Beautiful World

27:ファミリア(11) 父母の面影

「十代さん」
「んー? どうした?」
「あの、俺、ここにいていいんですか……」
 家族水いらずの方がいいんじゃないでしょうか、と控えめに尋ねると十代は「何言ってるんだ」、と豪快に笑ってみせた。笑顔だが、何故か逆らう気になれない。この人にはいつまで経っても勝てる気がしない。
 ドイツの遊城・アンデルセン家には今九人の人間がいる。ヨハンと十代、二組の双子、そして遊星とアキに大徳寺という男だ。郊外の研究施設から帰って来てもう数日が経つが賑やかでしょうがない。
「気ぃ遣うなって。遊星とは一応、こんな赤ん坊の頃からの付き合いだし。子供が多いから人手があった方が助かるし。それに何より遊星面白いし」
「……本音はそれですか」
「心配するな。給料は研修先のドイツ支社からちゃんと出てるだろ」
「それは、そうですが」
 食い下がることも出来ずに遊星は押し黙った。あの記録を見てしまったせいもあって、ますます遊星は十代に弱くなってしまっていた。
 現在遊星は有給扱いから一ヶ月の短期研修扱いとなって一時的にKC《MIDS》からI2の極秘研究部門に籍を動かしている。ヨハンが指揮を執る何でも屋の部署だ。勿論遊星が望んだわけではなく、気が付いた時にはそういうふうに手配されてしまっていた。アキは大学が然程遠くないのでここから大学に通い、そうでない時は双子達の面倒を見ている。時折、大徳寺やヨハンにわからないところを習っている様子も見られた。
「いや、悪いと思わなくもないんだが。たださ……子供達は遊星のこと、大好きだからな。ルアもルカもだ。少しでも二人を賑やかな世界に触れさせてやりたいんだ。ごめん。わがままで」
「謝らないでください。……余計にばつが悪い」
「はは。今、遊星はやっぱり不動の息子だなあってしみじみ思ったよ」
 遊星があまり知らない「不動博士」のことを思い浮かべてか十代は微笑む。遊星自身は父親と二度ばかりあの幻のような世界の中で言葉を交わした以外の記憶を持ちあわせていないが、かつてヨハンが友人だった関係で十代も不動夫妻との面識があったらしい。遊星が見たこともない母親の顔もその人は知っているという。
 遊星は「母親」というものをはっきりとは知らない。ハウスで孤児仲間を育ててくれたマーサが遊星にとっての母親のような存在だったが、しかし彼女は遊星の母ではない。明確に胸を張って「この人が母」なのだと言える存在が一体どういうものなのか、母親とは子供にどう接するものなのか、そういうことがいま一つわからないでいる。
 だからだろうか、余計に遊城・十代・アンデルセン、双子の母であるその人の気高さが、誇り高さが目についた。そういえば出会った日にヨハンは言っていなかったか。「母親の子を想う気持ちに父親は勝れない」、そう十代が言っていたと。
 勿論父親は母親に比べて愛情が薄い生き物なのだとかそんなことを言っているわけではないだろう。あの言葉の裏にはこういう意味が見え隠れしているんじゃないかと思う。――「血で繋がり腹を痛めた母親の執念に、父親は勝れない」。
 そう、執念、だ。自らを売り渡してでも子供を守ろうとした人の恐るべき執念。古来より母親が子を思い身を売ったり、果てには執着のあまりに悪霊や何かと化してしまう話の類は枚挙にいとまがない。双子を守るためにその身を捧げる覚悟は元より二人ともが持ちあわせていたのだろうが、最初にそれを提言して決断したのは恐らく十代、母親の方だったのではないかとぼんやり思った。
「どーした遊星。妙にしんみりした顔してるぜ。何か思うところでもあったか?」
「あ……ええ……」
 言葉だけ見れば疑問のようだが、声音は確実に「何かあったんだろ。言えよ」と催促をしてきている。遊星は考えるまでもなく抵抗の選択肢を捨てて投降の意を示すことにした。隠すことでもない。
「ただ、十代さんが……うつくしい、と思って。俺は母を知りませんから、母親とはこんなにも高潔なものなのかとそう考えたんです。あの、深い意味はありませんけど」
「美しい? 俺が?」
「はい。俺はずっと――今も、あなたのことを英雄たる凛々しい人だと思っていますが、母という側面においてはそう感じました。そして俺には分かり得ない未知の領分だとも同時に」
「……へ。君って本当に変わってるなぁ」
