あとがきに寄せて |
思えば性癖という性癖を全部詰め込んだような話でした。 色々経緯がありましてはじめに書いてから本にするまでに一年間あり、今こうして改めて向き合っているのはその更に二年以上あとになるのですが、今になってそう思うのですから、それはもう性癖を惜しみなくさらけ出した、ある意味「やりきった」話なんだと思います。試験管が好きです。ひとがひとり収まっているような大きな試験管が、なんというか、SFと背徳と狂気とを感じさせてすごく好きです。 本のあとがきでも書いた通り、「試験管」と「海の底」からこのお話が出来ました。家族ってなんだろう? ということを当時自分なりにたくさん考えて、ありったけの思いを込めて、そうして双子家族が幸せに暮らせる世界を夢見て書いたことを覚えています。試験管双生児のふたりは漫画版フィールの双子ちゃんをイメージして書いていて、これを書いている当時はもう二人ともずっと死んだ目をしたままで、それがとても気に掛かっていたのも記憶に新しいです。本にする頃には本編でもすっかり元気になってくれて、心底ほっとしました。 双子ちゃんがよはじゅさんのおこさん説にたいへんお熱で、改めて見直すと本当にそれが迸ってるなと我ながら気圧されるくらいなのですが、ネオドミノの、あの青い英雄のいる時代で、うつくしい世界に家族が暮らしているということを思うとちょっと泣きそうになります。家族に恵まれなかった二人がきっとしあわせになろうと手を取り合って龍亞と龍可が生まれ、一生懸命に生きているんだと。「機械仕掛けのアルカディア」でもそのあたりにはいくらか触れたのですが(何度でも触れたかった……)、こっちはそれがメインであったぶん、全面に押し出して書きました。 そう、つまり総括すると、「きみのいる世界はうつくしい」と、それで包括出来るような、そんなお話です。 これを書いてた頃が妊婦十代さんマイブームの絶頂期で、以降アルカディアまでそれを引きずって「なまえのないかいぶつ」あたりで一回深呼吸をするに至るのですが、何しろ妊婦十代さんブームの煽りをもろに喰らって書いたやつなので、もう本当、今見ると顔が赤くなって仕方ないというか、正味な話若干解釈違いを引き起こしていて震えました。アニキこんな女々しく……女々しくなくない?! いやでも拗らせたアニキやばいし……もうわかんないこれ!! ヨハン・アンデルセンほんま絵本から出てきた王子様すぎてつらい。 「ヒーローになりたかった少年」としての龍亞とか、不動遊星と英雄について(これはアルカディアでメインにひっぱってきて更に続けた部分)、などという部分もかなり気合いを入れて取り組んだ部分だったと思います。特に遊星。彼と家族というか、彼が幼いうちに失ってしまった両親、それから憧憬、そういうものは確かこの話では書き足りなくて、次の話に続いた部分でした。「アルカディア」はこれを書き終わってはじめて「書き足りなかった遊星のこと」を主軸に書きたいと考えたものだったので、あっちのあとがきでも触れたと思うのですが、この二つは実は直接繋がった話になっています。あちらの「イン・ザ・ダーク」の部分がこれと同軸のおはなしです。もし興味を持たれましたら、そちらも見ていただけると嬉しいです。 当時の表紙イラストは初めて出した零遊本の時にもお世話になったぬまさんに描いていただきました。この場を借りて、また改めてお礼を述べさせてください。本当に素敵なイラストをありがとうございました。 そして当時この本をお手に取ってくださった皆様と、お読みいただいた全ての皆様へ。少しでもお楽しみいただけましたなら幸いです。 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました! 2012.07.04 初
《作中イメージソング》2016.02.19 改 倉田翠 13:リチュアル(06) 海の底から …………(I believe 〜海の底から〜/KOKIA) 14:リチュアル(07) そしておしまいに…………(聲/天野月子) 22:リチュアル(08) 半人半精飼育 …………(ゼロの調律/天野月子) 26:リチュアル(06) 祈り …………(みらいいろ/プラスティック トゥリー) *「機械仕掛けのアルカディア」を書き始める前にこの話からの繋ぎをイメージして書いた散文もせっかくなので置いておきます。 今見るとかなり設定とかが変わっているので大分食い違っているのですが、当初はこういうイメージだったんだなあということで。 「……ゆめをみたんだ」 龍亞が言った。カードエクスクルーダーはベッドに座って足をぶらぶらさせている。龍亞は手のひらで胸を撫でて、息を吐く。 「パパとママの夢だよ。まだパパとママがデュエルアカデミアの生徒だった頃だと思う。赤いジャケットのママがね、青いジャケットのパパと並んで走ってる。新作のカードパックの話をしてた。