21:終焉のカウントダウン

 ただいま、と声をかけて玄関の戸を開ける。土曜日の昼下がりにいつもより早く帰宅してみると靴が普段の倍以上玄関口に置かれていた。この数は間違いない、チーム5D’sだ。彼らが家に集まっているらしい。
「ヨハン、お客さん来てるみたい。声だけ掛けて部屋行っちゃおう」
「ん、了解」
 十代が小声でそう言うとヨハンもひそひそ声で頷く。二人で話の腰を折らないように配慮して忍び足で歩き、リビングに繋がる扉を開けた。ひょこりと十代の幼い顔がリビングの方に覗く。ヨハンは彼女から一歩身を引いて立った。
「母さん、父さん、ただいまー。ヨハン俺の部屋に上げるけど、勝手にやってるから皆は話続けててくれて大丈夫」
「お邪魔します」
 ワンテンポ遅れてアキの「お帰り、いらっしゃい」という声が返ってくる。十代はあれ、と首を傾げてリビングの中を見渡した。よく見てみれば、なんだか皆覇気がないように感じる。
「……どしたの、みんな。なんか顔が疲れてる」
「大丈夫よ。ちょっと話し込んでいただけだから。後でお菓子を持って行くわ」
「あ、ごめん母さん。ありがとう」
 あんまり詮索するのも悪いので十代はそれ以上追求はせずにヨハンに「こっち」と部屋に来るよう促した。ヨハンは何か思う所があったようだが、黙って彼女の後に付いて行く。リビングを通過し、机に向かう六人とすれ違う。すれ違いざまに一人の視線を感じた。龍可の視線だ。彼女は「あ、」と小さく声を漏らしてヨハンを見た。
(ふーん。鋭いなあ。……ばれたかなぁ? そうでないとしても疑われちゃったなー、あれは)
 ヨハン、破滅の光はそんなことを呑気に考える。穏やかで、まるでただの人間みたいな今の生活はどうせ仮初めの欺瞞に過ぎないのだ。破滅の光が目を覚ましてしまった以上片割れである優しい闇もそう間を開けずに目覚めるだろう。それは不可避のサイクルだ。決まりきったことで、当然そうあるべき成り行きだ。
 今は手を伸ばせば躊躇いながらも撫でさせたり、抱き締めさせてくれる十代も覇王が目覚めれば恥ずかし気な視線の代わりに殺意と拒絶を向けるようになる。それは悲しいことだが、仕方ない。
 破滅の光はただ狂的なまでに純粋に優しい闇を愛していた。キスをすることも両腕に包むことも叶わないのならば体と魂に痛みと共に己が存在を刻もうと考えてしまうぐらい強烈に愛していた。性別、年齢、境遇、そのどれが破滅の光の愛を阻めようか? 破滅の光としての意思を自覚したその瞬間から存在した「優しい闇を求める衝動」、何千年に渡る所有独占欲の昇華したものこそが破滅の光にとっての疑うべくもない愛情だった。欲しい、手に入れたい、そしてもう二度と離さない。もう二度と失いたくない。だから殺して連れて行く。優しい闇が破滅の光以外に目を向けられないように。
 少女の姿で生まれてきた十代を見ているとその思いは一層強くなるようだった。覇王が女として生まれたのはこの数千年で初めてのことだ。これまでのどんな時よりもその存在を愛おしく感じた。彼女の笑顔を守ってやりたいとさえ思った。
 ふわふわとした気持ちだ。
(なあ、ヨハン。この曖昧な気持ちってどんな名前なんだ?)