 間の抜けた、毒気のない顔で十代は嘘偽りのない感嘆を顔に浮かべている。遊星もよくわからない恥ずかしいことを言ってしまったような気分になって下を向き、口を閉ざしてしまった。なんだか言った後になってかあっと顔が赤くなってくる。よく考えれば考える程それが失言であったように思えてきた。
 すみません、と言おうとして面を上げる。すると十代は嬉しそうに笑って遊星の肩に手を置くのだった。
「そっか。そうだよな。遊星は母親を知らないんだよな。母さんに抱かれた記憶がないんだな。……ゆーくん、俺が母さんになってやってもいいぜ?」
 にやにやしながら冗談を口にする。もしかしたら十代なりに慮った結果の本気だったのかもしれないが冗談だと思う。
「それは嫌です。遠慮します」
「随分きっぱり振られちまったなあ。ま、当然か。でもそう遠くない日に遊星、お前はごく身近で母親ってのがどういうものなのか知ることが出来ると思うぜ。うん。こいつは予言だ。……だからさ、もうちょっとうちの家族に付き合ってくれないかな? これが俺の家族だって、家族の愛情だって、君に胸を張って伝えたいんだ」
 ころりと調子を変えて急に真面目な顔になる。この真面目で、強い意志を秘めていて、そして揺るがない信念の元立っている人がやはり不動遊星にとっての英雄だった。ヒーローだ。この先どんなふうになっても、例えば遊星の方が十代やヨハンよりうんと年老いてしわがれた老人になってしまったとしてもそればっかりは変わらないものだとそう思える。絶対だ。
 遊城十代はかっこいい。
 そして彼の家族、住まう世界は、美しい。あの庭に咲く赤い花のように。



◇◆◇◆◇



 遊星がアキ、そしてカードエクスクルーダーと共にその部屋に辿り着いた時には全てが終わっていて、収束の形を見せていた。マットレス敷きの子供部屋に隣合わせで座り込んだ両親の膝で子供達が眠っている。彼らは遊星達の姿をドアのそばに認めると人差し指を口に当てて、「しーっ」と示して見せた。
「寝てるんだ。疲れちまったんだな。そっとしといてやりたい」
「……あ、はい……。あの、二人、多くありませんか?」
「短くない話になるな。どの辺まで察せているかい?」
「龍亞と龍可が襲撃者は自分達によく似た双子だと言っていました。彼らですか」
「そういうことになる。二人は試験管から生まれた俺と十代の実子だそうだ」
 近寄って小声で尋ねるとヨハンはしれっとして言った。
 遊星の頭の中に「試験管」という言葉が響き渡って、つい先程見たばかりの記録が鮮明に蘇る。巨大な硝子の水槽にチューブで繋がれ、密閉された夫婦の姿。今立っている部屋の中央にも「試験管」の残骸がある。その容器はかつて夫婦が閉じ込められていたものに酷似していた。
 光景がフラッシュバックする。映像記録が次々と掠めては消えていった。動悸がする。汗がべたつく。だけど、夫婦は今確かにここにいる。
「……汗が酷いぜ。そういう反応をするということは、君は『見た』んだな? 俺と十代の過去を」
「…………はい。すみません」
「いや、謝らないでくれ。選択の余地を残したのは俺達だ。ただ、君に受け入れる準備があるのなら知っておいて欲しかった。ああいうことが昔あったんだって記憶の隅にでも留めておいて欲しかったんだ。傲慢かもしれないが……俺達は君を信頼しているからな。君はまっすぐで、とても優れた青年だ」
 俺と十代の性格が悪いのは言われずとも重々承知のことだし。舌をぺろりと小さく出して、ヨハンは笑った。それから不動によく似てる、と懐かしむように続ける。遊星が知っている父は遊星よりも少し肌が浅黒く、そして不健康そうな印象のある人だった。きっと研究に熱を入れ過ぎてろくに太陽の光を浴びない生活をしていたのに違いない。遊星はバイクという趣味があるからまだ幾分かその辺はましな方だ。
 そして父は、遊星とよく似た面立ちで厳しさと優しさを兼ね備えていた人だった。自分でも確かに顔は似ていると思う。
「いや、見た目もそうなんだけどさ。雰囲気がな……不動博士はなんていうかまあお茶目な人だった。君は生真面目一辺倒だからそこは違うかもしれないが、真剣な時、それから覚悟を決めた時、そして全てを受け入れる決意をした時……そういう時の表情は、君と本当にそっくりだったよ。ゼロ・リバースの前にな、彼と少し話をしたんだ。あの時彼は何かを覚悟していた。今思うと予見だったのかもしれない。とても聡明な人だった」
