28:世界の向こうへ
「思ったより住民の避難はスムーズに進んだな」
「自宅に入るよう勧告を促すだけだもの。二十年前の時とは状況が違うわ、あの時はこの街自体から逃げ出さなければいけなかったから……」
一息吐く狭霧の脳裏に甦るのは二十年前のあの大混乱の様子だ。突然シティ上空に現れ、落下を始めた「アーククレイドル」によってモーメントシステムは停止し交通機能が麻痺。街は大パニックに陥った。
「それに、アトラス様も手伝ってくださったし」
「あーはいはい。そうですね」
絶対王者ジャック・アトラスがセキュリティの緊急勧告生放送の現場に現れ、呼びかけをしたことの影響力は大きかった。まさに鶴の一声というやつだ。だが牛尾の顔は優れない。狭霧が未だにジャックに熱をあげているのでどうにも彼に対する複雑な心情が拭えないのだ。
ジャックは十九年前に結婚したというのに牛尾も狭霧も独身のままであるということもある。どう見積もっても二人揃って婚期を逃してしまっていた。
「……俺はキングとして当然のことをしたまでだ。影響力があるのであれば人々の安全のためにそれを行使するのは当然のこと」
ジャック本人がその横で腕を組んで驕るふうもなく言う。二十年前はまだ若さ故の欠点がいくらか見られた彼だが、今は言動に見合うだけの実力と地位を手にして相応の威圧と貫禄を身に纏っている。
誰しも、いつの日か必ず大人になる時が訪れる。牛尾はこっそりと息を吐く。あの、我儘な部分も少なくなかったジャックがこうだ。まったく年はとるもんじゃないなと肩を回して狭霧の方を見ると、彼女は相変わらず夢を見る少女のような瞳でジャックを見ているのだった。彼女だってもういい年をした初老にさしかかった女性だというのにジャックに向ける視線だけは二十年前と何ら変わらないのだ。女性という生き物は不可思議すぎて、時々男には絶対に理解出来ないように出来ているのではないかとすら思う。
「赤き龍が俺に知らせた。十代が戦っていると。詳しい状況は知らん。知ろうとも思わない。だが、戦っている仲間を遠目に眺めているだけなどというお粗末な態度を取ることは自身が許せん。遊星が戦っているのを遠目から眺めてだけいることが出来なかったのと同じように」
「……アトラス様」
「休息は終わりだ。狭霧、牛尾、行くぞ。まだ仕事はいくらでもあるだろう」
ジャックが狭霧に先を行くよう促す。狭霧は虚を突かれたように「は、はい」と頷くとジャックの後を追って歩き出した。狭霧を気遣ってか、やや速度が遅い。ジャックは大人になりすぎたんじゃないかと牛尾は小さく舌打ちした。本当に年は取るものじゃない。
◇◆◇◆◇
真っ白い。十代はミルクのもやのような空間で目を覚ました。ぱちぱちと瞬きをしてとろんとした瞳を開けると綺麗な少年の顔が目に入る。真っ青な髪の毛に宝石みたいにきらきら輝いている黄緑色の瞳。ヨハンだ。子供っぽい笑顔で笑うともだちのヨハン。
「……あ」
「よかった。目を覚ましたんだな」
やわらかい雲のような底から体を起こすとヨハンがほっとしたように胸を撫で下ろす。その様子にああ、ヨハンだと十代は朧に思い、にこりと笑った。一切穿ったところのない無邪気な少女の微笑みだった。
「ヨハンだ」
「うん。……十代だ。なんだろ、すごい、久しぶりな気がする。それですごく、」
十代の体を両腕で包み込む。十代はやや縮こまったが無抵抗でその腕の中に納まった。酷く居心地の良い温かさがそこに確かに存在していた。
「落ち着く。十代の体があったかくて、泣けてくる」
馬鹿みたいだよなぁ? 十代を抱き締めながらヨハンが言う。温かな雫がぽろぽろと零れて十代の髪の毛に染み込んでいった。「こんなんで泣いちゃうなんてさ、ほんと、ばかみたいだ」。十代の耳に心地良い声が滑り込んでくる。
「男なのに女の子に抱き着いて泣いてるなんてみっともないよな。馬鹿にしたっていいぜ、十代」
「誰がそんなことするもんか。ヨハンはみっともなくなんかない。すごいし、偉いよ」
ヨハンが愛おしくなって腕を伸ばし、抱き締め返す。子を抱く母のような気分だった。優しい闇の数千年分の記憶には存在しなかったものだ。優しい闇はいつだって男の体を持っていたから、母の気持ちなど抱くはずがない。
そう、十代は今少女だった。抱き締めているヨハンと違って今度ばかりは少年の体躯を持たずに生まれてきた。そのことが、何かとても大事な意味を持っているのではないかと思う。破滅の光の、少女である十代への対応は何かいつもとずれていた。
「今、戦ってるんだよな。あの二人は」
「ああ。今度の武器は血塗れの剣じゃなくてカードだけど。でも、どうせどっちか負けた方が死ぬとかそういうルールになってるだろうしこのままじゃあんまり結果はいつもと変わらないと思う」
