずっと人間らしい。
 パパとママ、龍亞と龍可が大好きな両親はとても優しい人だ。その優しい腕にルアとルカは抱かれていた。温もりを知ってあの双子は少しだけ人間らしくなったのだろうか? 愛して欲しいと叫ぶのは愛を知らないからで、親を知らないから。何も知らないから世界はほんの少数だけで構築されていると信じ込んでいる。そういうふうに道すがら龍可と話したことを思い出した。
 でも、まだこの双子はわかっていない。少しだけ人間らしくなっただけではまだまだ異質なものでしかない。
「お前らなんか……お前らなんか! お前らなんか!! どうしてだよ、どうして僕たちをしあわせにさせてくれないの? パパとママと、しあわせにさせてくれないんだよ!!」
「そんなの決まってるだろ。お前らの『しあわせ』は間違ってる。皆が幸せじゃなきゃいけないのに二人だけ幸せになろうとしてる。誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんてそんなの嘘っぱちだ」
「だってお兄ちゃんもお姉ちゃんも、もう十分に幸せだろ?! もういいじゃんかよ、なのに、なのに、なのに――『機械竜パワー・ツール』ッ!!」
「なんでそう聞き分けがないんだよっ……『ライフ・ストリーム・ドラゴン』!!」
 ルアが癇癪を起した状態のまま偽パワー・ツールに攻撃命令を下したのに対して龍亞もライフ・ストリームに攻撃命令を出す。二組の双子が二対のドラゴンに庇われながら対峙するその光景は、つい先日にも見たものだった。あの時は二体の攻撃力が殆ど拮抗していて、それで跳ね返ったダメージをお互いに龍亞とルアが負うことになってしまったのだ。龍可もルカも真っ青になって、駆け寄った。そして互いに互いの兄を傷付けられたことに痛みと怒りを覚え、睨み合った。
 このままではまたあの出来事の繰り返しになってしまう。いや、龍亞は精霊界から帰ってきてその能力を完全なものにしたから或いは今度は龍亞がルアを押し通すかもしれない。だがどっちにしろそれは駄目だ。同じ過ちを繰り返してもどうにもならない。
 龍可はぶるぶると首を振る。あの可哀相な「精霊の子」、血が繋がっているらしい「弟と妹」とそういう形で決着をつけるのでは駄目だ。ハネクリボーとクリボンが龍可の方を気遣わしげに覗き込んでくる。龍可はずっと止まっていた足を動かし、どうにか中央に出て兄と弟を止めなければと考える。しかしそれを実行することは出来なかった。
「――いい加減にしろ!!」
 突然、何もなかったはずの上空から光の剣が無数に現れて降り注いだ。四体のモンスターを閉じ込めるように剣が配置され身動きが上手く取れそうにない。四人の子供が同じふうに同じタイミングで振り向いた先には焦燥した十代の姿があった。四人の母親は父親と並び立って一枚のカードを手に持っている。
「永続魔法『光の護封剣』。自分のターンで数えて三ターンの間、相手モンスターは攻撃することが出来ない。喧嘩両成敗だ。俺はもう、子供達が争い合って傷付くところなんか見たくないんだよ……!」
「ま、ママ……?」
「じゃあ俺は『一時休戦』。お互いにカードを一枚ドローし……この効果あんまり意味ないけど……次の相手のターンまでお互いに受けるダメージをゼロにする。あのな、兄妹四人でそんなことしてどうする。龍亞も龍可も、ルアもルカもだ。『家族』は仲良くしなきゃってのが父さんと母さんの自論なんだ」
「パパ……」
 今まで黙って成り行きを見ていた両親がついにたまりかねた様子で四人の中央に立ち塞がった。父と母の手の中にはそれぞれ一枚ずつ緑色の魔法カードが浮かんでいる。二人はどうやらサイコ・デュエリスト同様モンスター以外のカード効果も現実のものとして発現させることが出来るらしい。無数に宙に突き刺さった光の護封剣は恐ろしい拘束力で抜け出せそうにない。