「あの、父はその時何を?」
「……妻子を愛している、改めて深く考え、感謝をしている。巡り合わせの幸運と奇跡に。そしてもし離れ離れになってしまったとしても妻と息子を想う気持ちはなくならないし不変のものだと。誇れる父でなくてもいいから、ありふれた良き父でありたいと、……そう言っていた」
 その言葉を聞いた時、頭の中を流れていくものがあるように感じた。
 遊星は息を詰まらせてヨハンの言葉を反芻する。「とうさん」、と口を突いて出る。遊星にとって父親は父性と自立、そして決別の象徴である。遊星は顔もよく知らない頃から彼を愛していた。ゼロ・リバースの原因であるモーメントの開発者、シティのトップスに住んでいた科学者だとサテライトにいた内から知っていたがそれでも軽蔑したり憎んだりしたことはなかった。彼の知人であったらしいマーサが父を悪く言わなかったこともある。ただ、ゼロ・リバースの重みを共に背負うという思いだけがあった。
 隣でじっと黙って、十代と話を聞いていたアキが驚いたふうに遊星の方を見ている。十代も、膝の上で眠る子供達を撫でながら遊星に柔かな表情を向けていた。遊星が知らない顔だった。誰かの母の顔だ。
「父さんは、俺にとって誇れる父だった。良き父だ。父さんは責任を放り出さずに一人で背負って、その上腑甲斐無い俺の背中を押してくれて……俺が諦め掛けていた時にぶってくれたことがなんでだかとても嬉しかったんだ。父さんが俺を見守り、愛してくれていたということをはっきりと手のひらから感じた。だから、俺は……父さんを、愛してる……」
「遊星の、お父さん」
「マーサにいつも言われていたことを思い出したよ。『父を責めるな、だが、己も責めるな』、だ。家族か。今ならわかるような気がする。だから、十代さん達は家族なんだ」
 十代、ヨハン、よく似た四人の子供、彼らを順々に見遣る。血が繋がっているという要素は理由の一つを占めるが、だがそれが一番大事なわけではない。彼らは一つの共同体だった。愛し合い慈しみ合い、苦難を共にし、分かち合い共有する。家族だからどうこう、という決まり文句の意味も遡ればそういうことなのだろう。
 家族には覚悟がある。
 その意味で、不動博士は間違いなく遊星にとっての家族であったしジャック、クロウといった幼馴染もまた家族に近しいものだった。彼らにアキ、ブルーノ、そして龍亞と龍可を加えた面子もチームという名の家族共同体みたいなものだ。
「二人とも、ありがとうございます。俺を信頼してくれて。俺はそれが嬉しい。見聞を広める、という言い方をするわけではありませんが知ることが出来て良かったと思う。俺はずっと十代さんのことを知りたかったんです。愚かにも英雄を知りたいと願っていました。ヴェネチアであなたを見たあの日から……そして空港で母としての姿を見た時にもう一度思いました。『どうして、何故遊城十代は母になったのか?』」
「ご覧の通りさ。俺はヨハンに絆されちまった」
「それだけじゃないでしょう」
「その通り。孤独じゃなかったって知ったからだよ。俺はまっとうな人間じゃなくなったから一人ぼっちで異質で、受け入れられるべきものじゃないと思ってた。でも皆優しいばかだからそう言った俺のこと、怒ったんだぜ。それから家族なんて持っちゃってさ。……君も家族を持つ日が来るんだな。一人じゃないと知っているから」
 暗にアキを示して十代が意地の悪い顔をする。遊星は否定をしなかったが肯定もせず、ただ顔が妙な色に染まらないように努めた。アキが上目遣いに顔を覗き込んでくるからだ。
 アンデルセン夫妻はくすくすと楽しくてたまらないといったふうな笑みを漏らしてそんな遊星とアキを見ている。いつの間にか彼らのデッキに住まうモンスターまで現れて大世帯になっていた。遊星もアキも精霊を直接見ることは不得手だからわざわざ彼らが実体化させているのだろうか。すごい数だ。遊星が見たことのない、ヒーロー遊城十代の操るヒーロー達、それから煌めく宝玉を身に付けた獣達が家族を守るように取り囲み佇んでいる。
 エクスクルーダーが看破した遊星の知りたかったことの内、例の記録ではいま一つ判然としなかった「彼を英雄たらしめる理由」の意味をその時遊星は悟った。彼を信じて共に戦う者達の存在、そして守るべき人々、世界、それらが彼を英雄と呼ばせるのだと唐突に理解が訪れた。
