[ JUSTICE:藤堂の双生児


 藤堂尚也と藤堂和也は、双子の兄弟だった。
 だった、というのはそれが過去を示す表現だからであり、今はもう和也はこの世には存在していないからだ。和也は子供の頃に死んだ。小学生の頃だった。
 その日、尚也は風邪を引いて寝込んでいた。和也は検診を受けに病院に連れて行かれたのだが、母親に買って貰った漫画を早く尚也に見せてやろうとして診察後家へ向かって駆け出し、その結果車に跳ねられて呆気なく死んだ。
 兄和也の突然の死。それは通常よりも重たい意味を持って残された尚也に纏わり付く。和也を喪って平静を保てなくなった母親と二人きりの沈んだ家庭。とうとう母親に和也と完全に取り違えられ、この時幼い尚也はこう思った。
 「藤堂尚也は、必要ない」。
 一ヶ月もすると母親は今までの言動が嘘のように元の精神を取り戻し、尚也を和也と間違えることはなくなった。だから尚也も、和也と間違えられたこと、どうして和也が死んで尚也が生き残ってしまったのかという痛ましい疑問、それらについての記憶に蓋をして封じてしまった。
 だが刻みつけられた心的外傷は決して消えてなくなりはしない。
 藤堂尚也の中には、「藤堂和也」の偶像が今もって、生き続けている。

 そうして高校二年生の秋、トラウマは実体を持って尚也を襲い出す。「ペルソナ様」遊びを面白半分に実行した尚也はペルソナ使いとして覚醒し、和也と再会したのだ。
「まさか俺のこと、忘れてたりはしねえよなあ……」
 目の前に現れた男の、姿形はうり二つ。だが決定的な違和感がある。男には左耳のピアスがない。
 当たり前だ。ピアスを開ける前に、藤堂和也は死んだ。