(……優しさとか、思いやり、ってやつだよ。何度も殺してるくせに変な奴。お前にはそんなものないと思ってた)
(あったみたいだなぁ。俺自身変な感じだよ。ずっとあいつが欲しくって、理由もなく手に入れようとしてた。手に入ったところでどうしようなんて何も思ってなかった。まあ結局正しい形で手に入ることなんてなかったけど。あいつに殺されるのも殺すのも好きだったからそれでも良かったんだけど……)
(本当どうしようもない変態だよなお前。俺はお前と俺が同一の存在だなんて思いたくないよ)
(……抱いて、子を成して、隣にいてくれたらいいかなと思う。有り得ないけどな。あのおっかない覇王様が俺に大人しく抱かれるなんてことがあるはずないからなぁ? あいつが不動十代のままでこの体が遊城・ヨハン・アンデルセンのままだったらいつか訪れたかもしれない未来だったんだけど。悪いな)
 にやにやしながらそう言ってやるとヨハンはややあってから顔を真っ赤に染め、「馬鹿野郎!」と破滅の光を罵った。初心な奴だ。もれなく童貞である。この少年は酷く純真で、かつての何も知らない子供だった遊城十代がヨハン・アンデルセンの頭脳を持っているふうに思えるところが多々あった。歴代の「ヨハン」とはちょっと違う。心のどこかにいつも存在していた乾いた部分、そういうのが全くない。破滅の光という存在を自覚した今でもだ。
(……きもちわるい。お前)
(そりゃ結構)
 悪趣味だ、と非常に嫌そうな顔で呟いたヨハンに破滅の光は舌の先っぽを出して手を広げて見せた。どこも悪びれてやいない。ヨハンが思っていたよりも会話は成りたっていたが、やっぱり相容れない。
 何を考えているのかがさっぱりわからない。


「これ。ヨハンが見たがってたやつ」
 十代の部屋はあまり装飾のない、よく言えばシンプルで悪く言えば無頓着なそんな空間だった。パジャマは脱ぎっぱなしだし、ベッドの上に家着と思しきアンダーが放り投げてある。机の上右半分にはノートと教科書が山になって積まれていた。床に設置されたミニデスクにはカードと箱が無雑作に置いてある。大切なカードぐらいはもうちょっと丁寧に保管してあるんだろうかと不安になってしまう。そもそも異性を部屋に入れるのに服が脱ぎっぱなしというのはどうなんだろうか。
 棚の中からマーカーで「つかわない」と書かれた紙が貼ってある箱を取り出し十代がこちらに渡して寄越す。「もっときちんと保管しろよ」、と溜め息混じりに言ってやると十代は「いいんだよ。俺がわかれば」とこともなげに言い切った。せっかく女の子として生まれてきたのにこれはなんというか杜撰すぎる。
「牛男のおっちゃんにもらったのとか、母さんが昔くれたのとか、あとなんかレアそうなのが入ってる。あ、狭霧さんがくれたのもあるかな」
「輪ゴムで巻いてないだけマシだけど十代、これもうちょっと他にやりようあっただろ」
 「今度俺が整理し直してやろうか」、と聞くと「めんどくさいからいい」という何ともあれな答えが返ってくる。とはいえその「今度」が有り得るかどうかを考えるとちょっと可能性が低そうなので、あまり期待されても困ってしまったかもしれない。
 蓋を開けてカードの束を一つ手に取る。A・O・Jシリーズの他に闇属性のカードが一まとまりにされていた。キラー・トマト、スナイプストーカー、邪帝ガイウス。それらを捲っていった下に見覚えのない、知らないカードが存在している。カテゴリ「E-HERO」――「イービル・ヒーロー」。
 エレメンタル・ヒーローではない。いつも「十代」という存在を守っていた正義のヒーロー達でも前世で「遊城十代を破滅の光から守り正しい闇に選ばれた存在として目覚めさせる」ために幼い十代自身が無意識の内に描き出したネオ・スペーシアンでもない。
 覇王に付き従っていたものだ。だが、何故イービル・ヒーローがカードになっている?