「……だよな。どうにかならないかな、あいつは――優しい闇は、もうこんなの終わりにしたいんだってそ言ってた。こんな悪質な連鎖は、循環するばかりで変わろうとしない破滅の光が夢見てる世界なんか必要ないって。行き詰まっちまえって、そう言った。……俺もそう思う。破滅の光のやってることは無意味すぎるよ」
殺して、死んで、生まれ変わって。夢をどうしても終わらせまいとするみたいにその連鎖を延々と繰り返している。だけどどうして破滅の光がそのサイクルを始めたのか、十代の魂とヨハンの魂に固執するのか、その理由が判然としない。優しい闇の記憶を順繰りに手繰り寄せて遡ってみたけれど、戻れるだけ戻った地点でまぶしい光に全てを阻まれて何も見えなくなってしまうのだ。その更に奥には抽象としての存在はあったけど人の姿はなかった。故意に塗り潰したみたいな光が、何かすごく大事なものを隠してしまっている。
「でも優しい闇がいくら一人でそう思ってたって、あいつが腹を決めなきゃ意味がないんだよな。あいつがこれで終わりにしようって思わない限り連鎖は止まらないと思う。だけどあいつ、何日か一緒に過ごしてみてわかったけど、意固地で意地っ張りで馬鹿なんだ。でもそれだけで、ほんとはそんなに悪いやつでもないんだ。ただ優しい闇への愛情が度を超してるだけ。最初はただ好きなだけだったのに、どんどん時間が経つにつれてねじ曲がっていっちゃったみたいな感じがする」
言葉の選び方はあまりよくなかったし、殺意も愛のうちと取り違えている節はあったが基本的に破滅の光というものは単純に優しい闇を愛していた。いろいろとおかしかったけれど好意を持っているというその一点に関してだけはぶれることがなかった。
変なところで常識人ぶっていて、そのうえで紛うことなき狂人だったが狂っていてもなお優しい闇を愛していた。
「最初はきっと、もっと単純な気持ちで、単純な関係だったはずなんだ。どこかでおかしくなって、狂って、ややこしくなってしまった。そのどこか、ターニングポイントになる部分が光に塗り潰されたあの箇所にあるんじゃないかって俺は思う。あそこが全ての鍵を握ってる。どうにかして、あいつらに思い出させてやれないもんかな」
「わかんない。少なくとも今の俺一人の力じゃ無理だ。……第一ここがどこだかもわからないし……俺達二人、多分戦ってる体から切り離されたところにいるんじゃないかなぁ。さっきから遠くに見えるだけであいつの声が聞こえないんだ」
優しい闇、遊城十代の残りかすが体を動かしてる時は当然不動十代は魂の奥へ引っ込むことを余儀なくされていたのだが、しかしそれでも彼の気遣う声が何度か聞こえてきたし、彼と繋がっているような感覚があった。だけど今はそれがない。ヨハンと出会えた代わりに残りかすとの連携が綺麗さっぱり消え失せてしまっている。
「あいつが劣勢で危ないのはわかるけど声も届かない。頑張れって言ったって伝わらない。俺達、どうしてここにいるんだろう? ヨハンと会うため? それは嬉しいけどさ。でも――」
「ああ。十代の言いたいことはよくわかる。繋がってなきゃな。俺は破滅の光と、十代は優しい闇と」
「うん。だってそうでなきゃ、なんのために俺達の意識が独立してるのかわかんないもん。短い間だったけど一緒に話したりするの、本当は結構楽しかった。だからもしこの声が届くのならば」
十代は右腕を空高く伸ばし翳した。祈るように美しい手のひらが広げられる。残りかすは神様を信じていないのだって、それは知っている。でも祈らずにはいられなかった。ただの少女でしかない十代はあまりにも無力だった。
「神様じゃなくっていいから、誰か奇跡を起こしてくれよ。もう殺し合わなくていいように。最後に皆が幸せになれるように。優しい闇も、破滅の光も、皆」
どこか遠くで、龍の咆哮が轟いた。
◇◆◇◆◇
「ドイツ語はともかく、デンマーク語ですか? またマニアックというかニッチなところを突いてきますね」
部下の一人が真顔のままそんなことを言った。カードが収められているらしい箱をやっとの思いで発見し、モーメントの調子を見るべく箱を抱えたまま職場へ急行したのだ。一先ず箱はデスクに置いて先にモーメントグラフをチェックし、プログラムに手を入れて調整をする。先日見た相模原モーメントのグラフに比べたらどうってことのない数値だ。まだ当分は心配は要らないだろうと踏んで、それから遊星は部下達にこう尋ねたのである。――「誰か、ドイツ語とデンマーク語に明るい者はいないか?」
「ある人にこいつの解除を頼まれてな。パスワードがデンマーク語とドイツ語で仕掛けられているらしい。ドイツ語は多少齧ったことがあるからなんとかなるかもしれないが、やはり不安だ。そうそうスペルミスを連発するわけにもいかないし」
「何が入ってるんですか、その箱」