「ピアスは俺にとっての聖痕みたいなものだった。焼きごてで付けられたような、そういう痛ましいスティグマータ。忌々しくもあり、そしてまた愛おしくもある。お前にも、そういうのないか?」
「ああ……俺にとっては過去の記憶それそのものがそういう、くびきのようなものだ。藤堂、俺は、俺は馬鹿だった。どうしようもなく無知で、浅はかで、何もわかっちゃいなかった。……変えてしまったんだ。摂理を歪めた。『もしも』を願ってしまった」
「それじゃ、お前の罪っていうのは」
「そうだ。いたずらに世界を歪め、パラレル・ワールドを作り出し、そのくせその両方を共存させることに失敗して結局どちらでも面倒ごとを引き起こしてしまった。だから俺はこの無限に思える牢獄にいることを甘受するしかない。こんなの、罪に対する罰としては軽いぐらいだ」
 そうして周防達哉は笑んだ。シニカルにアイロニカルに。自嘲気味に自らを蔑んで、ほんとうにただ甘受している。
 そのさまは少し思考の停滞にも似ていた。
「で、ずっとそうしてりゃいいと思ってるわけか」
「……言い訳だとはわかっている。だがそれ以外に、出来ることは何もない。この場所ではペルソナを喚ぶことも出来ない」
「そこは俺もイーブンだけど。……いつからここにいるんだ? 見たところ、姿形はそんなに変わってなさそうだけど……」
「――わからない」
「ん?」
「わからない。気が遠くなるような長い時間だったような、くだらないぐらいにすぐ通り過ぎた一瞬だったような……いつからこうしていたのか、いつまでこれが続くのか、俺の意識はいつか限界を迎えるのか……それすらももう忘れてしまった」
 指を順繰りに手繰り、折り曲げては開く。単純な屈折運動。その中に無意識が現れて、薄れ、やがて……
 藤堂尚也は予見した。このまま放っておけば、この青年は必ず、「なくなる」。それはある意味で死ぬよりももっとおぞましく、ぞっとしない末路だ。なかったことになる。彼がいつかどこかの世界に足をつけて生きていたことも誰かのために戦っていたことも全てだ。
「お前さ」
「ああ」
「ここにいたら、いつか駄目になるな」
「……ああ」
「そのいつかまでもうあまり時間がないのかもしれないとも思った。な、ところでさ……お前、兄弟っている?」
「は? あ、ああ。兄が一人いるが」
「兄貴か。いいな。俺にも昔兄貴がいた。双子の、俺とそっくりででも全然似てない頭のいい奴だった。そいつ、和也は俺のために死んだんだ。それで今頃になってようやく俺は自分が和也のことを愛していたことに思い至った。なあ達哉、お前は自分の兄貴にそれを伝えられたか? 喧嘩別れとか、してないか?」
「……初恋の人を、兄さんに託してきた。兄さんならきっとあの人を幸せにしてくれるはずだと思ったから」
「そっか」
 達哉がどうしてそんなことを聞くのかわからない、というふうに訝しそうな表情を向けてくる。実のところ、尚也にもどうして急にこの話を始めてしまったのかははっきりとはわかっていなかった。
 ただ、ここで今和也のことを誰かに話しておかなければならないと感じたのだ。
「一回夢を見たことがあるんだ。ヒュプノスの塔で……そこは、悪魔の力で作り出された『望む夢を見ていられる』結界だった。夢の中で俺は和也と二人で、どこへ行くにも何をするにも一緒だった。同じ服を着て、同じとこに出かけて、おんなじようにゴロゴロして、おんなじように飯を食って……子供のまま図体だけがでっかくなったみたいに。ある種、和也と尚也のふたりで世界を作ろうとしているかのようだった」
 あの生き残るための戦いの最中で、幾度も幾度も尚也を殺そうとした和也は結局のところ尚也自身が生み出した幻影で、尚也の主人格に成り代わろうとした無数のイデアの内のひとかけらにすぎなかった。でもそれは、そうとわかった時点で、既に尚也でありながら「和也」という名前を備えたものに昇華されつつあった。ピアスのない、スティグマータのないその耳たぶ。
 今になって漠然と思う。――どうして、藤堂尚也はピアスなどあけてしまったのだろう――?
「俺は和也のことを愛していたんだ。中途半端に奪われて、きっと心のどこかで取り戻したいと願っていた。だけど、『もしも』は、それだけは決して考えようとしなかった。戒めていた。どんなに祈っても死者は取り戻してはならないって、ああ、そうだな、南条もそんなことを言っていたから……」
 だが今更それを問うたところで何かが変わるわけでもない。銀のリングピアスは藤堂尚也の疵痕である。象徴である。その事実は厳然と今もそこにぶら下がっているのだから。
「俺、達哉を助けるよ」
 だから、ピアスに指を伸ばしながらそう言ってやった。
「仮定論は好きじゃないけど、それはこれから俺が成せることだから言う。お前はここにいるべきじゃない。十分すぎるほどの報いを、罰を受けた人間の顔ってやつをしてるから」
 どこからか少年の声がきこえてくる。幼い子供の必死な語りかけだ。なお、なおや、と藤堂尚也の名を呼んで手を伸ばそうとする。体を掴み取って引っ張り上げる。
 この閉ざされた世界から強引に助け出そうとする誰かは手順ってものをまるきり無視してどうして持っているのかわからない力で強引に尚也を切り取ろうとしていた。自分の姿形が崩落しそうだということを感じる。
「いまわの神取みたいな、そういう顔してる」
 達哉の顔色が変わった。神取の名に驚いたのかそれとも尚也の体に起こった異変に驚いたのか、そのどちらなのかはとうとう尚也には分からなかった。達哉の声が遠くなる。代わりに、少年の声が近づいてくる。
「ごめん。せめて君だけでも助けたかったんだけど――」
「そうか。お前は誰だ?」
「――力不足だった。人間の姿を維持させることが出来ないみたい。ごめん。僕は神郷湊、まあ……死に損ないみたいな、そういうもの」
 湊の背後で棺桶を背負った黒い亡霊のような何かが吼えている。ああ死神だとそう思った。
 それには死神アルカナのペルソナ、という意味合いよりも死に密接に関わる何か、という意味合いが濃く含まれている。



