07:空っぽの龍と六つの痣

『駄目だよ、十代。君はまだこのカードを使うべきじゃない。このカードは僕と君の繋がりの証であり、そして覇王の罪の象徴。……今の君には、早すぎる』

「結局何だったんだろうな、あの声。なんかすげー懐しいような気がするんだ。でも全然わかんない。もう二週間経つってのに手がかりも音沙汰もないし……諦めろってことなのかなぁ? なあハネクリボー」
『くりぃ』
 ハネクリボーの毛をつまみ、ぼんやりと引っ張りあげながら十代はぼやいた。時が経つにつれて記憶がどんどんと曖昧なものになっていっている。どんな声だったのか、鮮烈に思い出すことが出来たのはせいぜいあれから三日ぐらいのことで、今はもう随分と朧気なものに変わってしまっているのだ。
 実技練習で倒れて以来十代は「超融合」のカードをサイドデッキに移し、使わないようにしていた。とはいえ今までもデッキに入っていただけでそのカードを使う機会というものには恵まれたことがなかったからさして困ることもない。またああいう風に倒れてしまうことのほうが余程心配だ。
「最初っから全部夢だったのかな。だとしたら――」
「つまらない、か?」
「ヨハン」
 台詞を引き継いで現れたのが誰であるのかはもう振り向くまでもなく明らかだった。よく通るやや高い少年の声。ハイスクールに入ってから出来た十代の一番の親友だ。
 出会ったあの日一日で急に打ち解けた二人だが、あまりにも仲が良すぎるのでとても二週間しか付き合っていないようには見えないらしい。この前など女子三人にぐるりと机を囲まれて「不動さんって、アンデルセン君の幼馴染だったりするの?! だって二人ともジュニアスクールにはいなかったでしょう? それとも、二人で他の街のジュニアスクールに通ってたとか?!」などと酷く真摯な声で詰問されてしまった。嘘をついてもしょうがないので素直に始業式の次の日の朝、道端で偶然会ったのだと伝えると何故か顔を青冷めさせてそこから走り去ってしまったが、まあ十代は何もしていないし問題はないだろう。
「俺の台詞取るなよー。でもよくそんなに俺の思ってることそのままにわかるな」
「へへ、なんとなくな。俺達二人、多分頭の中の構造似たような作りになってるんじゃないかなぁ」
「あー、それは確かに。デュエル一番、ご飯が二番で三番は……」
「「家族」」
 二人の声がぴったりと重なる。無性におかしくなって二人は笑った。
「勿論、お前等も含まれてるからな!」
 十代がハネクリボーの頭をわしゃわしゃ撫でながら言う。
「あったりまえだろ。ルビーは俺が生まれた時からずっとそばにいてくれた、大切な家族だもん。他の宝玉獣達もな――あ、でもこの括りだと友達とか入んないじゃん。でも飯は抜いたら俺多分死んじゃう」
「あはは! ヨハンって食い意地張ってんのな! そういう時はさ、仲間って言えばいいんじゃないかな。友達も家族もみんな仲間だ。かけがえのない」
 ヨハンの腕に抱かれて嬉しそうに目を細めているルビーをうらやましそうに眺め出したハネクリボーに「珍しいな、おねだり?」と尋ねて十代もハネクリボーを腕の中に迎え入れた。ハネクリボーはくりくりと満足そうに鳴き、そう言えばという風に羽根で十代をつつく。
『くりぃ。クリクリ〜』
「なんだ、どうした? 制服ちくちくするのか?」
「いや十代、今ハネクリボー実体化してないし。いくらお前がサイコデュエリストだって言ってもディスクがないとそれは流石にな」
「うん知ってる。……え、忘れてることがあるって?」
 そう聞いたら頷かれたので十代は心当たりを探った。何かハネクリボーに思い出せと言われるようなことがあっただろうか? 今日は水曜だから特に用事は……
「あ」