「カードだそうだ。百年前にたった一枚だけ生産された特注品だそうだよ。……言っておくが俺の所有物ではないし、これからコレクターの手に渡ることもまずない。物欲しげな目で見るな」
レアカード蒐集に熱を上げている部下の一人がじっと箱を見てくるので遊星は呆れたような声でそう言ってやった。声を掛けられた部下はそんな目で見てませんよ、と否定するが周囲の反応を見る限り好奇心は隠しきれていなかったようだ。
「デンマーク語、それなりに自信がありますよ。大学で取ってた第四外国語でしたから」
周囲の視線がいたたまれなくなってきたのか話題を逸らそうとその部下がそう言葉を切り出す。秀才天才の類が何故か集まってくるこの職場では第三外国語、第四外国語まで完全にマスターしている人間はそう珍しくもないので遊星はそれを冗談だろう? と決めかかることなく彼にこの仕事を手伝って貰うことにした。
「そうか、ならば頼んでもいいか。この文面をデンマーク語でだそうだ」
「イエスチーフ。すぐに書きますので少々お待ちを」
「任せた。ドイツ語を取っていた者は?」
これには数人が手を挙げた。遊星はとりあえず副主任の男を選んで指名する。「オーバー・ザ・レインボー」、虹の架け橋を独訳してくれと頼むと副主任の男は「随分ファンシーですね」と言って眼鏡の位置を直した。考えたのがあの遊城十代なので特に何も考えていなかったが、言われてみれば確かにファンシーかもしれない。或いはロマンチストの気があるとでもいうか。
程なくして上がってきたデンマーク語とドイツ語でパスがしたためられたメモの通りに箱を開けて出てきた機械に文字列を入力する。一度のミスもなく第二関門までがあっさりと解除された。自動で開いた電子の蓋の下から覗くやや小さめの箱を取り出す。
鈍い銀色に輝くその外装の上部には遊城十代が言っていた通りカードスキャナーが備えられていた。他に接合部分は見られない。恐らくこの箱自体が特殊な合金で出来ているだろうから、開けたければキーに設定されているカードを探し当てるしかない。
「……俺はあまり詳しくないんだが、この年代のスキャナーはどういう仕組みでキーカードの判別をしているんだ?」
「いつ頃のものですか? この機械は」
「おおよそ百年前のものだ」
「でしたら、単純にカード名で識別しているはずですよ。ロゴからしてKC謹製ですから偽造カードは読み込みませんけれど……」
「つまり、その時代に存在していないカードでも指定が出来るということだな」
「理論上は、まあ。でも百年前に現存しているカードから探した方が……といいますかヒントとかはないんですか? それだって量は膨大ですから、一枚一枚試していたら馬鹿にならない時間がかかります」
百年前の段階で存在していたカードの枚数は約七〜八千種類。一枚一枚試していたら日が暮れるどころではすまない時間がかかるだろう。
「ヒントは一応あるんだ。だがはっきりと一枚のカードを指し示しているわけではない。俺にこの作業を託した人は言っていた。……希望を。俺にとっての希望をスキャンしろと」
なんとも曖昧極まりない指示だが、今頼りになる情報はこれだけだ。遊星は取り敢えずデッキケースを取り出して蓋を開けた。周囲では、「希望」と解釈出来得るカード名について所員達数名が話し出している。
「希望がカード名に付いてるのはあれだろ、『ガスタの希望 カムイ』とかじゃないか?」
「いやどうだろうな。『希望の未来』かもしれない」
「マニアックなカードで来るな……。『活路への希望』ってのはどうだ?」
「『未来への希望』『希望の転生』ってのも……」
「『希望の転生』って確かチーフのカードだろ。それだったりしないのか」
所員達の話を横で聞き、希望の転生を後で試してみるリストに脳内で追加して遊星はサイドデッキからまず一枚のカードを取り出した。カード名「集いし願い」。Z-ONEとの最終決戦の時使ったカードだ。シグナーの龍全ての力を結束させたこのカードは遊星にとっての希望の象徴の一つである。
だがカードスキャナーが下した結論は「不適合」を知らせる短いビープ音一つだった。よく考えたら十代がこのカードを知っているはずもない。
「む……」
続いて、先程話題に上がっていた「希望の転生」をスキャンする。だがこれも不適合。パラドックス戦で使用したカードだからもしかしたら、と思ったがそんなことはなかったらしい。
「難しいな。希望か」
しかも誰かの希望ではない。遊星の、と彼は明言した。所員達の知恵の絞り合いはまだ続いているが、それは全て保留に留めることにして遊星は考え方を百八十度方向転換させてみた。カード名に希望と入っているかはさして重要ではない。十代が知っている可能性のあるカードで、かつ、遊星が確実に希望であると信じているカードだ。そんなものがあるだろうか?