◇◆◇◆◇



 タロット・カードの大アルカナが無造作に机の上に広げられて、場合分けをされている。十三番の死神以降は無造作に纏められて机の隅に積まれていた。その残りが一番魔術師から六番恋人、七番正義から十二番刑死者、というふうに大別される。美鶴が息を吐いた。大分参っているといったふうだ。
「本当にあの時をなぞっているんだな」
「そうですね。出てくるシャドウの能力には多少の改善が見られますけど、外見は何の変化もないし。どうやってデータを手に入れたのか知りませんけど……まあ手段なんていくらでもあるだろうし……向こうは意図的にそういうふうに調整したシャドウをポップさせていると僕は考えています。だからきっとこの連続したボスシャドウの出現も十二番目のハングドマンで終わるでしょう。その後、宣告者が姿を現すところまでなぞれるのか、なぞろうとするのかはちょっと想像が付かないですけど」
「宣告者、か。私も想像が付かないな、何せ彼は今や君と存在をわかちてしまったのだ」
「わかちた、ってわけじゃないんですけどね。契約で縛られてるだけって感じですよ」
「どうだか。望月は君にべたべただ」
「子離れ親離れをしてないことを指摘されているみたいであんまり褒められてる感じはしないですね」
『え、あれ? なんか僕責められてる?』
 黙って話を聞いていた綾時が急に焦って口を挟んでくる。毎度のことだが、本当に綾時は「シャドウらしくない」。人間らしい。喜怒哀楽を豊かに表し、嬉しいことには素直に喜びを表現する。それについて綾時は「全部湊君が教えてくれたことですよ」と言っていたけれどあんまりに二人が対極の性質だからいまいちそれらしくない。
 だけど美鶴も、有里湊が誰よりも世界を愛していたこと、美しさを尊ぶ心を持っていたこと、その内に感情を持っていたこと、そういうことはちゃんとわかっているつもりだ。
先日のラヴァーズ撃退の後に神郷兄弟が真田に持ち込んだ「幻」の話は、まず間違いなく十年前に現実に起こった出来事であろうと考えられた。岳羽ゆかりにしっぺを喰らっていたのは合流した時に僅かに腫れていた頬が痛烈に物語っていたし、符号の何もかもが一致する。
 問題は何故シャドウがそのようなデータを持って二人に見せることが出来たのかどうかだ。
「君の見立てでは、大型汎用含めてシャドウの出現は一人の黒幕の差し金によるものだったな。確か、」
「ニャルラトホテプ。這い寄る混沌、エゴを食い物にしている大体の元凶です」
「そう、それだ。一つ疑問があるのだがいいか。その黒幕、何故君を狙っている?」
「……そんなの。僕がへまをやらかしたからですよ」
「へま」
「はい。だから僕は僕自身の尻ぬぐいをするためにここにいるんです。その時丁度ナオや達哉と出会って、彼らもニャルラトホテプと戦っているらしいということを知って、それで戦線を組んでおこうって。利害が一致したから」
 美鶴先輩には話してませんでしたっけ。湊の例の目が問いかけてくる。初耳だと返してやりながら与えられた材料を元に更に推測を重ねるべく美鶴は思考した。
 元々、十年前の満月シャドウは宣告者デスの十二の欠片だった。それをデスのコアを宿していた有里湊が討伐していくことで次々体に取り込んでいたのだ。そうして完全体になったデスは望月綾時という人間の体と名前を得てひとときのモラトリアムを謳歌した。誰よりも人間らしく。ヒトでもシャドウでもないものだとはとても思えないようななまなましい生き様を発露させて確かに綾時は生きていた。
 その彼が今単なる一ペルソナとして付き従っていることがどうにも引っかかる。もしもデスがまた欠片を散らばらせて不完全な存在になってしまっているのだとしたら? そうしたら全てのつじつまが合うような気がするのだ。
『残念ですけど、美鶴さん。僕は今も昔も不完全な存在ですよ。お母さんを恋しがってずうっとその後ろにくっついているんですから。僕が今宣告者として機能していないのはその可能性を湊君に削り取られたからです。だから僕は本当はそこで消滅していてもおかしくなかった』
「珍妙なことを言うな。私の心でも読んだか?」
『ごめんなさい、そればっかり考えていたみたいで、見えてました。ともかく、今出現しているシャドウ達は僕の欠片ではないし、ニュクスにもあんまり関係ない。全部よく似たまがい物です。ニャルラトホテプっていうのは、そういうイミテーションを作るのが得意らしいんですよ、話をまとめると』
「誰の話だ?」
『藤堂尚也と周防達哉』
 ぼそりと漏らされた綾時の言葉は、彼にしては珍しい一切の猶予のない冷めた声音だった。