「十代、これは?」
「さあ。わかんない。俺のE・HERO達に似てるけど合わなそうだから入れたことないし。父さんから貰ったHEROデッキの、サイドにも収まらなかった余剰分として入ってたんだけど邪魔だから闇属性で一括りにしてしまっちゃった」
「あ、そう……」
 カードの姿を取っている以上遊城十代に関わるものなのだろうが「ヨハン・アンデルセン」にはそんなものを見た覚えはなかった。彼が使うのはいつも決まって正しい闇の力を受けた正義の使者、E・HEROとネオ・スぺーシアン、それから時々カードエクスクルーダーやらの魔法使い族だ。そういえばユベルも使っていなかったように思う。ヨハンが知らない内に手に入れて使わないでしまっておいたものなのかもしれない。
 一束捲り終わっても破滅の光が探しているカードは出てこなかった。次の束に手を伸ばすが、数枚見て無駄そうだと判ずる。大天使クリスティア、光神テテュス、マスター・ヒュぺリオン、コーリング・ノヴァ。恐らくこれが狭霧から譲り受けたものなのだろう。天使族光属性のカードばかりだ。
 残る束は先日活躍したサイキック族モンスターのものだった。目当ての一枚、「Das Extremer Traurig Drachen」はない。
(おっかしいな。ユベルがカードとしているのならDas Extremer Traurig DrachenもDas Abscheulich Ritterもあってしかるべきなんだけど。むしろユベルっていうかあっちの方が本体なわけだし――)
 「超融合」を使おうとして倒れてしまった十代のデッキを拾い集めた際、「ユベル」のカードがデッキに入っていたのは確認している。ならばユベルの進化形態であるDas Extremer Traurig Drachenらも覇王の目覚めの予兆として彼女が所有しているのでは思ったのだ。しかしあては外れたようである。
 ユベルは遊城十代が幼い頃から持っていたカードの一つらしいから、覇王が目覚める目覚めないに関わらず十代の手元に来ているだけだという可能性があるのだ。
 どうしてそれに拘るのかと言うと、破滅の光の「究極宝玉神レインボー・ドラゴン」に相当するのが優しい闇の「Das Extremer Traurig Drachen」なのだった。闇の力の象徴。ただの人間だったユベルが覇王の強大な力そのものであるDas Extremer Traurig Drachenと一つになった時は驚いたものだが。
「ヨハン、探し物はあったか?」
「いや。残念ながらなかったよ。それにしても十代、君は本当にシンクロと縁がないんだな。A・O・Jの中に申し訳程度に見られただけで後はチューナーもシンクロモンスターも全然ない」
「そういうヨハンだってシンクロ使わないじゃないか。……あんま好きじゃないんだ、シンクロ。真っ白で、なんか……肌に合わないっていうか」
「ふーん……」
 シンクロ召喚はモーメント――破滅をもたらす光に干渉波をかけるエネルギーを放出する。眩い光の中から新たなモンスターを現出させる召喚方法だ。彼女が使っているデッキを作った遊城十代の時代にはそも存在していなかった手法だし、何より光に属する力が闇に守られた彼女には馴染まないのだろう。
「でも一度ぐらい使ってみればいいのに。戦術も広がるし」
「うーん? 俺のHERO達だけじゃ不安な奴が相手になったら考えるよ。そんな奴見たことないけど。……そうだな、うん。父さんの力を借りてでも先に進みたい時になったら使うかも。父さんの魂、スターダストはシンクロモンスターだから」
 スターダスト・ドラゴン。レベル八シンクロモンスター、ドラゴン族風属性。破滅をもたらす光にも宇宙を育くむ優しい闇にも属さない純粋な「希望」を体現したモンスターだ。これもまた、十代に馴染むモンスターであるとは言えない。
「へえ。シンクロを使う十代ね。ちょっと見てみたいかなぁ」
「よっぽどのことがなきゃ、使わない。俺は融合が好きなの! ……ぁ、」
 どこかふてくされたように顰められた眉根が一瞬の内に驚愕の表情に伸び上がった。急にどうしたのかと彼女の視線の先を見やれば小さな虫がのろたら歩いている。
「……笑うなよ。駄目なんだ。ああいうの」