 やはり一人では何もなせない。一人でなれるのは英雄ではなく独裁者だ。しかしどんなに熱狂的な支持を受けたとしても独裁はいずれ悪と見なされ次なる「正義」に討ち滅ぼされる。世界はそういうふうに出来上がっている。そういうシステムが自然と組み上がるようになっている。
 歴史は連綿と仕組みを繰り返す。この「英雄」も例外ではいられないだろう。
「さて、それでこれからだが、この施設自体は後でI2の方で回収しておくとしてともかく一度帰らないとな。君達、ここまで来たんなら家からの道順は大体分かるか?」
「はっきりとは……この建物を野放しで一度立ち去って大丈夫なんですか。危険な設備がちらほらあったように見受けられたんですが」
「まあ大徳寺先生とルア、ルカしかもう使ってなかったみたいだからそんなに問題はないんじゃないかな。防犯プログラムの組み立てとかは俺も先生も専門外だし、十代に至ってはまるでさっぱりだ。俺達はこの施設の外観は実はまだ知らないんだがそんなにわかりやすい場所なのかここ」
「いえ、普通にはわからないと思います。ただ懸念が」
「慎重だな」
「一応削除しましたが色々と世間に晒せないものがある場所です。……十代さん達のプライバシーとか、あるでしょう」
「じゃ、任せたよ遊星」
 十代が話をまとめた。遊星がメカニックとして、そしてプログラマーとして並々ならない腕を持っていることは子供達から聞き知っている。遊星のことだから彼のD・ホイールにノートパソコンの一つぐらいは搭載して来ているだろう。不動遊星という男は用意周到なのだ。パラドックスとのデュエルで、破壊されたモンスターもろとも罠カードで場の状況を復元したことからもそれは窺えた。
「そういや遊星とアキちゃんはD・ホイールで移動して来たのか。龍亞と龍可はどうやって連れて来たんだ? アキちゃんのは知らないけど遊星のは完全に一人乗り用だろ。無理すりゃ俺の時みたいに二人運べるけど体格の小さい龍亞と龍可じゃ不安が残るし」
「龍亞と龍可のボード……ライディングが出来るように調整してあるスケートボードなんですが、それを一台ずつホイールに繋いで……」
「でもそれだと帰りはちょっと無理ね。ボードは二つしかないし、人数は倍よ。どうしようかしら……」
「じゃ、ドラゴンに乗せて貰って帰るか。ここらで童心に返ってみるのも一興じゃないか? あんまり神経張り詰めててもしょうがないしな」
「おっ、いいなそれ。雲の上を選んで飛ばないといけないけど……遊星はスターダストだろ。アキちゃんがブラック・ローズで、龍亞はライフ・ストリームだな。龍可がエンシェント。ルアとルカはそれぞれに乗っけて貰えばいいし。あー、そんで俺は……」
「ユベル究極体はまずいなあ。あいつでっかい上に長くないし」
『うるさいよ。僕の愛にケチ付けるって言うの?』
「そういうんじゃなくてな。仕方ないから俺とヨハンは自力飛行か。ネオスに担がせるのも風情ないしなー」
「いっそレインボー・ドラゴン出して二人で乗るか」
「あいつも結構でかいじゃん」
 夕飯の買い出しメニューを決めているかのような自然さでドイツの端から精霊で上空を横切る相談を始める。遊星とアキはお互いに顔を見合わせてさっぱり、というふうに息を漏らした。
「……会話内容が異次元だ」
「というよりD・ホイールはどうするつもりなのかしら……赤き龍と違って物理法則まで無視したりは流石にしないでしょうし」
「それならあれだ、『異次元トンネル‐ミラーゲート』で妥協しないか?」
「十代、『亜空間物質転送装置』って手もあるぜ」
 更にひそひそ話をしていたはずなのに会話に口を挟まれる。勢いに押されて遊星は十代とヨハンが挙げた二つのカードを順々に思い浮かべた。『異次元トンネル‐ミラーゲート』。ヒーロー・カテゴリのサポート罠カードで、バトルフェイズ時に相手フィールド上のモンスター一体のコントロールを自分フィールド上のモンスターと入れ替えることが出来る。『亜空間物質転送装置』も罠カードだ。こちらはエンドフェイズ時までモンスターを除外する効果を持つ。
「ミラーゲートはともかく除外してもどうしようもないんじゃ……」
「エンドフェイズ時の帰還先アドレスは効果を発動した人間を座標に設定されるから大丈夫。家に着けばそこからは問題ないだろ?」