『簡単に言うと、有里湊と似たような立場に置かされている二人です。二人ともかなり強力なペルソナ使いで、それ故過去ニャルラトホテプと戦いそれに縛られてしまった。湊君の目的と一致したから二人とも助け出そうとしているんですけど、これがなかなかそう上手く行かなくて』
「それで、ナオは猫になっちゃった」
「いや、それではわからん」
「閉鎖された世界に幽閉されていたのを、その世界とのリンクが甘かった尚也の方からなんとか引っ張り出そうとしたんだけど甘かったのは僕の認識の方だったってこと。人間の姿のまま連れ出せなくて、肉体を変質させるしかなかった。その結果、ああいう感じに」
 タイミング良く黒猫がとてとてと現れてにゃあごとひと鳴きする。ひょいと軽やかに跳び上がって湊の腕の中に飛び込むとごろごろ喉を鳴らした。定位置に収まって居心地よさげにしている。
『何、俺の話してる?』
「ちょっとね。でも主体は別。美鶴先輩は綾時がまたばらばらになってるんじゃないかってそれを疑ってたみたいで」
『ふーん……でもそれは俺もちょっと思ってたな。湊、お前の力、不安定すぎるんだ。最大出力は異常に高いくせにそのラインで安定してないし、全力を出すと倒れる。どう考えてもあまり良い兆候じゃないだろ』
「言われるとそれはそうかもしれないけど……」
『でも、今まで何体かシャドウ倒してるけどそれで湊のその状態が改善された気配はないんだよな。だから今はそんなに思ってない。お前の能力の不自然な抑制具合はもっと別の場所に原因があると俺は踏んでる。たとえばそうだな……その、幼すぎるいれものとか』
 尻尾で器用に指して見せた。示された「神郷湊」の肉体は華奢で幼く、見るからに未成熟な子供のそれだ。身体レベルはペルソナを憑依させることでどうとでも上げることが出来るが肉体的な制約や限界はある。湊は歯切れ悪く曖昧に頷いた。仮にも落とし前を付けるために来たというのに、湊自身、こんな肉体を望んでいたわけではなかった。
 ニュクスでこの器を作って後、くじらの世界を中継に訪れる直前にどこからともなく現れて湊に忠告を残した人物の言葉を今になって思い出した。湊が知り得る限り最強のエレベーター・ガールの彼女だ。バス亭を振り回すエレベーター・ガールなんてものを湊は彼女一人しか知らない。
『お客人を離れた貴方様に私が必要以上の言葉をかけることは許されておりませんが、一つ、ご忠告させてくださいまし。差し出がましい真似とはわかっております。ただ、貴方様は自覚しておくべきです。ご自身の欠落を』
 その「欠落」が、神郷湊にこの子供の体を強いているのだと彼女はそう言った。
『貴方様が彼の地に遺されたものは多大な影響力を今もって保持しています。それが悪用されれば……貴方様自らが出向いたから全てが丸く収まる、というわけにはいかないでしょう。どうか自覚と、そしてご自愛を。このエリザベス、貴方様が不在の間この門を監視しながら、祈っております。ご武運を』
 彼女は結局欠落が何なのか教えてはくれなかったけれど、だからこの事態が身から出た錆なのだということは理解出来た。肉体レベルに制約をかけるほどのものが自分から削げ落ちていると言われても何がそうなのか自分では今ひとつよくわからない。だから今こうやって一つずつタスクを処理しながらそれを探している。
「僕だって原因を知りたい。だけどわからないから……最悪、ニャルラトホテプを倒す時にでもわかればいいかなって思ってる。ナオと達哉を救出するっていうことも含めて考えることは他にもいっぱいある。あんまりそればっかりに手を掛けてもいられない」
『なるほどね』
 黒猫がくすくす笑う。今の遣り取りのどこにおかしいところがあったのか、不可解そうに湊が首を傾げた。だがナオはくすくす笑いをするばかりでますます意味がわからなくなってくる。
「……何?」
『いや。そういうタスク処理の仕方、俺の友達に似てる奴がいたなぁって思っただけ。深い意味はないよ』
「ならいいけど」
『ご不満って顔だなあ。そういや、俺を引っ張り出した時もそういうちょっと不機嫌な顔してたっけな』
 そう言うと湊は「うるさいよ」と小さく呟いた。照れているようにも困惑しているようにも受け取れる。
 月の周期が狂った空が窓の向こうに透けて見えた。真昼の陽炎のような月はほぼ真円に近い形をしており、次なるシャドウの到来を暗に示している。湊の肉体の維持がいつまで続くかわからないし、同様に尚也もいつまでこの姿で魂を維持出来るのかはわからない。
 ものごとがどう転んでいくかは、いつも、どこにもいない神だけが知っている。どんなに神に近くなってもいないものになれはしないから、結局そんなものは誰にもわからないのだ。あの這い寄る混沌にでさえ。