なかなか思い当たるものがなく、どうしたものかと顎に手を当てて唸る。しばらくそうしていると、デッキから飛び出してくる影があった。遊星は驚き、目を丸くする。デッキの中のモンスター達だった。ジャンク・シンクロン、デブリ・ドラゴン、スピード・ウォリアー……それら馴染みのモンスター達がディスクもないのにデッキから飛び出してきて遊星に何かを訴えかけている。
やがてモンスター達は何事か相談し、デブリ・ドラゴンがドッペル・ウォリアーとチューニング・サポーターを勝手にチューニングして一体のモンスターを呼び出した。その姿を見て息を呑む。
「……そうか。簡単なことだったな。ずっと当たり前だったから忘れていた。……お前が、俺の希望だ。俺に希望という光を与え護り導いてくれた」
モンスター達が遊星を導くために呼び出したのはレベル八シンクロモンスター、「スターダスト・ドラゴン」。
闇でもなく光でもない、「風」をその身に宿す属性とする遊星の切り札であり希望の形。
そう十代が感じ取ったこのカードこそが最後のパスワードなのだ。
遊星は黙ってスターダストのカードを手に取り、スキャナーにかける。ピーッ、と短く適合を告げる音が響いて厳重に閉じられていた蓋が開いた。中からカードを取り出し手に取ってみると、所員達が寄ってくる。
「……『Beyond the World』」
カード名の下には速攻魔法のアイコンが示されており、そのままテキスト欄まで視線をスライドさせてみるととんでもないことが書いてあった。曰く――「このカードの発動はいかなる魔法・罠・モンスター効果も無効化することが出来ない」。ふざけた出だしである。
一目見ようとする所員達に図柄だけ見せてやってから遊星は考える。後はどうやってこれを十代の元へ届けてやるかが問題だ。
十代が戦っている場所へは、遊星は近付けない。
◇◆◇◆◇
「――手札から『強欲な壺』を発動、カードを二枚ドローする。更に手札から『天使の施し』発動! カードを三枚ドローして二枚墓地に捨てる!!」
強欲な壺でドローしたカードは「O‐オーバーソウル」、「E・HEROネオス」。そして天使の施しでドローしたカードは「リミット・リバース」「スナイプストーカー」「ホープ・オブ・フィフス」。
「天使の施しの効果で手札を二枚選択して墓地に送る。俺はネオスとユベルを選択」
「いくら魂の半身と言ったってこの状況で最上級モンスターなんて手札にあっても腐るだけだ。体よく厄介払いってとこか?」
「いいや、違うね。次のターンに繋げる布石さ……!」
「次のターン、ねぇ。回ってくればいいけどね」
俺のレインボー・ドラゴンはどうあっても今の君には除去出来ないぜ? 嫌味ったらしい声でヨハンが言う。だが、レインボー・ドラゴンを除去する必要は実のところそうない。あの、遊星に捜索を託したカードを発動させるにはユベル究極体とレインボー・ドラゴンが必要不可欠だからだ。
「レインボー・ドラゴンはいいんだ。だからまずはそのトパーズ・タイガーだけでも破壊する。手札から魔法カード『O‐オーバーソウル』を発動、墓地より『E・HEROネオス』を特殊召喚する。バトル! ネオスでトパーズ・タイガーに攻撃!!」
墓地より蘇ったネオスがハッ! と声を上げトパーズ・タイガーに向かって突進していく。トパーズ・タイガーは身構え応戦の形を取ったが、両者が激突するよりも早く動いたものがあった。ヨハンの手だ。
まさか、と十代が口端を引きつらせるとその様を見たヨハンは楽しげに目を細めてディスクにセットされていたカードを一枚反転させた。
「かかったな、十代? ――リバースカードオープン、『聖なるバリア‐ミラーフォース』!!」
「なっ……?! そんな馬鹿な!」
「何が馬鹿なことなんだい? なあ、教えてくれよ。"ヨハン"が破壊カードなんて入れているわけがないと思った? 甘すぎるぜ。君を何としても負かして、悔しがる姿を見たいのに手抜きなんかしてどうするんだよ。君だってミラーフォースの一枚や二枚ぐらい積んでいるだろう」
まあ確かに昔手札に二枚ミラーフォースが回ってきてダブつかせたことはあったが、それはネオスペーシアンらが入らない純正HEROデッキだった頃の話だ。今のデッキにそんなスペースは残っていない。
「返し手のミラーフォースを読み損ねたばかりに君のフィールドはあえなく全滅。ネオスも折角出てきたのにとんだ無駄骨だったみたいだな」
「……」
「さあ、どうする十代。それでも君は俺に勝つ気でいるんだろう?」
