暁の小鳥:02 誇るべき伝統と歴史はあれど、傲るような格式はなし。 報酬が高くとも、筋の通らない仕事は受け付けない。 そもそも貧しい人々からは、報酬を貰わない。 それが、いつの世も変わらぬ清貧傭兵団「グレイル傭兵団」の矜恃だった。 「カイル。報告をしたいのですがよろしいですか」 「ああ、了解。何か変わったことはあったか?」 「あったから定時が抜けているんですよ。……大変です。私が独自入手した情報ですが、近々クリミアでクーデターが起こります」 「なんだって?」 「クリミアだけではありません。デイン、ベグニオンも同時にクーデターを起こし、大陸を混乱に陥れることも視野に入れているようです」 「……参ったな……。うちがクリミア王家と親しいのはよく知られてるし。煽りを喰らってうちも攻撃されかねないんじゃないか?」 「ええ。その可能性は多いに」 どうします、といつもと変わらぬ沈着な声音で言い参謀の少女は書類を捲った。 「団長としてあなたには決断をする義務があります」 「セイラ。だったら俺には、君に意見を求める権利がある。ぶっちゃけさ、セイラはどう考えてる?」 「私ですか?」 ぱたん、とファイルを閉じる。セイラはそうですね、と思案顔になって幾ばくかの呟きを漏らした。 「私なら……一応三国王家に親書を送った後、ずらかりますが」 「あのなあ、ずらかるっておまえ……」 「ですが、うちの傭兵団が生き残るうえで尤も賢い方法はそれですよ」 さらりとそんなことを言ってのけた少女に少年は苦笑して、諌める。 第一一応の礼儀だけして夜逃げというのは、グレイル傭兵団という組織のプライドが許さないだろう。 弱者を助け信念を重んじるのが気風なのだから。 「やっぱり、俺としては王家側について彼らを助けたいよ。今の三王家は穏健派だし、民々を第一に考えた政治を行っていて打倒される理由が見つからない。どうせ首謀してるのは、権力をかさに威張りたい貴族たちだろ」 「ええまあ、その通りです。カイルにしては的を射た結論ですね」 「相変わらず酷いなー」 「それがセイラの良いところですよ、カイル」 「そうか? 俺はなんかもの淋しいけどな。――それよりエルラン、調子はどんな感じだ」 「上々です」 エルラン、と呼ばれた男は部屋に入ってくるとセイラから書類を受け取り、ぱらぱらと中身を確めた。時折頷いたりしながら、素早く目を通してゆく。 「……ふむ。ここまで調べるのは骨だったでしょう? お疲れ様です、セイラ」 「いえ、大したことは。デインの情勢が多少埋まらなかったのが心残りですし」 「あなたのそういう職務への殊勝な態度は、本当に彼によく似ていますね」 尤も彼は職務と主以外には横柄ではないものの殊勝でもありませんでしたけどね、とエルランは笑い書類をセイラへ返す。セイラはすぐさまそれを小脇に抱えてカイルの隣に動いた。 「私もカイルの意見に概ね賛成です。今晩の団議で団員たちの意向をたずねてみるといいと思いますよ」 「うん。ありがとうエルラン」 このエルランという男が傭兵団に現れたのは、半年ほど前のことだ。 何故だかは知らないが、国境あたりで行き倒れていたところを任務帰りに発見し、そのまま砦に連れ帰ったのである。 自らを翼を無くした鳥翼族であると名乗った彼は続いて、興味が出たから傭兵団に置いて欲しいと頼んできた。そしてその代わりに、参謀補佐の役を務め「昔の話」をするからと。 貧乏ではあるが義理人情に篤く、またお人好しが多いグレイル傭兵団であるために団員たちも快く彼を受け入れた。 勿論、自分達より長きを生きているラグズの話す昔話とやらに興をそそられたというのも大きかったけれど。 「……二代目なら、どんな決断をしたのかな」 「カイルとそう変わらないと思いますよ」 団長室の壁に掛けられた絵を見て、カイルはぽつりと呟いた。それにエルランが静かに答える。 「彼は――若き英雄アイクは、お人好しで正義感の強い、熱血漢でしたからね」 ◇◆◇◆◇ 「――っくしゅ!」 くしゃみを一発かますと、アイクはずび、と鼻をすすった。 「噂でもされたのか……しかしサーガじゃないとこで噂なんぞ、また鷹王やらのあたりか?」 英雄となり伝説と化したアイクにとっては、名を上げて噂をされることなんぞ日常茶飯事。