06:チェーン・マテリアル
「ねえ天使、悪魔はとても綺麗な人だね」
ベッドの中で寝返りを打ちながらハンス少年が呑気な言葉を出した。そばに漂っていたヨハンはぎょっとしてハンスの顔を覗き込む。顔が真っ赤で熱が、ということはなさそうだ。
『何がどうしてその結論になったのかは知らないが、今のままだとお前は死ぬんだぞ。わかってるのか?』
「うん。でもなんかあんなに綺麗な人になら殺されちゃってもしょうがないかな、って思ったよ。……天使、変な顔。そんな顔したらもったいないと思うんだけどなあ……」
眉間に皺が寄ったいかめつい表情にハンスはころころと笑う。天使はすっごいイケメンの部類に入るんじゃないかなというのがハンスの思うところだった。しかめっ面をしていても整っている顔立ちというのはレアだと思う。ホログラフィックレアだ。
天使に体を一晩貸していた間のことは夢を見るような感覚でハンスも見聞きしていたのだが、それがまた現実離れしていて拍子抜けしてしまいそうな話だった。噂通り悪魔はクレイジー、絶頂のきちがいで絶世の美人だと素直に感じたことを夢の中の記憶でも確かに覚えている。すっごいや、と掛け値なしに思った。それなのにあの美人の悪魔ときたら天使にべたぼれなのだ。
「十二人殺しても甦らせたい人。それだけの命を犠牲にすることを悪いと思えないぐらい価値観をぐらつかせちゃう人。悪魔にとっての天使って、本当に大きな存在なんだ。天使ってすごいね?」
『ああもう、呑気だなあ。それに俺はたいしてすごくない。お互いに愛してることだけは確かだが……』
ともかく、そんな簡単に死んでもいいなんて言うもんじゃない。説教じみた言葉をヨハンは投げ掛けてはあ、と息を吐いた。ハンス少年は非常にマイペースだ。エドも翔もあの後何か考える気力が殆ど残ってなくて、しかしその足でなんとかハンスを今日終日護衛する手はずだけは整えたのだ。仕事をきちんとこなす社会人。お疲れ様です、とだけ言っておきたい。
だがどうせ無駄だろうという思いがあった。いくら人数を集めたって最後は死体が積み上がるか、もしくはターゲットのハンスを違う場所に拉致されてしまうかの二択だろう。
「悪魔は本気なんだってよくわかったんだ。気が狂うぐらいに真剣なんだって。……天使。天使は、もし悪魔の目論見が成功して生き返ったとしたら、どうするの? それは嫌なんだもんね」
『十二人を殺したうえで成り立つ命なんかいらない……けど、最初はやっぱりあいつを抱き締めてやらなきゃ。十年も一人で頑張ってくれてたんだ。それがどのぐらい孤独な十年だったか知らないわけじゃない。死体を抱えて寝てるんだぜ、あいつ。あんなに冷たいのに馬鹿に大事そうに人の骸を抱き込んでさ……本当は泣きたいんだ、十代は。なのに見てることしか出来ない。それがもどかしいとは、ずっと思ってきたから』
「やさしいね」
『そういうんじゃ、ないんだ。結局俺も馬鹿なんだな』
照れたようにぽりぽり頭を掻く仕草をする。恋人の隣に十年間、気付かれることなく浮かび続けている幽霊ってものは一体どういう気持ちだったのだろうと思った。もどかしい、というのは大いにあっただろうがそれだけだろうか。本当は、失望してしまってもおかしくなかったんじゃないだろうか。連続猟奇殺人に手を染めたことで愛想を尽かしてしまってもしょうがないように思う。結局のところ馬鹿なのだという台詞はそういうことなのかもしれない。殺人鬼でも狂人でも《血まみれマリア》だろうがなんだろうが、愛を変えるには至らなかったのだ。普通のカップルだったら、まず破局しているだろうこの状態でだ。