 あった。それもとびきり大切な用事だ。急がなくてもいいけどあんまりのんびりしていると遅れちゃうわよ、と母には言われたのだっけか。
 時計を見ると午後三時四十分ぐらいのところを針が差している。終礼の後ぼおっと物思いに耽っていた時間は思いの他短かったらしい。
「思い出したのか? 忘れてたこと」
「うん。あっぶない、このこと忘れるなんて相当ボケてるかも。仲間だよ、仲間」
「へ?」
 ヨハンが何がなんだかという声を出しているのをそぞろに聞きながら十代は慌てて脱いでいたジャケットを羽織る。それから鞄をひっつかんで椅子を机の方に入れた。
「父さんの仲間。――一年に何回か、うちにチーム5D'sの皆が集まる日なんだ」
「ち、チーム5D's?!」
「ああ。そういうわけだからヨハン、今日は俺帰る。じゃあまた」
 そう言って教室を出ようと出口に向かう。しかしそれは叶わなかった。ジャケットの裾を強く引っ張られたからだ。
「十代。頼む、俺もそこに連れて行ってくれ。チーム5D'sと言えばあの絶対王者ジャック・アトラスにクロウ・ホーガン、それに天才レーサーの龍亞もいるだろ? 遊星さんにはこの前あったけど、やっぱその……機会があるなら会いたいっていうか……サイン欲しいっていうか……あの人達のデュエル、チケット取るのも大変なんだよ」
 懇願するヨハンに十代は軽く息をつく。前から薄々思ってはいたが、やっぱりヨハンは相当なミーハーだった。でもまあそれは仕方のないことなのかもしれない。デュエリストならより実力のある強者に憧れを抱くのは自然なことだし5D'sのみんなは本当に強者揃いなのだ。十代とて身内でなければヨハンのように目を輝かせていたかもしれない。
「わかった、いいよ。別に友達連れてきたぐらいで怒られるとは思わないし、もしかしたらタッグデュエルの相手してもらえるかもしれないし」
「本当か?! ありがとう十代、恩に着るぜ!!」
 ヨハンが感動のあまりだろう、がっちりと十代の体をホールドする。その瞬間教室中から多様な視線が集まったような気がしたのだが、十代は努めて気にしないようにすることにした。



◇◆◇◆◇



「遊星、そのお皿そっちに持っていってちょうだい。クロウも来たのなら運ぶの手伝って」
「クロウ、あわただしくてすまない。人手が足りないんだ。十代もまだ帰ってきていないし」
「別に慣れてるから構わねーよ。それより十代は大丈夫か?」
 いつも俺等が集まる日はまっすぐに家に帰って来てたじゃないか、と心配そうに言うクロウに遊星は心配要らない、と簡潔に答える。
「最近特に仲の良い友達が出来たらしいんだ。話し込んでいるのかもしれない。いいことだ、そろそろあの子には俺達よりも優先されるものが出来てしかるべきだからな」
「ふーん。遊星パパはそれで淋しくないんだ?」
「なんでそんなことを聞くんだ」
 クロウが面白がっている時の、あのにやにや笑いをし出したので遊星は不思議に思って聞き返した。親離れに子離れ、それはどちらも悪いことではない。夜遅くなっても帰って来ないのならそれは確かに心配だが今はまだ夕方の四時を過ぎたところだ。放課後の友達とのお喋りは大いに結構である。
「いや? パパの大事な一人娘が独立しようとしてるのにあんまり動揺しねーんだなと思っただけ。それともその友達って女の子なのか?」
「いや、実直そうな少年だったが。お前は何を言いたい」
「過保護な遊星の割に随分ドライっつーか素直なんだなって思っただけさ。もうちょっとあたふたするもんだと思ってた」
「俺のことを何だと思っているんだお前は。……だがまあ、いずれ彼とはカードを交える時が来るだろうとは思っている。そして何故だかはわからないがその時は手加減一切無用の本気のデッキでかからなければいけない……そんな気がするんだ」