新しい融合モンスターが、とかスピリットモンスターが、とか。赤と青がいつも一緒になって隣同士で、……走ってた。パパとママはいつもふたりでひとつだった。おかしいよね。だって二人のなれ初めって高校三年の始業式でしょ? まるでずっとふたりで生きてきたみたいにぴったり同じなんだ。パパが笑ってた時はママも笑ってた。ママが嬉しがるとパパも嬉しがって、一緒に悔しがったり喜んだり怒ったり……俺と龍可みたいに」 エクスクルーダーは答えない。だが龍亞にそれに構う様子はなかった。ひょっとしたら、エクスクルーダーの反応なんて初めから気にしていないのかもしれない。 「それから、もう一つ違う夢を見た。今度はチームファイブディーズのみんなの夢だった。遊星とブルーノがD・ホイールの調整の相談をしてて、ジャックとクロウが言い合いしてる。俺と龍可はアキ姉ちゃんに連れられてアカデミアからポッポタイムに来たところみたいだった。そこに、ママが空から落っこちてくるんだよ。びっくりした。アカデミアの制服とは違うけどやっぱり赤いジャケットを着てて、『デッキは?』って聞くと『失くした』なんて言うんだ。記憶喪失だって言ってた。でも、それならあの夢の俺と龍可も記憶喪失だったに違いないよ。あの時俺も龍可もママのことわかんなかった。なんだか懐かしい気がしたけど、全然知らない人だと思ってて名前を聞くんだ。そしたらママは『遊城十代』ってはっきり答えた後に寂しそうな顔をした。 夢の中の世界は現実と少しずつ食い違ってた。俺達はトップスに住んでアカデミアに通って、って感じで今とそんなに変わらないけど、夢の中の遊星はアキ姉ちゃんと幼馴染で交際中らしいんだ。それだけじゃないよ。遊星もジャックもクロウも両親が生きてるみたいだった。遊星なんか、『父さんがまた心配だとうるさいんだ』ってぼやいてて……ママが『ゼロ・リバースは?』って聞くと皆『それは一体何のことだ』って顔して、ママは慌てて『いや、なんでもないんだ。すまない』って言う。ゼロ・リバースがなかった世界。俺と龍可がパパとママの子供じゃない世界。――たとえ夢でも俺はそれがすごく怖かった」 両腕で自らの体を抱き込んだ。思い出しただけでがたがたと体が震える。見知った世界が少しずつ狂っていく。ゼロ・リバースが消え、たくさんの歯車にずれが生じていく。がらがら、からから、がしゃん。――世界が瓦解する。このうつくしい世界が。 「ねえ、エクスクルーダー。これはただの夢だよね。そんなことあるはずないもん。俺と龍可のママは遊城十代でパパはヨハン・アンデルセン。二人が二人ともまるで知らない人になってしまうなんてそんなことあるはずないよね?」 かつて幾度も相まみえたイリアステルの三皇帝の存在がちらちらと脳裏を掠める。滅びの未来から破滅を回避するためアンチ・シンクロモンスターを掲げてずうっと歴史の改変を行ってきたという神の居城「アーククレイドル」の住人。彼らならこの恐ろしい夢を現実に置き換えてしまえる技術を持っていただろう。確かに遊星達はあの時ゾーンを退けたが、もし、タイム・パラドックスの原理で他の時間軸のゾーンがあの出来事を失敗とみなしたら? もう一度過去を書き換えてしまおうと思ったら? そうしたら、現在も書き換わってしまうのではないか? ◇◆◇◆◇ 「なるほどね。歴史からゼロ・リバースが消えちまったと。そんで、それをトリガーにあらゆる時代に少しずつ誤差が生じてる。そういうことか」 『ええ、その通りです。私の調べで最も不審な人物は同胞アンチノミー……否、“記憶喪失のブルーノ”。この改竄された歴史の中で彼はチームファイブディーズのメンバーとしてドラゴンのシンクロモンスターを操り、存在している。率直に頼みます。歴史の再修正をお願いしたい。私には、もはや動けるだけの余力がありません』 「オッケーオッケー、任せとけ。そろそろアダムとイブよろしく過ごすのにも飽きてきたところだ。それに余波で遊戯さんと名もなきファラオが離れられなくなってると聞きゃほっとけないぜ。しかもそこにユベルと出会わなかった俺が師事してる……悔しすぎる。やっぱあれだ、歴史は正さねえと。うん」 『頼もしいですね』 「おう。なんとか上手くやるさ。……行ってくる」 『ええ。行ってらっしゃい、遊城十代』 軽やかに飛び跳ねて遊城十代は瓦礫の山、くず鉄で構築されたスクラップの荒廃し滅亡した世界を場違いにも駆けて行く。暗褐色の絶望を赤が切り裂いていく。若々しい赤は、ごみための広場で運命を共にした青色を拾って過去へ飛び出した。ゼロ・リバースを取り戻すために。そして懐かしい顔ぶれに会うために。 十代には迷いも恐れもなかった。ヨハン・アンデルセン、ふたりでひとつの半身と共にある限り、赤い英雄に不可能はない。 →《
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