「……カードを一枚伏せてターンエンド!」
リミット・リバースを伏せてエンド宣言をする。このカードがあれば一先ずユベルを呼び出すことは可能だ。手札のスナイプ・ストーカーをフィールドに呼ばず温存していたのは正解だった。こいつさえ残っていれば次のターンでユベルを最終形態まで進化させることは容易である。
だが状況が圧倒的に不利であることには変わりない。遊星からの反応は今のところ何もなかった。例のカードの代替で入れておいた代理のブランク・カードもまだ手元に来ない。
あのカードを発動出来る状態を、カードが手に入るまでになんとしても作り出して維持しなければならない。
「俺のターン、ドロー。……へえ、結構面白いカードが回ってきたぜ。君を絶望させて陥落させるのも一興かと思って入れてみたんだけど。見たらびっくりするかもな? 何せあの不動遊星が苦渋を舐めさせられたカードだ!」
遊星が? と声に出す間もなくヨハンの声が続く。サファイアとトパーズの姿が火の玉のような魂になり上空に現れた心臓のように脈打つ気持ちの悪い物体に吸い込まれた。
「サファイア・ペガサスとトパーズ・タイガーをリリースし手札から『地縛神Wiraqocha Rasca』を召喚。現れよ、かつて人々の破滅の嘆きを吸い上げた最強の地縛神!!」
「地縛……神……?!」
二体目の神と名の付くモンスターがレインボー・ドラゴンの隣に降臨する。地に縛られたコンドルの姿を模した神。攻撃力・守備力は共に「一」とやや不吉な数値だが体躯はレインボー・ドラゴンと並べてもなお異様な巨大さを感じさせる巨躯だ。十代はこんなモンスターを見たことがない。
「二十二年前にアステカの地から蘇った自身を神と盲信して疑わない呪われた悪霊を縛るカード……の成れの果てさ。宿っていた本物の悪霊は赤き龍のシグナー達に倒されてまた地の底奥深くに閉じ込められてしまった。だけど、カードにその力の断片は残されてる」
「どうしてお前がそんなカードを……」
「破滅を招くあまねく力は俺の眷属みたいなものだ。引き寄せられる。死の淵の人間を唆してきた悪霊は俺という逃れられない破滅に襟首を掴まれてしまったというそれだけの話だよ。……さて」
十代の方を見てヨハンが舌舐りをすると、地縛神の体も呼応するように震える。まるで歓喜にうち震えてでもいるかのようにその体躯が禍々しく蠢く。
「光の護封剣が発動されているから攻撃は出来ないけど、この効果を発動するのならそれはあまり関係ない。絶望して、嫌になっちまったら俺の胸に飛び込んできてくれたっていいんだぜ。その時点でサレンダーとみなすけどな。――地縛神Wiraqocha Rascaの効果発動。このターンのバトルフェイズをスキップすることで相手プレイヤーのライフを一にする。ポーラスター・オベイ!」
ヨハンが高らかに宣言し、地縛神が胸を反って咆哮する。一瞬の後に十代の残りライフを示す数値が「〇〇〇一」まで減少した。
「うっそだろ、あれ!」
かつて最後のダークシグナー、レクス・ゴドウィンが使用していた最後にして最強最悪の効果を持つ地縛神。その効果でクロウ、ジャック、遊星が次々と窮地に追い込まれた。だがネオドミノを滅ぼそうとしたあの悪霊は赤き龍に敗れアステカの地に追い戻されたはずだ。
上空に降臨した地縛神の姿は地上からでもはっきりと確認出来た。何しろ大きい。レインボー・ルインの遺跡を映し出すフィールド魔法がカバーしている範囲ととんとんのサイズなのではないだろうか。
「十代、あんなのと戦ってるのかよ。なんていうかもうなんでもありだなヨハンの奴……」
「私全然状況が呑み込めないんだけどヨハン君って何者なの?」
「そんなの俺も知りたい」
わかるわけないじゃん、と龍亞は両手を広げて首を横に振った。だよね、と龍可もどうしたものかと頷く。
「どうしてここから見上げてることしか出来ないのかしら。赤き龍も意地悪よ。見えるだけっていうのが一番もどかしくて悔しいのに……っ?!」
上空で地縛神が咆哮し、その余波で地鳴りが発生する。空気が嫌な感触になって肌に残った。この感触には覚えがある。かつてレクス・ゴドウィンとの戦いでジャックとクロウが効果によりライフを一まで減少させられ、クラッシュした時と同じものだ。
「今の、絶対そうだよな。あの効果が発動したんだ。……ああもう、十代のことが心配でたまらなくなってきた!」