「前言撤回。やっぱお前は娘に甘いよ」
 本気も本気のおっかねぇ遊星を倒さなきゃならねぇなんてついてねーなぁ、そのガキ。クロウがそうぼやくと遊星は不思議そうな顔をした。不動遊星という人間はいい年――もう四十の大台に乗った親父――だというのにこういう妙に純粋というか、天然というか、そういうところは幼い頃からそう変わっていないのだ。
「ちょっと二人とも、喋ってる暇があったらもうちょっときびきび働いてくれないかしら? まだやること残ってるんだから」
「そして嫁さんは相変わらず恐い恐い、と」
「聞こえてるわよ、万年独身の鉄砲玉さん」
「すいませんでした。お許しください」
「口を動かす前に手を動かした方がいい。こうなるとアキには逆らえない」
 どうもアキの地雷を踏んでしまったらしいクロウに遊星はこっそりと耳打ちした。


「ただいまー! やっばいもう皆揃ってる?」
「おっ、お帰り十代! 今日はちょっと遅かったな。ん、隣の奴は?」
 ばたばたと玄関で靴を脱ぎ、リビングのドアを豪快に開け放して現れた十代に龍亞が一早く手を振った。十代は荷物をそこらに放り投げるとらしくもなく萎縮した様子のヨハンの方を見てこいつ? と指をさす。
「学校の友達。今日皆が集まるって言ったらどうしても行きたいって言うもんだからそのまま連れてきたんだ。名前は……」
「ヨハン。遊城・ヨハン・アンデルセンと言います。お会い出来て光栄です」
 緊張の色が見えるものの流暢に挨拶をするとヨハンは目をきらきらさせて辺りを見回す。十代にとっては馴染みの皆が集まっているというそれだけの光景なのだがヨハンには相当物珍しいものに見えるらしい。
「ほ、本物だ……画面の向こうにしかいなかった憧れの人達が目の前に……十代、俺感動しすぎて泣いちゃいそう」
「そんな理由で泣くなよ、男だろ」
「わかってねぇなぁもう! お前絶対凄い人に囲まれすぎて感覚狂ってるぜ」
 いたく感動したらしいヨハンがどのタイミングでスケッチブックを持って行ったらいいのかと真剣に悩み始めたので十代はヨハンを置いて久しぶりに会う面々に挨拶をしに行くことにした。ヨハンは多分あと三分ぐらいは誰からサインを貰おうかと悩んでスケッチブックとにらめっこをしているはずだ。その間に挨拶回りぐらいは出来る。
「龍亞兄ちゃん、この前のグランプリお疲れー! やっぱジャックの壁は厚かった?」
「うん、悔しいけどまだ超えられなかった。もっと精進しないとな」
「ふん、当然だ。龍亞如きにそうそう簡単に超えられたたまるものか」
「そんなこと言って今回は結構危なかったんじゃねぇの? ジャック」
 ふんぞり返るジャックをクロウが肘でつつく。ジャックは澄ました顔のままだったがクロウはどうだか、と茶化すのを止めない。
「十ターン目さ、プライドの咆哮引けなかったらやばかっただろ」
「キングのデュエルは常に至高のエンターテインメント。そこまで計算済みだ」
「はっ、どうだかなぁ」
「ふ、二人ともそのぐらいに……あれ、そういえば今日はジャック一人なんだ?」
 子供染みた言い合いで険悪なムードになり始めたジャックとクロウの間に割って入り十代は話題を変える。ジャックは父・遊星と同じように既婚者だ。その為普段は妻と二人の娘を伴ってこの場に来るのが常だった。
「上の娘が受験でな、カーリーはそっちに付きっ切りだ。だから今日は俺一人で来た」
「あ、そうなんだ。残念だな」
「来年になれば会える。十代が寂しがっていたと俺からは伝えておこう」
「へへっ、ありがとうジャック」