ハンスは天井のしみを見つめて、どうやったら天使と悪魔は幸せになれるだろうかと頭の中で想像を繰り返す。悪魔は天使がいなきゃ、駄目なんだっていう。生きていないといけないのだ。それってどういうことだろう? 悪魔が非常に長い寿命を持っているということは天使が言っていた。だったら、天使は短い寿命の人間よりも幽霊になってしまっていた方が一緒にいるには都合がいいはずだ。
わざわざ危険とデメリットを冒す理由とはなんだろう。
「……あ」
ふっと思い当たることがあってハンスは小さく息を漏らした。天使は悪魔の恋人で、そして天使が男で、悪魔が女の立場に立っている。男には出来ないが女には出来ることが一つあるのだ。そしてそれは相手の男が生きていなきゃ、話にならない。
「そういう、ことかも」
『ん? どうした?』
「ううん……なんでもないよ」
天使も天使で自分の考えに忙しかったのかハンスが何を考えていたのか勘付いた様子はない。なんでもないよ、おやすみ、と手を振ってハンスは目を閉じた。ヨハンは、ああおやすみ、と手を振り返す。
すぐにとろとろとした微睡がやってきて、ハンスは夢を見た。誰かの幸福の夢だった。
◇◆◇◆◇
「ヨハン、昼だぜ。休みの日だからって寝すぎだろ」
「ぅ……ああ、おはようじゅうだい……」
「頭まだ寝てるだろ」
フライパンを肩にかけて十代が溜め息を吐いた。ヨハンは力なく起き上がってうるせー、と悪態をつくが覇気がない。
「ご飯冷めちゃうし起きろって」
「むり、だるい」
「甲斐性なし」
「ちゅーしてくれたら起きる」
「……しょうがないな」
ベッドの中でうだうだしているヨハンに請われるままキスを落として十代は「まだ不足かよ?」と不敵に笑った。ヨハンは「欲張りは自滅する、うん」などと言いながら眠たそうに頭を擦り、起き上がった。寝癖で髪の毛がぼさぼさだ。
「元気だなあ……体力の衰えを感じるよ」
「何言ってるんだ。お前まだ二十歳じゃんか。日本人だったらようやくここから大人ってところだぜ。それまでは酒もたばこも選挙も駄目なんだ」
「十代その辺に関心あったっけ?」
「あー、まあ、あんまない」
ははっ、と笑って十代は真っ赤なエプロンを翻した。ヨハンはベッドから抜け出してクローゼットの方へのろのろ向かって行く。二人は一緒に暮らしているのだということはすぐに知れた。ごく幸せそうな夫婦の姿、に見えなくもなかった。
(あれ、でも確か、天使は享年二十歳だって……)
夢の中での意識を自覚してハンスは思考する。二十歳で死んだ天使だが、この風景の中で天使はまだ生きていて、そして二十歳なのだという。これは有り得るはずのなかったifルートの想像なのだろうか。それとも、これから天使が死ぬという日のプレイバック、追体験なのだろうか。
多分後者だろうと判断してハンスは透明な体で悪魔、十代の方へふよふよ移動した。なるほど幽霊の体というものはこんなふうなのかと呑気に考えた。
台所に立っている悪魔は持っていたフライパンを(古いジャパニーズ・コミックの母親が子供を起こす時に鳴らしているみたいな飾りだと想ったらそうでもなかったらしい)火にかけてポーチド・エッグを作っている。とても楽しそうで、ふんふんと鼻を鳴らして鼻歌を歌ってなんかいた。明るい曲調のポップスだ。音程が綺麗に取れていてなかなか上手い。
『くりくりぃ』
「おー、今日は機嫌がいいんだぜ、ハネクリボー。だからヨハンがお寝坊でも全然かまわない。なんか、こう、いいことあるような気がするんだ」
つんつんと腹部を指して見せるとハネクリボーは『ぐりぃ』と鳴いて(好きにして、惚気はもう飽き飽きだよってニュアンスの鳴き声だった)羽根をしぼませる。腹部を示す動作が妙に艶かしくて、ハンスはぱちぱちと二度三度まばたきをした。眠りに就く前にした予想がハンスの頭の中をゆっくりと横切っていく。