「それじゃお前昆虫デッキと戦う時どうするんだよ。よっぽどあっちの方がでかいじゃないか」
「だってそれはモンスターだろ。それにソリッド・ヴィジョンだ。明らかにあれとは違うってわかる。ちっちゃくてもぞもぞかさかさしてるそういうのが駄目なの」
「女の子っぽいなぁ」
 からかうように笑ってやって、ヨハンはまっすぐ虫に手を伸ばした。小さいし、暴れ回るわけでもない。矮小な生物だ。こんなのどってことない。
「なんだ。こんなの」
 なんでもないように言うと羽虫を片手でつまんで親指と人差し指でもって握り潰した。ぷちり、と小さな生命が断たれた不快な音がする。こんなどうでもいいものが十代を怯えさせるなんて冗談じゃない。
「ほら。もう死んだよ」
 ヨハンはごく当たり前のようににこにこと笑い、部屋に置いてあったティッシュボックスから一枚を掴み取ると無雑作にぐしゃぐしゃに潰れた虫を拭い取ってごみ箱にぽいと投げ棄てる。たかが虫けらの命だ。一つ殺したところでなんの感慨もない。なんの感情も情緒もない。
 こんな下等生物、生きていても死んでいても何も変わらない。
 でも十代は変な顔をして、ヨハンの顔を見ている。不思議そうな表情だった。一体何がそんなに不可思議なのだろう。わからない。
「……ヨハンって、そんなふうに、虫、殺すんだ?」
 彼女が恐る恐るといった様子でそう口に出した。ヨハンは「それがどうした?」と逆に聞き返してやる。
「そんなこと、どうだっていいじゃないか」



◇◆◇◆◇



 やっぱり、なんか変だ。
 玄関の外までヨハンを見送って十代はそんなことを考えた。ヨハンがヨハンじゃないみたい、という感覚はあの相模原モーメントから帰ってきた時からずっとあって、例えば学校での接し方、さっきの虫を殺した時の雰囲気、そういった諸々から感じ取れる。ヨハンは確かにちょっと過保護なきらいがあったけど、でもただの仲のいい友達だった。お互いがお互いに今はまだそういうのは早いし、友達でいようとそう考えてそう振る舞っていた。だけど最近はそうじゃない。距離が酷く近く、そして必要以上に彼は十代を甘やかそうとした。ヨハンらしくもない。
 そしてさっき、ヨハンが虫を潰した時の顔。あれは十代にとって少なからずショッキングなものだった。ヨハンは無感動な顔で、機械的に虫を握り潰した。少なくとも十代はヨハンのことを優しい人間だと思っていて、そりゃ虫ぐらい潰すだろうけど(男なのだ。怖気付いている方が変わっているだろう)それにしたってあの目はない。何も感じていない硝子のような瞳。無気質で、色味のない銀色に反射しているようだった。
(でも。声も、手のひらも、全部俺の知ってるヨハンなんだ。そばにいると安心する俺の友達。そこは変わらない)
 何がどうしてしまったのだろう? 一体何がおかしくて何が変なのだろう? 答えはすぐに出た。態度と人格。その一点に尽きる。あとは何も変わってやいない。
(相模原モーメントで、何かあったのかな)
 そしてそれを十代に隠しているのではないだろうか?
 彼はあの場所で、モーメント機関に手を伸ばして倒れていた。モーメント・エネルギーがどういうものかはよくわからないけれど、暴走したら人類に多大な被害をもたらすものなのだ。必ずしもよいものだとは限らないだろう。もしかしたらその光がヨハンをおかしくしてしまったのかもしれない。あらゆる命を刈り取る光だ。そのぐらい出来たっておかしくない。

「母さん、今日夕飯皆で食べるの? 何かあったら俺、手伝うけど」
 ジャックは妻子のために一人早引けして帰ったようだったが、クロウや龍亞、龍可はまだ残っている。十代も含めたら六人分もの食事を用意しなければならない。
「大丈夫よ。今からだとちょっと面倒だから出前を頼んだの。多人数だしね」
「十代ピザ好きだろ? せっかくだから食えるだけ食っちゃえよ」
「まったく、そんなこと言って実際に好きなだけ食べるのは龍亞でしょ。もういい年した大人なのに、いつまで経っても子供なんだから」
「ちゃんと稼いでるからいいじゃん。龍可を養うぐらいの収入はあるんだぞ!」
「うーん、いつも思うんだけどそれって妹に言う台詞じゃないよね龍亞兄ちゃん。彼女にする駄目なプロポーズの一例だよ」