 ころりと機嫌を直したジャックに満面の十代は笑みで笑いかける。彼は家族のことを溺愛していた。そして同様に親友の娘である十代のことを大切に思ってくれている。サテライトで育ったジャック、クロウ、遊星の三人は仲間を思う意識が殊の外強く、十代は時々叔父さんが二人いるみたいだと思うことがあるぐらいだ。おじさんなんて言おうものなら大変なことになるから、言わないけれど。
 チーム5D'sの面々は十代にとっての第二の家族と言ってもいい程親密な存在だった。実の両親である遊星とアキを筆頭に叔父的存在のジャックとクロウ、それから兄貴分の龍亞と姉貴分の龍可。十代が生まれる前から父を中心としたチームの絆で結ばれていた皆は、ことあるごとにこの家に集まって様々なことをしている。
「久しぶり、変わらず十代は元気そうね。この子もハネクリボーに会えるの、喜んでいるわ」
「龍可姉ちゃん、クリボンも元気か?」
『くりくりー!』
『クリィ!』
 龍可のマスコットモンスターであるクリボンと十代のハネクリボーが久々の再会を喜んでお互いに羽根と尻尾を使ってじゃれあっている。非常に微笑ましい光景だ。
 と、そこへもう一体精霊が駆けて来た。紫色の体毛に覆われた猫に似た天使族・光属性の愛らしいモンスター。ヨハンの家族、宝玉獣ルビー・カーバンクルだ。
 ルビーは寄って来るなり二つの毛玉の間に割って入ってじゃれあいを開始した。どうやら自分も混ざりたかったらしい。
「あら、見たことのない精霊。この子、誰の?」
「ヨハンのカード。世界に一枚しかない宝玉獣デッキの内の一枚なんだって。名前はルビー・カーバンクル」
「じゃああの子も精霊が見えるんだ」
「うん。ヨハンとこは凄いんだ、そういう体質が遺伝してるらしくてさ、一族全員精霊が見えるらしいよ」
 十代が説明すると龍可は目をぱちくりとした。無理もない。精霊が見える人間というのは珍しいのだ。例えば龍可は見えるが双子の龍亞は全く見えない。同じように十代の血の繋がった親である遊星はよっぽど力の強い精霊じゃなければ見えないらしいし、サイコ・デュエリストであるアキは遊星よりは見込みがあるがそれでも殆ど見えないに等しい。「精霊が見える」というステータスは突然変異に近いものなのだ。
「変わった一族もあるのね……あ、遊城・ヨハン・アンデルセンだったっけ? もしかしてアンデルセン博士のご子息?」
「いいえ、精霊研究をしているのは父ではなく俺の叔父です。……あの、この子、ハネクリボーの同種族なんですか?」
 スケッチブックを既にジャックに渡したらしいヨハンが十代の元へ寄って来て淀みなく龍可の疑問に答えた。そしてルビーを肩に乗せるとハネクリボーとクリボンを両方抱え込む。すっぽりと収まるその姿は正に茶色い毛糸玉のようだ。
「ええ、恐らく」
「今までクリボー系のモンスターって武藤遊戯のクリボーと十代のハネクリボーだけだと思ってた。もしかしたら探せばまだいろんなクリボーがいるのかな」
「それ面白そうだな。俺さ、一回百匹ぐらいのクリボーに囲まれてみたいと思ってるんだ」
「それはさ、ハネクリボーに増殖のカードを使えばいいだけじゃないかな……」
「それはもう大分昔に試した。でも本物のハネクリボー以外はカードで増えた幻だから手が透けちゃうんだ」
「ふーん。難しいんだな」
「ファイアーボールとかサイコソードとかは実体化することもあるから、何を基準に実体化するしないの法則が出来ているのかはわかってないんだ。でも増殖は駄目だった。みんな手が通り抜けちゃってさ、あの空しさは筆舌に尽くしがたかったなぁ」
 二体のクリボーを抱き締めたままヨハンが十代との会話に没頭し出してしまったので龍可はクリボンを彼に預けたまま龍亞の方へと歩いて行った。龍亞はというとアキが用意したおかずの内肉料理ばかりを選んで皿に盛っている。この兄は子供っぽい偏食の癖が抜けていないのだ。もう二十五歳を越えたからこのまま一生治らないのではないかというのが龍可の見解である。