 アキが恐る恐る尋ねるとウインクで返された。気が付くと遊星と二人でよくわからないまま頷いている。遊星号とブラッディ・キス、それから二枚のデュエル・ボードが何事もなく遊城・アンデルセン家に辿り着けるのならそれ以上深く追求することもない。

 よっぽど疲労していたのだろう、子供達はすやすやと眠り続けていて起きる気配を見せなかった。その眠り顔に誘われたのか小精霊達が何体か彼らのそばで一緒に眠りに就いている。クリボン、ハネクリボー、ルビー・カーバンクル。丸まって寝息を立てており、ぐっすりだ。
「精霊も眠るんですか」
 アキが意外そうに漏らすと「こいつら、変わってるんだ」と十代は答える。
「普通はこっちの世界で睡眠は必要としないんだ。体内時計が違うんだな。頑張って寝ようと思えば出来るけどそんなに眠くならない。ルアとルカは現実問題として睡眠不要の体らしいし。今は極度の興奮状態の直後だから回復のために休養を取ってるんだろう。人間とそう変わらない理屈だ。……で、こっちの三体は単に怠けものっていうか人間臭いだけ」
 人間とずっと一緒に暮らしてたからさ。優しく笑う。四人の子供と三体の精霊をじっと眺めて、髪を梳いたり毛を撫でたりしている。
 ヨハンは十代やアキのすぐそばでプログラムを構築している遊星とモニタを興味深そうに覗き込んでいた。何でも屋のヨハンはプログラム言語をかじっているので、十代には呪文以下の記号の羅列にしか見えないあのコード群も理解出来るらしい。
「……その子達も一緒に連れて帰るんですね」
 アキがルアとルカを示して不思議なわけじゃないんですけれど、と尋ねた。
「その、龍亞と龍可は二人に危害を加えられているわけですし。わだかまりもあったでしょう。……特殊な事情があるんですか」
「ああ。この子達はもう寿命が僅かしか残されていないんだ。その短すぎる余命の中で何とか『家族』を手に入れたいと願っていて、少し手段を履き違えてた。でももう四人で和解して納得したから、それでいい。そうしたらもう家族だって子供達自らが言ったよ」
「そ。俺もヨハンも龍亞も龍可も、ルアとルカを大事に思ってる。あいしてる。だから、ルアとルカは家族なんだ。あともう僅かで命を失う定めだとしても……」
 横からヨハンが視線をこちらに寄越して答える。それに言葉を続けた十代が「星の見える丘へ行かなきゃ。約束したから」、とアキに微笑みかけた。
「折角だから大勢で行こうか。綺麗な星空ってのは大勢で見ればその分だけ美しくなるもんさ」
 アカデミア島で何十人もで集まって夜空を見上げ、星を眺めた過去を懐かしむ。空気の綺麗な人工島の夜空はそれはそれは見事なものだった。一等星のみならずもっと小さな星も眩しく輝いて肉眼に映っていた。まるで一面天の川のような壮麗さだったのだ。
 あの時から大分時間が流れてしまったけれど星空は今も美しい。プラネタリウムの人工の空しか知らないルアとルカは、怯えながらもどうしようもなく惹かれた「ほんもの」の空を見たら何と言うだろうか。もしかしたら、逆に言葉を失ってしまうかもしれない。そう思うとワクワクした。イルカの声が蘇る。
『十代、ワクワクを思い出すんだ。宇宙を救えるのは君しかいない!』
 大真面目にそんなことを言い切ったイルカ、ネオスぺーシアン・アクアドルフィンと惑星イオでの出来事を思い出した。随分と昔のことなのに、まるで昨日のことのようだと思う。あれからたくさんのことがあって十代は大人になってしまったけれど、それから見えてくるものもある。
 破滅の光を倒し、ダークネスも退け、多分十代はイルカ――十代自身が描いた正義の使者の期待通りに宇宙を守ったのだと思う。少し大事なものを失ってしまったけれどその分得たものも多い。そして一度失ってしまったものの中から「ワクワクする気持ち」、これだけは武藤遊戯とのデュエルを通じて取り戻した。ワクワクするっていうことは、遊城十代にとってすごく大事なことだったのだ。
 暗い気持ちに押し潰されてしまわないように。
「龍亞や龍可と同じようにワクワクする体験をさせてやりたいんだよな、俺は。ワクワクすることがない人生なんてつまんない。そうだろ? 俺のヒーロー達」
 イルカが一際大きく頷くと、部屋の隅の方からふてぶてしい猫の鳴き声がにゃあごと聞こえてきた。
「Beautiful World」‐Copyright (c)倉田翠.