以前、天使が俗っぽく「生きてた頃はキスもしたし、セックスもしたよ」と言っていたことが推察の根拠だった。その言葉通り夢の中で二人はキスをしていたし、そういう関係性にあっても特に不思議がないふうな遣り取りをしている。だからもしかして、と思うのだ。悪魔が女の子の役割を担っていて天使を心底愛していて、天使も同じように悪魔を愛しているのだとしたら、「それ」を授かることを望むのは自然なことじゃないだろうか。
「ヨハンが一緒なら、まあなんだっていいんだけど」
ポーチド・エッグを皿に盛り付けながら十代は鼻歌を二曲目に突入させた。row row row the boat、漕げよ舟。上がり調子で、舟の代わりに鼻歌を漕ぐ。
そんなことをしている間に仕度を整えたヨハンがダイニングまでやってきて、寝ぼけたままを装って十代の腰に手を回してキスをした。十代は特に驚くふうもなく「しっかり起きてるの、わかってるんだからな」とにやにや笑いで返してやっていた。
場面が暗転する。
今度は随分と薄暗い場所だった。分厚い雲が空を覆い尽くした、曇天の日のようだ。ストリートの風景には覚えがあった。日本の土実野町だろう。デュエリストにとっての聖地であるということで雑誌やテレビで度々目にする機会がある時計広場だ。
ヨハンは瞳を閉じて、地に倒れ込んでいるようだった。それを抱え、十代が絶叫している。二人の周りには人だかりが出来ていたが、最前列に陣取っている面々は単なる野次馬ではなく二人の知り合いであるようだった。ハンスが知っている有名人もいる。プロデュエリストのおジャ万丈目、ヘルカイザー亮、昨日も来ていたエド・フェニックス。翔という人の姿もあったし、女性の姿もあった。背が高い長髪の美人だ。
美人は正気を失っている様子の十代に必死に何か語り掛けて何とか落ち着かせようと試みているが、あまり効き目はないみたいで十代は言葉にならない叫び声を上げるばかりだった。
(天使、死んでるんだ。この時ヨハンは天使になったんだ……)
ハンスの目にだけは、自らの死体のそばで発狂している恋人を眺める幽霊が映っていた。物憂げにまなじりを下げ、ただ十代を見つめている。それしか出来ることがないからだ。死者の手が生者の体を擦り抜けて交わることは決してない。
「俺が! 俺がお前をかみさまみたいだって、何よりも愛しいって、この身を捧げる崇拝の対象にしてもいいって、そう思ったから――!」
やっと聞き取れる言葉を発したと思ったら、まるで意味の取れない羅列だ。周囲の人々は首を捻っている。しかしその時ハンスには思うところがあった。天使がエドに聞かせていた言葉の中に天使が死んだ理由の説明があったはずだ。
『あれがさ、一種の呪いのようなものだったんだ。『悪魔は神を殺す』――このからくりに則って、『遊城十代にとっての神になったヨハン・アンデルセン』は死んだ――んだと。十代の意志に関係なく、『そういう摂理』が俺を殺したんだって十代は言ってた』
最愛の神を殺してしまった悪魔は狂愛の殺人鬼になる。悪魔は天使の生きた体を求めた。それはやっぱり、そういうことだ。
(ああ、それじゃ多分、僕が死ななきゃ……)
ハンスは意を決する。生きた体を求めている悪魔には幽霊の天使は永遠に見付けられない。どんなに近くにいたのだとしてもこんなにも遠い。永却にすれ違い続ける。それはあんまり楽しくない。
ハンスが死ねば、天使は生きた体を持って蘇るのだという。そうすれば二人は幸せになれるだろう。それは楽しいことだ。
ハンスは今まで誰かを幸福に出来たことがない。いつもいつも「変」「おかしな子供」、そういうレッテルを貼られて溜め息を吐かれるばかりだ。生きてて楽しかったためしなんてない。