「るーあ」
「ふほぁ、るふぁ。ほひはの?」
「食べ物飲み込んでから喋って」
「……ん。どしたの龍可。なんだか顔が嬉しそうだけどいいことでもあった?」
 尋ねると龍可は小さく微笑む。龍亞はまじまじと双子の妹の顔を眺めた。世界で一番かわいいと龍亞が思っている顔だ。龍亞は相当なシスコンの気があった。本人は無自覚のままなんだけども。
「あの子、ちょっと龍亞に似てる」
 ヨハンを指差して龍可が静かに言った。
「どれどれ? ……うーん、まあ確かにそうと言えなくもないかも。俺も遊星達とわいわいやってた頃は確かにあんな感じだった気がする」
「そう。雰囲気が似てるんだわ。……でもあの子の方がかっこいい」
「酷いよ龍可、それ普通は『でも龍亞の方がかっこいいよ』とか言うところだろ?」
「だって本当のことだもの。龍亞よりあの子の方がしっかりしてそうだし。龍亞は今も昔もお調子者すぎるのよ」
 人間しっかりしてないと駄目ね、と兄に当て付けるかのように肩を竦めて息を吐いた妹に龍亞はやや涙目になる。お調子者で頭を突っ込んだ用件の後始末を度々遊星やジャックらに頼る羽目になっていたあの子供の頃とは違って龍亞ももう立派な大人、社会人だ。生きていくのに困らないだけはしっかりと稼いでいるし人に迷惑をかけているわけでもない。
 でも龍可の中ではいつまでもあの見ているとはらはらしてしまう小さな兄のままであるらしいのだった。
「ま、いいんだけどね……。さて折角だしデュエルしてこようかな? 今日は十代の友達もいるんだし、タッグデュエルがしたいなぁ」
「いいわね。でも遊星とアキさんは静観する方に回りそうかな」
「えー、また二人は不参加なの?」
「だってあの二人、ただでさえ強いのに組むと余計に強くなるんだもの。それに十代に自分達以外の相手とのデュエルをさせたいと思っているはずだわ。特に遊星なんかはヨハン君とはまだ闘う時ではないとか考えてそう」
「なんで? いつデュエルしたっていいじゃん」
「もう、わかってないなぁ龍亞は。何でかって、それは十代が女の子で、ヨハン君は男の子で、そして遊星は十代のパパだからよ」
 龍可はこれだから龍亞は未だに結婚出来てないのよ、と溜め息をつくとやれやれというふうに両手を広げた。



◇◆◇◆◇



「バブル・シャッフルの効果発動、フィールドのバブルマンをリリースして手札から新たなE・HEROを召喚。行け、マイフェイバリット! E・HEROネオス!!」
「おっやるー十代。俺も負けてらんないな」
 十代とヨハンのタッグが現在立ち向かっているのは龍亞とクロウの二人だ。二人ともプロの中でも歴戦の猛者なのだが、最初は興奮してわあわあ言っていたヨハンも今はすっかりいつものペースになってその時その時の最善の手を打っている。
 状況は一進一退、まだどちらが勝っているとも言えない緊白したものだ。でも有利に進んでいたってどちらに転ぶかわからないのがデュエルである。十代達は気を抜かないし、クロウ達だって子供だからといってなめてかかっていたりはしない。
 デュエルはいつだって真剣勝負でなきゃ駄目だって昔誰か凄い人が言っていたらしい。
「ネオスでパワーツール・ドラゴンを攻撃、ラス・オブ・ネオス!」
「パワーツールに装備されている装備魔法を墓地へ送ることで破壊を無効化する」
「んーやっぱそうだよな……俺はこれでターンエンド」
「じゃあ次は俺のターンだな。……アーマード・ウィングの攻撃力はネオスと拮抗している。バトルを見送ってターンエンド」