◇◆◇◆◇
 


 藤堂尚也に「もう一つの自我」の目覚めが訪れたのは異空間から無理矢理に引きずり出されて中途半端な黒猫の姿に魂を再構築した後でだった。 月アルカナを得意とするその人格には嫌と言うほど覚えがある。「藤堂和也」を語ったそれは、かつてペルソナ能力を用いて尚也を殺し、主人格に成り代わろうとしたのだ。
 猫の姿になり、さあ体を動かしてみるかと思った途端主導権がどこかに持って行かれた。不思議なことにそれに対する焦燥とかは特になく、「ああ、和也か」という認識がすとんと落ちてくる。彼を恐れる必要はないと知っていた。尚也はあの日和也を――無数の「藤堂尚也の意識」を全て許容したから。
『よう少年。湊って言ったか? 説明が欲しい。こいつは一体どういうことだ』
「どういうことって、僕が逆に聞きたい。おまえは尚也じゃない。誰?」
『尚也であり尚也ではない。無意識のイデアの内の一つ。簡単に言えば二重人格に近いもんだけど……ここまで言えばわかるだろ。似たようなもん連れてるもんな』
「なんのこと」
『その死神。湊にそっくりだが湊そのものじゃない。俺と尚也はそういう関係に近い……なんで俺が表に出てきたのかは俺自身よくわかんねえけど』
「それとなく理解した」
 望月綾時。有里湊から生まれた自我意識体。湊がその全てを注ぎ、知識を与え、「ファルロス」から生まれた無垢な子供。彼は一心に世界の美しさを愛して、そうして世界そのものを慈しんだ。その姿は鏡に映してみると滑稽な程有里湊に似通っていて、気がついた時、湊は震えを抑えることが出来なかったのだ。
 容姿そのものも、望月綾時は母体である有里湊と目の下のほくろを除けば双子のように瓜二つのかたちをしていた。

 きょうだいみたいだね、と何度言われたかわからない。

『お前のスティグマータはそのヘッドホンだな』
 不意に黒猫が言った。それを発したのが和也なのか、ひょっとしたら尚也だったのか、湊には判断がつかない。
 だけど多分そのどちらもだろうと思った。和也は、尚也の双子の兄だ。


 二人はきょうだいだった。
 有里湊と望月綾時のように。