 このままじゃシスコンが原因で龍亞もクロウに続いて結婚の機を逃すんじゃないかと思いながら十代はそう言ってやる。そうよ、と加勢する龍可に龍亞はふーんだ、とそっぽを向いて見せた。
「そんなこと言って、龍可だって結婚してないじゃん」
「龍亞が心配でとてもじゃないけど結婚出来る程の心の余裕が持てないのよ!」
 なんだかんだで仲の良い兄妹である。
 十代は「龍亞は疑うまでもなくシスコンだけど龍可もあれでいて結構なブラコンだよなぁ」とこっそり考えたが、思うに留めておく。龍可の機嫌は損ねたくない。
「あ、そういえば十代。ヨハン君、最近何か変わったことあった?」
「え?」
「ううん、別に大したことではないのよ。ただちょっと、さっき見た時感じが変わったなぁ、って思って……。大人っぽくなってたっていうか、何かしら、冷たい感じがした。前に会った時は十代が二人いるのかなってぐらい元気そうな子に見えたんだけど」
 龍亞の頭を片手で押さえ付けながら龍可がそんなことを言ってくる。クリボンもデッキから出てきて主の言うことに同意した。精霊として何か感じるところがあったらしい。
「龍可姉ちゃんも変だって思う?」
「変、っていうか……イメージが違ったの。あんなふうな顔、する子だったかな? って。一度二度会っただけの私が言うのも何だけれどね」
 龍可は十代に配慮してだろう、遠慮がちに言葉を選んでくれていたようだが、十代は首を振って彼女の言葉を肯定した。十代もそう思っていたところなのだ。
「実は俺も、ここ最近何か変だなーって思ってるんだ。いつものヨハンじゃないみたい。妙に優しいし、声、なんか甘いし。確かにヨハンであるはずなのにまるで人が変わっちゃったみたい」
「……そうなんだ。あのね、私が偉そうに言うのもあれなんだけどもし十代がおかしいって思うんなら確かめてみた方がいいと思うわ。……なんだか、嫌な予感がするの。遊星は過剰に心配してるし……」
「え、父さん?」
 父さんがどうしたの、と言おうとしたところで龍可がはっとして口をつぐむ。どうも口を滑らしてしまったようだ。十代は追求をやめた。
「ごめんね、なんでもないわ」
「大人にしかわからない事情ってやつでしょ? いいよ。俺そもそも難しいこと苦手だしさ」
「えー、なになに? 何の話してるの?」
 妹に頭を押さえられてしばらくの間現実逃避をしていたらしい龍亞が会話に乱入して来る。龍可は「龍亞には関係ないわよ」と冷たく言い放したが、それで引き下がる龍亞ではない。「えー、教えてよ。つまんない」と食い下がった。でも龍可は相変わらずわがままな兄に対して冷淡だ。
「うるさいからもうしばらく喋らなくていいわ、龍亞。それだけで静かになるもの」
「なにをー?!」
 そのまま口喧嘩に入ってしまった双子を眺めて、そういえば父の姿が見えないということに気付いて十代はきょろきょろとリビングを見渡した。程無くして父の姿が見付かる。ソファの上でごろんと横になって、寝こけている。
 ちょこちょこと歩いていくと、どうやら熟睡しているらしい父の締まりのない顔が目に入った。閉じられた目蓋の下には隈が出来ている。そういえばあの事件の日からしばらく、父は異常に忙しそうにしていてろくに顔を合わせていなかったのだ。
「ねえ、父さん」
 呼び掛けるが、返事はない。それに構うことなく十代は言葉を続けた。
「友達が、ちょっと変なんだ。俺はそれがどうしてなのか知りたい。ほんとに変になっちゃったのか、そうでないのか。本当なのだとしたら、俺がどうすればいいのか。――ねえ、俺はさ、どうしたらいいと思う?」
 やっぱり父が起きる気配はない。その代わりに、デブリ・ドラゴンの精霊が父が身に付けているらしいデッキから出てきて十代に反応を返してくれた。翼をばさりと広げ、一声鳴く。十代を後押ししてくれるつもりのようだ。
「ありがと、デブリ・ドラゴン。やっぱそうだよな。何か悩んだら、デュエルだ。デュエルをすれば相手の心も自然とわかるもんな。うん」
 一人で納得しながらデブリ・ドラゴンの頭を撫でてやる。デブリ・ドラゴンは嬉しそうに翼をはためかせた。その様子に思わず笑みが漏れる。そうだ。悩んでてもしょうがないし、一人で悶々としているなんてもっと良くない。性に合わない。
「父さん」
 だから十代は決めた。
「父さんに、借りたいものがあるんだ」