 手札を確認してクロウがそう宣言する。ヨハンは手札を見てはやる心を押さえ付けようと努力した。隣に立っている十代に目線でサインを送る。――十代、俺、行けるぜ。
「よっし、凌いでくれてサンキュー十代。今俺もフェイバリットを呼ぶぜ」
「おっ、マジか? 皆に見せてくれよ、お前のレインボー・ドラゴン!」
「ああ! 手札から宝玉の導きを発動、魔法・罠ゾーンに宝玉が二体以上存在する時にデッキから宝玉獣と名の付いたモンスターを特殊召喚する。俺はサファイア・ペガサスを召喚。更にサファイアの効果発動、デッキから宝玉獣と名の付いたモンスターを永続魔法扱いとして魔法・罠ゾーンに一つ置く。サファイア・コーリング!」
 サファイアの角を持つ美しい天馬が嘶き、場に一つの紅玉が現れる。最後までデッキに眠っていた宝玉獣、ルビー・カーバンクル。ヨハンと十代は互いに目を見合わせると頷いた。これで条件が揃ったのだ。
「トラップオープン、虹の引力! フィールド及び墓地に合計七種類の宝玉獣が存在する時、召喚条件を無視してデッキもしくは墓地から究極宝玉神と名の付くモンスターを召喚する。現れろ、究極宝玉神レインボー・ドラゴン!」
 ヨハンの声に呼応してソリッド・ヴィジョンの神が後臨した。七色の宝玉を宿す虹の龍。ヨハンが曾祖父のヨハンから受け継いだアンデルセン家究極のドラゴンだ。
「すっげーモンスターだなそれ! 俺始めて見た。かっこいい!」
 龍亞が興奮して叫ぶ。装備魔法を破壊することでパワーツールの破壊を免がれることが出来るとはいえ二体の攻撃力には一七〇〇もの開きがある。ダメージを無くすことは出来ないから龍亞的には結構なピンチのはずなのだがそこはデュエリスト、やはり強力なモンスターを見るとそんなことは頭の何処かへ吹き飛んでいってしまうものらしい。
「いくぜレインボー・ドラゴン、パワーツール・ドラゴンに攻撃! オーバー・ザ・レインボー!!」
 ヨハンの高らかな攻撃宣言に応じてレインボー・ドラゴンが口を開き七色の音波を集束させる。次の瞬間虹の吐息が放たれた。攻撃はまっすぐにパワーツール・ドラゴンに向かって飛んでいき――

 そしてそのままソリッド・ヴィジョンのモンスターを通過し、薄い虹の膜となり部屋中に広がった。

「「?!」」
 虹の膜は遊星、アキ、ジャック、クロウ、龍可、そして龍亞の右手に吸い込まれるかのように飛来し纏わりついてくる。まるで浸食を試みているかのように、気持ちの良くない異物感が六人を襲った。そしてその膜を跳ね除けようとする力が腕から発生し酷い発熱と痛みをもたらす。
 各々覚えがある痛みだった。
 赤い光がラインを形成し、それぞれの腕に紋様を描いていく。遊星にドラゴン・ヘッド。アキにドラゴン・レッグ。ジャックにドラゴン・ウィング。クロウにドラゴン・テイル。龍可にドラゴン・クロー。そして龍亞にドラゴンズ・ハート。
 二十一年前、Z-ONEとの戦いを終えた時に消えてしまったはずの赤き龍の痣。チーム5D'sの名の由来でもあるシグナーの証だ。
「なんで……っ……?!」
「五千年ごとの役目が終わって赤き龍は帰ったはずじゃ……」
「わからない。だが今になって痣が光るということは、それ相応のことがこれから起こるという予兆なのかもしれない」
「くだらん。何が来ようと我が力で打ち砕くのみだ」
「へっ、面白ぇ。まだ腕は錆びついちゃいないぜ」
「でも、どうしてヨハン君のドラゴンにこんなに強力な反応が?」
 龍可が疑問を口に出す。レインボー・ドラゴンにもその持ち主であるヨハンにも何ら邪念のようなものは感じられなかった。ヨハンは今まで赤き龍の声に従って立ち向かってきたダークシグナーや未来人達のようにこの世界に明確な何かを及ぼそうとしているわけではない。ただの善良で、ちょっと変わっているだけの少年だった。十代の親友のごく普通の男の子だ。その何処にも悪意なんてものはない。