ジャックの避難誘導が功を奏し、今現在シティで建造物の外に出ているのは龍亞、龍可、アキ、そしてジャックや牛尾らセキュリティの人員のみとなっている。龍亞等三人は上空がよく見えるようにビルの屋上に移動していたのだが、そのせいか揺れがやや大きく感じられた。上空に立って(足場があるのかどうかは知らないが)いるだろう十代はもっと派手な衝撃波をもろに喰らっているだろう。龍亞は地団太を踏む。
「地縛神が出てるんだからさあ、赤き龍も警告するだけじゃなくて何か力を貸してあげてよ! 確かに十代はシグナーじゃないけど今すっごい頑張って戦っててすっごいピンチなんだぜ。シグナーだから助けるけど後は知らないなんてそんなの無責任すぎる!」
どこにいるのかもわからない赤き龍に向かって龍亞は叫んだ。上空で地縛神の翼が大きく揺らめく。確か、あのモンスター効果にはそのターンのバトルフェイズをスキップさせるデメリット効果が付いていたはずだからバーンカードを使われない限り十代がターン中に敗北するということはないだろうが、それにしたってやっぱり不吉だった。あの赤紫のコンドルの姿が、それだけでものすごく嫌なものなのだ。
「この、ケチ龍! 出てくるんならちゃんと助けてやれよっ!! 奇跡の一つや二つや三つぐらい起こしてやってもいいだろ?!」
我慢の限界に達した龍亞が叫んだ。するとどこからか龍の咆哮が鳴り響き右腕の痣が光り出す。痣の発光は龍亞を中心に龍可、アキにも伝播し一帯を激しい赤の光が包み込んだ。
そして痣がすっと各々の右腕から消滅し、赤い光は急速に集束して遙か上空を目掛けて飛んで行く。
「……え。あ、マジでやってくれるの?」
言い出しっぺのはずの龍亞がきょとんとした声を出した。
「そうみたい。きっと遊星やクロウ、ジャックの痣も同じように上へ……十代の方に向かったに違いないわ」
「だよね。ねえ、赤き龍、どうせなら俺の声も十代に届けてよ。頑張れ、龍亞兄ちゃんが付いてるんだからなって」
龍亞の声に応える咆哮はなかったが、光の筋がちかりと光る。その煌めきを見据えてアキは目蓋を伏せ、両腕を合わせた。祈るように。
「チーフ、この光は……?」
右腕に痣が宿り、眩しく発光しそしてふっと掻き消える。実に二十数年ぶりの現象に遊星は驚きを禁じ得ないふうにやや目を丸くした。痣が変わった光は遊星の手の中のカード、「Beyond the World」をふわりと包み込む。光の中でカードがくるくると回転を始めた。同時に、何かの共鳴を感じる。――シグナー達の心が共鳴し重なるあの感覚。
「オカルトだといって、笑うかもしれないな。これは赤き龍の――アステカの守護神の加護の光だ。この痣を目印にチーム・5D’sは集まった。俺達を繋いでいた印だ」
カードが光の中へ溶けていく。やがて赤い光は窓ガラス目掛けて進路を定め、閃光となって外へと消えていった。遊星の手の中にカードはもうない。
「赤き龍。カードと一緒に、俺の伝言も頼めるか。帰りを、待ってる。お前の好きなエビフライもアキに頼んで作って貰おう。無事に解決したら、ヨハン君のことも連れて来たらどうだ? 歓迎する」
咆哮はなく、ただ消えていく光の筋が一際強く瞬いた。だが、それで十分だ。赤き龍はきっとこの言葉を伝えてくれるだろう。娘と、尊敬している人に。
あの人ならやり遂げてくれる。遊星はそう信じている。誰が何と言おうと、遊城十代は不動遊星のヒーローなのだ。
地縛神の効果の影響で派手に体を仰け反らせつつも、十代は翼を翻すことで何とか体をその場に留めた。結構な圧力を無理矢理に相殺したことで体中がぎしぎしと痛んだ。女の子の体に酷いことをするもんだと内心毒づくが、口には出さない。破滅の光はマゾヒストの気も持ちながらサディスト寄りの嗜好も持っているつまるところの変態なので言ったって楽しそうに笑われるのが関の山だ。
「効果を使ったことによりこのターンのバトルフェイズは強制スキップされる。これで俺はターンエンド」
「っ……、エンド宣言にチェーンして罠オープン、『リミット・リバース』! 墓地のユベルを選択して特殊召喚する!!」
「オーケー。それを狙っていたわけか。今度こそターンエンドだ、君のターンだぜ」
「俺のターン、ドロー!」
ディスクに収められたデッキのトップからカードを一枚引き抜き、表に返す。その図柄に意表を突かれて十代は口を小さくすぼめた。真っ白い、何も描かれていないブランク・カード。例のカードの代わりにデッキに投入していたものだ。
(このタイミングでこれ、かよ……。あとは遊星が何とかしてカードをこっちに送り届けてくれるのを待ってこのターンを引き延ばすのが次善策ってか?)