だけど天使といる間は楽しかった。ほんの短い一時だったけど本当に楽しかったのだ。
だから天使に、天使の心臓になれるのならいいかなと思った。
夢はそこで終わった。
◇◆◇◆◇
真夜中になって月が空高く上っている。ぴかぴか光っていた。レモン色のその光が今日はいやにまぶしい。
窓の外から警官の呻き声なんかが聞こえてくる。「出たぞ、《悪魔》だ!」「リチュア・モンスターが実体化して襲いかかって来るぞ!」「なんとか抑えられないのか?!」「サイコ・デュエリストはいないか!」――騒々しくて煩い。でもすぐにそれらの声はぴたりと止んだ。また夜のロンドンに静寂が戻ってくる。
窓硝子が粉々に割れて、月明かりを背景に一つのシルエットが浮かび上がった。《石畳の緋き悪魔》。《魔女メーディア》。そういう名前で噂される狂愛の信奉者。
名前は遊城十代。
「よっ。迎えに来たぜ、心臓の少年」
「警官、どうしたの?」
「全員気絶。まあ明日の朝ぐらいまで休養を取って貰えると思うぜ。あいつら俺のせいで働き詰めだろうから丁度いいだろ」
適当なことを言う。ハンスはおかしくなってしまって、くすくすと声をあげて笑った。非常に面白い人だ。
「ねえ、悪魔。あなたって女? 男? 僕ちょっとそれが気になってるんだ」
首からぶら下げた大きな十字架――幽霊封じ用の奴で昔神父様に貰った。天使にしゃしゃり出てこられないようにするための魔除けだ――を弄びながらそう尋ねる。悪魔は「そんなことか?」と機嫌が良さそうに腰に手を当てて聞き返してきた。
「そういや、そういう噂もあったか? 性別不詳みたいな。まあ実際そんなもんなんだけど……男でもあるが女でもある。悪魔の体だからなあ、どっちの人間とも交われるぜ」
「妊娠って出来るの?」
「……可能だが、俺は別に君の性教育をしに来たわけじゃないぞ」
「うん、知ってるよ。推論に根拠が欲しかっただけだから。悪魔は天使……じゃなくてえっと、ヨハンのことが好きなんだもんね」
うんうんと一人で頷いてハンスは悪魔の手を握った。悪魔はきょとんとして、「ヨハンのこと、知ってるのか」だなんて言っている。よく知っているがそれを説明してもこの人は信じないだろうから話すのはやめて、その代わりに推理の答え合わせをしようと結論を口に出した。
「あなたはヨハン・アンデルセンの子供が欲しいんでしょう?」
悪魔は目を見開いて息を呑んだ。
「子供だけは、相手が生きてなきゃ授かれないもの。幽霊じゃ駄目だもんね。だから必死に生き返らせようとするんだよね。そうでしょ? 違う?」
「…………半分間違い。それだけじゃないさ。なあハンス、お前は知ってるか? 死体ってすごく冷たいんだ。俺の大好きなヨハンは体温が高めで、同じ布団に包まるとすげえ温かかった。あのぬくもりがもう一回欲しいんだ。失いたくないんだ」
もう二度と。力のこもった台詞を繰り返す。喪失の痛みが悪魔の心的外傷を掘り起こす。心の痛みに弱い上に支えてくれる人を失えば、この感情は致し方ない。
「よくわかったなあ、そんなとこまで。でもそこまで理解したんならこれもわかってるはずだよな。お前は死ぬ。何と言おうと心臓を抉り抜いてチェーン・マテリアルへの貢物になって貰う」
《魔女メーディア》は囁く。その囁きを聞いているとなんだか魔法にかかったみたいに頭がぼんやりとしてきて、ハンスはごしごしと眠たい眼を擦り上げた。意識が朦朧とするようだ。
「お前で最後だ。お前を捧げればチェーン・マテリアルは発動出来る。あと一歩なんだ。恨まないでくれよ」