「どうして? 彼とこの痛みにどんな関係があるの? だって……」
 龍可は攻撃をしたレインボー・ドラゴンの意思を感じるべく感覚を研ぎ澄ませる。精霊との交流が可能な特殊体質の龍可は曖昧ではあるが精霊の心を感じることが出来るのだ。
 龍可はレインボー・ドラゴンの方へと手を伸ばした。どんなモンスターにも意思があり、心がある。龍可はその法則の例外に出会ったことがない。心を閉ざしてしまっているものはいても、心が空っぽであることは有り得ないのだ。精霊は生き物なのだから。
 そのはずなのだ。
「え?」
 でも、例外がないなんてことはそれこそ有り得ないのだ。龍可はあまりの事に放心しかけてしまった。
「……嘘よ。こんなの、おかしい」
 レインボー・ドラゴンの心は空っぽの空洞だった。そこには何も無かった。ただ空虚なホワイト・ホールが広がっていて――ヨハンに従順であるという簡潔な命だけが刻み込まれている。
「どうしたんだよ龍可、何があったんだ?」
「あの子、心がないの。閉ざしてるとかじゃなくてそもそもないのよ。真っ白。あんなの変だわ」
 誰がそんなことを、と呟いた龍可の体を龍亞が支える。龍可の体は小さく震えていた。自分の信じていたものが少し欠けてしまったかのような、そんな感触だ。他の四人も龍可の方へ寄っていこうと右腕を抑える形で凍り付いてしまった体を動かそうとする。しかし元々側にいた龍亞と違って龍可の元へ行ける程には体が動かない。
 そして、動けない六人に見せつけるかのように更なる光景が六人の頭の中に浮かび上がった。

 画面の中央を筒状の装置が陣取っている。巨大なエネルギー発生装置。モーメントだ。そのモーメントが突然逆回転を始めて画面が白く染まる。カメラが急速にズームアウトして街並が映った。ネオドミノではない。そして街は一瞬の光の奔流の後崩壊した。

 ゼロ・リバース。
「まさか」
 遊星の記憶に刻まれた四十年前の悲劇とは違うものだが、それは紛れもないゼロ・リバースの光景だった。
「馬鹿な。またあの惨劇が起こりかねないのだと、そう告げに来たのか? 赤き龍」
 遊星は珍しく冷や汗を垂らしながら慎重に言葉を選ぶ。この事態は重く見なければならないとそう直感が告げていた。ヨハン少年とレインボー・ドラゴン、そしてゼロ・リバース。一見何の繋がりもないように見えるこれらの符合の意味を確かめる必要がある。
 そのためにこの六人で話し合う必要性があるのは火を見るよりも明らかで、恐らく他の五人も同様のことを考えているはずだ。アイコンタクトを送ると皆こくりと頷いた。ならば実行に移すのは早い方がいい。
 ただ、問題が残っている。この動かない体のままでは会話をするのも難しいし、これから行う会話は十代やヨハンに聞かせたいものにはならないはずなのだ。

「父さん、母さん、皆……一体どうしちゃったんだよ……?」
 レインボー・ドラゴンの攻撃宣言の後急に右腕を抑え出した大人達を見て十代は呆然と立ち尽くす。今、何が起こったのだろう? 十代にはわからなかった。ただ攻撃宣言をしただけなのに六人が六人とも変なふうに固まってしまっている。
「わからない。ただ、もしこのデュエルが原因なのだとしたら、まずはこれを終わらせないと……」
 ヨハンもまた不安そうな顔をして十代の声に答える。彼がサレンダーの動作をしてディスクに認識させるとソリッド・ヴィジョンが掻き消えてパワーツールもレインボー・ドラゴンも何もかもがいなくなった。心配そうに体を主にすり寄せているハネクリボー、ルビー、クリボンの姿だけが現世に留まっている。龍可に言わせれば後のモンスター達は精霊界に引っ込んでいるということらしいのだが……今はそれどころではない。