「皆家族なんだ。いがみ合ってどうするんだよ。兄妹で傷付けあって、痛めつけあって、一体何の得になるって言うんだ? そんなの、誰も楽しくない。誰も幸せになれない。少なくとも母さんも父さんもそんなこと望んでない」
「でも、パパ、ママ……」
「でもも何もない」
 気が付くと、龍亞と龍可は母の腕の中に、ルアとルカは父の腕の中に抱き締められていた。少し苦しいぐらいに強く両親は子供達を抱き締めている。子供達は示し合わせたように押し黙って両親の次の言葉を待っている。
「たった四人の兄妹なんだぞ。どうして『どっちか』じゃなきゃいけないんだ? 龍亞も龍可もルアもルカも大事だよ」
「でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんは……わたしたちを愛してくれないわ。許してくれないわ。きょうだいだって、思ってくれないわ。私も龍亞も二人を妬んだ。なんであんな人間が、って罵った。傷付けた。だから無理よ」
「……ルア、ルカ。愛されたいと望むのなら自らも愛さなければいけないんだ。二人は父さんと母さんに愛されたくって、どうした? 俺達を憎んだか? 妬んだか?」
「ううん。パパとママは大事な人だもん。そんなこと思うわけない。大好き、愛してる」
「でも、龍亞と龍可は好きになれない? 愛せない?」
「それは……」
 精霊の双子が、人間の双子を躊躇いがちに見てくる。憶病で怖がりな視線だった。おっかなびっくり視線を向けている。
「……お兄ちゃんとお姉ちゃんに愛して貰いたいって少しだけ、思ったわ。でも怖いの。ドクターにたくさん教えて貰ってわたし知ったわ。人間は自分と異なるものを認められない。受け入れられない。排斥しようとする。そしてわたしたちと二人は違うもの。きっと愛してなんかくれない。それがすごく怖い……!」
 そしてルカは父の体に己をすり寄せる。ルアも妹に倣って父に体を埋めた。母の手に抱かれながら龍亞と龍可はそれを眺めている。
 人間は異なるものを排除しようとする。それは確かに、ままあることだ。排斥した相手を見下すことで自らに優位性を付加し安堵することもある。例えば、かつてシティの住民の多くがサテライトの人々を見下し馬鹿にしていたように。
 だけどそれは全てじゃない。一面にしかすぎない。龍亞と龍可は試験管から生まれたという弟妹を初めに可哀相だと思った。次に間違っていると思った。そして今は不思議に思う。
 この子供達はどうして生まれてきたのだろうか?
「ママ、あの子達は何なの? あの子が自分の片割れが倒れた時にした表情を見た時、確かに本質を同じにするものなんだろうって確かに私、思った。試験管から生まれたってどういうこと? パパとママはあの子達が生まれていたこと、知ってた?」
「……正直言うと連れてこられるまでは知らなかった」
「じゃあ、誰が……。それじゃ二人は本当に、なんで生まれたのかわかんないじゃないか。なんにも知らなくったって、当たり前じゃん……」
 龍亞も龍可も押し黙って、俯いてしまった。少しだけ室内に静寂が満ちる。しんと黙ってお互いに見つめ合っているとやはりルアは龍亞と瓜二つだったし、ルカも龍可によく似ていた。まるでクローンだ。
 父と母を恋しがる性質も同じものだ。二人ぼっちが嫌だと思うのも同じ。お互いがお互いを絶対に思っているのさえも同じ。ただ、根幹が違った。一番大事なところが揺らいでいた。二人は自分を人間ではないのだという。精霊だという。だが龍亞と龍可は、特異な能力を備えていても人間であることには違いない。
 精霊と人間の性質を併せ持った両親から生まれた二組の双子は人間と精霊に分かたれて、向かい合って今存在している。
「ねえ、教えてパパ、ママ……僕と龍可は何のために生まれてきたの? 僕たちは、お兄ちゃんとお姉ちゃんに成り代わらなくても、二人の存在があっても、愛して貰える?」
 ルアがわななく唇で言葉を紡ぐ。両親はただ一言、決まり切った言葉でもってその問いに答えを返した。
「Beautiful World」‐Copyright (c)倉田翠.