それでいちいちくしゃみをしていては話にならない。 「まあいいか。今問題なのはどちらかといえばあの二人の方だからな」 はあ、と盛大に情けない溜め息を吐いてアイクはショップの方を見た。視線の先にいるのは二人の人間だ。 銀の髪の美しい女性と、何故かワンピースに似た服を来た黒髪の参謀。 「暁の巫女」ミカヤと「静寂の風使い」セネリオ。 二人は明らかに女性向けの店の中で、きゃっきゃとはしゃぎながら(少なくともアイクにはそう見えた)何か品定めをしているようだった。 ミカヤと合流したのはこの日の午前のことだ。もうそろそろ、クーデターが実行に移されそうだということでテリウス各地を転々としている彼女と連絡を取ったのだ。 ミカヤがいてくれると、何かと助かると踏んでの行動である。戦力も女手もあって不便なことは少ない。 しかしアイクは忘れていた。ミカヤとセネリオがしばらく会っていなかったことを。 いつもは冷徹な参謀が、ある時を境に彼女と一緒になるとやたらハイになってしまうようになったことを。 「……セネリオ、ミカヤ、まだ終わらんのか」 「あ、アイク。これどうでしょう、これ」 もうぞろ待つのにも飽きて声をかけると、いつも以上に女の子めいて可愛らしいセネリオが、嬉しそうな顔をしてアイクにケープを見せた。 明らかに女物なのだが、ミカヤと親しくなってからセネリオはあまりそのあたりを気にしなくなっていた。スパッツを下に穿いていればそれでいいです、というスタンスに変えたらしい。 恐るべし暁の巫女の影響力である。 「まあ……可愛いのは認めるが。二人とも何のために合流したのか忘れたのか?」 「いいじゃないですか、アイクさん。久しぶりに会えたので、わたしもセネリオも嬉しいんですよ」 「もう、アイクには気遣いが足りないんですよね」 ……何かボロクソに言われている気がする。 これだから、というふうに露骨にがっかりした表情をするとセネリオは上目遣いにアイクを見た。アイクはそれを受け流そうと試みるが、如何せんずっと大事に寄り添ってきた相手だ――弱い。圧倒的に、弱い。 アイクは一分ほどで根負けすると彼の手からシンプルなデザインのケープを掴み上げて勘定をしに店員の方へ持って行った。 ミカヤがくすくすと笑っていたような気がするが、多分気にしたら負けだろう。 ◇◆◇◆◇ それまで互いを避けあっている感のあった二人が親しくなったきっかけは、サザの死だった。 わかっていたこととはいえ――愛する伴侶を喪った悲しみや苦しみというのは筆舌に尽くしがたい。彼を喪ったミカヤは目も当てられぬほど落ち込み、嘆き、泣き通した。 そんな彼女に歩み寄り、立ち直らせたのは意外にもセネリオだった。 いや、意外でもないのか。何故ならセネリオには、痛いほどミカヤの苦しみが理解出来たのだ。 本来ならばセネリオもまた、ミカヤ同様の運命を辿るはずだったのだから。 ともかくそれ以来、二人は見事に意気投合し仲睦まじく付き合うようになった。それはいいことだと、アイクも思う。 どう見ても仲の良い女友達にしか見えないことがいささか疑問ではあったが。 「取り急ぎ、向かうべきはデイン王国ではないかと思うのですが」 「デイン?」 「ええ、ミカヤ。デインです。この国だけ情報の出回りが極端に悪い。僕ですらかなり苦労しましたからね、その道のプロでも手こずると思いますよ。この規制具合は異常です」 「……セネリオがそう言うのならそうなんだろうな」 ふうん、と優秀な参謀の言に頷いてアイクマグカップにどぼどぼと茶を注ぎ込む。 「話に聞いた限りじゃ、今代のデイン王はそこそこの人物だったと思うんだがな」 「デインはそもそも武力国家ですから……現王の穏健政治に軍部が不満を抱いているんでしょうね」 「恐らく。武人は手柄を立ててこそとする風潮は未だ根強いんです。ミカヤもそれを変えることは出来ませんでしたから、多分もう変わりませんよ」 暴力的なまでの武力に秀でた僕らが言えた義理ではありませんし――と言葉を続けてから、セネリオは何か思い出したというふうに手を叩いた。 「ああ、それとアイク」 「なんだ」 「グレイル傭兵団が、どうも首を突っ込むつもりのようですよ」 久々に聞いた懐かしい響きに、思わずアイクはむせこんでしまった。 |