「僕は恨まないよ。昨日ね、夢を見て……幸せそうな夢だった。天使も悪魔も綺麗だったよ。ね、悪魔、僕ってあんまり必要じゃない子供なんだって。いつもおかしなことばっかり言ってるほら吹きの頭のおかしい子だから、いらないみたいなんだ。皆口には出さないけどね……そういう目で疎んじてるからそうなんだと思う。でもこんな僕でも天使はおかしいなんて一言も言わなかったし、楽しかったんだ。そして悪魔はそんな僕の心臓を必要としてくれるんでしょ? 僕は天使の心臓になれるのなら、別に殺されてもいいんだ。……でも」
「ぶっ飛んでんな。それででも、なんだって?」
「天使はそれが嫌だって言ってたよ。もしもだよ……生き返ったあなたの『神』が、あなたのことを嫌って憎んで罵ったとしたらどうするの?」
ハンスは問う。勿論天使は今でも悪魔のことをずっとずっと愛しているからそんなことは言わないだろう。でも悪魔はそういうことを考えておかなければならない。この手の蘇生物語というのは、蘇った瞬間に人格が破壊されたり気が狂ってしまうなんてことがあるからだ。
しかし悪魔は黙って首を横に振った。やはり、泰然と超然としていた。
「いいよ。ヨハンに嫌われても、憎まれても、罵られても、いいよ。ヨハンがもう一度俺を見てくれるのならば。愛してくれなくてもいいよ。あの声が聞けるのならば。名前を呼んでくれたら最高だな。だからそういう心配は必要ない」
「……そっか」
やっぱり、すごい。心からそう思う。この凄絶なまでにうつくしいひとは本当にすごい。凄まじい。この人は最後に蘇った恋人に殺されたとしても麗しい美しい表情で安らかに眠っていくのだろう。むしろそれが最善だったとでも言うように。ハンスは目を閉じた。瞼の裏にそれらの光景がくっきりと浮かんでいくようだった。
「『ヒーロー使いのジューダイ・ユウキ』、僕が最後にあなたに言えることが一つだけあるよ。ヨハン・アンデルセンは今でもあなたを愛してる。ずっとそばであなたのことを見てたんだ」
「知ってたんだな。俺が昔ヒーロー使ってたの。今は廃業しちゃったけど、いつか死んだら謝りに行こうと思ってるよ。その時、君と他の十一人にも会いに行こうかなって考えてるからまた会えたら、宜しくな。地獄ぐらいなら這い上がって行くからさ」
「意外とすぐ会えるかもね」
「どうかな。案外そうかもしれないな……」
思案して苦笑すると悪魔は腕をハンスの左胸に伸ばした。心臓の位置。どくどくと健康に脈打っている。ハンスは目を閉じたまま悪魔の指先を感じる。綺麗に切り揃えられた爪は丸っぽくて、柔らかかった。
「じゃ、死んでくれ」
《悪魔》が言った。
「さよなら《十二番目のハンス》。神の心臓になる少年」
ハンス少年のベッドの上に左胸だけがぽっかりと抉り取られた死体が安置されている。血が止まる気配はなく、ベッドのシーツやなんやを血まみれに染め上げていた。今度の死体はリバースしていなかったしバラバラに切り刻まれてもいない。せめてもの敬意の表明だった。
「異次元トンネル‐ミラーゲート」を取り出して発動させ、貯めておいた十一の内蔵入りケースと一つの新品を取り出す。新鮮な心臓を瓶詰めにして一息吐いた。
十二個の供物、十二の臓腑がふわふわとガラス瓶から浮かび上がって円を成す。その中央に悪魔はヨハンの死体を抱いて座り込んでいた。臓物はホルマリンにでも漬けてあるのかと疑いたくなるぐらいに綺麗な形状を保っていた。現場に残された死体の残りと違ってぐちゃぐちゃのミンチになっていたりなんてことは絶対にない。
何か光がふわふわとそれらを取り囲み、中央にカードが一枚現れる。悪魔は目を瞑った。
チェーン・マテリアルが回り出す。
「石畳の緋き悪魔」-Copyright(c) 倉田翠