しかし不自然に引き延ばすとそれはそれでまたまずいだろう。何か勘繰って、デュエルを放棄されて実力行使に及ばれてはたまったものではない。
考えるのは一先ずそこまでにして、十代はディスク上のカードに手を掛けた。仮に今求めているカードが届いたとしても、場にユベル究極体が出ていなければあの効果はまるで意味を成さない。どころかそもそも条件が揃わないことになるので発動も出来ないのだ。
「ユベルを守備表示に変更することでリミット・リバースの効果によりユベルを破壊、そのモンスター効果で『ユベル‐Das Abscheulich Ritter』を特殊召喚。そして手札から『スナイプストーカー』を召喚! スナイプストーカーの効果発動、手札一枚をコストにサイコロを振り一と六以外の目が出た時フィールド上のカード一枚を破壊する。俺はユベル‐Das Abscheulich Ritterを選択! ……出目は三だ。ユベル‐Das Abscheulich Ritterを破壊しその効果により『ユベル‐Das Extremer Traurig Drachen』を特殊召喚!!」
あっという間にユベルの最終形態が場に顕現する。ヨハンも流石に息を呑み、しかし不敵に笑んだ。それでこそ優しい闇だ。それでこそ遊城十代だ。
そのぐらいはやってのけてくれないと面白味がない。
「で、ユベルを出してどうする? その形態は確かに強力だけど、俺の方にも対抗策がないこともないし」
「何も妨害なくユベルでレインボー・ドラゴンを攻撃出来れば勝ちが決まるけど、俺だってお前がそう易々攻撃を通してくれないことぐらい理解してるさ。……俺が、狙ってるのはそこじゃない」
「ふうん。じゃあ何を狙っているんだい? 手札はもう一枚しか残ってないみたいだけど」
ヨハンが一枚っきりの手札を指差して使ってみろよ、と挑発を仕掛けてくる。だが今はまだ使うわけにもいかない。真っ白なカードではディスクは認識してくれない。
(そういえば俺、安直に遊星が届けてくれるとばかり思ってたけどあいつここまで来れんのか……?)
今更ながら焦りが沸き起こり、十代の頬を冷や汗が伝った。それを目ざとく見付けてヨハンが更に言葉で攻勢をかけてくる。「なあ、来いよ」、とヨハンの腕が伸ばされた。だが今その腕を取ることは有り得ない。
あれだけの啖呵を切ったのにまだ何も変えられていないのだ。
しかしそうそう不自然な間を空けることも出来ない。先程の発言をブラフと見てバトルに入るか、はたまたエンド宣言をしてしまうか。光の護封剣の効果はもう一ターンだけ持続する。
(ああもう、どうすればいいんだよぉ!)
十代の心が揺れ動き、もういっそ頭を抱えてない知恵を無理矢理にでも引きずり出そうかとも思ったその時、上空に浮かび上がるレインボー・ルインの遺跡に異変が発生した。
足元、地上の方から赤い閃光がレインボー・ルインの遺跡を突き抜けて天の方へと猛烈な勢いで登っていく。その閃光を追いかけるように雄叫びを上げながら一頭の龍が出現した。全身が赤い陽炎のように揺らめきたゆたう長身の龍。数度、遊城十代が見たことのあるものだ。不動遊星に不思議な力を与え、時間を超えた移動を可能にしていた超常の存在。
赤き龍。
「……なんだ? これ」
ヨハンが不思議そうに首を傾げる。突き破られてレインボー・ルインの足場に豪快に穴が開いてしまったことはあまり気に留めていないらしい。まあ所詮はフィールド魔法が作り出したものだ。地上には瓦礫が墜落したりして被害が出ているだろうが、破滅の光にとっては些細なことだろう。聞いたら知ったこっちゃないと言うに違いない。
赤き龍は体勢を整えると十代の方に向き直り、また一咆えした。びりびりと揺れる空気が鼓膜を刺激する。「……俺になんか用か?」と恐る恐る尋ねると赤き龍はこくりと頷く動作をし、十代の方目掛けて飛び込んで来た。
「――うわっ?!」
赤き龍が十代の体を通り抜けていくのと同時に、背中が酷く熱く痛む。十代の背に、ドラゴン・ヘッドからドラゴンズ・ハートまでの六つの痣が一つに合わさった赤き龍究極の痣が浮かび上がった。熱に浮かされるように、次々と聞こえないはずの声が十代の耳に飛び込んでくる。
『頑張れ、龍亞兄ちゃんが付いてるんだからな!』
龍亞のまっすぐな声が響いた。
『十代とヨハン君がどうして戦っているのか、私にはわかりようがないわ。でも、何となくこれだけはわかるの。二人にとって今がすごく大事な瞬間なのね。後悔しないようにね』
龍可の綺麗な声が響いた。
『十代。無事でいてちょうだい。母さんを心配させるそういう悪いところは本当にお父さんにそっくりなんだから。……愛してるわ、私の十代』
アキの祈りが言葉になって響いた。
『ふん、苦戦しているようだな。窮地は誰しもが経験するもの、乗り越えてこそのデュエリストだ。それを忘れるな』
ジャックの叱咤激励が響いた。
『ったく、世界の裏側にいるくせにはらはらさせやがって! 面倒ごとが終わったら俺にちゃんと報告しろよ、気になって仕方ないからな。お前なら上手い方向に持ってけるだろ。皆、お前を信じてるんだ』
クロウの素直じゃない声が響いた。
『帰りを、待ってる。お前の好きなエビフライもアキに頼んで作って貰おう。無事に解決したら、ヨハン君のことも連れて来たらどうだ? 歓迎する』