「父さん!」
 静かになった室内にはこれといった異変は特に見受けられず、それが逆に空々しかった。ソリッド・ヴィジョンが消えたのを受けて糸が切れたように六人が床に頽れる。十代は慌てて父の元へ駆けた。ヨハンもそれに追随する。
「父さん、ねえ父さん息してる?!」
「十代……こう見えても父さんは丈夫なんだ。簡単に呼吸困難にしないでくれ」
「よ、良かったぁ……」
 十代が揺さぶるとすぐに遊星は起き上がった。どうやら怪我はないらしい。やや顔色が悪かったが、それだけだ。ただ右腕に赤黒いラインで形作られた不思議な形の痣が出来ていた。父のすべらかな腕には似合わない刺青に似たものだ。しかし不審に思って十代が手を伸ばすとふっと消えてしまった。
「父さん、何、今の……」
「今はまだ、十代には話すことが出来ない。……すまない十代、突然だが少し大人だけで話したいことが出来た。今から十六夜の実家に泊まりに行ってはくれないか?」
「え? あ、うん……」
 母アキの生家である十六夜の邸宅は十代の家から少し離れたところにある。決して行けないような遠さではないが夜遅くに少女が一人で向かう程近場ではない。それをわかっていてそう切り出すぐらいなのだから余程大事な話なのだろう。それはわかっている。
 でも十代はそれに素直に同意することが出来なかった。
「うー……」
「駄目か」
 十代がいやいやをする赤子のように渋い顔をすると遊星は困ったような顔になった。
「だが、父さんは行ってもらいたい。今日一晩だけだ、別に十代を捨てるとかそういうことじゃない」
「そんなことを父さんが考えてるわけないって俺だってわかってるよ。それに俺のわがままだってことも、わかってる。でも一人であのお屋敷に行くの、ちょっと……」
「じゃあ十代、俺の家に来いよ」
 十代が渋る様子を見せているのを横で見ていたヨハンがそう助け舟を出す。きっと十代の本音としては、ここに居残って話に加わるなりしたいのだろうが遊星としてはそれをどうしても許すわけにはいかないみたいなのだ。だとしたらヨハンが説得するしかない。大人には大人の考えがあって、そういうのに子供が首を突っ込むとよくないことがあったりするのだ。
「俺の家もトップスの区画にあるからここからならそう遠くないし、それに十代、遊星さん困ってるじゃないか。こういう時は潔く身を引くのも大事だ。な」
「え、でも、」
「……ならば、頼んでも構わないか?」
「はい。お任せください」
「う、ちょっと待て、勝手に……」
 十代がしどろもどろになっている間に遊星とヨハンはさくさくと話を纏め上げていく。まずヨハンが住所と電話番号をメモして遊星に渡した。それからヨハンが電話機を取ってきて自宅に掛け、今から友達を泊めに連れて帰りたいとの旨を簡潔に説明する。そのままその電話を受け取って遊星が謝罪と挨拶を済ました。いつの間にか回復していたアキがリビングを出てどこかへ向かっている。――どこへ? 考えるまでもない。荷造りをするために十代の部屋へ向かっているのだ。
「というわけだ。すまない十代、どうしてもこの話にお前を巻き込むわけにはいかない。父さんも母さんも、他の皆もお前が大事なんだ。わかってくれ」
「だって、十代。一度うちの家族に十代を会わせてみたいって思ってたし丁度いいよ。精霊もいっぱいいるし、部屋も余ってるし」
「わ、わかったよ……」
 二つの青い目に見詰められて、十代はやむなく頷いた。父の海のような青の瞳にも、ヨハンの透き通ったエメラルドのような瞳にも、逆らえる気がまるでしなかったのだ。