そして最後に、遊星が娘に宛てたメッセージが響いた。
「……オッケー遊星。今の言葉、全部受け取った。きっとお前の娘にも伝わってる。――だから俺は、やってみたかったことを、叶えたい願いを現実にしてみせる。このくだらない運命を終わりする。そのために、」
たった今ドローしたばかりのブランクカード、デッキに予め一枚だけ入れておいた真っ白のダミーカードのデータが赤き龍の力で切り替わっていく。白紙に美しい絵柄が描き出され、一枚の魔法カードとしてその姿を完成させた。分類区分、速攻魔法。世界に一枚きりのオーダーメイドだ。
「このカードが必要不可欠だった。ありがとう遊星。これで俺とヨハンは、いいや、優しい闇と破滅の光はもう二度と殺し合わなくて済むかもしれない」
「……何を、言ってる、十代。今のはなんだ? ――今君は何を終わらせると言った?」
「俺とお前のはた迷惑な運命をだよ。もう逃げるのは止めにしよう、『ヨハン』。眩しい光で塗り潰されたあの記憶、あれにかけられていた戒めはそろそろ解かれて然るべきだ」
「何を馬鹿なことを」
ヨハンが、破滅の光がそう言った。彼はうろたえているみたいだった。「眩しい光で塗り潰された記憶」という言葉に反応して、ともすると焦っているようにも見受けられる。
先程までの余裕はいつの間にかなくなってしまっているようだった。そんなに記憶というワードが恐ろしいのだろうか。
「お前は無意識に消去された記憶を取り戻すことを恐れているんだ。お前がこの連鎖を、循環を望むのはきっとそこから逃れるためなんだよな。その記憶の中を見てまた何がしかのショックを受けることが怖いんだろう? でも、怖がっているばかりじゃ何も進まない。実際この数千年というもの俺達の関係は硬直しきってた。でも変わったこともある。――俺とお前は、心を手に入れた」
初めはなかった感情を手に入れた。声高に叫び続けていた愛、少し意味は違っていたけれどその言葉を口に出来るのは心があるからだ。ただプログラム通りに動く機械人形じゃないから愛してるという言葉が漏れる。少しばかり考えがおかしくったってこれだけは間違いなくそうであるはずなのだ。
だから十代は愛を叫ばれた分を返す勢いで叫ぶ。
「心を手に入れたのなら、もう立ち止まってちゃ駄目だ。昔ヨハンは俺に言ってくれた。走り続けている俺が好きだって。だから自分も走ってるんだって。だけど今お前は止まってしまっているんだ。走ることを、真実に目を向けることを恐怖しているから」
十代は手札の最後の一枚をヨハンの方にくるりと反転させて見せ、それからディスクに叩き付けた。ソリッド・ヴィジョンでカードが拡大されて発動を告知する。世界の果てに向かって伸びる虹に重なるようにレインボー・ドラゴンとユベル究極体が描かれたその図柄に、ヨハンが小さく息を呑んだのがわかった。
「俺は手札から速攻魔法『Beyond the World』を発動。このカードの発動はいかなる魔法・罠・モンスター効果も無効にすることは出来ない。フィールドの『究極宝玉神レインボー・ドラゴン』と『ユベル‐Das Extremer Traurig Drachen』を一枚ずつリリースして発動する。フィールドの『虹の古代都市‐レインボー・ルイン』及びフィールド、墓地の『宝玉獣』と名の付いたモンスター七体を指定することで除外されたカードを手札に戻し、デュエルまたはマッチを強制終了させる!」
レインボー・ドラゴンとユベルが場から消滅し、代わりに「レインボー・ルイン」のフィールド魔法カードと七体の宝玉獣達がピックアップされ浮かび上がる。一体何が起こっているのか、何が起ころうとしているのか理解が追い付いていないらしくヨハンは目を白黒させていたが、宝玉獣達は十代に視線をやると頷いた。
「百年前に隼人にこっそり作って貰った特別製さ。世界に一枚しかないお前のためのカードだ。……なあ破滅の光、いや、ヨハン。俺がカードの効果を現実に出来ることはお前も重々承知してるだろ? だったら、今この効果を発動したらどうなるのか――薄々見当が付いてるんじゃないか」
ヨハンは驚愕の表情のまま返事を寄越さない。だが、小さくその唇が動いた。……「じゅう、だい、」頼りないその言葉に十代は確信する。
「気付いたみたいだな。そう、この場合現実における除外されているカードは『消されてしまった俺達二人の古い古い記憶』でデュエルまたはマッチは『連鎖し続ける殺し合いの運命』に相当する。……さあ、どうなるだろうな。大人しく結果を待ってみようじゃないか」
ピックアップされたレインボー・ルインのカードがぴかぴかと光り、二人の中央の位置でくるくると回転を始めた。宝玉獣達はそのカードに向かって歩いて行き、そして吸い寄せられるようにふっとその場から掻き消えてしまう。ヨハンはそこで初めて焦ったように腕を伸ばした。だがその腕が掴めるものは何もなく、代わりにカードから溢れ出た七色の光がヨハンに触れた。
温かい虹の光が二人を包み込む。
「……一緒に行こう、ヨハン」
やがて宝玉獣達と同じように二人もレインボー・ルインのカードの中に吸い寄せられて消えた。
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